14 追跡
「うそぉ! お母さん、これってどういうこと?」
「やられたわね」
「先生、こんなことを一体誰が」
再び苦労して崖の裂け目を通り、滝のある場所まで戻った私たちが目にしたのは、荒らされてばら撒かれた私たちの荷物だった。
どうやら荒らした人間はおなかが空いていたらしい。食べ物が根こそぎ消えていた。
「信じられない。私がだいじに取っておいた飴までなくなってる」
「あら、ノンナ、飴なんて持ってたの?」
「うん、バーサが『道中これをどうぞ』って渡してくれた蜂蜜味の飴だったのに! 大切に一日一個ずつ食べてたのに! もう、絶対に許さない!」
ノンナが怒りのあまりにシュッシュッ! と連続で回し蹴りを繰り出している。それはやめなさいってば。
「ジェフ、どうする? 追跡してみる?」
「俺と君だけならそうするんだが。この子たちを置いてここを離れるのはなぁ」
「行く! お母さん、お父さん、私も行くから。蜂蜜飴を取り返したい!」
明日までリードはここに来ない。食料無しだと一度あの石積みの家まで帰ることになる。食べ物無し馬も無しだとそれはそれで結構大変なことだ。半分でいいから食べ物を取り戻したいのだが。
今なら追いつけるかもしれない。
問題はクラーク様だ。彼は自分の身を守れないだろう。相手の人数によってはクラーク様が危険に晒される。
そんな私の心を読んだかのようにクラーク様が発言した。
「おじさん、先生、僕は剣の腕はありませんが、スバルツ語なら話せます。ここはスバルツ王国との国境に近いので、もしかしたら荷物を荒らしたのはスバルツの人間かもしれません。その場合、戦闘にならないように、僕が通訳を務めます。役に立ちますから連れて行ってください」
「スバルツ語、話せるのか」
「はい、おじさん。僕、先生とノンナがいなくなった後、いつか再会した時に外国語に堪能なところを見てもらおう、先生を驚かそうって、それを励みに頑張ってきたんです。アシュベリーに隣接する国の言葉は一応全部話せます」
なんて健気なんだろう。
(クラーク様のお気持ちに配慮すれば連れて行って差し上げたいけれど)と、私が考え込んでいたらジェフリーがさっさと許可してしまった。
「おう、わかった。クラークも一緒に行こう。もしかしたら何か食べ物を盗まなくてはならならないほど困ってる状況かもしれないしな。お前がスバルツ語を話せるのなら俺も心強い。安心しろ。お前のことは俺とビクトリアが守るさ」
「ありがとうございます!」
そうね。ノンナは自分の身は自分で守れるから、クラーク様を重点的に守るとしよう。対象者の保護と護衛なら散々やってきた。こんな聞き分けの良さそうな対象者ならお安い御用か。
ということで私が先頭だ。子どもたちを間に挟んでジェフリーが最後尾。森の中の草の踏まれ具合を見つつ、周囲への注意も怠らないで進む。追跡は得意だ。
歩くこと三十分以上。犯人の家を見つけた。それを家と呼べるのならば、だけど。
ボロボロの小屋は周囲の木に蔓を渡し、そこに枝葉を重ねた屋根を載っけた家というより野営の拠点だった。周囲はわずかに地面が見えるけれど、手を伸ばせば届くところまで森の植物たちが迫っている。
どうやら食料はむさぼり食べたらしく、包んでいた油紙がそこかしこに捨てられている。こんな捨て方をしたら匂いで獣が寄って来るでしょうに。
「私が行くわ」
「俺が行くよ」
「あなたじゃ怖がってしまうかも。酷い生活をしてるようだから、おそらく体力はあまりない気がするから私が」
「よし、じゃあ頼んだ。俺たちはここで見ているが、何かあったら飛び出すぞ」
「わかった」
私は短刀をいつでも抜けるようにしてから小屋に近づいた。小屋から物音はしない。そっと近づいて中を覗くと、悪臭がした。そして中に、十五、六歳くらいの少女が眠っていた。彼女の周りにはいろいろな食べ物が置かれていて、どうやら盗んだ食料で満腹し、眠くなったようだった。
振り返って三人に『大丈夫』とうなずいて見せた。そして全員が揃ったところで私が声をかけた。
「起きなさい」
声をかけると少女は飛び起きた。私たちを見ると、猛烈な勢いで逃げ出そうとした。けれどジェフリーが素早く少女の腕をつかんで捕まえた。
少女はそのジェフリーの腕に噛みつこうとしてジェフリーを手こずらせている。
