033 : 待ち人来たる
あまりの大宴会すぎて1日で終わらなかった。
酒が酒を呼ぶエンドレスな輪廻の渦が完成したのである。
それでもさすがに3日目にも入るとエネルギー切れでみんなバタバタと倒れ始め、もはやスラム全体が休日と化したような状態である。
そんな、騒ぎ疲れて皆が潰れるように寝てしまった深夜。
空が明るみ始める少し前。
そいつは突然にやってきた。
なにせ、その仮面の暗殺者は音も立てずに忍び寄り、教室でひとり寝ておる我の首元をナイフでさっくりである。
綺麗で容赦がない。
しかも鮮やかな切れ味。伝統の技と心である。暗殺者としては申し分ない。
おかげでさすがの我も……
うむ。
起きてもいいかなと思ったのであるが、宴会の後だしめんどくさいから寝直すのである。
首をスッパリ行かれたので、イビキかいたあとみたいに喉ガラガラなのだし。
毛布をかぶりなおし、手でひらひらと行ってよいぞの合図をする。
なお、特に出そうと思わなければ血が噴き出したりはしないので、あたり一面血まみれということもない。掃除の手間もいらない便利な魔王なのだ。
「……!?」
驚いておるのを薄目で確認。
成功したけど失敗したのであるからさっさと帰ればよいのに、メンタル弱いのであるな。
……と思ったのであるが、容赦なくごすっと2撃目が来た。
「いだだたた!?」
此奴、あまりのことに驚いたのか、我のハートに刃をざっくりである。しかも割りと雑に。おかげで骨にかすって響く。ちょっと痛い。
ついがっしりとその手を掴んでしまったではないか。おかげでラブストーリーが始まる5秒前の体勢である。
謎の仮面男と美少女は様になるのだ。
しかし、いくらなんでもこの斬撃はいただけない。
これでは職人の魂がだいなしである、暗殺業の風上にも置けない。
やはり人として、痛みも感じさせずにそっと旅立つ人を見送るべきであろう。先人の知恵をなんだと思っておるのか。
それに服に穴があいてしまったではないか。べつに我の体に穴をあけるぐらいなら構わぬのであるが、服が破れるのはよろしくない。
「あいたたた。まったく、めんどくさいであるのう……さすがに痛くて目が覚めたのであるぞ」
「……っ!?」
襲撃者を掴んで引き込んだまま、しぶしぶ眠い目をこすりながら目だけ覚ます。
やれやれ、睡眠不足は女の敵なのだぞ。
「それと、乙女の胸は簡単に触れてよいものでもないのだぞ」
「……」
無言。そんなに魅力ないのであろうか、我の胸は。
吐息が触れ合う距離にも関わらず、話が通じる相手ではないようである。
不躾にも魔王の胸を触るという暴挙かつ最高の栄誉にあずかっておきながら、不敬罪にも程がある。
だいたい、偶然なら全てが許されるラッキースケベの恩恵も理解しておらぬというのは、いくらなんでも人として不心得者に過ぎるのではないだろうか。
考えられる可能性としては、もしかすると豆腐メンタルなので異性の胸に触れたことがないだけなのかもしれず、そのための硬直ではないかという見方もある。
様子を見るかのう。
「そろそろ来てもよい頃ではないかと思っておったが、意外と積極的であったな?」
「……」
「そちらも事情があるのであろう? 土産に首を差し出してやったのであるから、それで手を打とうと思っておったのだがそれではマズイのか?」
「……」
どうやら、緊張のあまり言葉も出ないようである。
恥ずかしがりなのであるな。
仕方ない、ここは人生の先輩である我が一肌脱いでやろう。
「ぼくはつい、いきおいあまって、すきなおんなのこのむねをさわってしまいました。はじめてさわるそのかんしょくはとてもやわらかくてあたたかくて、それでいてあまずっぱい……」
「……待て、なぜそうなる」
お、ようやく声が聞けたのであるぞ。
せっかく教室でふたりきりの大事な時間であるので、もっと話が弾んでもよいのではなかろうか。
「おや。授業が終わっても教室に居残っておるから愛の告白だと思っておったので、其方の気持ちを代弁しただけであるぞ」
「……」
ここは学校であると分かってないのではなかろうか。
放課後で先生と生徒ふたりきりであるのだぞ。
「課外授業であんなことやこんなことをしたいのであろう?」
「……」
だというのに、思い余ってこのまま先生を抱く展開でもないようである。
「ふむ。別に黙っていても構わぬが、とっくに正体は割れておるのだぞ。副大臣秘書官殿」
暗殺者の気配が明らかに変わる。
どうやら我に話させるだけ話させて情報を得ようとするのではなく、自分も話をする気になったようである。
まあ、素性を隠しておっても仕方ないとわかればそんなものであろう。
「……なぜ分かった」
「このタイミングでわざわざ我をピンポイントで狙って来るものなど条件が決まっておろう。それに、理由がわからぬままでは上に報告できぬのではないか? それに宴会の後、賢者は人知れず何処かへ去っていった……となれば綺麗なシナリオなのだ」
「原因としては不十分だな」
あー、それを聞いてしまうのか。
「イケメンだからであるぞ」
「……どういうことだ」
「決まっておる、イケメンは敵であるのだ」
「……」
我がどれだけそれで悲しい目にあったと思っておるのか。
昔は青年騎士団がこぞって我に刃を向けてきたりしたのだぞ。
美少女魔王と騎士のロマンスを求めて一度は貫かれてやってもよいかと思ってやられてみれば、夢もへったくれもないままに容赦のひとかけらもなく、我のハートをめった刺しのタコ殴りであるぞ。
我がいくら魔王鎧の強面だったとはいえ、そんな本性を見てしまっては百年の恋も冷めるというものである。
