034 : 閑話・ここではないどこかの面々
朝。
エルフの王国アルレフェティア、マオリーシェの私室。
洒落てはいるもののいささか味気ない、けれども飾るところはしっかり飾っている部屋。よく見れば調度品の数々は超一級品で、それぞれが職人の技を凝らしたものであるのだけど。
開け放しの窓は海辺のさわやかな風を招き入れ、そよぐ羽衣のようなカーテンの流れが心地いい。
澄み切った空気、晴れ渡る青と海の青。南国の楽園。
ここではすべての時間がやさしく流れる。
そんなせっかくの朝を台無しにするぐらい遅すぎる時間に目を覚まし、適当にだらだらと時間を過ごして、世界に自らの美しい肢体を見せつけるように着替える。
この世界の空気は、わたしの美しさを讃えねばならない。それくらいに思ってないと、綺麗さなんて逃げていくから。人の顔色をうかがうような、ご機嫌取りの美しさじゃ足りない。
でもそのくせ朝には極めて弱かったりする。これはどうにもしがたいのでスルー。
時間をかけて長い金髪を整え終わったころになって、ぼうっとしていた威厳をようやく取り戻せた。
だというのに、今は部下であるコルセシェの微妙な報告を聞きつつふてくされているしかない。
具体的には、朝食のあとソファに座りながら茶とケーキをたしなみつつ、自然に愚痴が突いて出る。
「それで、”黄昏の刃”サマともあろう人が、なにも出来ずにおめおめ帰ってきたってわけ?」
「じゃあ、そっちでやってくださいよ。魔剣で始末できないようなの俺の手に負えませんから」
聞けば、魂喰らいの魔剣で斬っても突いても真っ二つにしても、特に痛くもかゆくもなかったとか。それどころか壊された上、仲間にとんでもない馬鹿力がいる。残りのひとりもたぶん普通じゃない。
それがもし本当なら、メインの相手は伝説級の魔物ということになる。
もしくは相当に特化した伝承級と考えられなくもないけれど、どちらにしても化物クラス。
嘘でも本当でもちょっと面倒。
面倒なのは押しつけるに限る。
やることあるし。
「わたしは貴方みたいに、いつでもどこでもっていうわけにいかないの。あそこは貴方の仕事なんだからそっちでやりなさいよ」
「姫。いくらなんでも俺だけではキツイですよ。どう考えても」
まあ、コイツはたしかに有能だけど、一番有用なのはパシリとしてだ。
魔族にあって、もっとも便利屋なのは疑いようもない。だって速いのだし。
手づかみでケーキを口に運びつつ、クソ真面目なコイツの性格が悪い方に出てる状況に、またイラッと来る。
いつまでも馬鹿みたいに突っ立ってないで、自分で茶を入れて置いてあるものを勝手に食べればいい。
だからいつまでたっても姫と従者扱いだっていうのに。
「まったく……わかったわかった、わーかーりーまーしーたー。貴方、弱くはないけど強いわけでもないものね。あとでキツネに言っとくから、適当にやっときなさい」
「適当ってまたいい加減な……」
困った、というような表情を隠さないままに愚痴る部下に、さらに追い打ちをかける。
「別に同盟がどうなろうと困らないけど、そんなのがウロウロしてるならせめて時間くらい稼いどきなさいよ」
「あのキツネと俺じゃあんまり合わないの分かってて言ってます?」
「知らないわよ。そっちの仕事だし、キツネならアゴでこき使ってくれるでしょ」
指についたケーキの残滓を舐め取りながら答える。
このわたしがわざわざ一筆書いてあげるっていうのに、ゴネるとか信じられない。
だいたいこの至福のひとときを邪魔されてるというだけでも許せないのに。
わたしは今、お茶をお供にしながらケーキとデートしたいのであって、空気の読めない男とはあまりご一緒したくない。いくらイケメンで便利な使いっ走りでも。
それに、イケメンは嫌いではないけれども、お姉さまの魅力には敵うべくもない。
そうでなければこのわたしが誰かに従うなどありえないもの。
わたしが従うのだから、その相手は私より格上で敬愛する対象でなければありえない。
こうして、肩をすくめて話すコルセシェなんかとは比べ物にならないに決まっている。
「俺、こき使われるの前提ですか」
「こき使われるのが一番の長所なんだから仕方ないじゃない」
「たしかに、俺が一番作業できますけどね……なんでこうなったのやら」
自嘲する様子ですら様になるあたり、画になる男というのは許せるけど許しがたいものがある。
「なんでもなにも、それだけは誰も真似できないから仕方ないじゃない。あ、おかわりよろしく。北の冷たい奴がいいかしらね。氷菓子」
「はいはい、仰せの通りに」
