104 手抜かり
入団希望の人間が来るのは珍しくないらしい。
私が声をかけると、疲れた雰囲気の中年男性がテントの中からのんびりと出てきた。そして私たち四人を無表情に眺めている。
私は愛想のいい表情と声で男性に話しかけた。
「突然すみません。この子たちが入団を希望しているんです。ついでに私と夫も雑用係で雇っていただけたらありがたいんですが。私は料理が得意なんです」
「俺はなんでもこなすよ。特に酒の扱いなら任せてほしい」
男性はポリポリとくせ毛の頭をかく。
「料理と酒ねえ。本当かなあ。もしかして夜逃げか?」
「それは……お察しの通りですわ。この人が賭け事で大損しちゃって……」
「すまなかった。運が向いていると思った俺が馬鹿だった」
しょんぼりと謝るザハーロさんの演技が上手い。意外だ。
「ま、それなら雇ってやってもいいかなぁ。最初の一ヶ月は見習いだから、給料は出せないよ? それでいいなら」
「はい! 俺らは寝床と食事にだけありつければ!」
「じゃあ腕前を拝見だ。頼むかどうかはそれから決める。俺はハリー。外との交渉は俺が担当しているんだ。あんたたちは?」
「アンナと申します。夫はザハーロ、娘はノンナ、息子はイルです」
ハリーが遠慮のない視線で私たちを見比べている。
「あんたたちは家族……じゃないだろう? 子供たちが全く似てない。お嬢ちゃん、お前さん、さらわれたんじゃないだろうね? たまにさらった子供をうちに売り飛ばそうとする連中がいるんだよね」
「違います! 私は捨て子だったのをお母さんに拾って育ててもらったんです!」
「あ、俺も。この人たち、善人なんで」
「ほう?」
ノンナが「どうだ!」と言わんばかりに保護されたと胸を張って語っている。
そこは表情が違うんだけどなあ。そんな自慢げに語ったら同情を引けないでしょうに。そう思いつつも黙って見ていたのだが、ザハーロさんは笑い出したいのを我慢している気配。ノンナから急に目をそらし、唇を噛んでじっと足元を見ている。
「この国は景気がいいからさ、一番下っ端の団員が四人も抜けたんだよ。『ここの給料より商業王国の雇われ仕事のほうがよっぽど賃金がいい』って言ってね。そうだなあ、ちょうどいいって言えばちょうどいいのか。お嬢ちゃんと兄ちゃんは何ができるんだい? それによるかなあ」
ノンナが私をチラッと見た。あ、まずい。ノンナがすごく張り切って、鼻が膨らんでいる。私、「ほどほどにね」と釘を刺すのを忘れていたわ。
「ナイフ投げと、高いところは得意です。走る馬の上で立つこともできます。それと多分、空中ブランコもできると思う」
「あ、俺も同じく。そのくらいならできますね」
若者二人の言葉を聞いてハリーさんが苦笑した。
「おいおいおい。不死鳥遊戯団を甘く見てくれるなよ。ま、最初はみんなそう言うんだけどな。どれ、まずナイフを投げてみな。あっちの杉の木に的がくくりつけてあるだろ? 真ん中なんて贅沢は言わないよ。ナイフが的に届けば上々だ。怪我だけはしないでくれよ。面倒だ」
「はぁーい」
「あんたらはここにいてくれ。失敗したナイフで怪我をされたら困る。よし、嬢ちゃん兄ちゃん行くぞ」
風のように走り出すノンナ。そのあとを歩いて進むイルとハリー。
「あ……」
「諦めろ。ノンナは全力を出す気満々だ」
「私としたことが手抜かりしたわ。さすがにイルは加減をしてくれると思うけど」
結果、私の希望的観測は大外れした。
最初にノンナが迷うことなく投げたナイフがカッカッカ! と的の真ん中近くに刺さった。絶句するハリーさん。「むふぅ!」と大満足のノンナ。「むふぅ」じゃないわ。
イルが私を振り返ったから『適度にね!』という意味でうなずいたのだが、イルには逆に伝わったらしい。イルはノンナよりも中心部に近い位置に三本のナイフを当てた。ど真ん中にしっかりと刺さった三本のナイフを見て、ハリーさんがゆっくり私たちのところに戻ってきた。
「なんだよ、この子たちは経験者なのか?」
「違うんだ」
ここでザハーロさんが前に出た。なに? なにを言うつもり?
