女子社員たちは、『じゃない方』に落胆する。
今日の俺、愛妻弁当ではなく俺製弁当で、テンションが上がらない。俺の中での『じゃない方』な弁当だ。
社員ダイニングでの癒しの時間が、愛妻弁当が無いだけでなんとも悲しい……いや虚しい気分だ……。
カミさんは風邪を引いて寝込んでいるので、簡単な食べやすいモノを早朝から頑張ってこさえた。
レンチンなら出来るって言ってたし、つらくなったらすぐメッセ送るって言ってたから、カミさんは風邪をひいてはいるが、重たくなってはいない、大丈夫だと信じたい。
上の娘が夏休みながら部活なので俺が弁当を作り、保育園に下の娘を連れて行き、ドタバタな朝だった……。
それにしても自分で作る弁当だと、なんとなく物足りなさを感じてしまう。味は普通だけど、こう幸せ感がないんだよな……。
「や、ら、れ、た……」
この声は伊藤……。俺並みにテンションがド低いぞ……。
「どした、どしたー?」
伊藤の向かいにいるのは、いつも通り、宮原だな。
社員ダイニングでの定位置、彼女たちはいつもそこにいる。俺もここにいるけど。
パーテーションがあるので、姿は見えずとも、近くにいる人の会話は聞こえてしまうものだ。
「昨日の話なんだけど、ラップ切らしちゃったから、ちょうど帰りの最中な旦那に、LINNEメッセでいつものラップをお願いしたのよ……」
うん? まぁ、あるよな。俺もカミさんに結構頼まれる。
買い物してても、うっかり買い忘れなんて、あるあるだし。
「そしたら、いつものより安いラップ見つけたから、そっち買ってきたって……」
「あーーー……」
あーーー……。やっちまってら……。
「イトちゃん、旦那さん買ってきたラップ、レンジ非対応でしょ……」
「うん……」
あーー! やっぱり!!
値段は見るけど、機能を見ないやつぅぅ!!
「しかも、50メートル巻き買われたわ……。いつも、レンジ対応のラップ、50メートル巻きで買ってるんだけど、長さの部分だけ覚えていた最悪のやつ」
「うーーわーーー」
イマドキそんなラップ売ってるの?!
家の近所のスーパーやホムセンで、見た事ないんだけど……。
もしかしたら俺が、いつものラップしか視界に入れてないだけかもだけどさ……。
「なんで、いつものやつから外れているのに、気を遣った俺感を出すんだろ……ほんとにやめて欲しいわ……」
伊藤(旦那)さん……、あんたの手元にある、スマートなフォンをスマートに使ってください……。
レンジで使えないラップって、耐熱温度がプラスもマイナスも低いから、冷凍庫での保存のやつも、パリパリはがれることあるんだよな……。
「うちはさぁ、旦那がほうれん草のおひたし食べたいって言って、ルッコラ買ってきた事あったよ。棚に書いてある文字見ろっ! って言ったけど、見ないんだよねぇ」
宮原家でも起きていたか……。
まぁ、似てるよな……。味は違うけど。でも、棚の文字やレシート見たらわかるよな……。
「歯磨き粉もそう! いつものやつじゃないと、ホワイトニング効果薄いから、やっっすいヤツやめてって言ってるのに、安い方買ってきてドヤ顔!」
伊藤……ラップ以外もやられてたのか……。
うちは、いま俺の知覚過敏対策で、それ用の歯磨き粉を与えてもらってます。
冷たい飲み物しみるんだよ、って言ったらすぐに買ってきてくれたカミさん……優しい。
「わかるー! 歯ブラシでそれやってた! そうしたら使い心地違うって憤慨しててさ。買ったのお前だろ! ってツッコミしたよー」
安定の宮原旦那……。伊藤さんとやること似てるよな。さすが魂の双子。
歯ブラシ、2桁台のやつは掃除用で買ってるってカミさん言ってたな。それか100円ショップのたくさん入ったやつって。
「牛乳だって、自分がこの味じゃなきゃ嫌って言ったくせに、別の買ってきたり。もちろん28円安かったとかそんな理由でー! そっちは低脂肪乳だからいつもの味なわけないじゃんね!」
