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手札が多めのビクトリア 2 【書籍化・コミカライズ・アニメ化】  作者: 守雨
【新しきアシュベリー王国】

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78 視線

 ノンナの誕生日の贈り物をランダル王国で買うことは、私にとって大きなお楽しみだった。


「ノンナ、あなた、欲しいものがあったら教えてくれる? なるべく近いものを贈るから」

「んんと、ランダル語の本、お母さんのお薦めがあったら欲しいです」

「そう、じゃあ、探してみるわね」


 気がついたら、私とノンナの会話をエリザベス嬢が「はい?」という表情で聞いている。こういうとき、私は少しドギマギする。

 貴族のマナーは徹底して養成所で叩き込まれたし、各国の言語や習慣もかなり細かいことまで覚えたけれど、こういう本には書いてないような、ちょっとした日常の常識は、正直あまり知らないからだ。


「エリザベス嬢、どうしてそんなに驚いているのかしら」

「失礼いたしました。わたくし、顔に出してました?」

「ええ、少し。お誕生日の贈り物、マグレイ伯爵家ではどのように?」

「我が家が普通かどうかはわかりませんが、誕生日の贈り物は、その日まで絶対に秘密ですの。受け取った箱を開けて喜ぶところまでが贈り物だと父も母も申しますわ」


 それを聞いてノンナが小首をかしげた。


「でもさ、気に入らない贈り物になったりしないの」

「します」

「でしょう? そういうとき、どうしてるの?」

「一度、父からの贈り物が全く好みではない品だったことがあって、わたくし、顔に出してしまいましたの。母に叱られましたわ。『贈り物は、物を貰うのではない、祝ってくれる気持ちを受け取るのだ。がっかりした顔をするのは淑女の、いや、人としての礼儀に反する』と。それはもう手厳しく」


 マグレイ伯爵夫人とはほとんど会話をしたことがないが、エリザベス嬢の言葉を聞いて(一度お話しをしてみたい)と思った。とても勉強になる話だ。


「ふうん。気に入らない贈り物はしまいこまれてしまって、お金が無駄にならない?」

「理屈ではそうですわね」

「理屈じゃないところでは?」


 エリザベス嬢は、お姉さんが妹を見るような表情でノンナに説明してくれる。


「ちょっと的外れな贈り物も、クローゼットでしばらく寝かしておくと、気に入るようになることもありますし、気に入らなくても、その的外れな贈り物を一生懸命に選んでいる父を想像すると、可愛らしくて癒されます。そういう意味では無駄にはなりません」

「へええ」「まあ」


 ノンナと私が同時に感心した声を出してしまった。


「エリザベス、私、あなたを知れば知るほど友達になってよかったと思うわ」

「まっ! ノンナさんたら」


 赤くなって照れるエリザベス嬢が愛らしい。


「でも、うちは今の方法がいいかな。お母さん、ランダル語の本をください」

「はいはい。ではさっそく今日にでも探してみるわね」


 私は本の他にも、ランダルならではの小さな贈り物も買うつもりだ。

 それまで気配を消していたイルが、お茶のカップをテーブルに置いた。


「今日、僕は歴史博物館に行くつもり。ノンナとエリザベス嬢はどうする?」

「ご迷惑でなければわたくしもご一緒してもよろしいでしょうか」

「もちろんだよ。ノンナはどうする?」

「私も行ってみようかな」


 私は王都の地図を開いて見てみた。歴史博物館の周囲には書店が三店舗あったので、私も博物館の前まで一緒に行くことにした。

 四人で馬車に乗り、博物館を目指した。

 到着した博物館は、(これはすごい)と思う立派な建物だった。真っ白な石造り。近づいて確認すると総大理石のようだ。上に向かって微妙に細くなっていく石柱には、繊細なラインが刻まれている。ひさし部分の豪奢な装飾は悪魔と天使の戦いを表している。


「ノンナ、私は少しこの建物を見て回るわ。それから書店に行くから、あなたたちは好きなように見学してね」

「はあい」


 手を振って子供たちと別れ、庭をゆっくり歩きながら博物館の建物を眺めた。

 建物の周囲を半周したところで突然、視線を感じた。

 穏やかな表情を保ったまま、さりげなく周囲を見回した。視線の主は見当たらない。


(誰だ? どこから見ている?)


 ランダルはハグルと地続きだから知り合いがいないとは言い切れないが、王都は広大な上に人口は数十万人。知り合いに出会うことはまずないと思っていたが。運が悪かったか。


 ここは子供たちの安全のために私がさっさと離れるべき?

 それとも子供たちを人質に取られたりしないよう、ここに残るべき?

