031 : すてきな食事会
昨日あのまま、大臣のところでうっかり寝そうになって起こされたのは秘密である。
そんなわけで、いろいろとバタバタしたものの、翌朝には衛兵の詰め所から解放された。
そこから先は、それはもう至れり尽くせりな賓客待遇である。
なにせ、財務大臣お墨付きで慈善事業していた賢者を、ろくに確認もせずひっ捕らえた挙句に牢屋にぶち込んでしまったわけで。しかも地方都市の親善レベルの扱いとはいえ公式大使ときている。
それはもうステキにデンジャラスでアウトな案件である。キングオブアウトである。国際問題に発展しかねない話である。
なので、今回の件についてはすべて不問にするとはいえ、その責任を取るというのは大変なことなのである。
こうして、クレジオシテの長い一日が始まった。
「「「すいませんでしたぁっっっ!!」」」
まずは衛兵長以下、衛兵一同による渾身の平謝り。
うむ、不問にするとは言ったが、謝ってもらわなくていいとは言ってないのである。
あとは言い訳を尽くしてもらっても単に時間の無駄なので、今後の生活を路頭に迷わなくてよかったと思ってもらうことで肝をつぶしてもらえば、それで問題ないと思う。
彼らの華々しい思い出の1ページを飾ってくれるであろう。
「うむ。其方らは職務に尽くしたがゆえの過ちであるのだ。もっとも、いささかやりすぎがあるとは思わなくもないが、それは今後、スラムの者達に活かしてもらえればそれでよい」
衛兵たちが涙無くしては聞けない、我のドヤ顔による名台詞である。
きっと言葉通りの意味にはまるで聞こえてないであろう、含蓄のある奥深い話であった。
一件落着である、たぶん。
そしてもう一つ嬉しいことがあった。
なんと、これから副大臣閣下とお食事会なのだ。
そのようなやんごとなきお方にお呼ばれしたのであるなら、出席せざるを得ないのであるぞ。スラムでの慈善活動のねぎらいというのであれば、なおさらである。
もちろん、財務大臣の粋な計らいである。さすがお偉いさんは違う。さすえら。
まあぶっちゃければ、本来はそのために呼んだのに手違いがあった、とすればすべて綺麗に運ぶからなのだが。
なんにせよ、副大臣クラスとお近づきになれる上に、否が応でもこちらの顔を立てなければならないとなれば我の得意分野であり、食事会だけにおいしくいただくのである。
そんなこんなで、王城にて食事会がセッティングされた。大至急で。
まあ、3ヶ月前の半ば事務的に済ませばいい会談と違って、今回は大事なお客様であり、ほぼ国賓級の扱いである。
なお、ここで王様が出てきてしまうと国として正式な謝罪になってしまうので、主催は副大臣閣下である。
これはあくまでも副大臣の個人的な招きでなければならないのだ。
本来はここに商業ギルド長なども呼ぶべきなのであるが、今回の目的は「失礼をしてしまったストレアージュ大使に対する平謝り」なので、急だったことも手伝って我ら3人だけである。むこうは副大臣に秘書官、財務大臣。計6人で長テーブルを囲んでの会食になる。
ギルドとの話し合いは後日で、とにかく我に機嫌を直してもらわないことには聖王国とやばい関係になる可能性があるので、ということなのだ。
おかげさまで見るからに豪華な食事会であり、とりあえず可能な限りの全力を尽くしたのであろう。
前菜、スープ、肉、野菜、果物。さすがに仕込み時間の長くかかる料理こそないが、色とりどりの豪華な料理が並ぶ。塩漬けにした燻製肉のスライスなど絶品である。肉料理に苦味と甘味が混ざったような独特の茶色いソースが見たこともなく面白い味で楽しませてくれる。
アンは野鳥肉のローストに木の実のソースといったあたりを喜んでいたし、クェルは果物のデザートがえらく気に入ったようでおかわりをせがんでいた。
だが、この事件で一番とばっちりを受けたのは、なんの関係もないのに今後の食材プランをめちゃくちゃにされた宮廷料理人であろう。