「俺たち、この子たちを保護したのはいいんだが、貧しくてね。遊ぶ物がないから、この子らはナイフ投げで遊んでいたんだよ」
「そんなことがあるか?」
「あるんです!」
思わず力強く肯定した私とニヤニヤしているザハーロさん。そんな私たちを置いて、興奮した様子のハリーさんがノンナたちを連れて行ってしまう。隣の大きなテントに入って行き、「おーい! 大型新人の加入だぞ!」というハリーさんの大声が聞こえてきた。
「このあと、なんの技を披露するのかしら」
「くっくっく。いいさ。好きなようにやらせてやれ。とりあえず入団はできたようだ」
「そうね。まずは成功よね」
そう慰め合っている間にも、テントの中からドッカンドッカンと歓声やら笑い声やらが聞こえてくる。笑い声と一緒に拍手も。
「ま、いいにしましょうか。サブリナが見つかったら逃げ出せばいいことだわ」
「そのとおり」
招かれていないけれど、テントに近寄ってそっと出入口から中を覗いた。
「あっ」
ノンナは自分の身長より高さのある大きな玉の上に立ち、上手に転がして進めている。あちこちから鳴らされる指笛と歓声。ノンナは集中しすぎてすごく怖い顔になっていた。美少女の怖い顔を指さして、団員たちが笑い転げている。確かにちょっと面白いかも。
そのノンナが操る大玉の隣を、イルがバク転や側転の連続で進んでいるが、上手すぎる……。
「まあ、間違いなく大型新人だわな」
「そ、そうね。もう見せちゃったのだから、なるようにしかならないわね。ざっと見たところ、サブリナは見当たらないけど」
「ここにいるなら隠れているんだろう。ところで俺たちは雇ってもらえるのかね?」
結果から言うと雇ってもらえた。私とザハーロさんが調理場を手伝ったら「手際がいい! まずは腕試になにか作ってごらんよ」と言われて、羊肉で料理をした。ザハーロさんもきびきびと野菜の皮をむいたり炒めたり。
「腕がいいじゃないか。料理人並みだよ、あんた」
そりゃそうだ。仕事の一環で料理人をやっていたこともあるんだから。
私の料理の出来もなかなかだったと思うが、もっと喜ばれたのはザハーロさんが出した「お国別の酒」だった。
ハグルで人気のスパイス入りホットワイン、ランダルで人気のフレッシュハーブで香りをつけた蒸留酒、イーガルで人気の蒸留酒の白ワイン割り、そしてアシュベリーで人気のライムをたっぷり絞ってグラスの縁に塩を飾った蒸留酒。
各国出身の団員たちが「懐かしい! これこれ!」とお代わりをしまくっていた。
ハリーさんが「採用!」と親指を立てる隣で、ノンナとイルは私が料理したラム肉の香草焼きを黙々と食べている。
ノンナの周囲には女性の団員が集まって「美人だねえ」「こんな可愛い顔しているのに捨てられたのかい?」「悪いところに売られなくてよかったよ」などと話しかけている。その都度ノンナは「今のお母さんは本当に優しくて」と嬉しそうに答えている。
イルはと言うと、早々と食事を終えて、団員たちの身体を揉みほぐすサービス中だ。
「兄ちゃん上手だな!」
「ええ、昔これで小金を稼いで生きてました」
「そうか、苦労したな」
普段は無表情なイルが生き生きしている。イルは本当に工作員向きかもしれない。勧めはしないが反対もできないってところだ。
翌日から私は猛烈に働いた。早朝の朝食の準備、団員たちの衣類の洗濯、各テントの掃除。ゴミ集め、ゴミの焼却。「私は役に立つ働き者ですよ」とアピールしつつ、全てのテントを回って働いた。
そして見つけた。
サブリナとフェルナンは一番小さくて古いテントの中で、敷物に座り込んでいた。生気のない表情、だらけた姿勢。
(まあ、そうなるでしょうね)
外にも出ず、働かず、団員たちと打ち解けることもなく狭いテントで顔を突き合わせていれば、イライラするだろうし、相手の欠点も見えてくる。『運命の恋』や望まぬ相手との結婚という『悲恋』で盛り上がって駆け落ちしたのだろうが、『日常』には、どんな相手であっても「なんだ、普通の人間なのね」と目を覚まさせる力がある。
はかなげな美少女も用を足すし、心強く素敵に見えた男性だって寝言を言うだろうし歯ぎしりもする。一ヶ月も狭い空間で顔を突き合わせていれば、こうなるのは当然だ。
私はすぐには声をかけず、様子見した。「自分たちは追われている」と思わせたら、恋のスパイスが効果を発揮してしまう。
だから「失礼いたします。掃除をさせてください」と言ったきり無言で掃除をした。テントの中は散らかっていた。
掃除を終えてテントを出る間際に「もうすぐこの国を出てイーガル王国ですね。あの国はこことは大違いだそうで。冬が長く厳しいので有名です。洗った髪で外に出れば、一瞬で髪が凍るそうですよ。どうぞお風邪を召しませんように」とだけ告げた。
使用人が沸かした湯に浸かり、丁寧に髪を洗ってもらう贅沢に慣れているサブリナだ。私が放った言葉は、さぞやサックリと彼女の心に刺さったことだろう。






