115 男たちの密談
大公夫人は回復したものの、全ての日程が組み直しになった。学校の視察は中止しないというのが大公夫人の意見だ。
文官のクラークは日程の再調整に追われている。
日程変更の連絡を次々と手紙に書いて使いの者に渡し、学校からの返事を受け取って確認している。
視察に行くはずだった学校はどこも晴れの舞台を見てもらおうと準備していたから、急に日程が変更になって慌てている。返ってきた手紙の文面からその雰囲気が読み取れる。
文官の長は日程表を確認して大公夫人に差し出すだけで、実際に作成するのはクラークの仕事だ。ひたすら作業しているクラークを、隣の席の同僚が気の毒そうに眺めている。
「クラーク、手伝おうか?」
「大丈夫だ。日程の組み直しは一人でしたほうがいい。終わったら齟齬がないかどうか確認してくれるか?」
「もちろんだ。大公夫人は病気か?」
「体調不良としか聞いていない」
「もうさ、ランダルに帰って養生すればいいのにな」
それには苦笑するだけにとどめて返事をしない。
昨夜、外務大臣である父から真相を聞かされていたが、大公夫人が自分の侍女に襲われたことは極秘扱いだ。
クラークが話に乗ってこないので同僚は自分の仕事に戻った。
複数の学校とやり取りをして、日程を組み立て終わったところで連絡係がやってきた。
「クラーク様にお客様です。イルカーク様という方です」
「そう。少し来客用の部屋で待ってもらって」
日程をもう一度確認してからイルが待つ部屋に向かう。
「イルは毎日どこかへ出かけて何かをしているらしい」と母のエバから聞いたばかりだ。つまり「どこで何をしているか不明」ということだ。エバはエドワードの妻ブライズから「イルのことが心配だ」と相談されたらしい。
そのイルが自分に何の用だろうかと訝しく思いながら、接客室のドアをノックした。
「待たせて悪かったね」
「俺こそ仕事中に悪いな。ちょっと人に聞かれたくない話なものだから」
「どんな話?」
「クラークは大公夫人に関係する仕事をしているんだって? ブライズ様から聞いたよ」
クラークは即答を避けた。普段はイルに笑顔で接しているが、本心では彼を警戒している。理由はノンナのことだ。
ブライズ・アッシャー夫人は預かっているイルを心配しているらしく、イルのためにクラークを呼んで茶会を開くことが何度もあった。
クラークは休みの日にノンナと出かけたいし、ノンナとおしゃべりをしたい。クラークにとって、この茶会はありがたくないが断ったことはない。両親には「出られる集まりは出るべき。それを無駄な時間にするか有益な時間にするかは自分次第」と言われて育ち、自分もそう思うからだ。
ノンナもその茶会に必ず呼ばれる。そして三人が集まると、イルはシェン国の話題を出すことが多い。
イルがからかい半分でクラークにやきもちを妬かせようとしているのは気づいているから、笑顔で「いい思い出だね」と平然とした態度で聞いている。しかし内心は穏やかではない
ノンナがイルに対して兄と妹のような感情しか持っていないのは知っている。
知っていてもなおモヤモヤする。シェン国での五年間、イルはノンナと一緒に楽しく過ごしていた。その間、クラークは寂しくノンナの帰りを待っていた。仕方ないとわかっていても悔しい。
微妙な関係のイルがなぜ自分に情報を教えるのか。迷っているクラークを見て「ふっ」とイルが笑う。
「そんなに警戒すんなよ」
「警戒なんてしていないよ」
「してるさ。まあ、仕方ないか」
何が仕方ないのか。カチンとくるが、クラークは一番優雅に見える笑みを浮かべた。
「イルが僕にいい情報をくれるなら、ありがたく聞かせてもらうよ」
「クラークはノンナの婚約者になるつもりなんだろ? ノンナの兄としてはクラークに点数を稼がせてやろうと思ってさ。ただし、俺からの情報ってことは伏せてほしい」
「いいだろう。君のことは伏せるよ。ぜひ聞かせてくれ」
(つもりじゃなくて絶対に婚約するし、ノンナは君の妹じゃないけどな)
心で言い返しても口には出さない。いま重要なのは情報の内容だ。
「俺はこの国にいる間に色々な経験を積むために動いている。その途中で不穏な仕事を手配された。大公夫人の一行を襲う仕事だよ」
「は?」
(こいつは何を言っているんだ?)