そうした尊い犠牲の上に成り立っているにせよ、ここまで筋は通っており問題のない食事会と言えた。対外的には。
もちろんメインイベントは食後の楽しい雑談である。
「では改めて。導師オルレアである。このふたりは従者のアン、それとクェルフェルナーサになる。この度はわざわざお招きいただき、大変ありがたく思うのであるぞ」
「マシュケ副大臣、カレスコル=ア=セルベレになる。賢者様には招聘に応じていただき、感謝の極みですぞ」
恰幅のいい、禿げ上がった頭の肥満体型のおっさんである。格好から雰囲気に至るまで、貴族の中の貴族である。
継承権を持たないだけで相応の役職と階級持ちの立派な貴族であるはずなのだが、財務大臣に比べると雰囲気はやや頼りない。
まあ、ヤバいことをしでかしたときは普通、頼りなくなるものであるが。
「副大臣秘書官、コルセシェ=クル=トウーロです。副大臣閣下共々、礼を申し上げます」
おっさんとは逆に、細身で均整の取れたイケメンである。
慎ましやかで控えめにしているにもかかわらず、端正な顔から男の魅力がにじみ出ている。囲われてやしないかと心配になるくらいには。
他人のプライベートなので、それ以上には気にしないのであるが。
「財務大臣のラウレリオ=フォレス=アガスレスタだ。すでに顔見知りであるが、本日はよろしく頼む」
うむ。そして財務大臣の司会で祭り開始である。
財務大臣のと副大臣のコントラストが見どころに思う。
まずは社交辞令として副大臣が口を開く。
「いやはや。手違いとはいえ、このたびは賢者様にはご迷惑をお掛けしまして大変お恥ずかしく」
「気にするでない。こうして場を設けていただけるだけでも非常にありがたい。ご縁で副大臣閣下にお目通りする機会が出来たのであるから、それだけでも喜ぶべきことに思うのであるぞ」
軽めからいっておこうかの。
「そう言っていただければ、こちらとしても面目が立つというもので。その分、今日はお楽しみいただければと」
うむ、副大臣の目が笑ってないであるな。きっと大変なことがあったのだろう。
元気づけてやらねば。
「そうであるな。我も存分に今日という日を堪能させていただいておる。ああ、そうそう。そういえばちょうどよい話があるのだ。せっかくであるからこの機会にお耳に入れておきたいと」
「ほう……なんですかな?」
「スラムの件であるぞ。ゆくゆくは国とギルドの統合事業として考えておる。もともとそういう話で財務大臣閣下に振っておったのだが、まずはお試しとしてやっていたのだ。事情が複雑である地区のことであれば、一般人である我が始めたほうがスムーズであるからな」
「なんと、そういうことでしたか」
大げさに驚いておるのは演技だけではないだろう。よかったよかった。
死んだ魚のような目をしておった副大臣に、水を与えてやった甲斐があるというものだ。
なお、別にそんな話を財務大臣にした覚えなど無い。
「うむ。我としては、これは副大臣閣下にふさわしい事業ではないかと思っておる。長く続ければ必ず街の発展に貢献するので、先行きは国際的な商業学校として広く内外に門戸を開いても良いかもしれぬ」
「そこまでのお考えとは、さすが賢者様はご慧眼であらせられる。普通はこういったことを長い目で見て判断出来ませんのでな」
もともと、有用性に気付いて欲しがっていたのであるから、顔には出さないものの副大臣ホクホクである。
どうせ国を挙げての事業にしてもらった方がいいのであるし、発展させたいのは我もマシュケも同様であろう。それに財務大臣の功績を認める形になる。
無論、上げたらオチがあるのだが。
「ついては、商業同盟の見直しについて、ストレアージュを含めた形でご一考願いたい、とそう思っておる」
「……それにつきましては、マシュケの一存ではなんとも。それに、近隣の整理も終わっておらぬような状態では安全が確保できませぬ」