「わかるわ! 商品や棚の文字は見ないのに、数字は見るのよね、なんなのかしら、アレ」
それはね、安いやつだと、少しでもお買い得なものを買った気になれるからだよ……。お買い物上手になった気分になるんだよ……。
機能を知らないから、数字で見るんだ……。
実家にいた頃、お使いでそれをやって、母と姉にしこたま怒られたよ、俺も。つっても小学生の頃だけどな。
「何で、何回言っても、聞いてくれないのかなー」
宮原の疑問はもっともだ。
大人な分、聞かなくても出来ると、出来ていないのに思い込むんだ……。
子供のうちにコンコンと説教……説明された方が、身につく場合もある。俺みたいに。
親父はそれを、煩いこだわり押し付けるなって怒っていた。
品名○○なら、全て機能が一緒と思ってるアホだったから……。
「個人的な嗜好品で失敗するならいいけどさ、消耗品の生活雑貨はやめて欲しいよねー」
宮原の言葉は、まったくもってその通り過ぎて、ついつい頷いてしまう。
「ホントだわ……。もう、いつ使い切れるかわからないわよ……」
「数時間以内の『後で食べる』が発生した、レンチンしないものに掛けるラップにしか使い所ないよねー」
「そんなの中々発生しないわ……」
普段使わないモノが、いつまでも鎮座してるの嫌だよな。かといって「これだ!」みたいな活用法ないし。
「しかもさー、「これ買ってきてー」って商品リンク貼ったり、画像転送しても、違うの買ってくるんだよねー」
「そうなのよ……! 洗濯の洗剤でそれやられると、本当に頭くる。うち、洗濯機で洗剤を自動計量してくれるやつなんだけど、何故か買ってくるやつは、いつものと違う値のやつばっか! 設定いちいち変えるの面倒なのもあって、いつものやつってのが存在してるのに!」
「ホントだよね。設定変えてくれるわけでも無いのにさー! うち、柔軟剤でそれやられたー」
お、おうおうおう……止まらないぞ。
仕方ないよな、いつものヤツからはずれる『じゃない方』のストレスはわかる……。
俺自身は、やはりカミさんと比べると家事の時間が少ないこともあって、うちのベター・ベストな消耗品知らないから、きちんと確認してる。
たまにお試しで違うの買ったりするのは、カミさんの役目だ。家事の舵を握るカミさんと、意見を違えてはいけない。
「あと、台所用洗剤でもやられた! 今マジェカを使ってるんだけど、なんか謎の無添加なやつ買ってこられた」
宮原(旦那)ぁああぁ!!
気持ちはわかるよ、洗剤、手荒れ、大変! けど、お前の好感度ガタ落ち!
「あれ、全然油もの落ちなくてさー、洗剤3倍は使うんだよね。油汚れ落ちないから、洗い物の時間も増えるしー。しかも調べても、どこのメーカーなのかわかんないってやつ」
「あー、ドーキホーテとかでたまに売ってるわよね、謎のアイテム」
うん、優しさを謳う製品は機能がちょっと弱いから、そこは仕方ないんだよね……。けど、望んで手にしているわけじゃないと……ストレスだろうなぁ。
「かといって、旦那にやらせると、油汚れ落とさず洗い物終えるしー」
「普段の食器洗いでも油残してるから、想像しやすいわ……」
「使い切るまでイライラしたよー」
だーよーねー……。『じゃない方』を選ぶときは、台所の主導権握ってる方に、決定権を委ねるのが平和なんだぞ……。宮原も伊藤さんも、旦那衆はまだまだだなぁ。
さて、テンション上がらない弁当も食い終えたし、午後乗り切るかぁ。
ほんと、『じゃない方』ってテンション上がらないな。普段の弁当『じゃない方』、ごちそうさま。おそまつさま。
――ブブブブブ
お? LINNEメッセージ? 娘からだ。
『パパ、お弁当ありがとう! 可愛さのないお弁当が逆に大ウケしてた! たまには、じゃない方もわるくないね!』
じゃない方は、たまにで1回きりなら、新鮮なんだよな。
さて、今日は仕事が大丈夫そうなら時間有給取って、早退出来そうなら、しちゃおう。




