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手札が多めのビクトリア 2 【書籍化・コミカライズ・アニメ化】  作者: 守雨
【王太子妃の影】

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68 ノンナの報告

 ジェフが帰宅したのは、日付が変わってからだ。


「おかえりなさい、ジェフ」

「ただいま、アンナ。起きていたんだね」

「ええ。大変だったのね。結果は?」

「すまない。軍務副大臣に決まってしまった」


 ジェフが私を抱きしめて、本当に申し訳なさそうに謝る。妻が私でなければ大喜びする案件なのに、と思うと、私のほうが申し訳なく思う。


「大丈夫。きっとなんとかなるわ。この前聞いたのだけど、ブライズ様は、結婚してからはお城に行ったことがほとんどないらしいわ。同じように、私もお城に行かなければいいのよ」

「それが……」

「ん?」

「それが、君にも役目がついた。デルフィーヌ様の話し相手と語学教師だ」

「えっ……」

「すまない、アンナ」

「あ、ううん。きっとその件はジェフには関係がないと思う。そう、私にそんな役目が与えられたの。エドワード様はなんとおっしゃっていたの?」

「兄上? いや。兄上には会っていない。会議は重鎮のみだったんだ。俺は『妻は身体が弱くて無理だ』と何度も訴えたんだがね、なぜかコンラッド殿下が聞き入れてくれなかった。『大丈夫、無理はさせないから』と譲らなかったんだよ」


 私が黙って考え込んでいたら、ジェフが慌てた感じに私の顔を覗き込む。


「アンナ? デルフィーヌ様となにかあったのか?」

「デルフィーヌ様がなぜ私を指名したのかはわからない。ただ私、あの騒動のときに、影役の状態でコンラッド殿下に会ってしまったの。デルフィーヌ様は私があなたの妻だとご存じだから。きっとデルフィーヌ様から私のことを聞いたのね」

「君が病弱ではないと知ってしまったのか」

「大丈夫よ、ジェフ。もっともっと困難な条件の仕事をこなしたことがあるわ。なんとかやってみましょう。もし、どうしても都合が悪かったら、爵位を返上しましょう。いざとなったら羊牧場で毛糸を紡いで暮らせばいいわよ」

「アンナ」


 ギュウッと強く抱きしめられて、骨がミシッと鳴った。ジェフの背中をポンポンと叩いて緩めてもらう。


「ジェフがコンラッド殿下に気に入られているのは名誉な事よ。二人で乗り越えましょう。だから、そんなに悲しい顔をしないで。美しいお顔が台無しよ?」

「ああ、君という人は本当に……」


「んんっ!」


 咳払いが聞こえたので、二人で同時にドアのほうを見ると、ノンナだった。ツン、と澄ました表情で、私たちから視線を逸らしている。


「お取込み中失礼いたしますわ」

「おすましお嬢さん、こんな夜中になにかご用かしら?」

「明日、マイルズさんと鍛錬してきていい?」

「いいわよ。馬車で行ってね。走って行ったりしないでね」

「わかった。あとね……あの……もう一人鍛錬をしたい人がいるの。そっちもいいかな」


 なぜか無性に胸騒ぎがした。


「それは、誰? お母さんが知っている人かしら?」

「ミルズっていう人。王妃様を守っていた人」


 私を抱きしめていたジェフがピクリと動いた。私から腕をほどき、ゆっくりノンナのほうへと身体を向ける。


「第一騎士団の人間か?」

「違うと思う」

「ノンナ、それ、第三騎士団の人ね?」

「うん。たぶん」

「だめだ。第三騎士団と関わるな。鍛錬なら、俺も相手をするし、お母さんとすればいい。で、マイルズさんとは誰だ?」

「羊牧場の管理人さんだよ。前にヨラナ様の家の裏隣に住んでいた人」

「そうなのか? アンナ」

「ええ。募集していたら応募してくれたの。お父様が羊牧場をなさってたそうよ。元軍人さん」

「そうか。君が許可するのなら安心なんだろうな。だが、ミルズはだめだ。わかったな」

「……うん。わかった」


 マイルズさんも第三騎士団に関わっていたけれど、それを今言うとややこしくなるから言わないでおこう。

 ノンナはおとなしくうなずいて部屋へと帰って行った。


 私はこの時、扱いが難しい年頃のノンナの表情に、もっと注意を払うべきだったのだ。

 子育ては毎日が新しい経験で、ノンナは日々変化しているのに、私はノンナがいつも聞き分けがいいことに安心していて、油断していた。


 翌日、朝の九時ごろ。ノンナは「マイルズさんと鍛錬してくるね」と言って馬車で出かけて行った。

 お昼すぎ、ノンナを送って行って引き返していたリードが迎えに行き、直後に慌てふためいて戻ってきた。


「大変です! お嬢様はとっくにお帰りになったそうで。『馬車と待ち合わせをしているから、帰る』と言って、十一時にはお帰りになったそうです。戻りながら通りを捜しましたが、見当たりませんでした!」

「わかったわ。大丈夫よ、リード。あなたのせいではないわ。私が捜します。馬に乗るわね。ジェフにはわざわざ知らせなくていいわ。帰ってきたら事実のみを知らせてちょうだい」

「奥様、私も一緒に探します」

「ううん。大丈夫。私が一人で行くわ。リードは家にいて。もしノンナが帰ってきたら、引き留めておいて。ノンナを外に出さないで」

「は、はい」


 すぐに乗馬服に着替え、馬を引き出して乗る。

 まずはチェスターさんの家だ。直接お城の第三騎士団に問い合わせすれば早いのだが、またエドワード様と顔を合わせるのは避けたい。


     ※……※……※


「おや、アッシャー夫人、マイクさんに連絡ですか?」

「ノンナがいなくなりました。昨夜、ミルズっていう少年と鍛錬したいと言われたんです。夫が絶対にダメだと却下したんですけど、もしかしたらそのミルズさんと一緒かもしれないんです。問い合わせてもらえますか?」


