047 : 愛はビター&スウィート
ひと晩あけた。
こけこっこーである。
あとで聞いたところによると、マシュケの大臣殿はサクラシエロの王族を結構抑えていてくれたらしい。
まあ、いきなり箸にも棒にもかからないような末席中の末席の王族を、建国王になぞらえて紹介してしまったので、当然ながら相当ざわついた。
言うなれば7人兄弟の目立たない末っ子が、ある日突然、国一番の逸材で将来有望だから大切に育てるべきと告げられたようなものである。
となると、他の兄弟からすればガクブル案件で。一般的にはサクセスストーリーっぽくても、精一杯地道にやってる者からすれば大事件である。大変だのう。
だが、他人の事情など知ったことではない。
誰もが一生懸命のつもりだし、その中に偶然があるだけの話である。出来ることは目に見える範囲だけなのだ。
でも人が集まれば、見えない範囲から幸運な事故や不幸の手紙などが飛んでくる。
そういう時、なにがどれだけ出来るかは本人次第である。
つまり、さしあたって、この黒百舌わんころ王子本人次第である。のであるが。
昨晩のイベントが終わってからというもの、世間的には隔離とか幽閉に近い感じの自らの屋敷で、自室のベッドに引きこもったまま出てきてくれない。筋肉痛もある気もする。
そんなわけで、ちゃんと責任持ってベッドから引き剥がすのが我の役目である。
リア充のように! リア充のように!
舞踏会の後、臨時教育係としてなぜか我が任命されてしまったせいだ。せめて人前に出しても恥ずかしくないようにしろ、とのことである。
魔王に王子教育を任せるとか、どう考えても魔王子にしかならないので、人事としてはたぶん最悪ではなかろうか。
でも「やらかした以上、やることもやれ」と、大臣殿にもサクラシエロの連中にも言われてしまったのでしかたなく。なんだかんだで一応は国にもメリットがあるので、こっちが責任を持つ限り便宜は図ってくれるらしい。
うむ、まあたしかにごもっとも。
こういうときにアンがいれば楽なのだが、爽やかな笑顔でお断りされてしまった。おのれ。
なんでも、引きこもり同士、たまには自分でやったほうがいいという話である。
うむ、まあたしかにごもっとも。
おかげでクェルをベッドに投げ入れてうやむやにする手段が使えないのが悔やまれる、便利でかわいいのに。
しかたないので、ベッドのイモ虫にとりあえず声をかける。歴史と伝統に基づいたプランBである。
「あさだー、あさだよー、あさごはんたべて断頭台行くよー」
「うう……それ、あさでもひるでもかんけいないです、あとからだ痛いです」
もそもそとベッドの中からきっぱりとお断りされてしまった。
だが、こんな天蓋付きの豪華なベッドに豪華な寝室、自然に恵まれ環境もいい離れの一戸建て豪華物件、召し使いと教育係付きという、贅沢引きこもりスタイルでのお断りである。
贅沢は敵だ。
「なら、ごはん抜きで断頭台。首吊りでも八つ裂きでもよいぞ」
「もっとまずいじゃないですか……」
「む、はりつけ獄門付きの市内観光ツアーとか、馬で引きずられながら街の名所めぐりとかのがよいか」
「あのその、ど……どれも死ぬじゃないですか、それこそ起きる理由ないじゃないですか」
さらにごそごそとふとんにくるまっていく。
ふて寝したままでもよいのに、いちいち返事するあたり律儀でかわいいのであるな。
まあ、そろそろ引導を渡そう。
「其方、生きておっても死んでおっても、あまり変わらない立場であろう。すでに死んでおったような者がいまさらこの程度、なんか恐れないといけないわけでもあるのか?」
「しぬのもいきるのもこわいですうううう」
わからなくもない。
地獄の罪人でさえも死ぬのはツライし、生きるとなるとそれこそ大仕事である。
第一、死んでても冒涜されたりするのに、生きておるだけでも世知辛いことがいっぱいだものな。
「どうせ怖いなら、起きるがよいぞ。とりあえず死ぬにも生きるにも準備ぐらいするがよい」
「う……どうしろっていうんですかああ」
