043 : 舞踏会当日3 閑話・氷と黄金
”氷刃”フェレはいつもの様に悩まされていた。
今回の舞踏会そのものは重要政務であり、国交における義務でもある。
参加することで得るものがあるし、国務である以上、そうでなくてはならない。
特に黒の賢者とやらがお披露目となれば、きっちり情報は集めておかなくてはならない。
なんといっても、その者が南部3王国と聖王国との軋轢に関して、重要な鍵を握っている可能性がだいぶ高いからだ。
ただ、今後の交渉そのものに影響を及ぼすかもしれないのに、マシュケのガードが固くて、こちらでなんの情報もつかめていない。
どうも、賢者の動向に関して漏らさないよう、箝口令が敷かれているらしい。
まあ、賢者を紹介する前に噂が流れてしまえば台無し、という部分もあるのだろうが、今回に関しては意図的に噂も流したくないような態度だ。
なのでせいぜい、マシュケの首都で大スラムを改善し学校を作った、という程度の情報しかない。
教育のために学校を作るというのは、まあ理解出来る。
ただし、それがたった数ヶ月で、名前が残るほどの成果を残したとなると話は別だ。
あれだけの大きなスラムで国に影響を残すような学校など、そう簡単に作れない。だいたい、治安も悪く無秩序で反抗的な場所が、おとなしく誰かに従うわけもない。
つまり、国が持て余しているスラムの連中を国に従わせ、一般市民に引き上げる教育システムを作り上げた、ということだ。それもごくわずかな期間で。
ひとことで言うならバケモノの所業だ。
スラムというモノは通常、なんの対処もなく放置される。誰もそんな場所は作りたくないにもかかわらず、だ。どうにかしたいなら普通は年単位の時間がかかるし争いもある。まとめられるはずがない。
それを説き伏せるなり、制圧するなり、なんらかの方法でまとめたとなると、とんでもない一大事業になる。
もし本当に個人レベルで成し遂げたのなら、確かに賢者の名にふさわしい実績と言えよう。
だが、疑問もある。
そもそも、賢者が学校を作る理由がない。
簡単な理屈だ。派手さに目を奪われがちだが「それしか実績がない」というのは、極めて異常に思える。これだけのことをやってのける能力があるなら、もっと実績があっていい。
国家組織の長レベルの実務能力と見識があると考えられる人物が、なんの実績もないまま、突然その辺に転がっているのも違和感がある。
地元の有閑貴族でもなければ、窓際学者でもないし、研究に行き詰まって気分転換しに来た魔術師でもない。よけいに謎だ。
だいたい、国外からふらっとやって来てスラムで活動する理由がない。
そうなると、マシュケの仕込みである可能性もある。ぜひ、聖王国としてはその人となりを調べたいし、必要なら交流を深めなければいけないのだが。
問題は、黒の賢者と関係を作りたいのに、いま目の前でそれを止められていることだ。
この、めんどくさい金髪エルフ女に廊下で待ち伏せされていたらしい。
「フェレさんには、先日いろいろとお世話になりましたから。お礼も兼ねて、ちゃんと挨拶しないといけないと思ってね?」
「これはこれは。姫様ともあろうお方が、直々に本番前からご挨拶とは」
「いいのよ。そんなかしこまるような間柄でもないでしょう?」
流れるようなプラチナブロンド、誰もが振り向かずにはいられないような美しい微笑、均整の取れた肢体。
隠しようのないカリスマと魔法力が、あふれんばかりに輝かしい。
エルフの国はアルレフェティアの王女にして大魔導師、マオリーシェ姫。
容姿だけでなく、権力と才能にも恵まれた「妖精の黄金」と称されるエルフの至宝。
裏を返せば、生まれながらにしてなんでも出来ると思っている、傲慢を着飾って不遜をアクセサリーにしているような女だ。
困ったことに、それが似合っているあたり手に負えない。
