048 : 金髪エルフの憂鬱
一方その頃。
賢者にすげなくされたエルフの王女は、シャレた客室でソファに深く座り、足を組みながら優雅にお茶をたしなみつつ、ゆっくりとくつろぎながら怒っていた。
「ああもう、ムカつくムカつくムカつく。なにあの小娘」
仮にもアルレフェティア王女であるこのわたしに、正面から反抗する分にはまだしも、言うに事欠いてあんな取り柄もない犬耳王子のほうが上だとか、いくら冗談にもホドがある。
コレが上位7席ぐらいならまだしも、王族という名前すらおこがましい相手とわたしが比べられるということ自体、もはや明らかな侮辱と言っていい。
だからといって、他国の王族であることはたしかで、公式にはもちろん侮辱にはならない。そこまで知った上で仕掛けられたまま、明確に差し込まれたのが腹立たしい。
なにより、目の前のケーキがいまいち美味しくないのがさらに腹立たしい。
サクラシエロは菓子は美味いがケーキは微妙。なぜホットケーキにあんこを挟むのかしら。
なによりこのつぶあんというやつが合わない。しかもこういう時に限って手元にあるのが、なぜこしあんでなくつぶあんのモノなのか。
だいたい、ケーキでこうしたざらつきや雑味なんてなくす方がいいに決まってる。だから丹念にうらごしとかするのに、つぶあんというやつはそれを正面から全否定してくるのが許しがたい。
ついでに言えば、サクラシエロはだいたい緑茶で紅茶がない。キレのある熱々の澄み切った味でなく、独特の味わいと渋みをしっかりといただく事が多い。
落ち着くときにはともかく、さっぱりしたいときには重い。
まあ要するに許しがたい。
「怒っている割には、緑茶に合わせてどら焼き3個目ですよね?」
「……エルフは太らないんだから食べたいだけ食べても大丈夫なの!」
それにこの、無遠慮なコルセシェの余計なひとこと。
こいつはイケメンで有能な部下のくせに、本当に女性を殺す言葉しか言わない。いくら暗殺で有能だからって、日常的に通りがかった女性まで殺す必要はないと思う。
けど、こうやってお茶の用意とかそういうのをやらせると、ムカつくぐらいに上手だから困る。これでマシュケの豚肉副大臣の秘書官のフリまでしているんだから、事務や家事に優秀すぎないだろうか。
細かいことはともかく、自分よりうまい茶を淹れられるイケメンの部下がいるなら、普通はやってもらう一択だし。そこは変なプライドで意地を張るのもエルフとして美しくない。
それに自分であくせく手間を掛けるより、できればイケメンに淹れてもらうほうが美味いし、自分より上手なら言うこともない。むしろ、やってもらわざるを得ない。それはいい。
だからって、茶の相手に「よく食べる」と言われて嬉しい女性がいるとでも思ってるんだろうか。
やけ食い気味の時は特に。相手がイケメンならさらに倍。
女性は糖分で生きているから、生命維持のために定期的に甘いものを食べなければいけない。だからそれを分からない男の身勝手な言い分は許しがたい。
そもそも、女性がどうしてこんなにも甘くて魅力的なのかは、必死に成分調整して味を維持しているからに決まっている。美味しいものはなんだってそうした手間がかかっているのだから。
そう、太らないエルフの美少女であるわたしはともかく、世間一般の女性は誰もがそこに関して神経をすり減らしながら、美しい水鳥のように水面下でバタ足をする涙ぐましい努力をしている。
わたしはエルフだけど、世間のそういう女性の気持ちを分かち合うため、あえてそのスタイルに合わせていたりもする。
生まれ持って得られるものもあるけれど、それだけでは世の中足りないのだもの。