 チェスターさんがアタフタしながら馬に乗って家を飛び出して行き、ほどなくして戻ってきた。


「ミルズは今日、休みだそうで、夕方には戻ると言って出かけているそうです。行き先は誰も知りませんでした」

「そうですか……。チェスターさん、私はあの子を第三騎士団と関わらせたくはありません。それを、きっちりミルズさんに伝えていただけますか? それと、マイクさんにも」

「は、はい。もちろんです。もしミルズと一緒でしたら、まあ、何事も起きないとは思いますが」

「ええ、ノンナなら五人や十人の男に囲まれても、問題はないと思いますけどね。心配しているのはそこじゃないんです」


 チェスターさんが額にじんわり汗を浮かべている。


「ええ、ええ、わかります。申し訳ございません」

「いえ、ミルズさんと一緒と決まったわけではありませんので、謝らないでくださいな。そもそもノンナが自分の考えで動いているのでしょうし。では、私は王都の中を探しながら帰ることにしますね」


 恐縮しているチェスターさんに「悪いのはあなたではない。うちの娘なのだ」と繰り返して家を出た。

 馬に乗り、ゆっくり街の中を見て回る。百の可能性のうち、九十九は問題ないとわかっている。だが、世の中は残りのひとつを運悪く引いてしまうことが、ままあるものだ。

 私は、工作員時代、その残りを引かないよう、全力で予防策を講じていた。それが私の達成率を押し上げていたと思っている。


「私はあのくらいの歳には養成所の課題をこなすことに夢中だったから。普通の少女が考えそうなことをうっかり見逃していたわ」


 馬上で自分のうかつさを反省する。あの年頃は、親に逆らってみたくなる時期なのだ。

 王都は広い。手がかりもなく捜したところで見つかるわけはないのだが、家の中でイライラしながら待つよりは探し回ったほうが気が楽だ。

 馬と私の運動だと思うことにして、夕方まで探し回った。結果は空振りだ。


「もう帰っているかもね」


 きっとノンナは帰っている。おなかを空かせているに違いない。そう思うことにして、家に戻った。

 だが、出迎えたバーサとリードの顔を見て、帰っていないことを理解した。


「まだ帰ってきていないのね?」

「はい。奥様、警備隊に連絡いたしますか?」

「いいえ。それはまだ待って。チェスターさんという人から連絡がなかった?」

「いえ。なにも」

「そう。ではリード、お使いを頼みたいの。ヨラナ様の家の裏隣のチェスターさんよ。今、手紙を書くわ」


『ノンナがまだ帰ってきていません。もしなにか情報があったら、我が家までご連絡ください』


 リードが出て行き、私は着替えずに待つことにした。

「あの、奥様。お話ししたいことがございます」

「なあに? バーサ」

「一度、お嬢様がお庭にいらっしゃるときに、手紙が届いたことがございます。お嬢様がお受け取りになり、ご自分宛だとおっしゃったので、どなたからのお手紙なのか、私、確認しておりません。申し訳ございません。もしや、その手紙と関係があるのではないでしょうか」

「どこから来たのか、わからないのね?」

「はい」


 夜の八時ごろ、お城から帰ってきたジェフは「なぜ第二騎士団や警備隊に頼らないんだ」と言うが、私が止めた。


 ノンナがなにかしでかしていると想定すると、今の段階で警備隊や第二騎士団に頼れば、多くの人にノンナの腕前を知られることになる。(それは避けたほうがいい)と私の勘がささやくのだ。そう言うとジェフも受け入れてくれたけれど、彼は心配と怒りが強すぎて無表情になっている。こんなに氷のように冷たい雰囲気のジェフリーを見るのは、初めてだ。


 結果、ノンナが帰ってきたのは夜の十時を過ぎたころだった。ミルズが同行してきて、ジェフと私に平謝りする。

 ノンナに怪我はなさそうだが、マイルズさんと鍛錬するために着ていったシャツとズボンは、あちこちスッパリ切れていて、肌が見えている。


「刃物を使われたのね?」

「うん。でも怪我はないよ」

 

 ミルズが口を開こうとしたのを私が手で止める。


「で? 何があったのか、ノンナの口から今、説明してくれる?」

「うん。遅くなってごめんなさい。実は、悪いやつらを見かけたから、そいつらをやっつけて、困っていた人を助けていたの」

「ずいぶん簡単な説明ね」

「詳しく話すと長くなるけど、いいの?」

「ええ、どんなに長くなってもかまわない。全部聞かないと、眠れそうにないもの」


 私とジェフはノンナの話をじっくり聞くことにした。ミルズには説明の足りないところをあとから補ってほしいから残ってもらう。リードにはチェスターさんの家に「ノンナ無事帰宅。ミルズも一緒」と連絡に行ってもらった。


 バーサに温かいミルクとパンを二人分運ばせた。

 私とジェフが腕組みをしている前で、ノンナがミルクを飲み、パンを食べながら事の次第を最初から順番に話し始める。


 口を挟まずにノンナの話を聞いていたら、いくつも(おや?)と思う箇所があった。

(これ、ノンナとミルズは大きな勘違いをしているんじゃないかしら)

 そう思いながらジェフの顔を見たら、ジェフも眉間にしわを作って私の顔を見ている。

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