103 不死鳥遊戯団
「大公様、ここ半年間のサブリナ様の外出記録、受け取った手紙とその差出人、来客の名簿を拝見できますか?」
「それなら既にまとめてある。我が家の手の者たちもこれを基にして捜索を続けているのだが、一向に見つからない」
大公から書類の束を渡された。直近一年間のサブリナの外出記録、受け取った手紙の差出人とその内容、面会に来た人。私信である手紙も容赦なく日付順に束ねられている。
六女といえどもサブリナの行動は全て把握されていた。それをざっと読んで頭に入れるが、その手紙の中に気になる内容があった。『不死鳥遊戯団』だ。
「イル、この書類の内容を頭に入れておいてほしいのだけど、できそう?」
書類を読み終えたら次々にイルへ渡す。イルは無言で受け取り、かなりの速さで書類を読んでいる。
「要点は記憶しました」
「助かる。では大公様、私たちはさっそく動きます。失礼いたします」
「本当にその速さで読んで、頭に入ったのかい?」
「自分でしたら、そういう訓練を積んでいますので」
「私も同じく、ですわ」
呆れた表情の大公に見送られ、私たちは退出した。必ず見つけ出せるとは言えないが、全力で探し出そう。本音を言えば、これは大公のためでもサブリナのためでもない。デルフィーヌ様のためだ。この国の平和を願う王妃を、私は柄にもなく大切に思っている。彼女の願いを叶えたい。
帰りの馬車で私は言いそびれていたことをイルに尋ねた。
「イル、周旋業者のエイブラムがあなたに大変に親切だった理由、わかってる?」
「俺が不味い健康茶のお代わりを頼んだから、ではないです。俺の実家があのお茶の製造元、つまり俺が薬の製造販売で有名なエンローカム家の息子だからです。気づいてもらうためにわざと『我が家の健康茶』と言いました」
感心してイルの顔を見た。イルは唇の右端をわずかに上げて私を見ている。
「あなたは私が思っていたよりも、ずっとこの手のことに向いているかもしれないわね」
「俺は子供時代に『このままでは兄の使用人で人生が終わる』と気づきました。それ以来、常に全力で努力してきましたからね。箱入りの坊ちゃん嬢ちゃんとは違います」
なかなか言うじゃないの。
「その坊ちゃん嬢ちゃんが今どこにいるか、思いつくかしら」
「手紙の中でフェルナンが書いて送ってきた不死鳥遊戯団が怪しいです。春にフェルナンが見物したという遊戯団が、この秋にアシュベリーに行くと書いてありました。そして秋に二人が姿を消した。偶然ではないような」
「そうね。遊戯団はまだ王都にいるのかしら。ザハーロさんなら王都の興行に詳しいはず」
不死鳥遊戯団は国境を越えて興行する大きな組織だ。ハグル、ランダル、アシュベリー、イーガルを移動しながら稼いでいる。私も昔、一度見物したことがあった。
空中ブランコやナイフ投げ、大道芸、馬の曲芸などが売りだ。
ノンナはクラーク様と一度見物に行っている。楽しかったらしい。そして「素晴らしかったよ。でも、あれなら私も今すぐ団員になれそうだと思った」とも言っていた。
黒ツグミに向かい、ザハーロさんに状況を報告した。話を聞いたザハーロさんの返事は早かった。
「不死鳥遊戯団ならもういないぜ。王都での興行を終えて、今頃はイーガル王国に向かって移動中のはずだ。国境手前の街で興行してから出国すると聞いた。追うか?」
「ええ。二人がそこに紛れ込んでいる可能性があるなら、まずは遊戯団を捜索しないと。国境を越えられたら厄介だもの」
「わかった。俺も参加させてくれ。それで……あんたには言いにくいんだが」
ザハーロさんが部屋の隅に視線を向ける。私とイルが同時に振り返った。三人の視線が集まったところで、四人掛けの席の陰からノンナが立ち上がった。
「もう。せっかく気配を消していたのに」
「もう、じゃないわよ。やっぱり来たのね」
「不死鳥遊戯団に入り込んで人を捜すなら、私の出番じゃないかな」
一応遠慮がちに提案するノンナが面白かったが私は無表情を保ち、ザハーロさんは「クッ」と笑い、イルは真顔で「確かに」とつぶやいた。
正直言うと私も、不死鳥遊戯団という文字を見た瞬間にノンナを思い浮かべた。
ドアが開いて、三十歳くらいの体格のいい男性が店に入ってきた。この店を短期間任せているという人か。
「ジェイコブ、俺は何日か出かけてくる。大丈夫か?」