宝石にだって等級があるし、黄金でさえ混ざりものは減らす必要がある。美しさは丹精込めて磨いて育ててこそ光るのだから。
……断じてエルフが太るわけではない。
「俺は姫がどうなろうと、あまり気にしませんけどね」
「貴方、いつ女から刺されてもおかしくないわよ……?」
こいつはどうしてこうも絶妙に後ろ頭を叩きたくなるセリフを選ぶのだろうか。しかも、部屋でちょっとした簡易器具と魔法で、自家製のケーキを作りながら。もちろんわたしのための。
このあんこケーキはそれまでのつなぎでしかない。
だいたい、女性が甘いものを欲しがる理由を絶対にわかってない。なさすぎる。だからこそこんなセリフが簡単に出てくるに違いない。
いいことがあったら祝杯、疲れたら補給、悲しみを飲み込み、怒りを消化する。
甘味は女の人生と直結している。だからこそ花は甘いのであって。
「そんなにイラつくのであれば、俺もいるんだから、いつもみたいに取り寄せればいいんじゃないですか?」
そしてまた、無遠慮なことをサラッと言ってのけてくれる。
こいつがいれば世界中のドコからでもお取り寄せが可能なので、スーパー便利屋ではある。なにせ移動時間がないに等しいんだから。でも、今はマズイ。
「こういう大事な時に、あるべきでないものがココにあるのはマズイのよ。生菓子だと用意して持ち込んだって言い訳もなんだし」
やれやれ。
嘆息しつつ、明らかに高級だとわかるものの、微妙に気分に合わない茶を口にする。
そう、お姉さまのため、あのいまいましい生意気な小娘を抱き込むなり始末するなりする必要があるからワザワザ来ているのに、変に足のつくようなことはできないもの。
それにキツネもいい加減で適当なことばかりしてるので、そろそろ尾を踏んで尻を叩く必要がある。アレも放っておくとすぐのらりくらりで曖昧にぼかすのがうまくて困る。
まさか、建国王の名前まで出されていながら、舞踏会を完全に放置するとは思わなかった。
「まあ、そろそろキツネにも動いてもらうわ。放っといたらあの小娘がこの国でめちゃくちゃしそうなの、分かりそうなものだし」
「……で、俺はその下働きですか」
いちいち肩をすくめなくても、最初からキツネのところに島流しだって言ってあるし。
しかも微妙に嫌そうでいながら、きっちり従いますよって姿勢がまたなんか許しがたい。
嫌でも結局やってしまうし、なんでも従うし出来るというのは嬉しいけど嬉しくない。特にこういう時はからかえないのが腹立たしい。
あまりにも有能すぎて、こいつホントなにを考えてるんだろうとわからなくなるくらいに。
こうしてわたしのところにやってきて、必要なことは必要なだけやってくれるのがまたイラつく。
キツネのところに島流しにすると、ちょっともったいなさもあるというのくらいはわかってほしい。
「下働きよ。頭に体が揃うんだから、悪くない組み合わせでしょう?」
「姫の判断は信用してます、俺が気になるのはむしろキツネで。ホントにやる気あるんですかね」
「やるでしょうし、むしろやらなくてもやらせるの。やる気なんか関係なく」
そう、古い契約だ。何百年も前の。
キツネはわたし達に従うしか無い。
それに小娘があんなことをしでかした以上、姫巫女としては動かざるを得まい。キツネはこの国に限ってはどうしようもなく最強なんだから。
ただ、強すぎて力を振るう理由がいるだけのこと。
そこに、ちょっとだけ……ほんの少し指先で押す程度。そっとなぞるだけでいい。
「姫のそういう顔も嫌いじゃないですよ」
ああもう! こいつはなんでこういうタイミングで、妙にさわやかな笑顔で不意打ちしてくるのか。
いまそれ関係ないでしょう!?
