030 : 夜の通商会談(後編)
「……」
大臣は分かったような、それでいて渋い顔をする。
だいぶいろんなことをくぐり抜けてきた感じの雰囲気である。
なので、我の言葉がどういう意味を持つかよく分かっているのであろう。
あとたぶん我がちゃらんぽらんなので、アバウトなことを言うと、とんでもない意味にとられるのではないかと危惧されている気もする。
あえて絞って、変なことを言わないように気をつけられている。
変なことでもいいから、とにかくばんばん言ってしまう我とは大違いである。
大臣は慎重に、だが大胆に切り出した。
「なるほど。だが、人は人にそこまで親切に出来るものではないと思うのだが?」
言外に「おまえは人ではないだろう?」という意味を含んだ発言。
はっきりとは口にせぬが、もう我が魔族だとわかっておろう。
この大臣、人間というものをよく知っておる。
打たれ弱く、自分勝手で臆病。敏感で繊細で、猜疑心によく支配されるものな。
人はその時の感情に流されやすい。涙を流してまで感謝した相手を裏切るし、そうかと思えば縁もない者を命がけで助けたりする。
だが、そういう、理屈じゃないところが人らしいのだ。
裏切っても罪悪感を抱えて後悔したり、助かっても自分のせいで誰かが不幸になれば悲しいのだ。
ちょっと褒められて調子に乗ったり、褒められているのにそれがわからず実績を求めたり。
つまらないことでカッとなって心無い言葉で傷つけたり、そんな自分に傷ついたりする。それをごまかそうとしてまた言葉を重ねる苦しさはすごく人らしいし、そういうものであるとも思う。
みんな誰も傷つけたくないのに、時に自分すら傷つけたりしてしまう。
だからこそ、人は自分も他人も愛おしいのだし、互いを欲していると思う。
気まぐれで手を差し伸べてみたり、同じ時間を過ごすだけで楽しかったり、ただの挨拶がすごく嬉しかったり。
そうした、ちょっとした周りの再確認みたいなことに、ふと気がついてしまった時。
やさしくて正しくて間違っていてほろ苦くて、でもつながってるのが、ほんのりあたたかいのだと思う。
そんなところがよいのだ。
我は、その応援しか出来ない。
観客なので、なかなか当事者にはなれないのだ。
なので綺麗事っぽくなる。しかもずるいし、やりたい放題だし、いい加減である。
外野だけに、勝手気ままに好きなことを言いまくる。
人でないものなので、いいことも悪いことも関係なく、なにをやっても人でなしになる。
でも、ちょっとくらい出来ることをしてみてもよいではないだろうか。応援はする方もされる方も嬉しいのだぞ。
見て見ぬフリをするには、まだ若いのであるしな、我。
だから、それはそれでなんかやりようがある気がするのであるぞ。
まったりはすべてを包み込むのである。
「ふむ。ラウレリオ大臣閣下はすごく心の優しいお方なのであるな。まあ、なかなか出来ないのであるからこそ、人は愛おしいのではないだろうか」
「それは……だいぶ危険な考えではないかね?」
大臣はだいぶ落ち着いてきたようであるが、その代わり、話の重大さに気づいておる。
要は、人でないものがそれをすれば、争いになりやすいとよく知っているのであるな。
「だが、普通できないのであれば、普通でない者はもっとやってみるしかないと思うのだが、どうであろう」
「……」
「まあ、うむ。それなりにわがままであるとは思わなくもないのだが、それでもやらないよりはいいのではないかと考えている。偽善でも傲慢でも詭弁でも、それで誰かが少しでも幸せになればよいと思うのは、持てるもののおごりであろうか」
大臣はそれに対し、しばらく思案したように間をとって。
それから、丁寧に言葉を紡いだ。
「一つだけいいか?」
「なんなりと」
「導師……いや、今は賢者か。どこまでやるつもりなのだ?」
「うまい飯であるぞ」
「は……?」
「我な。まったりしてたっぷりゆっくり時間をとって、マシュケ料理やクレジオシテ名物を堪能したいのだ。それには誰かが困っておったり苦しんでおる横でそうもいかぬであろう?」
「それはまた人間的で……欺瞞的な言葉だな」
まあ本質をついておると言えなくもない。
我は魔王であり、人間ではないがゆえにその手伝いと真似事がしたいだけである。
金持ちが気まぐれに恵んでやるような行為かもしれないし、気分で野良犬にエサをくれてやるのとどう違うのだと言われても、あまり違わない気もする。
我自身が明確に分かっていることでもない。
ただただ、まったりしたいだけである。
気が休まるまで、気兼ねなくなりたいのだ。
我はずっとずっとながいこと、それも許されなかったのだから。
だから、構わず続ける。
本心ゆえに、我が気持ちよく吐き出したいだけである。
理解してもらうための言葉ではない。
友には嘘をつきたくない。そういうわがままである。
馬鹿正直ともいう。
嘘だと思われようと変だと思われようと構わぬ。
我は頭は回ると思うのだが馬鹿なので、交渉でなくてちゃんと話そうとするとこれくらいしか出来ないのだ。
「スラムで多くの人間が困っている横で、我が物顔でばくばく食べるというのは気が引けるのだ。気が引けるだけで、うまいから結局は食すのではあるが。でも、うまいものであれば、他人と一緒に食べたほうがもっとうまいと思うのだ」