「はい。行ってらっしゃい。店で暴れる人がいてもご安心を」
そう言いながら私たちに向かって太い腕の力こぶを見せた。
私たち四人は二時間後に王都の北門に集合と決めて、いったん別れた。ノンナが馬車の中でおずおずと話しかけてくる。
「お母さん、怒ってる?」
「怒ってないわ。不死鳥遊戯団の中を探らなくてはと思ったとき、ノンナの顔が思い浮かんだの。力づくで大所帯の中を捜し回るわけにはいかないから、中に入り込む人間が必要よ。それに時間がない。適任者は一人だと思ったわ」
ノンナは澄ました顔をしようとしているが、失敗している。とても嬉しそうだ。
「不死鳥遊戯団、お母さんも入団できるんじゃない?」
「あと十歳若かったらね。この年齢で曲芸やナイフ投げをあっさりこなしたら、逆に何者だって怪しまれる。潜り込むなら別口ね。でも、ああいう集団は自己完結しているものだから。入り込むのはかなり難しいの」
「こういう仕事って、案外働ける期間は短いのね」
「そういうこと」
私たち母娘の会話を、イルが黙って聞いている。どんな気持ちで聞いているのだろう。
イルは十七歳にして特殊任務を請け負う組織を作るつもりでいる。それを諦めろと言う気は、今のところはない。イルは自分の人生を選ぶ権利がある。お薦めはしないが、止めようとも思わない。なぜなら……私も、この仕事が好きだから。
ジェフに手紙を書き、使用人たちには「デルフィーヌ様の用事で数日家を空けます。ノンナも一緒よ」と告げた。
二時間後、王都の北門に四人が集合した。全員がそれなりの荷物を布袋に入れて馬の背にくくり付けている。ザハーロさんが行き先を告げた。
「王都で興行を取り仕切っている知り合いに確認した。不死鳥遊戯団は王都の北にあるブリンストールの街にいるそうだ。そこでの興行を終えたらイーガル王国に行くらしい」
「ザハーロさんの顔の広さと情報収集の素早さはさすがね」
「生まれてこのかた、俺は王都からほとんど出たことがないんだ。顔も広くなるさ」
王都の北門を抜ける道を、私は初めて通る。集落を抜けて馬で進むと、最初は見渡す限りの広大な小麦畑が街道の左右に広がっていた。
数時間進んだ今は、街道の左右は針葉樹の森だ。(旅人が襲われるならここね)と考えたが、アシュベリー王国の盗賊対策に手抜かりはない。商業王国にとって、商人や旅人が襲われることは致命的な痛手だからだ。
やがて背の高い針葉樹の北向こうに、雲に隠れる青い山脈が見えてきた。イーガルの民にとっての心の故郷、『青の山脈』だ。
「お母さん、あれがイーガルの『青の山脈』でしょう?」
「そうよ。イーガルは人口こそアシュベリーより少ないけれど、長い歴史と優れた文化の国よ」
「私もいつか行ってみたいなあ。お母さんは行ったことあるの?」
「一度だけね」
目の動きで(ザハーロさんがいる。これ以上はだめ)とノンナに伝えると(わかった)と言うように二回うなずいた。
夕方にはブリンストールの街に到着。街のあちこちに使い回しの看板が立てられていた。矢印つきで『不死鳥遊戯団のテントはこちら!』と描かれている。
「手順をどうするか、そろそろ打ち合わせをしようぜ」
「ノンナとイルが入団希望者。私とザハーロさんは……そうね、ノンナの保護者、でどうかしら」
ノンナがうなずき「こういうときこそ私とお母さんが似ていないのを使うべきよね」と言う。イルが「強い……」と感心している。
不死鳥遊戯団のテントに到着した。
王都ではショーを見せるテントだけが張ってあったが、ここでは生活用のテントも大小並べて張ってあった。その数は十一。
「さあ、作戦開始よ。私たちはみんな平民。間違えないでね」
「まかせて。平民は地で行けるから」
「ナイフは?」
「お母さんと同じ場所に隠してある」
「俺はズボンに隠してあります」
「自分が殺されそうにならない限り、命は奪わないで」
「わかってる」
「何かあったら叫びなさい。駆け付けるわ」
「はい、お母さん」
やる気を漲らせているノンナ、落ち着いた表情のイルを従えて、私とザハーロさんが事務所らしいテントに声をかけた。
「こんにちは! どなたかいらっしゃいますか? 入団希望の子を連れてきました!」
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