102 試験
身体をぶつけるようにして、勢いをつけてドアを押し開けた。
ゴッ! という鈍い音と固い物にぶつかる手応え。相手が襲い掛かってくるのを予想しながら室内に飛び込んだ。
だがこの家の住人は、ドアの向こう側で額を抱えてしゃがみ込んでいた。その足元には薪割り用の鉈。私が押し入るのと同時に裏口からザハーロさんが、雨戸代わりの板戸を跳ね上げてイルが飛び込んできた。
額を押さえてうずくまっているのは、三十歳くらいの大柄な男。力は強そうだがたっぷり腹回りに肉がついている。敏捷には動けなさそうな体つきだ。
「痛ってえ。なんでこんなことをするんだ!」
「鉈で殺す気満々だった人に言われたくないわね」
「まあまあ、ここは落ち着いて話し合おうぜ」
ザハーロさんの言葉で私は一歩下がり、ダガーを下ろした。男が私を睨みながら怒鳴った。
「あんたら何者だっ。こんなことをしておいて、落ち着いて話し合うもくそもあるか!」
確かに。
「あなたの名前は?」
「バートだ! なんなんだ、あんたら!」
「なぜ私を鉈で襲おうとしたのかしら?」
「こんな森の中に街の服装をした柄の悪い男が二人も近寄ってきたんだ。誰だって強盗だと思うじゃないか!」
イルが「は?」という顔になり、ザハーロさんが面白そうに質問する。
「この家に強盗に入られるような金目の物があるのかよ」
「代々森番の家だ、なんもねえわ! だけど、あんたら、見るからに怪しいじゃねえか」
「私もいたじゃないの」
「あんたの目つきが一番険しかったわ!」
ザハーロさんが「ぷっ」と笑った。イルは顔を背けているが、肩が震えている。三人とも失礼。
「バート、あなたは十七歳くらいの、金色の髪と紫の瞳のお嬢さんを知らないかしら」
「こんな森の中にそんな女はいねえ。本当だ」
イルが「手っ取り早く全部白状させますか?」と言いながら上着のボタンを外して開いて私に見せた。イルの上着の内側には中指ほどの大きさの陶器の筒が数本並んでいた。そんなものを携帯しているのかと驚きつつ、私は首を振った。
「貴重な自白剤を使うまでもないわ」
そこから先は私とザハーロさんがバートから話を聞き出した。
「あの井戸のことを説明してもらおうか」
「井戸? 俺の仕事は森の下草を刈ることと、井戸の底を掃除するだけだ。それ以外は狩りをしてる」
「なぜ枯れ井戸の掃除をするんだ?」
「親父も祖父さんもそうしてた。俺の家は侯爵様の森を代々管理してる」
「あの井戸、風が吹きあがってくるわね?」
「ああ、そうだ。昔からな。親父は枯れ井戸にはよくあることだと言っていた」
バートの表情をじっと見つめた。バートは嘘をついてはいない。目、指先、靴の先はどれも動かず、瞳孔の大きさも変わらない。
「この人、嘘はついていないと思うわ。私、ちょっと外に出るから、ザハーロさんはバートとここにいてくれる?」
「俺も行きます」
イルと二人で外に出て井戸を覗く。
「俺が下りて見てきます」
「いいえ。私が見てくるわ。イル、あなたは見張りを」
井戸の石積みの壁には小さな鉄の取っ手が打ち込まれている。それにつかまりながら井戸の底まで下りた。
じめじめした井戸の底に、ごくわずかな空気の流れがある。
「ここかしら?」
風の吹いてくるところにダガーを差し込むと、直線状に深い隙間がある。直線に囲まれた部分を全力で押した。ゴロゴロと音がして石の壁がゆっくり奥へと動き、人一人がどうにかすり抜けられる出入り口が現れた。その奥も人間がやっと通れる幅の通路。
石の扉は力を抜くとすぐに閉まろうとする。おもりと滑車を使った仕組みだろうか。
「ビクトリアさん、どうです? 何かありましたか?」
「ええ、あったわ」
この先に進む必要はない。この通路の先はワーズ侯爵家に続いているはずだ。私は井戸の壁を登り、イルと一緒に家に戻った。
「バート、井戸のことを父親からもなにも聞いていないの?」
「一体なんのことだよ? 親父は俺が十三のときに倒れて口がきけなくなった。それから二か月後に息を引き取るまで、寝たきりで何もしゃべれないままだった。お袋はもっと前に亡くなった。井戸に何かあるのか?」