「どうもせぬ、息を吸って吐け。歩くのはそれからでよい」
「……そ、それだけ?」
「其方、息を止めたまま歩く気か? まず生きてることを確認するのだ、それだけでよい」
ベッドから起きて社会に出る、ということはまず「自分でいること」である。
別になんか頑張ることでもない。単に、ちゃんと呼吸が出来ていることを自己確認することである。
運動したり、荷を背負ったり、激流泳いだり、山を登ったりしなければいけないときに、呼吸が乱れたまま気づかないから沈んだりぶっ倒れるのだ。ちゃんと息していることを確認するのが、とにもかくにも最重要といえよう。
「え、ええと、それだけでいいんです?」
「息を吸って、吐く。それだけ出来たらおいしいごはんをおいしく食べる。まず、なにをするにもそれからであろう。食事がうまいかどうかもわからぬのに、なんかすごい力が降って湧いたりとかせぬぞ」
「あっ、ハイ」
「まあ今日はそんなこんなでだらだらすればよいのではないか?」
「そ、そのわりには物騒な表現ばかり並んでませんでしたかね?」
「うむ、殺すからな」
「ひいぃ」
引きこもりはこう、色んな理由があるのだろうが、まず生きてるか死んでるかわからないのがマズイ。
生きたいのに死んでいるし、死にたいのに生きているのだ。死霊の風上にも置けない。
なので、生かすか殺すかどっちかである。そして生きるにはエネルギーがいるのでとりあえず殺す、慈悲はない。
「まず息をする死体から始めればよかろう」
「ふええ」
「生きるのはめんどくさいから、とりあえず死体からでいいのだ。死体でも恋がしたいとか、適当にしたいことをほざいておけばよい」
「あの……さっき生きる確認とか言ってませんでしたっけ?」
「言ってたが気にするでないぞ、よくある。なのでしねー」
「うああ!?」
そんなこんなで、ベッドにダイビング。ごろごろごろ。
「ふははこれでもくらえーーー」
こちょこちょこちょこちょ。
世に言うくすぐり地獄である。魔王だけに地獄である、筋肉痛だとかなり。
「ちょ……いたたたあはははははは!?」
「息の根を止めるのだー!」
もちろん、呼吸を確認するとか言っていたことは、丁寧に包んで横においておく。
「ぐふ、あははははは……おか、おかえしで」
おうじのはんげき!
こうかは、ばつぐんだ!
「ふ、ふふふふはははは! なにをするきさまー」
「こ、ころされるまえに、ころすしかー」
「あははははは」
「あははははは」
どたばたどたばたこちょこちょこちょ。
***
小一時間後。
はーはーと荒い息をつきながら、ベッドで汗だくで乱れた男女の姿がそこに。
「……なんだ、犬耳ショタ王子のくせに、なかなかやりおるではないか」
「け、けんじゃさまこそ……」
うむ、男女の営みのあと、朝日とともに妙に悟り切る。
これが世に言う賢者モードであろうか。
「オルレアでよい。これだけ元気があれば十分であろう」
「……」
我が引きこもっておった時は友もいなかったし、これだけ元気ならなんの問題もないであろうぞ。
ただ、わからなくもない。だって外の世界は風が冷たいものな。
なのに、コートを羽織ることすら知らなかったりして、外に出たまま家に帰る方法すらわからなくなったりするのだ。
「……でも、怖いんです。自分なんかなんの役に立つのかって」
「役にはたたないぞ」
「ですよね……」
「もともと役に立つ人間などおらぬ。たまたま誰かが必要としたかされたかだけのことなのだ」
「……」
世の中、役立つ、というのは関係性でしかない。
誰かと誰かが、どこかでなにかが結びついたことで、その影響が出ただけである。
個人だけでは役に立つとかどうかとか、最初からない。心配するだけ無駄なのだ。
「我の役に立ってくれぬか?」
「……ずいぶん無理やりですよね」
「駄目か?」
「嫌じゃないですけど……不安です」
「それでよい。誰もが不安なのだ、そうじゃないフリしておるだけで」
「……え?」
知らなかった、というような顔。
自分だけが不安で、周りが強く思えてしまう時は比較して更に凹んだりする。