いろんな意味で最強の姫にして、殴りたい女ナンバーワンと言える。
コレで男までいたら、もう夜道で刺すしかない。たぶん、複数回刺しても許されそうなくらいには。
「ご丁寧にどうも。ですが私ごとき、わざわざ黄金様に特別にお目をかけられるような身ではないと思いますが?」
うざいから早く帰らそうと、第一声から不満をあげる。
もともと、聖王国代表のところにエルフの姫が挨拶ぐらい来るのは当然だが、この女の場合、どう考えてもしに来たのは邪魔だ。
この前の会議でつついたことを根に持っているのかも知れないが、まあ賢者のことに決まっている。
「ふふ……ご謙遜を、氷刃の。称号持ちともあろう方が遠慮しすぎるのも失礼でしてよ?」
あからさまな嫌味に対して、この可愛らしい笑顔。
ポーカーフェイスではないのだが、感情がマイペースで散文的すぎるのがこの女の読みづらさだ。
自分勝手で奔放なだけに、感覚が他人のそれとは違う。気分屋すぎることが長所に働くなど普通はないのだが、適当でいながら要点を捉えるのが絶妙に上手い。
うん、はやくお引き取り願おう。
これだけ明確に喧嘩売りにきてるんだから、付きあいたくもない。
「いえ、会が始まってからならともかく、まだしばらく後ですから。用もないのに丁寧に挨拶いただけるとはまことに光栄で」
邪魔だからどこかいけと、メガネの位置を直しつつそっけなく返礼。
面倒は間にあってるんで、これ以上増やされましても。
「あら、いいのよ。私と貴女の仲だもの。それに手に入れたいのでしょう……あの綺麗な黒瑪瑙。宝石は女を魅了するんですもの。でも、ダメよ……あーげない♪」
それに対して、余裕たっぷりの笑顔で面白そうに話しかけてくる。
他国に対して堂々と賢者が欲しいと口にするあたり、こういう言葉が様になる女は、やはり鼻っ柱を折るべきだと思う。耳引っ張って泣かす感じで。
特に、顔を寄せながら仲がいいふりをしてささやく、この女みたいなのはそうするべきだ。
こっちのことなんかどうでもいいと思ってるクセに。
「ずいぶんとまあ、あからさまなことで。姫様ともあろうものがこのような些細なイベントにご興味おありとは」
「そこはほら。マシュケの隠し財宝となれば、わたしが手にしてもいいものだし。それは機会があれば堂々と狙っていくわよ」
つまり自分のだから手を出すな、と。
この女、魔族と同じくらい自分のことにしか興味がないのに。それがこれだけ積極的に来るだけでも、理由が気になる。
これだけ堂々と仕掛けてくる以上、譲る気はまったくない。面倒だから、賢者に関しては、いっそ人の群がる機会を捨ててタイミングをずらす手もある。
土産なしに引き下がるつもりはないけれど、まあ、条件くらいは聞いてやってもいい。催促してみよう。
「なるほど。黒は黄金の輝きをかげらせるとも思うのですが、そこまで言われるのであれば、それはそれで。だからといって、なにもないまま興味が失せるわけでもないのですが」
「ふふ……素直だこと。氷は綺麗に見える時が一番気をつけたほうがいいというやつかしら? まあ、その煌めきに思わず目をつぶってしまうこともあるかもねえ」
髪をかきあげつつ笑うしぐさに、いちいち女性らしい色気がある。
それでいてナチュラルなのが強みだ。自信家でいる間はとにかく強いタイプと言える。
欲しいものは持っていく、気に入らないことは排除する。
興味本位で好き勝手に振る舞うし、それが正しいと思ってる。
そんな人間がこだわるとなれば、やはり賢者にはなにかあると見ていいかもしれない。正面からやりあうのもいいけれど、喧嘩しないほうがいろいろ引き出せて得な可能性もある。
その方向で検討してみよう。
「別に。きらびやかな反面、時に重すぎて扱いに困る黄金よりかは透き通っていたいだけですかね」
