28 美しい古書
最近、頻繁にエリザベス嬢が遊びに来る。
彼女が来ない時はノンナがマグレイ伯爵家に通っている。何がどうなってそこまで仲良くなったのかと思うが、ノンナに女の子の友人が初めてできたことは喜ばしい。
おかげでエリザベス嬢に連れられて、ノンナはあちこちのお茶会に参加するようになった。それでも特に騒ぎを起こしたという話は聞いてないので、上手に淑女をこなしているのだろう。と、思うことにしている。
ある日の夕方、仕事帰りだというクラーク様が我が家を訪れた。
「先生、ノンナは最近、お茶会には参加してないのですか?」
「いいえ、しょっちゅう参加してますよ」
「参加して……誰とですか?」
「最近仲良くなったエリザベス・マグレイ嬢と一緒なんです」
「ああ、あの令嬢ですか。なんでまた。あの令嬢はノンナに意地悪をしたのに」
「それが、ノンナが強気の対応をしたら一気に仲良くなったみたいで」
「そう、ですか」
「クラーク様、何か心配ごとでも?」
口が重いクラーク様を励まし励まし聞き出したところによると、初参加のお茶会で、ノンナの周りには多くのご令息が集まったのだそうだ。
クラーク様の言葉を借りるなら「砂糖に群がる蟻のように」ノンナを取り囲んであれこれ話しかけていたらしい。
「ノンナは僕といる時とは別人みたいにしとやかで、ちゃんと淑女のマナーを守ってました。だけど、令息たちの関心を一手に集めてしまったせいでエリザベス嬢に目をつけられたんですよ」
「あぁ、そういうことでしたか。ノンナはまだ男性よりも女の子のお友達の方が楽しいみたいですよ。ご令息に囲まれたことは初めて聞きました。きっとノンナの記憶にも残ってないんじゃないかしら」
「なんだ、そうでしたか」
パアッと表情が明るくなったクラーク様が可愛らしい。
幼馴染みのノンナを、よその令息に持っていかれると思ったのだろうか。
「クラーク様、たまにはノンナの相手をしてやってくださいませ」
「はい! もちろんです。やっと帰国したのにほとんど会えないので残念に思ってました。あのシビルに行った時は、昔に戻ったみたいでとても楽しかったんです」
クラーク様は「次の休みに遊びに来ます」と言い残して帰って行かれた。その話をノンナに伝えると、「わあ!何をして遊ぼうかな」と嬉しそうだった。
今日も今日とてエリザベス嬢が我が家に来ていて、エリザベス嬢はノンナに
「ノンナさんはもう少し髪型に手をかけるべきですわ」
と指導をしている。ノンナはキュッと髪を結い上げるのを嫌う。きつく結い上げると、そのうち頭痛がするのだそうだ。なのでたいていは一本の緩い三つ編みか、そのまま後ろに長く垂らしている。
二人が仲良く遊んでいるので私は軟膏作りをしていた。
なんでも『南区の修道院で売っている軟膏は良く効く』という評判が広まって、最近では東区の貴族の使用人までが買いにくるのだとか。
軟膏を売るにあたって、一応届けは出してあるし、内容の確認も担当の役所にしてもらっているが、あまり評判になっても作るのは私だけだから無理がある。
出来上がった軟膏を修道院に届けるよう伝えてリードに託し、運動がてら平民風の服装に着替えてザカリー古書貸本店に向かった。
ウィル・ザカリーさんは今日も本を読んでいて、店内には私の他に客が二人いた。
「いらっしゃいませ。ごゆっくり」
「こんにちは。お邪魔します」
まずは例の書棚で偽装古書がないかを確認し、安心してから他の本棚を眺める。あの貸金商会が摘発されたから、ちらほら並べてあった偽装古書もなくなったようだ。騙される人が減って何より。
ノンナはエリザベス嬢の家にある本を片っ端から借りて読んでいるらしく「買ってあげるから」と言ってもあまりここには付いて来なくなった。
私は刺繍の古本を二冊買って、支払いをしようとしたところで、ザカリーさんに話しかけられた。
「失礼ですが、お客様は古書に興味がおありですか? いつも扉付きの書棚をご覧になっていらっしゃるので、収集のご趣味がおありかと思いまして」
「ええ、少し」
「実は珍しい古書を入手したのです。見ていただけますか?」
「ええ、喜んで拝見しますわ」
ザカリーさんが見せてくれたのは、ため息が出るような素晴らしい本だった。
エルマー直筆の『失われた王冠』ほどではないが、相当古い。金色に箔押しされたタイトルは『装飾の歴史』で、古今東西の豪華なネックレス、チョーカー、ブレスレット、指輪の写実的な絵が描かれていた。
「素晴らしいですね。挿絵も素晴らしいですが、脇に書き込まれている歴史的な逸話が、どれも興味深いです。私はアクセサリーには詳しくありませんが、これは読んでも眺めても飽きない内容だと思います」
「きっとそう言ってくださると思っていました。夫人にお買い上げいただけると、この本も私も喜びます」
「あら」
買えると言えば買える。我が家は金貨をたくさん賜っている。
だが、この本の値段は小金貨八枚。いくらなんでも古書に小金貨八枚はどうなんだろうと迷う。それだけのお金を寄付したら、あの修道院のベッドの質を改善できるだろうと思うと二の足を踏む。どっちを取るかと言われたら修道院のベッドの改善の方が私には重要だ。
「迷いますよね。実は倉庫代わりにしている他の建物に、これと同じ系統の本でもう少しお手軽な値段の本もありますので、よかったら見に行きませんか。おひとりでは不安でしょうから御者さんも一緒にどうぞ」
「そうですねえ、今日はもう夕方ですので、明日にでも」
「ええ、ではお待ちしています。美しい古書と一緒にお客様をお待ちしております」
今日はノンナがクラーク様の家にお呼ばれしている。明日なら家にいるはずだ。たまにはノンナに付き合ってもらおう。ジェフリーとも来たいが、ジェフリーは毎日のように騎士団の詰所に出掛けている。第二騎士団長がなんだかんだとジェフリーを呼び寄せているそうだ。
ジェフリーも愛着のある騎士団だから嬉しそうに詰所に通っている。ジェフリーが嬉しそうなら何より。
帰宅後、ノンナにこのことを話すと
「いいよ、私もきれいな挿し絵の古い本、見てみたい」
と言ってくれた。
その夜は(明日はどんな本に出会えるのかしら)と想像しながら眠った。






