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手札が多めのビクトリア 2 【書籍化・コミカライズ・アニメ化】  作者: 守雨
【新しきアシュベリー王国】

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100 久しぶりの黒ツグミ

 大公家から帰宅し、庭の花を切りながら考えている。

 サブリナはコンラッド国王の従妹いとこだ。どう考えてもそんな令嬢をかくまっている貴族がいるとは思えない。

 大公家に敵対する貴族がいるとしても、サブリナは六女。婚約先は国内の侯爵家。彼女を拉致監禁して得られる利益は少ないのに、危険度は途方もなく高い。


 それに、一族郎党が処刑される覚悟でサブリナの拉致監禁に手を出す貴族がいるなら、ローレンス様がとっくに把握しているだろう。

 私は王都の平民街から捜索を始めようと思っている。


「この件は、サブリナ自身が協力している可能性が高い、かな」


 彼女を捜すのは私一人でもいいのだが、ここは人手があったほうがいい。少し考えてイルに声をかけることにした。エドワード様のお屋敷に戻ったイルの近況も知りたい。


 まだ午後三時くらいか。ジェフが帰る前にイルを連れてザハーロさんに相談してみよう。そう決めてエドワード様のお屋敷に向かった。先触れなしの訪問だったが、運のいいことにイルは庭で運動をしていた。

 馬車に気がついたイルが笑顔で駆け寄ってくる。


「ビクトリアさん、いらっしゃい」

「イル、あなた人探しを手伝う気はある?」

「あります」


 即答だ。イルが着替えに走り、入れ替わりにブライズ様が出て来た。


「アンナさん、中には入らないつもり? 寂しいわ」

「また後日改めてお邪魔します」

「そうそう、ノンナがこまめに顔を出してくれているから、お義母様が喜んでいるの。私も助かっているわ」

「ノンナがお役に立てているならなによりです」


 毎日せっせと出かけているのはエリザベス嬢の家だと言っていたが、コートニー様にも会いに来ていたのか。

 着替えたイルと二人で馬車に乗り、黒ツグミに向かう。


「ビクトリアさんが動くのなら、ただの人捜しではないんでしょう? 面白そうな用事ですか?」

「なんでそう思うのかしら?」

「雰囲気がいつもと違う。キラキラしてる」


 思わずイルの黒い瞳を覗き込んだ。整った顔の目だけが笑っている。


「ご令嬢を捜すの」

「それだけ? もっとなにかありそうだけど」

「到着先で話すわ。それより、あの件をエドワード様にお願いしたの?」

「しましたよ。返事は『第三騎士団とはなにかね? 不勉強な私に教えてくれるかい?』でした」

「ふふふ」

「ま、そう簡単にいくとは思っていませんでしたから。想定の範囲内です。諦めてはいません」


 馬車が黒ツグミの前に到着した。ザハーロさんが開店前の店内を掃除をしていた。


「いらっしゃい。昼間に来るのは珍しいな」

「今日はあなたに聞きたいことがあるの」

「そちらは?」


 ザハーロさんがイルを見る。イルが上品な微笑みを浮かべて「イルです」と頭を下げた。


「イル君はシェン国でお世話になった家の息子さんなの。ザハーロさん、悪いけど、人捜しに手を貸してほしいの。面倒なお願い事で申し訳ないと思っているわ」

「水臭いことを言うなよ。あんたは古書店を救ってくれた。借りがあるのは俺の方だ。人捜しか。どんな人だ?」


 ザハーロは数ケ月ぶりに店を訪れても、つい昨日も来たかのように対応してくれる。この店がとても居心地良いのは、彼のこういうところだと思う。

 私は丸めて持ってきたサブリナの絵姿を広げて見せた。


「このお嬢さんを捜しているの。貴族のご令嬢なんだけど、行方不明なのよ。おそらく本人が希望した家出のように思うけれど、いいように騙されている可能性もあるわ。情報が欲しいの」

「ふうん。金色の髪に紫の瞳か。見るからに貴族のご令嬢だな。急ぎか?」

「ええ。その情報で見つけることができたら私が報酬を出すわ。金貨三十枚でどうかしら」

「三十? そりゃ話をすれば張り切る人間が多いだろうな」

「このお嬢さんの本名はサブリナというのだけど、おそらく今は偽名を使っているでしょうね。できればこのお嬢さんをかくまっている人間も捕まえたいの。そちらは別報酬で金貨十枚」