「……」
大臣はさらに時間をかけ、熱っぽく語る我の様子を見ながらじっと押し黙っていた。
が、なにか覚悟したのか、わずかに緊張と硬直を解く。
ようやく、ゆっくりと口を開いた。
「……本当にそれだけ、というのか?」
「うむ、クレジオシテの料理も果物も素晴らしいのだ。もともとストレアージュに関しても毎日のように定食をいただいていてだな。我としては食と風呂と寝床がある生活は大事だと思うのだ。さすがに風呂は街に頑張ってもらうとしても、飯ぐらいは我にも出来ることがあるのではなかろうかと……」
大臣は深く息を吸うと、ゆっくりとため息を吐く。
ようやく完全に肩の力を抜いたようであるが、いろいろ諦めた結果である気がしなくもない。
いきなり押しかけておいてなんだが、我もそんなに力むような話にはしたくなかったので、すごく申し訳ない気もする。
「はは、まったく……これはまたずいぶんと可愛らしい賢者がいたものだな」
苦笑された。
やっと平常の雰囲気に戻ってくれたとも言える。
通じたかどうかはさておき、できればちょっぴりでも伝わってると嬉しい。
「おお! ようやく、我のぴちぴちな乙女らしさの魅力を知ってくれたか」
「いや、そこに関してはむしろ馬鹿で厚顔無恥と表現しておこう」
ぐむ、お偉いさんはどうしてこうも硬直後の回復が早いのであろうか。
急に主導権を持って行かれた気がするのである。
「この時間におしかけておるのだし、まあ、たしかに」
「単純なクセに頭が回るので、恥知らずで傲慢。その上、不躾で自分勝手と来ている。なのに純粋で、目をキラキラさせて夢を語りおる。非常に厄介かつ面倒な相手だ」
「それは褒めておるのかけなしておるのか」
「だから可愛いと言ったのだ、賢者。交渉術の割に、煽っても気にせずに甘い本音と理想をあけすけに話す。だいぶ戸惑ったが、やっと扱い方が分かったよ。能ある馬鹿は野放しにして眺めておくに限る」
あまりに的確すぎて返す言葉も無いのであるが、すごく親しみが湧いた気がするのだぞ。
そういう自覚はあるのだし、我。
直さないけども。
「うむ、なんかずいぶんな言われようなのだが、だいたい合ってる気がするのである」
「おかげで寝る前に命がけの交渉で汗をかくハメになった。それが無駄な心配だと分かったら、その仕返しぐらいはさせてもらってもいいだろうと思ってね」
「たしかに筋が通っておるな」
「牙を隠した危険な魔獣だと思っていたものが、実は食いしん坊で素直で懐いているとわかった。こちらの対応としては、エサのやり方だけ気をつければいい。そちらも泳がせてもらった方が楽だろう?」
「我はいつでも腹ペコなので、餌付けはしっかりお願いしたいのであるぞ」
ツッコミの入れどころが分かったら早速これである。
きっとこういった修羅場を抜けてきておるのだな。
だが、我の演説に感動して理解してもらえたならよしとしよう。
やはり腹を割っての相互理解は大事なのである。
通じすぎな気もするけども。
「まあ、話を戻すとだ。賢者よ、納得はしないが理解はできなくもない。だから協力はしないが乗せられてやることはできる。それと失礼して一杯やらせてもらうぞ、さすがに疲れた。ああ、客なんていないからグラスは出さんぞ。いま話しているのはひとりごとだ」
見ないふりを決め込みつつ我に便宜を図ってくれるということだ。つまり我はここには来ておらず、必要があって物事を決めただけであるから仕方ないという配慮である。
信用はしないが話には乗ってくれるらしい。大変ありがたい。
まあ、猛獣の檻を解き放って、お偉いさんたちの集う場に送り出す係としては、やはり知らんふりしたいというのもあるのだろう。
「うむ、可能な範囲でよいのだぞ。もともと無茶を通す話なので、ここでダメなら次の手を打つだけなのだ」
「前向きな恥知らずはどうせやり切る。放っておいても結果が変わらないなら、手の届くところのほうがいい。私の見えるところであれば出来ることもある」
そうしてグラスを傾けながら語る大臣はダンディである。
転んでもただでは起きぬ、それがお偉いさんスピリッツ。
出世するわけである。
「では決まりであるな」
「こちらで出来ることは見守ることだけだがね。迷惑の掛からない範囲で頼む」
それで充分である。
世の中、ちょっとだけ見過ごしてもらえるかどうかというのはすごく大きいのだ。
生活のための規則が、いつのまにか規則のための生活になるのはいただけない。
そして、まだ大事な質問が一つだけ残っている。
「うむ。では話も決まったところで……さっきから気になっておるのだが。その、あきらかにふかふかで気持ちよさそうなベッドに、もふっと飛び込んでごろごろまったりしてもいいであろうか?」
「……」
「このベッドの肌触りといい、生地のやわらかで心地よさそうななめらかさといい、布団のなんともいえぬふわふわ感といい、すばらしいのであるぞ。それに……」
「いや、かまわないが。その……ほどほどにな?」
すごく呆れられた上に、生温かく見守られた。
だが魔王たるもの、この素敵まったり感動体験と比べたら、多少呆れられることなど小さなことなのである。
ふわあああああぁぁ……ごろごろごろごろ……。