イケメンとは遠くにありて思うものであるのだ。
「ふん」
ぐぬ。肩をすくめて思いっ切り呆れられた。
コレだから顔が良いと自覚している男どもは。
「……で、具体的には?」
それどころかスルーしおった。
格好ばかりで付き合いの悪い男は嫌われるのであるぞ。
「対価が欲しいのであれば、秘書官殿も情報を晒すがよい。逃げ足には自信あるのであろう?」
「……」
どうもその通りのようである。
はじめこそ慌てたようであるが、この期に及んで引くつもりがないのであるから、この場から離れられると確信出来るだけの力量があるのだろう。
ようやくこちらの話に乗ってきおった。
「俺もおまえも人間ではないということ以外に、か?」
「人間であればいたいけな少女を押し倒しておいて冷静でいられるわけもなかろう」
だいたい、斬っても突いても死なぬ相手に掴まれていて、なお情報を引き出そうとするような男がただの人間であるハズもなし。
「ふ……人の皮を被った化物がその口でよく言う」
「うさぎの振りをした女豹くらいが喜ばれそうな気がするのだぞ」
ファンシーとセクシーのいいとこ取りであるのだ。
「まあいい……国として単におまえが邪魔だと、そういうことだ」
「そうであろうな。南部の森のことと我を結び付けられる者で、聖王国とややこしい関係を望んでおる者には、我が邪魔なのであろう?」
国としてではなくお前らの集団が、であるな。
財務大臣でならともかく、あの程度の副大臣に付き従ってる器でもあるまい。
「賢者というのはダテではないということか。それだけの情報でアテが付くとはな」
「そもそも理由なく南の森にあれだけ強力な魔族が現れるはずもなかろう。アレを解き放った者はどう考えても我のことを快く思わないに決まっておるので、そのうちお近づきになれる機会があると思っていたのだ」
だいたい、クェルは性格的に争いごとを避けるはずである。
なら、鎧を与え、指示した奴がいなければならない。森でいい出会いがあるなどと言えばクェルはいくらでも待つのだから。
そして、国同士の雰囲気が微妙になりやすいもっともな理由、つまりこの同盟を作ったものがいるはずなのだ。なら、我もその舞台に参加しないことには、アフターフォローしたとは言えないのであるぞ。
「狙い通り誘い出されたということか」
「賢者らしいであろう?」
てへぺろ。
襲撃をかけるなら、我が普段の住まいにおらぬ時、つまりガードの弱いときを狙うに決まっている。
特に宴会の後であるならなおさらである。
だいたい、都合よく一人で寝ておるとかありえないのだ。
いやあ、よいタイミングで来てくれたものであるな。
「どれだけ化物なんだおまえ……それに一応、これでも魂喰らいの魔剣なんだがな……」
「廃棄処分ならしておいてやるぞ」
聖剣でも死なぬのに、宴会の後だけにそんな呪いのアイテムはおいしくいただくだけである。
「ところで、そろそろ離してくれないか? できればそのキレイな顔を真っ二つにしてまで振りほどきたくない」
「そう言うな。どうせしばらく付き合うことになるのだ、多少の役得くらい持たせろ」
どうせお互いがお互いの素性をバラせぬのだ。
人の世と我ら、表裏入り乱れて絡め合うには、時にはまったりとした辛味も必要なのだ。
思わず微笑み合う。分かっておるぞ、仮面では笑みが隠しきれぬのであろう?
「なんだ、時間稼ぎか?」
「それはもう終わっておる」
アンとクェルがしばらく前から影の中から待機してるので、決闘と同じである。
あとは双方、スタートのタイミングを測るだけであるのだ。
「非情なイケメンというのは、見た目だけで楽しめるのであるぞ」
「……そうか」
魔族は基本的に、強い者は見た目がいい。
誰が好きでわざわざ外見を悪くしたいのであろうか。意志と魔力の塊である魔族にとって、外見はそのまま強さに直結するのだ。
互いのその意志がわずかに濃くなる。
合図はそれで充分。
「なら、裂けろ」
「クェル」
秘書官殿の刃と、影の中から現れたクェルの手。
双方同時であった。
はずだった。
だが、圧倒的に相手のほうが速かった。たぶん。
憶測なのは、気がついた時には我の胴体が上下に泣き別れにされており、秘書官殿の足はクェルのつかみによって粉砕され、そのまま自身で自分の足を切り落として逃げたからである。
クェルが間に合ったのはひとえに”移動しても影は離れなかった”からであり、秘書官が移動したことも我らには知覚できなかった。
それほどの速さ、もしくはそれ以外の何かである。
それでも、クェルに捕まってしまえば最後、物理的な脱出は困難を極める。
そもそもアレだけの力で彼女自身がまるで崩壊しないのだ、とんでもなく頑丈に決まっている。我に力を吸い尽くされ、なまくらになった刃が通るはずもない。
だから、根本からパッキリいったナイフを捨て、自身の足を残して逃げたのだ。あれくらいの魔族であれば手足の1本や2本なくしたところでどうにでもなる。
思い切りがいいので、話はともかく優秀な刺客であると思う。さすがはイケメン。
だが、呪いをメインにする者にとって、他人の体の一部というのはきらきら輝く宝石箱である、大切に保管しておこう。
せっかくのいただきものであるから、末永く大事にするべきである。
「しかし、我はこれくらいかまわぬのだが、服を破るのは勘弁して欲しいのだぞ」
生き別れになった胴体は感動の再会を果たしたのであるが、服は直らないのだ。
宴会の余興として乙女の服がビリビリになるのは、あまり教育的によろしくないのである。




