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手札が多めのビクトリア 2 【書籍化・コミカライズ・アニメ化】  作者: 守雨
【新しきアシュベリー王国】

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84 クラークの活躍

「あら、馬車が入ってきたわ」


 夕食後、馬車の音に気づいて窓の外を見ると、敷地に入ってきたのはアンダーソン家の馬車だ。馬車から降りて早足でこちらに向かって来るのはクラーク様。私とジェフは急いで玄関に向かった。

 先触れなしに我が家にやって来たクラーク様は、目の下にクマができていた。十八歳のクラーク様がここまで疲れた顔をしているのは初めて見る。


「クラーク様、どうなさいましたか?」

「僕なりに先生を襲おうとした相手について調べてきました」


 玄関で立ち話をする内容ではない。私はすぐに居間にクラーク様を案内し、バーサには「声をかけるまで部屋に入らないように」と伝えた。イルはエドワード様の家に挨拶に行っていて留守だ。

 クラーク様はソファーに座るとすぐに話を始めた。


「先生はこの前、『傭兵を雇って私を襲わせようとした相手』とおっしゃってました。先生を狙っていたのが傭兵なら、短期契約で動く場合がほとんどです。だから彼らが先生を見失ったのなら、アシュベリーから一時撤退するはずだと考えました。戦闘や護衛が主な仕事の傭兵が、集団で人探しをすることは、まずありませんから」

「確かに。傭兵たちがこの家の場所を知っているのなら、とっくに襲撃に来ているでしょうしね」


 コホンとひとつ、クラーク様が咳をした。


「実は僕、同期の文官の、出入国担当の知り合いに出国者の書類を見せてもらいました」


 それがどういう意味か理解して、私は本当に驚いた。


「クラーク様、出入国者の書類を調べると言っても、膨大な数になりますよね? そして同期の文官さんは、よく見せてくれましたね」

「調べたのは、先生が使った王都に近い出入国管理事務所だけです。同期の文官が立ち合いを兼ねて一緒に調べてくれました。彼が書類を僕に見せてくれたのは……」


 クラーク様が少し気まずそうなお顔になった。


「僕が父の地位を利用したからです。出入国の書類を扱う彼は、外務部の人間です。つまり、父の部下ですから。ここまであからさまに父の立場を利用したのは初めてですが……ノンナも先生も、いずれは僕の身内になるのです。今回は緊急事態ですから、コネを使うことに遠慮するつもりはありません。あ、それでですね、傭兵たちの行き先がわかりました」


 クラーク様がサラリと黒いセリフを言った気がするが、ここは聞き流そう。


「多数の傭兵が短期間に入国し出国したのを、出国記録簿から見つけ出しました。僕が確認しただけで四十五名。うち四十三名がランダルから入り、ランダルへと出て行きました。最後に出国した六人組の集団を、うちの護衛に追いかけさせました。手がかりは身分証記載の外見だけですが、護衛たちは『傭兵の六人組なら見ればわかる』と断言しましたので」

「クラーク様、すごい……」


 ノンナが本気で驚いているが、私も驚いている。クラーク様が頭脳明晰なのはわかっていたけれど、こんなに行動的な方だったとは。


「今朝早く、護衛から早馬の連絡が届きました。傭兵たちは、ランダル王国のハロウズ侯爵家に入っていったそうです。先生、聞き覚えは」

「ハロウズ侯爵……。今のところ思い当たることはありませんが、じっくり思い出してみますね。クラーク様、大変なお手間をかけて下さったこと、感謝いたします。本当にありがとうございました」

「当然のことです。僕は睡眠時間を少々削っただけですのでご心配なく。父の外務大臣という地位のおかげです。先生、ハロウズ侯爵家と聞いてなにか思い出したことがあったら、僕にも知らせてくださると助かります。その先を調べることができますので」


 そう言って帰ろうとしたクラーク様が「そうだ」と言って足を止め、振り返った。


「実はそこまでする必要はないかとも思いましたが、ハロウズ侯爵家のことをランダル王国の貴族年鑑で確認しました。ハロウズ侯爵家は十二年前に次男が籍を抜かれていますね。なにかあったのでしょうが、理由まではわかりませんでした」

「そうでしたか。ありがとうございました。まずはゆっくりお休みください」


 クラーク様を見送り、居間に戻った。


「アンナ、なにか思い当たるのか」


 ジェフは私の雰囲気で気がついたのだろうが、これはノンナには聞かせられない話だった。


「いえ、特には。ノンナ、遅い時間だわ。もう寝なさい」

「私、もう十三歳なのに、もう寝るの?」

「睡眠不足は健康と美容の大敵よ?」

「えええ」


 不満げな声を出しながらも、ノンナは大人しく部屋に引き揚げた。二人きりになると、ジェフがはっきりと心配そうな顔になった。


「アンナ、なにか覚えがあるんだね?」

「ハロウズ侯爵家に、私、接触したことがあります。十三年前です」

「潜入ではなく接触?」

「ええ。ハロウズ侯爵家の次男がハグル王国の貴族と親しくなってハグルがイーガル王国と結ぶ条約がどんなものか、情報を手に入れようとしていたの。どうも怪しい動きをしている貴族がいるということから、私が選ばれたの」