その少女が動くたびに悪臭が広がる。なんでこんなに臭いんだろう。獣の排泄物みたいな臭いだ。
羽交い絞めされても両足をばたつかせて暴れる少女に向かって、クラーク様が話しかけた。すると少女は動きを止めて、必死な顔でクラーク様に向けて何かを訴えている。
私はスバルツ語は不案内なので、クラーク様に任せて会話が終わるのを待った。かなり長いこと話し込んだ後で、クラーク様がなんとも悲し気な顔をしながら私たちに説明してくれた。
「彼女はスバルツの国策で有無を言わせずに仕事場の雇い主と結婚させられそうになったそうです。その男が恐ろしくて逃げてきたと言っています。スバルツではこの辺りに住んでいた民族を強制的に国民として取り込むために、政策として結婚を無理強いしているとか。彼女は両親がもういないので、かばってくれる人がおらず、逃げ出してここで暮らしているんだそうです」
「クラーク、彼女はいつからこんな暮らしをしてたんだ?」
「三週間だそうです。この悪臭は、熊の糞を水に溶かして身体に塗ったと言っています。熊の糞の匂いがすると、他の獣が寄ってこないからと」
「ああ、それでか」
スバルツ王国とアシュベリーは民間レベルではほとんど交流がない。
そんな理不尽なことが行われていることを私は知らなかったし、ジェフリーもクラーク様も知らなかったようだ。二人とも苦い物を口にいれたような顔をしている。
「ジェフリー、あなたにお願いしたいんだけど」
「ああ、奇遇だな俺からも君に頼みたいことがある」
「お父さん、お母さん、この人をうちに連れて帰ろうよ。可哀そうだよ。いいよね?」
「そうね。王冠の探索より、生きてる人間の保護の方がよっぽど重要だわ」
クラーク様が再び通訳をしてくれて、少女は怯えながらも同意してくれた。もっとも、彼女にしてみれば拒否できる状況ではないだろうけれど。少女の名前はオーリ。十六歳だそうだ。
「まずはこの悪臭をどうにかしましょう」
「そうだな。まずは滝まで戻って身体を洗ってもらおう。既におれの身体から悪臭がしてるよ」
オーリが盗んだ食料のうち、手つかずの分は返してもらうことにして、皆で荷物を抱えて滝まで戻ることにした。オーリはクラーク様のことを信用したらしく、クラーク様が近くにいると安心するようだった。なのでクラーク様とオーリの二人を私とジェフリーが挟み、ノンナは二人の後ろについて歩いた。
滝に着いて男性二人には辺りを見張っていてもらい、私とノンナが徹底的にオーリを洗った。季節は夏の初めとは言え、滝の水は冷たい。オーリの唇がすぐに紫色になったが、ここは我慢してもらおう。とんでもなく臭いのだから。
オーリを洗っている間にジェフリーが盛大に火をおこし、洗い終わってガタガタ震えているオーリに暖を取らせた。
私は取り戻した食料でスープを作った。オーリはそれもすごい勢いで食べた。
ゴシゴシと洗ったオーリは、亜麻色の長い髪、赤っぽい茶色の瞳の、なかなかに器量良しな娘だった。
「私の着替えがちょうどサイズが合ってよかったわ。さて、リードが来るのは明日だから、待たずに山を降りましょう。ここにはまた落ち着いたら来ればいいわよ」
「そうだな。オーリを探しにスバルツの人間が来ないとも限らない」
私たちは壁の裂け目にまた石を積み、気休めでもいいからとその辺の草や木の枝を差し込んで裂け目をわかりにくくした。見る人が見ればすぐわかるだろうけど、そのままにしておくよりはいい。何しろ身元不明の五体の骸骨があるのだから。骨と言えど、獣に荒らされたらさすがに気の毒だ。
石積みのあの家に戻る途中の休憩の時に、クラーク様が心配そうに私に尋ねてきた。
「先生、スバルツの人間を黙ってアシュベリーに連れていくと、何かの問題になりませんか。先生が罪を負うことになるのではと、僕、心配です」
「あら、クラーク様。私とジェフリーは我が国の森の中で迷子になっていた娘さんを保護しただけですわ。彼女がどこの国からきたのか、私、知らないんです。だって、言葉が通じないんですもの。クラーク様も彼女の訛りが強くてよく聞き取れなかったのではありませんか?」
芝居じみた表情と口調で私がそう言うと、クラーク様は「あっ」と言ってから下を向いてクスッと笑い、
「そうでしたそうでした。うっかりしてました」
と笑った。