「知らないほうがいいわ」
「森の下草を刈って、井戸の底を掃除していれば、ワーズ侯爵家から金がもらえる。俺が知っているのはそれだけだ」
「そう。乱暴なことをしてごめんなさいね。これはお詫びよ」
私はバートに銀貨を三枚渡した。
「いいのかい?」
「ええ、乱暴なことをして悪かったわ」
バートは素早く銀貨を尻のポケットにねじ込んだ。
「邪魔したわね、バート」
私たちは家を出て、距離を取ってから話し合った。
「バートは井戸のことは本当に知らないと思う。彼の父親は、井戸が侯爵家の秘密の通路に繋がっていると息子に教える前に倒れて、バートに引き継がれるはずだった秘密は父親の代で止まったんだわ。バートにお金を渡す人は下っ端で、その秘密を知らないのかもね」
ザハーロさんとイルが遠くに見えるお屋敷に目を向けた。
「ずいぶん大がかりな隠し通路だな」
「通路と出入口の狭さといい、井戸の上りにくさといい、サブリナ本人の協力なしで抜け出すのは、まず無理ね」
「ビクトリアさん、この次はどうするんですか?」
「大公家に行くわ。こんなに簡単な謎解き、大公が使っている人間にわからないわけない。大公は私が使える人間かどうか、試したのだと思う。貴族の最上位にいるだけあって、本当に面倒くさいこと」
遠慮ない私の言葉に、ザハーロさんが苦笑している。
「大公家なら、俺は遠慮する」
「俺は行ってみたいです」
「じゃあイル、一緒に大公家に行きましょうか。もしあなたも面会できるなら、その面倒くささを見るのも経験になるわ」
「シェン国の高位貴族とどちらが面倒くさいか、楽しみです」
私は少々の苛立ちを胸に、イルと二人で大公家へと向かった。大公に面会を申し込むと、すぐに部屋へ通された。
「サブリナのことについて、何かわかったかね?」
「はい、少しだけ。サブリナ様は手引きされたと言うより、ご自身の意思でワーズ侯爵家を抜け出したと思われます」
「なんでそう思った?」
「サブリナ様が使ったと思われるワーズ侯爵家の脱出路は、本人の協力なしでは抜け出すのが困難です。加えて、脱出路は主とその家族が使うもの。使用人が気楽には近づけない場所にあるのが普通です」
大公は無表情だ。
「サブリナ様があの通路を使ったなら、通路を教えたのは侯爵家の家族か、よほど信頼されている人物です。その中で現在姿を消している人物がいれば、それがサブリナ様の同行者でしょう」
「もうそこにたどり着いたか」
「はい」
腹立たしい。大公はあの隠し通路の存在も、手引きをした人間も最初から知っていたのだ。私がこれまでに使った時間があれば、もっと早く捜索に乗り出せるのに。
「大公様、これが私を使うかどうかの試験であれば、どうぞ試験はここまでに。お手持ちの情報を私に開示してください。時間の無駄でございます」
隣のイルが緊張し始めた。大公相手にズケズケ言いすぎたか。
だが、姿を消しているのは国王の従姉妹。さっさと探し出すべきなのに、この面倒くさい手順はなんなのか。
「サブリナが行方をくらました当時、ワーズ侯爵の妹が母親の見舞いを兼ねて里帰りをしていた。十八歳の息子フェルナンを同行してね。そのフェルナンも姿を消している」
「ワーズ侯爵様の妹様が嫁いだ先は?」
「ランダル国王の末の弟だ」
なんて厄介な。
婚約者がいる身で姿を消しただけでも大変なスキャンダルなのに、アシュベリー国王のいとことランダル国王の甥が……おそらく駆け落ちだ。
「その情報はランダル側に伝わっているのでしょうか」
「まだだ。だが帰国の引き延ばしもそろそろ限界だ。私が第三騎士団の関与を渋っていたら、コンラッド国王とデルフィーヌ王妃が君に頼れと強く勧めてきた。私は君の素性が知れないから迷っていた」
大公様が私とイルの前で頭を下げた。
「試すような真似をして申し訳なかった。私の手の者も捜しているのだが、もう時間がない。どうかサブリナとフェルナンを見つけてほしい。これはフェルナンの絵姿だ」
私は絵姿を受け取りながら上品に微笑んで返事をした。
「全力でお捜しします」






