136 私の思考は読まれていた
馬車は第三騎士団員のチェスターさんが住んでいる屋敷に着いた。
ドアを開けてすぐ、「ハッ! ヤッ!」という聞き覚えのある声がした。ノンナの声だ。
チェスターさんの家でいったい何を? と訝しみながら門に近づくと、前庭に十数人の子供たちがいた。
年のころは八歳から十四、五歳くらい。全員庶民の女の子だ。
ノンナはシェン国から持ち帰った道着を着ていて、子供たちの前でチェスターさんと組み手をしている。
チェスターさんがちらりと私を見た隙を狙って、ノンナが手刀を繰り出した。それが見事にチェスターさんの胸に決まって、チェスターさんは「ゲホッ、ゴホッ」と咳込んで上半身を折った。
「わあ! ノンナ先生の勝ち!」
「いやあ、やられたな」
「あ、お母さん! どうしたの?」
「どうしたの? は私のセリフよ。ノンナ、ここで何を?」
「弱者の味方をしています。私はデル・ドルガーの弟子なので」
久しぶりに聞いたわ、デル・ドルガー。
「お久しぶりです、アッシャー子爵夫人。ノンナさんと一緒にこの子たちに護身術を教えています」
「護身術……」
「庶民の友人との交流は、お母様の許可が必要なことでしたか?」
「いいえ。ノンナの奉仕活動に口は出さないわ」
「あら、意外」
目を丸くして「あら、意外」と言うノンナが妙に大人っぽい。チェスターさんが慌てて私にだけ聞こえる小声で話しかけてきた。
「これはもともと陛下のご命令で始めたことなのです。それにたまたまノンナさんが参加しただけでして」
「陛下のご命令ですか」
「はい。王都だけでも庶民の女の子が年に数人、多い時は数十人姿を消しています。駆け落ちや家出も含まれるために調査が難航しています。陛下のお声がけで、せめて人身売買の取り締まりの助けになればと、子供たちに護身術を教えております。私は最近現役を退きましたが、まだお役に立てます。私の他にも指導する者がおりまして、これは退役した有志が参加している試みなのです」
ノンナはヨラナ夫人の家に遊びに来て、偶然この集まりに気づいたそうだ。偶然ねえ。掛け声に気づいて我慢ができず、というところじゃないかな。ノンナは私が何か言う前に先手を取った。
「お母さんが嫌がるようなことは何もしていません。安心してよ、お母さん」
ああ、この子は変わったなと思う。成長して自分の立場を理解している。以前は向こう見ずだったり活発でありつつも私の表情を確認することがあったけれど、今はそれがない。自分が踏み越えてはいけないラインを理解したのだろう。
「わかったわ。私は口を出さないから、子供たちの指導を頑張って」
「はい! ありがとう、お母さん」
笑顔を返事の代わりにして、チェスターさんに近づいた。彼が若干緊張しているのは、ノンナが私の許可を取らずにこの取り組みに参加し、彼もまた私の許可を取っていないのを知りつつ参加させていたからだろう。
「ノンナが近所の奉仕的な取り組みに参加していた。それだけですわ。私は怒っていません」
「そうおっしゃっていただけると助かります。それで、本日のご用件は?」
「二人の訓練生が、私に体術の個人指導を依頼してきたんです。自由時間を使いたいようですが、それにチェスターさんが関わることはできるのでしょうか。部長のご判断を仰ぐ前に、それを確かめに来ました」
チェスターさんが「これはこれは」という顔をしている。
「実は数日前に、部長からご指示をいただきまして。もしあなた様に手を貸してくれと言われたら手伝ってやってくれと言われております」
「数日前に? だってあなたに依頼しようと思ったのは、ついさっきのことなのに」
「あの方が部長になったばかりの頃から、こういうことはよくありました。まるで未来が見えるのかと、当時現役だった私たちは驚いたものです」
エドワード様は私が生徒たちに個人授業を頼まれてチェスターさんを頼ることまで想定していたってこと? まさか。
「まさかとお思いになるでしょう? 私らも何度もまさかと思いました。でも同じようなことが繰り返されるうちに、この人は本当に先が読めるんだなと確信しました。確信してからの我々は、部長のご判断を心の底から信頼するようになりました」
チェスターさんによると、エドワード様は四つの予測を立てたらしい。
私に特訓してほしいと言い出す生徒が現れ、私が引き受けること。
先輩教官に配慮して訓練場での特訓を避けること。
第三騎士団の関係者を助手にして、できるだけ波風を立てないようにすること。
その場合はマイクさんでもミルズでもなく、チェスターさんを頼ること。
唖然とした。エドワード様は毎回こんなふうに正しく先を読んできたのだろうか。たくさんの要因を考慮して先を見通すにしたって、少しは間違えそうなものなのに。
「アシュベリー王国が富をどんどん蓄えながらも周辺各国と平和な関係を続けてこられたのは、部長の先を読むお力の影響が大きいんです。軍部の連中はそれを理解できず、平和なんだから第三騎士団の予算を減らせと繰り返し要求してきました。部長は苦労なさっていらっしゃいましたよ。そういうことですので喜んでご依頼を引き受けさせていただきます。この件での部長への問い合わせも報告も要りません。そんなことに時間を使わないでくれと言われております」