 一番心配なのはエリザベス嬢だ。短い時間で決断し、私は落ち着いて博物館の中に入った。

 ノンナたちは二人の護衛と一緒に展示品を見ていた。


「あれ? お母さんも来たの?」

「ええ」


 それだけ答えた私の表情がいつもと違うことに気づいたのだろう。展示品を見ているエリザベス嬢から離れ、ノンナが私にスッと近寄った。


「どうかしたの?」

「ノンナ、落ち着いて聞いてくれる? 外で私をジッと見ている誰かの視線を感じたの。もしかすると、工作員時代の私を知っている人かもしれない。そうだった場合、私を脅して言うことを聞かせようとするなら、あなたたちが人質として狙われると思う」

「エリザベスが危ないね」

「ええ。ノンナとイルは大丈夫かもしれないけれど、エリザベス嬢がね。何があっても護衛とエリザベス嬢から離れてはだめよ」

「わかった」

「私は外を見てくる。万が一私が三十分たっても戻って来なかったら、探し回ったりしないでホテルに帰って部屋に鍵をかけておくこと。わかったわね。イルは今、エリザベス嬢と話をしているから、一人になったときを見計らって伝言してね。私が戻らなくても、後から私とジェフが困るようなことはイルと護衛には言わないで」

「わかった」


 ノンナの目に怯えが滲む。敵を恐れているのではなく、私のことを心配しているに違いない。誕生日の前に、厄介なことにならなければいいのだが。


「じゃ、行ってくる」


 そう言って離れようとしたら、ノンナがギュッと抱きついた。


「大丈夫。ノンナは自分とエリザベス嬢の安全を守ることに専念して」

「うん」


 ノンナの金色の頭をぽんぽんと優しく触り、ノンナを引きはがして歩き出した。通路の角を曲がったところでワンピースの裾を持ち上げ、腿のホルダーから諸刃のダガーを取り出した。

 羽織っていた薄い上着は左腕にかけ、右手のナイフを隠しながら歩く。

 

 博物館の外に出て、さっき視線を感じた場所までゆっくり進んだ。

 感じる。誰かが私を見ている。全身の神経を張り巡らせ、視線の出どころを探る。


(左斜め後ろ!)

 振り返りざまに全力で走る。私を見ている人間は、きっと慌てて動くはず。そう思って視野を広く保って走っていると、前方に走り去る人物がいた。

(逃がすものか)

 こういうときのために週に五回は走り込んでいる。編み上げブーツで正解だ。私は全力で走った。

(あれ?)

 逃げながら一瞬だけこちらを振り返ったあの人物は……

「待ちなさい!」

 逃げていた人物が止まった。

「なんだ、あなたなの」

 逃げていた人物は、第三騎士団のミルズだった。私もミルズも息が荒い。


「すみ、すみません。ハァッ、アッシャー夫人、駆け足速いですね。ハァッ……」

「なんで私を見ていたの?」

「なんでって、いるはずがない場所にアッシャー夫人がいらっしゃったんで、つい」

「なんで逃げたの?」

「またノンナに接近したと思われたら困るんで」


 そう言いながらミルズは私の右手を見ている。

 私は愛用のダガーをさりげなく上着に隠した。


「もう見ちゃいましたから」

「怖がらせてごめんなさいね。あなただとは思わなかったものだから。あなた、茶髪の男性を尾行しているそうね。ノンナに見られたわよ」

「うわ。見られたんですか。ノンナも来ているんですね。って、いや、俺はもうノンナに接触しませんけど」

「ノンナとノンナの友人二人も一緒。そういう事情だから、もし顔を合わせたとしても知らん顔してほしいの」

「もちろんです。あのぉ、このことはボスには内緒にしてもらえますか」

「わざわざ告げ口する理由がないわ」

「助かります。では、僕はこれで……」

「ねえ、ミルズ」


 なぜミルズを引き留めたのか、なぜそんな質問をしたのか、自分でもわからない。だが、意識の表面には現れないものの、心の片隅にずっとへばりついていることを確かめたかった。確認して『なんだ、やっぱり考え過ぎだった』とスッキリさせておきたかったんだと思う。


「ミルズ。あなたが尾行していた茶髪の男の人って、四十代半ばの茶色の目の、引き締まった体格の、特徴のない顔立ちの男じゃないわよね?」


 ミルズの表情が一秒の半分ほど固まり、すぐに陽気でチャラチャラした感じの笑顔になった。


「それ、誰ですか? お知り合いですか?」

「相手の男は、ハグルの工作員の可能性、ある?」


 自分の口から、別人みたいに硬い声が出た。


「なあんにもつかめていないんで、そう言われても答えようがないです」

「ミルズ、もしその男が私の知っている人物なら、ハグルの特務隊の室長だった人だわ。油断すると命を失うことになる。気を付けなさい。じゃ、失礼するわね」

「夫人!」

「しー! あなたは何も知らないの。私がどこの誰かも、ノンナがここに来ていることも。一切何も知らない。いいわね?」

「……はい」


 私はそのまままっすぐ博物館に入った。

 ミルズの目の動きで、私の質問に驚いていることが分かった。さすがに私には何も教える気はないようだったが。だがあれではだめだ。ミルズは拷問されたら、たとえ口を割らなくても目でバレる。若さゆえ、だろうけれど。


 茶色の髪と目の四十代の男という条件の人なんて、この王都にはどれだけいることか。だから心配する必要はないのだろう。私の胸をザワつかせているこの不安は、取り越し苦労に違いない。それでもいい。けられる危険からは避けたい。

 ノンナを連れてアシュベリーから脱出した時も、結果的に暗殺者たちから逃れられた。嫌な予感は、いい予感より当たるものだ。今の私には子供たちがいる。


(一刻も早くこの王都から立ち去ろう)


 私はそう考えてノンナのところへと早足で歩き、途中から走った。


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