 そこから先の話を、どこまで話せばいいのか。

 私は当時二十歳で既に工作員としてどんどん成績を上げていた。ハロウズ侯爵家の当主は当時四十三歳、長男が二十歳、次男が十九歳、長女が十七歳だった。


「私はハグルからランダルの親戚の家に遊びに来た子爵家の娘という設定で、その長女と親しくなったの。茶会で長女と出会うように仕組んでもらって、上手く親しくなった。彼女の家に招かれて、侯爵家の家族ともすぐに打ち解けたわ」


 そこから私は次男と親しくなるように行動し、彼がハグルの貴族と通じて情報を手に入れている証拠を探った。証拠を手に入れてすぐに離脱したけれど、ジェフが聞いて気持ちの良い話ではない。どこまで話せばいいのか。


 私が親しくなった次男が貴族の籍を抜かれたというのは、私が原因だろう。

 離脱したあとの対象者の情報は与えられないのが常だったし、ランダルに行くことはその後数年間はなかったが、私は気になってハロウズ家のその後を調べたことがある。次男は早い段階で私が報告したこともあってたいした情報を得られなかったはずだが、籍を抜かれて平民になっていた。


「終わった仕事は全て忘れろ」とランコムに言われ続けていたこともあって、私はその後、ハロウズ家のことは忘れていた。十三年も過ぎて私が狙われたのは、たまたまランダルで私の姿を見られたのだろう。

(貴族が集まる場所には一切近寄らなかったのに。何十万人も住んでいる大都市で出会うことなんて運が悪かったとしか……)

 私は工作員時代から「いつか自分は罰が当たる」と思って生きてきたが、ノンナやその友人家族が巻き込まれた今、(罰は私が一番避けたい形で降ってきた)と苦く思う。


「アンナ? どうした?」

「ジェフ、これは私が原因だわ。私が片付ける」

「今の君は子爵家の人間で、俺の妻だ。俺の問題でもある。待ってくれ。俺に考えさせてほしい」

「でも」

「だめだ。君一人を危険な目に遭わせるわけにはいかない。今夜はもうこの話は終わりだ。いいね」

「……ええ」


 イルが帰ってきた。


「エドワード様に『弟一家をよろしく頼む』と言われました」

「他にはなにか?」

「いえ、特には。ですが、ビクトリアさんのことを心配なさってました」

「そう。今夜からよろしくね、イル」

「はい。お任せください」


 イルは彼が使うことになった客間に向かった。

 そのあとは何事もなかったようにバーサの淹れてくれたお茶をジェフと二人で飲み、クラーク様の話題になった。


「クラークはなかなかだったな」

「たった十日で的を絞って行動して成果を手に入れるなんて、簡単にできることじゃないわ」

「さすがはフィッチャー家の流れを汲む人間だと思ったよ。母方の曽祖父は古代アーステム帝国の歴史の研究者でね。当時、亡びた国の文化を調べる学者は役立たずみたいに言われていたらしいんだ。しかし、曽祖父の研究で何百年も昔の水道の敷設工事の知識が解明された。結局はこの国で曽祖父の研究はとても役立ったそうだ」

「すごいお家柄だったのね。バーナード様はその学者の気質を受け継がれたのかしら」

「そのようだね。兄もこつこつと書類に取り組むのが好きらしいし」

「そうね。エバ様は?」


 ジェフがフッと笑った。


「エバはフィッチャー一族の中では異質だ。陽気で活発で、ジッとしているのが苦手で。祖母の家のほうの人間だとよく話題にされていた」

「ジェフのおばあ様の家はどんなお家柄だったの?」

「代々続く軍人の家だよ。だいぶ前に途絶えてしまった。流行り病が大流行したときに、一家が全員亡くなってしまってね」

「そうだったの。軍人の流れはあなたに引き継がれたのね」

「そうかもな。だが俺は書類仕事も嫌いじゃない」

「知ってるわ。あなたは机での仕事も文官並みに優秀な人だもの」


 ジェフが照れて、そんな表情も愛おしいと思った。

 翌日ジェフがお城に行ってから、イルにクラーク様が調べてきた内容を話して聞かせた。


「へえ。彼、やりますね。ノンナのためになりふり構わないところが高得点」

「まさかあそこまで踏み込んで調べてくれるとは思わなかった。ありがたかったわ」

「ビクトリアさん、どうするんです?」

「今の私はアッシャー家の人間だから。私一人が動いて片付く問題じゃないもの。ジェフの判断を聞いてから考えるつもり。ノンナにまで手を出しそうなら……」

「ビクトリアさん、動くときは僕に必ず声をかけてくださいね。ハロウズ家は他国の情報を盗もうとして見破られ、失敗した。だから次男は罰を受けた。それだけのことです。命令を受けて仕事をしたビクトリアさんが一人で責任を背負う必要はありませんよ」

「そうだけど」


 そうなのだが、それは私の側の理屈だ。

 ハロウズ家の人たちからすれば、私は息子を陥れた憎き人間だろう。

 

 夜、ジェフリーが帰って来て、『コンラッド陛下とデルフィーヌ様からのご提案』の話をしてくれた。

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