「まあ怖い。わたしも見えない刃には気をつけないと。せっかくだからこそっと応援でもしようかしら。それとも、話に花を咲かせるのもいいわね」
互いに微笑みあう。
まるでからかうように、好きなタイミングで交渉の後押しか、裏の情報をよこすと来た。
奔放なこの女のことを考えると、だいぶお目当てに興味が強いと見える。
なら転がしたほうが早い。
「そう言って、ひとりごとだったりする人ですからね。それがまた、憎めないほど愛らしいのが姫の魅力というところですか」
「貴女にほめられるのは嬉しいわね。だからってサービスまではしてあげないけれど。それでも気分がいいと、ついうっかり口が滑ったりはするかもしれないわ?」
ほめていないが、この女、社交辞令でも本気で取ることがあるからポジティブすぎて怖い。
「氷だけに滑らすのは領分ですから。では、両方でいいですか、黄金の?」
「あいかわらず切れ味のいいことで。構わないわよ、どうせつまらない値切り交渉には乗ってこないんでしょう、冷たいんだから」
あっさりと了承してくれるあたり、最初から渡すつもりだったと見ていい。
札束で頬を叩くような交渉が得意な女だし、ご執心のようだからこんなものだろう。
敵に回すとどうでもいい邪魔までし始めることがあるから、ここは貸しておいていい。人前だと、もっと強く出てくるはずだし。嬉しい話じゃないが悪い話でもない。
「まあ、氷だの刃だのとまわりは言ってますが。私としては、至極当然のことを当然にやっているだけですので」
「ふふ、さすが。でも、氷だけに南では魅力だもの。ねえ、いいお菓子が手に入ったから、もしよかったらお茶に協力してもらえるとすごくありがたいのだけど」
アフターケアを忘れないのがこの女の厄介なところだ。
しかも、半分は本心から来ているのがずるい。
あまり嬉しくない相手でも、美味しい茶菓子と楽しい雑談なら構わないというもの。それが国家レベルの”耳よりな雑談”となればなおさら。
また、どこから持ってくるのか、交渉の切り出しにはいい話題になりそうな品を用意することが多いと聞く。よけい断りづらい。
向こうとしてもいい宣伝に使えるのだろうし、こういうところは本当に抜け目ない。
こちらとしても実際、舞踏会まで微妙に時間を持て余す。特に、舞踏会のメインディッシュから手を引くとなれば、なおさらやることもない。
ただ、誘いを受けるかどうか、悩みどころでもある。
受けてしまえば、全面的に乗りますという意思表明だからだ。そしてこの女は、嫌がる相手を乗せるのが上手い。
ただまあ、もう少し様子見してから返事していいかもしれない。
本人がいけ好かないくそ女であるのはさておき、珍しい菓子というのは魅力的だし。
実際、南の食文化事情の調査は、それはそれで仕事としても重要な面がある。
……決してペースにハマっているわけではない。
「協力と言いつつ、便利な冷蔵庫にしようというあたり、だいぶいいように扱われている気がするのだけれど?」
「ほら……そこは、こちらから菓子を出して対等ということで、どう?」
「魂胆はともかく、対等と言うのは悪くない話ではありますね」
「でしょう? 氷は得意な人が作るとぜんぜん違うから、前から貴女を是非一度誘えればと思って……」
などと、マオリーシェが話がまとまりそう記念に、上機嫌で持ちかけようとした時。
「うわーん、みんな覚えておれー!」
見慣れない、けどどこかで出会ったばかりの黒いドレスの少女が、廊下を駆け抜けていった。
風のように半泣きだった。
「まさかとは思うけど……」
「あれ、賢者かしら……?」
なんか、どこかで見た顔だった気がしなくもない。
結局、必死になにごとももなかったようなふりをするマオリーシェに合わせながら、菓子を食べて解散した。