お、さすがこの辺は副大臣なのであるな。
あえて明言はしないものの「南部大森林を壊しといて交易の安全確保できない状態で馬鹿言うな。今回はこちらに非があるが、あんまり調子くれてるといい加減切れるぞ小娘風情が!」と言ってきおった。
まあ、普通はその意見も通るのであるがなあ。
「あ、森の件な。我が解決したのであるぞ」
「は?」
「解決したのであるぞ」
「賢者様。失礼ながら、あまり突拍子もない発言は控えたほうがよろしいかと……」
街の名前を背負ってるんだから、いい加減フカシてるとシメるぞという感じであるな。
もっともなのであるが、今回引っ込みつかなくなるのは我ではないのだ。
「公式発言と考えてもらって構わぬぞ。我がそれを解決したことで立場を得ておるのが何よりの証拠であろう? そもそもあの魔族は砂糖の値段が上がったため、好物である菓子が食えなくなったことで暴れていたのでな。それでこうやってお願いしに来ておるのだ」
「……」
まさかの衝撃発言に業界騒然である。
明らかに怪しいが、真偽を確かめる方法など無い。
だいたい小娘が大使とかおかしいのは重々承知であろう、必殺技があったに決まっておる。これでも我、昔の話とはいえ連合国家のトップだったのであるぞ。
まあ、ほぼ事実だろうと理解している財務大臣までも、このまったり具合に巻き込んでいる気はするのだが。
「なので、その事での安全は我が保証するのである。心配をお掛けしてしまったのは申し訳ないのだが、それはすでに過去のことである」
原因の魔族、そこに同席しておるしな。
それにストレアージュの時と違い、この発言は完全な交渉材料で本当かどうかは関係ない。
なので、毒だろうと飲むしか無いのだ。
「とは言うものの、我が言い出した以上、我が動くしかあるまい。それにマシュケおよび3王国の発展に尽くしたいだけであるのだ」
ひとことで言うなら、損はさせぬのでおこづかいをくれ、という話である。
我が勝手に動いて暴れる分には国の仕事が増えるわけではない。増えるのは気苦労だけである。
それに、なかなかに面白い収穫もあった。
秘書官殿の反応からして、口こそ挟まないが何か知っておるな。
副大臣閣下が苦い顔をしつつ、言葉を選んだ。
「……賢者様は、どんな食事がお好みですかな?」
含みを持たせたということは、こっそり手伝う分にはいいが公には後押しできないので、まあとりあえず言ってみろということだ。
「世に広く知れ渡るような、それでいて隠れた逸品というのがなかなか好みであるぞ」
名前だけ宣伝してもらって実情がよくわからない隠れた有名人というのがベストである。
まあそこまで行かないにしろ、ウワサの人というのはいろいろ便利なのだ。
ただし知れ渡りすぎると落ち着きどころがないので困る。というか買い食いが出来ない。
あと、祈っただけで病気治したりお金溜まったり、幸運が輝いて爆運がうなるとかそういう怪しいアイテム売る事業に名前を貸したくない。
「なるほど、たしかにそれくらいでしたらご用意できそうですな、賢者様。いや、むしろ黒の賢者……とお呼びしたほうがよろしいですかな?」
「うむ、好きに呼ぶがよいぞ」
それで手を打ってやるから名前を決めろという話であるな。
どうも精一杯の皮肉を込めたつもりらしく、副大臣はもうちょっとひどい名前にしたいようにも見える。
でも黒は大好きなのだぞ、魔王だし。
「もしや、漆黒のがよろしいですかな」
「暗黒でもいいのだぞ」
「賢者様ともあろうものがさすがに暗黒はマズイでしょう?」
「暗闇より生まれし地獄の賢者とか、終末の鐘を鳴らす賢者とか、破滅と世界の終わりを告げるブラックケンジャーとかそういうの大好きなのだぞ」
「……」
結局、ドン引きされて黒の賢者で落ち着いた。
あと財務大臣にすごく生暖かい目で見られた。




