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手札が多めのビクトリア 2 【書籍化・コミカライズ・アニメ化】  作者: 守雨
【王太子妃の影】

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60 脱出と戦闘

「デルフィーヌ様、ここでしたか」


 入ってきた軍人たちのリーダーが安堵の顔でそう言う。

 私の周囲にいた男たちは、既に全員が大型のナイフを構えていた。さすがだ。


「デルフィーヌ様をどうするつもりだ」

「我々はデルフィーヌ様をお守りするために来た。お前たちこそ何者だ? その恰好はもしや、特殊任務部隊か?」

「そうだと言ったら?」

「では、我々と一緒に行動してもらいたい」

「そちらが反乱側じゃないという証拠は?」

「これだ」


 先頭の軍人が胸から書きつけのようなものを取り出し、掲げて見せた。そこにはなにやら短い文章と玉印が押されている。


「そんなもの、手先が器用な人間ならいくらでも偽造できる」

「ああ、全く面倒な! それだからお前たちは嫌われるんだ。お前らはどうせ、仲間以外は信じないんだろう? 厄介な」

「反乱を起こすような組織を信用できるか!」

「なんだと!」

「やめなさい。わかりました。あなたたちと合流します。ここで隠れていても、いずれは見つかります。仲間は多い方がいいでしょう」

「……かしこまりました。仰せの通りに」


 私の声と話し方、第三騎士団とのやり取りで、軍人側は私をデルフィーヌ様と信じた様子。書きつけの真偽も、彼らが敵か味方かも不明だけれど、これでベール付きの帽子をむしり取られる事態を先送りできた。


 その間にデルフィーヌ様が少しでも遠くに逃げられればいい。ノンナのことは頭から振り払った。ノンナのことを考えるともう、冷静に行動できる気がしない。だが、ここであの子を心配しても、これっぽっちも役にも立たない。

 私は周囲を第三騎士団に、その前後を軍人たちに囲まれて移動した。案内役は第三騎士団のリーダーだ。


「どこを目指している?」

「特務隊の早馬からの情報では、王国軍が近くまで来ている。彼らと合流できる場所だ」

「後発隊が、もう戻って来たのか?」

「そうだ」

「特務隊は相変わらず貴重な情報を独り占めする」

「反乱を起こすような軍に、だいじな情報を渡せるか」

「なんだと!」

「やめなさいと言っているでしょう!」


 なるほど。

 ジェフは間違いなく先発隊だろうから、そこにはいない。

 私たち一行は、とある部屋に入った。三十人も入ればいっぱいになりそうな小さな部屋だ。第三騎士団のリーダーが軍人側を振り返った。


「宰相閣下から、移動するならデルフィーヌ様を連れてここに行けと言われている」

「ここを教えられたか。やっと特務隊が反乱側じゃないと信じられた」

「はっ。どの口が言う」


 どうやら軍と第三騎士団は普段から犬猿の仲のようだ。

 見守っていると、第三騎士団のリーダーは奥の壁の端に近づき、指で壁をなぞっている。やがてナイフを壁に突き立て、ズッズッズッと壁紙を切り始めた。人一人が入るのがやっとという幅に四角く壁紙を切り裂き、足でその部分を蹴る。ゴッと音がしてドアノブのないドアが奥に向かって開いた。


「デルフィーヌ様、この通路は最終手段です」

「わかりました。覚悟します」


 順番に通路に入り、全員が入り終わると入口のドアが閉められた。途端に中は真っ暗。全員が壁を手で触りながら早足で進む。行き先が塞がれていないのを願いながら、私も左手でドレスの裾を持ち上げ、右手で壁を触りながら進んだ。ここは位置から言うと城の外壁と部屋の間。お城を造るときに用意された脱出路か。


 中は完全な暗闇で、空気が埃っぽい。壁の中を早足で進み、突き当りの急で狭い階段をジグザグに下り続けた。

 下りるにつれて中の空気が湿っぽくなり、地面が近づいてきたのがわかる。

 少しだけ広さがある場所で先頭が止まり、何かをしているのだけれど私には暗すぎて見えない。

 今度はゴソゴソという音が続き、最後にまた足で蹴るような「ゴッ! ゴッ!」という音がして急に明るくなった。


 明るくなった先は、王城の壁面にくっつけるようにして建てられた温室だった。

 高価なガラスを多用した明るい温室には、多種多様な植物の鉢植えが並べられている。出てきたドアの前には、すかさず小屋の内外に置いてあったレンガが山と積まれた。何度か体当たりしたくらいでは開けられないはず。


 私たちが出たところは温室の用具入れ。奥行き一メートル半、幅二メートルほどの用具入れから、数十人の人間が次々に出てくる様子は、知らない人が見たら魔法かと思うだろう。


 第三騎士団員は指示を出されなくても各人が素早く役目を分担して動いている。

 温室内から周囲を探る者、少し先まで行って様子を見る者、私の周囲を守る者。


「今なら行けそうだ」

「よし、走って移動だ」

「妃殿下、走れますか」

「走れます」


 私を影と知っている第三騎士団だが、軍人たちの中に敵が紛れ込んでいないとも限らない。最後まで影として振る舞うべきだ。

 そこから私たちは走った。

 だがこれだけの大人数。絶対に見つかると思っていたら、案の定、「いたぞ!」「あそこだ!」という声。第三騎士団は大型ナイフを、軍人たちは剣を抜いた。私もドレスをめくって腿のホルダーからナイフを取り出し、たまたまそれを目撃した軍人を唖然とさせた。