いつもいつもニブくてムカつくのに、こういう細かいところで逃さないのが余計いらだたしい。
「……わたしがどういう顔でも、いつもそう言うでしょう貴方」
「姫はいつも綺麗だっていうことで」
「それでオチつけた気になってるんじゃないでしょうね? 言葉だけなら誰だって言えるのよ?」
ここまで言われてしまうと、こっちも微妙に引っ込みがつかなくなって困る。
普段、余計なことばかり言うせいで、こいつにはかなり当たり散らしてるのもあって、こっちだってこういうタイミングがあると妙に気になる。
押すだけではなく、たまには軽く引っ張ってみたくもなるというもので。
「おや、姫にしては珍しく機嫌のいい。たまにはサービスしてみるのもいいかもしれませんね」
「……コレが機嫌良く見えるわけ?」
むしろ機嫌は悪いのがわからないのかしら。
せっかく、ちょっと気の利いた話だと思ってみれば、今度はサービスなどと言い出した。いろいろ雰囲気台無し。まったく。
お世辞は嫌いではないけれど、耳が腐るほど言われ慣れている。だいたい、それで喜ぶほど軽い女だとも思われたくもない。
それにお茶も茶菓子も合わないとなればなおさら。味覚と嗅覚が満足できないときに、聴覚まで満足できなくなったら、不満が五感の過半数を超えてしまう。
「ええ、いい感じに見えますよ、かなり。だってさっきまであんなにたくさん怒ってたのに、いまは矛先が俺にだけ向いてますから。そういうときはだいたい調子も機嫌もいいですね」
「え?」
やばい。
やばいやばいやばい。
だからどうしてこんなセリフを絶妙に挟んでくるのかと。
まるで「俺にだけは怒ってもかまわない」とか「俺だけに気を許してる」みたいな、そんな言い方でしょう、それ。
それにいつもいつもこいつには小言ばかりだっていうのに、それがどういう理由で機嫌が良いことにつながるのかもよくわからない。ぶっ壊れてるのかしら。
ミスって、少し顔に出た気がしなくもない。
ふざけるのもいい加減にしてほしいんだけど。
「……で? なんで、それでわたしの機嫌がいいことになるのよ」
嘆息、のふりをした深呼吸。
ごまかしてることをごまかしつつ。
乱されたことにもムカつくし、怒り自体は正しいはずだし、こいつには怒っていいはずだし。よし、たぶんオーケー。大丈夫。
「いつもの姫に戻ったっていうことですよ。あんな小娘や、ちょっとした不満ごときには惑わされない、マイペースでわがまま放題なのに嫌われない感じの」
「ごめん。いま、なんかサラッとひどいこと言われた気がするんだけど」
「事実でしょう?」
「まあね」
マイペースなコルセシェのそれを、つまらなそうに受け止める。
微妙に堂々とろくでもないことを言われた気がしなくはないけれど、わたしがとりあえず落ち着くためにも、ここまではいい。よくはないけどいい。
浮ついたままのわたしなんて、わたしらしくもない。もっとゆるりと構えるのがそれらしい。
「それで、なんでそれが機嫌いいことにつながるんだか」
「決まってるじゃないですか。姫は普段のままで、十二分に綺麗で素敵だからですよ」
「……それ、手当たり次第に言って、女の子みんな勘違いさせてるんでしょう?」
「姫だけにですよ」
これだ、こいつどこまで天然なんだろうか。
正直、この顔でいいように優しくされてこんなこと言われたら、大抵の女子はほだされてしまいかねないと思う。だというのに、当の本人は全然そういうこと興味ない様子だし。
横幅と体積に定評のあるマシュケ副大臣と噂が立ってしまうのも、しかたない気がする。
「ほら、これがその証拠です」
コルセシェができたばかりのケーキをわたしに差し出す。
”親愛なるわが姫君へ”
茶菓子で食べるケーキの皿に、チョコソースでカッコよく書き入れる文字がこれとか。
これを笑顔でさらっと出せるイケメン。
ドン引きのわたし。
どら焼きの生地に生クリーム、青と赤のベリー、そこにチョコソースのちょい足し組み合わせ。
見た目はいい、たぶん味も。センスも悪くない。
悪いのはタイミング。
うん、記念日とかそういうのならともかく、さすがにやりすぎ。重い、冗談が重い。
そういうのはバカップルだけに許された異世界トリップなわけで。
この満面の笑みは、ちょっと肋骨の間から刃を寝かせて刺すべき案件じゃないかしら。
わたしはそっと皿に近づくと、生クリームを指ですくってコルセシェの鼻の頭につけてやった。
しばらくその顔で反省すること。