思わず目を細めてイルを見てしまう。
「イル、そういう冗談は言わないほうがいい。誰かに聞かれたら即逮捕されるよ」
「冗談じゃないさ。大公夫人は近々平民の学校へ視察に行くんだろ? その途中で襲えって指示だ。軍人の警護がつくに決まっているから、報酬の額が驚くほどいい。腕があって失うものがなくて切羽詰まっているような連中ばかりが選ばれている。あとがない人間は侮れないもんだぞ」
クラークは(どうやら冗談ではないらしい)と判断して話を進める。
「その話が本当なら、襲撃を計画した人の名前は?」
「仕事を手配している人間と計画した人間は別だと思う。誰から仕事を手配されたかは言えないし、計画したのが誰なのかはわからない。ビクトリアさんが大公夫人の通訳をしているから、これはまずいと思ってさ」
「詳細を知りたい。頼む」
クラークは深々と頭を下げた。ノンナとビクトリアのためなら矜持を投げ捨てることなどなんでもない。
「わかった。教えるよ」
襲撃計画の詳しい内容を聞き終えてから、クラークはイルに疑問をぶつける。
「この話をなぜ僕に? ジェフリーさんに持っていったほうが話が早いだろう」
「いや。軍務副大臣と言いつつ、実質王国軍を動かしているのはジェフリーさんらしいじゃないか。だとしたら敵味方を問わず、あの人の動向に注目している人間は多いはずだ。そこにのこのこ顔を出して俺の顔を覚えられたくない。かと言って自宅に行けばノンナが聞きつけて関わろうとするだろう。ノンナはビクトリアさんのことになると必死になるからな。ノンナには関わらせたくないんだ」
「それはそうだね」
「要職に就いている人にこの種の手紙を出すのは愚の骨頂だしな。だからクラーク、君を選んだ。点数も稼げるだろ? じゃ、そういうことだから。あとは頼んだ」
「待って! 君は襲撃に参加するのか?」
「する。俺に仕事を割り振った人物にちょっと興味があるんだ。俺は目立ちたくないから、そこは上手く立ち回るよ。もちろん大公夫人に手をかける気はない。戦闘が始まったら捕まる前にさっさと逃げるつもりだ。じゃあな」
イルは言うだけ言うと帰って行った。
クラークはしばらく考えてからイルから聞いた情報をジェフリーに伝えることにした。
文官の長は普段の言動から考えると、この曖昧な情報を聞かされたら嫌がることは間違いない。「そんな人間と関わりがあるのか」と逆に叱責されるのは目に見えている。
ここはジェフリーの判断を仰ごうと思った。
「火急の用で」と伝えると、ジェフリーはすぐに時間を作ってくれた。
人払いをしてもらってから前置きはせず、「大公夫人を襲撃する計画があるようです」と告げると、ジェフリーはまず「誰の指示だ?」と聞いてきた。
「計画したのが誰かはわかりません。実行犯を集めたのはこの国の者のようですが、それが誰かもわかりません。計画した者は金払いがいいそうです。襲撃役に選ばれた者は事前に腕前を確認され、選ばれた者のみが仕事の内容を聞かされたとか」
ジェフリーがクラークの目を覗き込んできた。
「それは誰からの情報だ?」
「情報提供者の名前は明かせません。証拠もありません。ですが信憑性は高いと判断しました」
「そうか……。警備を強化するよ。大公夫人にも襲撃の可能性があると伝えるが、なんの証拠もないなら、おそらく大公夫人は視察に行くだろう」
「そうですか」
文官の立場から言えば、襲撃を防ぐために視察を取りやめてさっさと帰国してもらうのが最善の選択だ。そんなクラークの心を汲み取ったのか、ジェフリーが視察を中止させない理由を説明する。
「襲撃の実行犯を捕まえ、仕事を手配した人間を捕まえ、襲撃を計画した犯人までたどりつきたいんだ」
ジェフリーが声を低くして話を続ける。
「ランダルのことはランダルでケリをつけてもらいたいものだ。アシュベリーを舞台に選んだ人間には報いを受けさせないとな」
静かな口調だが、ジェフリーは間違いなく怒っていた。