 ザハーロさんがぽかんとした顔をする。


「俺が引き受けてもいいか? ちょっとまとまった金が必要なんだ」

「いいけど、お店はどうするの?」

「任せられる人間がいるから大丈夫だ」

「了解。じゃあ、あなたと私とイルで」


 三人で今夜から探すことになり、待ち合わせは夜の七時と決まった。帰りの馬車で、イルの機嫌がいい。


「ビクトリアさん、任せてくださいよ。人捜しの知識と技術も学んでいます」

「それは心強いこと」

「では七時に黒ツグミ前で」


 笑顔を浮かべたまま、イルはエドワード様のお屋敷へと入って行った。

 家に帰るとノンナが上品に出迎えてくれる。


「おかえりなさい、お母様」


(ああ、なにか言いたいことがあるんだな)とすぐにわかる。ノンナは私にお願いごとがあると、突然貴族のマナーを実践し始める。


「お母さん、今日イルと黒ツグミに行ってたね」


 思わずノンナの顔を見た。まさか馬車をつけていた? 走って? いや、それはさすがにないか。馬に乗って? するとノンナが小さく顔を振る。


「違うよ。尾行してない。エリザベスと二人であの近くの店にいたの。平民街に出かけるのにちょうどいい服を売っている店なの」

「ああ、ヒナギク洋品店ね」

「そう、そこ」


 私はノンナの視線に気づかなかった。私が衰えたのだろうか。それともノンナは足音同様に視線の圧も消せるのだろうか。


「なんでイルも一緒だったの? いいなあ、イルは成人していて。いつでも好きなときに黒ツグミに入れるもんね」

「イルとはちょっと話があったのよ」

「ふうん。わかった」


 ノンナはおとなしく自室へと戻って行った。

 夜になってジェフが帰宅したのでローレンス大公の話をしたのだが。


「ああ、噂になっているのは大公家の末娘だったのか。またずいぶんと命知らずな犯人だな。君がそのご令嬢を捜すことに反対はしないよ」

「あなた、この話を知っていたの? なんとなく本人の意思で姿を消したか、騙されたか。そんな気がするけど」

「末娘のサブリナ様だったら成人している。成人のご令嬢が家出か。俺の部屋付きの秘書官が奥さんから聞いたらしい。奥さんは使用人から。その使用人は……誰からだろうな」


 失踪の噂を聞いていても動けない理由があるのだろうか。


「使用人は他家の使用人からよ。間違いない。使用人たちは外出先で顔を合わせると、そういう話をするものなの。彼女たちにとっては醜聞と噂話は唯一の楽しみだもの。それより、知っていても誰も動かないの?」

「高位貴族のご令嬢の行方知れずは、正式な捜索願が出されるまで誰も動けない。醜聞があっという間に広がるからな。醜聞が広がれば、ご令嬢は山奥の修道院に入れられて死ぬまで出られなかったり、最悪『思わぬ事故』で亡くなったりするんだ……。俺たちは下手に動けないんだよ」

「ああ、そういう……。高位貴族ならありそうな話だわ」


 王国軍のジェフまでがこの話を知っている以上、急がなければ。裏社会の人間だって聞きつけている可能性が高い。

 夜、ザハーロさんとイルの三人で黒ツグミに集合した。


「ザハーロさん、どうもサブリナ嬢失踪の噂は結構出回っているらしいわ」

「貴族の娘って、どの程度の貴族なんだ? 伯爵家か? まさか侯爵家じゃないだろうな」

「大公家の六女なの」

「た……」


 ザハーロさんが目を閉じて首を振る。


「わかるわ。大公家がらみだなんて、驚くわよね」

「違うって。俺が驚いているのは、王族の懐に次々と入り込んだ、あんたの腕だよ」

「私は別に、狙って入り込んだりしていないわよ」

「よけい恐ろしいわ! まあいい。職業周旋しゅうせん業者のところに行こう。エイブラムという老人だが、とにかく顔が広いし情報通だ。今回の件、ヘクターに頼むのは避けたほうがいいだろう?」

 

 脱獄事件のとき、裏社会の顔役であるヘクターの手を借りた。あのときの私は赤い髪のカツラをつけていたが、ヘクターが顔を覚えるのが得意な人なら顔を合わせないほうがいい。私のことをずっと仲間にしたがっていた男だもの。


「そうね。ヘクターは避けましょう。さあ、行きましょうか。エイブラムのところへ」



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