口ごたえできない状態なのをいいことに追加を頼むと、彼は瞬時に姿を消す。
帰ってくるまでに茶と食器を2つ用意しながら思う。
コイツがいると、これだけはどうしようもなく便利だ。
なにせ、世界のどこのどんな料理だろうと品だろうと取り寄せできる。南にいながらにして、西の前菜に東のメインディッシュ、北のデザートを同時に楽しめる。しかも直接行かないと食べられないものが。
みんなそれがわかってるから、コイツの前ではなんでも好き放題頼む。頼まない手がない。
しかも、一番真面目なので、どうしたって立ち位置が決まってくる。
どんな失敗しようと、よほどのことがない限り手放せないのをわかってるから、コイツはコイツで結構ぞんざいに対応する。
まあ持ちつ持たれつというやつで。
ただ、今回の相手はだいぶ厄介らしい。
普通であれば、魔剣でなくても文字通りの神速の刃に勝てるはずもない。それが普通に撃退された、というのは想像しにくい。多少のトラブルがあってもコイツならだいたい大丈夫だろうと、そういう目算もあったし。
範囲魔法発動のわずかな時間差すら見切る相手にどうやって撃退するのか、ちょっと想像つかない。
というところでコルセシェがデザートを土産に帰ってくる。
「お待たせしました、姫」
「わあ、これはまた可愛らしい」
目の前に出てきたのは、氷の器に色とりどりの氷菓子。さらに果物の飾り付けまである。
しかもコイツ、妙にセンスのいいものを選んでくることが多い。
北では砂糖が貴重だが、南にに比べると冷たい菓子や冷製の料理などが発達しているので、高級品ではあるものの食べることは出来る。
とはいえ、それを南にいながらにして食べるというのは、極上の贅沢この上ない。
暖かい南では氷を維持するだけでも大変だし、魔法じゃ採算が取れない。なにより専門の職人を呼ぶのも大変だし。
それをこうしてすぐ手元に持ってきてもらえるのは非常にありがたい。
「喜んでいただければそれで」
「……いつも思うけど、こういうチョイスは確実にはずさないわよね」
普段は微妙に察しが悪いくせに、どうしても機嫌を直さざるをえない。
ずるいと思う。
「姫のためですからね」
「貴方それ、誰が相手でも言ってるでしょう」
こういうところは嫌いではないが、このイケメンが口にするとキザすぎると思う。
だいたい、コイツはなんでも言うことを聞きすぎなので、ついこっちも横柄になる。なにを頼んでもふたつ返事で引き受けるので余計に。
わたしがコイツのことを、お姉さまのおまけ程度にしか思ってないのがわかっているんだろうか。
それともコイツが、お姉さまの言いつけで仕方なくおまけ程度のわたしに従っているんだろうか。
どちらにしてもあまり面白くないのでつい強くあたる。
だというのに、ほいほいと聞いて従うだけのコイツの態度のよさも気に入らない。
気に入らないから面倒なことを頼んでもほとんど出来てしまうので、なんか無理を言ったわたしが馬鹿な気がして微妙に腹立たしい。
純粋な能力で言えばわたしのがコイツより強い。魔族相手でも戦えるエルフというのがわたしの自慢だ。なのに、それを根底から覆された。実際、伝承級と遜色ないはずだし、事実として大魔導師である私の腕は揺るぎない。
それがお姉さま相手ならともかく、従者のコイツにも歯がたたないのは正直ショックだった。それだけに、こうして姫扱いされているのもなんか納得がいかない。
許せるけど納得がいかない。
コイツはいつでもお姉さまの傍に行けるのに、わたしが行けないのも含めて。
それに知ってか知らずか、いつもわたしを持ち上げてくるのもいただけない。
「いえいえ、姫だけのためですよ」
「それお姉さまの前でもそう言える?」
「言えますよ。姫は姫、ティアレ様はティアレ様ですから」
ああもう分かってない。
なにひとつ分かってないというか、分かってなさすぎて分かってない。
きっと説明しても分からないのだろう。たぶん後頭部をグーで叩いても許されると思うくらいには。
むかつくので、つい言葉がきつくなる。
だからこうして距離ができてしまう。
ふざけんな、イケメンだからといって調子に乗りやがって。ばーかばーか。
お前なんかキツネにそそのかされていいようにこき使われればいい。
などと思うのはちょっと考えすぎだろうか。
「はいはい。そういうことにしておきましょうねー? で、貴方も早く食べなさいよ。溶けちゃうし、早くしないとわたしがぜんぶ食べちゃうわよ」
「え、いいんですか?」
「スプーンと皿が用意してある時点で察しろこの朴念仁ー!!」
うん、考える必要もなかった。
やっぱコイツ、獣の国に島流し決定。