 今はもう、影であることを隠すことより時間を稼ぐことが優先だ。


 私たちを取り囲んだ反乱側の軍人たちは三十名ほど。全身に返り血を浴びている。

 だが私たちは総勢四十名を超えている。

(派手に暴れるしかなさそうね)と覚悟を決めて腰を低くした。敵が襲いかかってきたのをきっかけに、敵味方が入り乱れての戦闘になった。

 一番厄介なのは、軍人たちの服装が全く同じことだ。だが、すぐに敵がどれかわかった。

 私を狙っているのが敵だ。


 乱闘が続く。地に倒れ伏す者が双方に出る。濃く漂う血の匂い。ナイフが血と脂で切れ味が悪くなってくる。ドレスが邪魔だ。

 工作員時代にだって、こんな集団での乱戦は経験がない。周囲全てに神経を張り巡らせながら、私はナイフで戦った。

 ジリジリとこちらが相手を制圧し始めた頃。ゴウッというような叫び声と馬の足音、人の足音、ガシャガシャという武具がぶつかるたくさんの音。


 援軍だ。引き返してきた王国軍が間に合った。

 圧倒的な数の王国軍を見て、残り二十名ほどになった敵が剣をボタボタと地面に落とし、両手を上にした。

 戦闘は突然終わった。


    ◇ ◇ ◇


「デルフィーヌ様っ! ご無事でなによりでした!」


 王国軍の指揮官が私の前で膝をついた。私は胸を張り、顔を上げて微笑を浮かべた。他の兵士たちも頭を下げているから、私の茶色の目に気づく者はいない。


「この者たちを牢へ。さあ、城に戻りましょう」


 数百名の兵士たちに囲まれて、私は城へと戻る。正門は開放され、城の中のあちこちに軍人たちが警備に就いている。ものものしい空気の中、大広間へとたどり着いた。

 そこには国王陛下、王太子殿下、セドリック公爵閣下、なぜかグンターも待ち受けていた。病弱という噂の王妃殿下の姿はない。デルフィーヌ様とノンナの姿もなかった。


「デルフィーヌ!」


 コンラッド王太子殿下が駆け寄って来た。(演技? それとも気づいてない?)と思ったが、衆人環視の場で「私は影ですよ」と言うわけにもいかず、抱きしめられるままになった。


「心配したぞ! 無事でよかった!」


 そこまで言って私の顔を覗き込んでから、王太子殿下がギクリとなった。やっと気づきましたか。


「どうぞそのまま気づかない振りをお願いします」

「デルフィーヌはどこだ」

「まだ敷地内のどこかに隠れています。敵の残党がいないとも限りませんので」

「無事なのだろうな」

「おそらく。これから捜しに参ります」


 周囲に聞こえない程度のひそひそ声でやり取りをする私たちは、甘い抱擁を交わしているように見えるだろう。王太子殿下は私を抱きしめていた腕をスッと離し、陛下たちの方へと導く。

 手を伸ばせば陛下に届きそうなところまで進んでから、私は小声でささやいた。


「陛下、影のケイトです」


 陛下はさすがの落ち着きぶりでうなずき、

「デルフィーヌ、さぞや疲れたであろう。さあ、部屋に入って休め。反乱は鎮圧された」

と声を張った。

 私はゆっくりと優雅に一礼し、広間を出た。付き添ってくれるのは第三騎士団のリーダーと軍人が十名ほど。


 デルフィーヌ様の部屋に入り、軍人たちにはドアの外で待機してもらう。部屋の中には私と第三騎士団のリーダーだけになったところで、素を出した。


「デルフィーヌ様と娘はどこです?」

「今はまだわかりません。三か所の候補のうちのどこかです。その場所の秘密保持のため、大っぴらにはお迎えに行けませんから。今、仲間が確認しているはずです。デルフィーヌ様の居場所がわかり次第私がお迎えに行きます」

「私も行きます」

「同行を許可します。妃殿下を無事に陛下と王太子殿下のところまでお連れしないと、この反乱は終わりません。さあ、行きましょう」


 私は侍女服に着替え、腕に布をかけてナイフを隠しながら部屋を出た。


「そう言えば、第一騎士団こそ王家をお守りしなくてはならないはず。今はなにをしているのですか?」

「お守りしているはずですよ。陛下と王妃殿下、王太子殿下とセドリック閣下、分散してオスカー様とルーカス様。王家を分散してお守りするのは警護の基本ですから」


 そうか。王家の直系は大切に護られ、他国から嫁いだデルフィーヌ様は逃げている。『余計なことを言えば母国と自分の立場を危うくする』と判断なさったデルフィーヌ様は正しかったというわけだ。


 私はさっきからずっとノンナのことが心配でならない。

(大丈夫。あの子はその辺の男たちより強い。今は余計なことを考えずにデルフィーヌ様とノンナを捜すのみ)

 そう繰り返し自分に言い聞かせて、冷静さを保った。

 

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