が、別に誰もが失敗ばかりで、日々フォローに追われているだけである。
「我も不安であるぞ。だって、いきなりマシュケとサクラシエロに喧嘩まがいのことをやって投げっぱなしなのだし。困ったら堂々とばっくれるのであるぞ」
「……ばっくれですか」
呆れられた、おのれ。
「どうしようもなくなったら逃げるしかないであろう?」
「あはは……なんですかそれ」
「別に逃げても隠れてもいいのだ。離れたり、避けたりしてやり過ごしたりすればよい。立ち向かわなくてもいいのだぞ」
「……いいですね、それ。ボクもオルレアさんから逃げればいいです?」
「うむ、首根っこひっ捕まえて引きずり出した挙句、処刑台に晒しものであるぞ」
「そういう人ですよね……」
世の中に大して無理に立ち向かわなくていいことと、めんどくさいやつに捕まることはまた別である。
だいたい、魔王に捕まった王族なぞ好き放題されるに決まっておろう。
我は伝統文化に理解のある良識派の魔王なのだし。
「立ち向かわなくてもいいとは言ったが、自分である以上は自分を放っとけないのがツライところであるな」
「なんですかそれ、変わんないじゃないですか」
不満そうにぶーたれる王子。
わんこかわいいのう。
「王子は王女にはならぬ、王子である以上は王子なのだ。別にどんな王子であろうと構わぬのだが、自分は自分以外になれぬ。めんどくさいから、適当で困らない程度に自分でいようと思えばよいし、使えるものは便利に使えばよい。困ったら謝ったり逃げたり捨ててもよい。大海原を航海するとき、嵐が来たら荷物捨てたりするであろう?」
「……あ」
人はなぜ自分の境遇を儚むのか。
ひとことで言えば気負い過ぎである。
そもそも此奴、案外恵まれておるのだ。
庭付き一戸建て、お付きの者に囲まれながら日々の生活にも困らず、国が安泰である限りはなにも生み出さなくてもよく、責任もないまま遊んで暮らせるという理想の引きこもり生活といえよう。
そこで人生をあきらめる意味などなにもない。したいようにすればいい。
ただ、それには責任が伴うだけのことで。
責任と結果を負わないまま自由になりたいと願うのは、ただのワガママである。
そんなのは、継承権1位だろうが53位だろうが平民だろうが王様だろうが変わらぬ。
自分に枷をつけるのは自分であって、世の中ではない。最初から自由である。世間はクリアしないといけない条件であっても、枷ではないのだ。
「別に望まれた自分でいる必要もなければ、自分を演じる必要もないのだぞ」
「あ……あ……」
世の中、過呼吸気味に生きてる若者とか多すぎないであろうか。
困ったら深呼吸するといい。死んだばっちゃが言ってた。
落ち着いて見たほうが、景色は広くて綺麗なのだし。
「もし自分になりたいのであれば、まず息をして、自分が自分であることを確かめるだけなのだ」
「……っ」
王子の瞳から流れる一筋の雫。
尊い感情であるとともに、一時の激情の結露である。
それほど特別な体験ではあっても、感情というのは持続せぬもので。
だから、人は想いを行動にする必要があるのだ。
「自分が自分だと知れば、あとはそれを示すだけであるぞ」
その言葉に、わんころ王子は涙を拭いつつ向き直ると、我を見据えながら言う。
「……貴女は、どうしてボクなんかを正面から見るんです? 誰もボクを見てくれなかったのに」
「愛だ」
「ぷっ……アバウトすぎません?」
いきなり吹き出された、失礼な。
愛は世界を救うのだぞ。
「ほろ苦いのだ」
「エキストラビターは勘弁してください」
「愛など、策略と打算による囲い込みなのだぞ、情が乗るかはその後の問題である」
「せめて愛なら優しくしてください」
「愛とはこういうものだ、くらえー!」
「ひいぃ!?」
こちょこちょこちょこちょ。
「あははははは」
「あははははは」
結局、昼過ぎまでくすぐり暴れて説得しちゃ泣かせを3回繰り返した。
部屋は笑いに満ちていたが、世間は厳しく、愛は冷たかった。




