023 : 南へ
出発の朝はいつも早い。
だが、昨晩はしこたま飲んで騒いでおったので、当然眠い。
そもそも、600年も惰眠をむさぼっておったというのに、いきなり生活習慣を変えろという方が無茶なのである。
だいたい宴会の次の朝に早起きしろというのは、どう考えても拷問に等しいのではないだろうか。
こういう時はベッドでごろごろした挙句のそのそと起きだして、その上だらしない感じで寝ぐせもろくに直さないまま朝食をもしゃもしゃするのがよいのであるぞ。
ついでにいうと、そのまま昼ごろまでたいしたこともせずにぼーっとしながら、限りある時間をだらだらと無駄にするという贅沢三昧がベストであると思う。
……要するに、アンに叩き起こされて泣きながら身支度を整えて出発した。
なんだかんだで南行きはレミッテンの隊商と一緒である。
まあ、我をこれだけ焚きつけてダシにしようというのであるから当然といえば当然である。
商売の都合で考えれば我を利用するに決まっている。
その一方で、確かに商人と一緒であれば面倒も少なく関所もフリーパスである。おまけに荷物も持ってもらえる上に馬車に揺られながら移動できるので歩かなくともよい。
さらに付け加えれば、我は嗜好品などに目がないので、そういうものが手に入りやすいのも便利である。少なくとも各地の茶などは押さえておきたい。
そんなわけである意味では願ったり叶ったりでもある。
それに、クェルが乗り物自体に目をぐるぐるしながら興味津々で、荷造りなどを面白がってひょいひょいと手伝ってしまうので、そういった部分でも噛み合ってるように思う。
それだけでも結構な仕事はしているような気もするし、本人は初めての乗り物の感覚で大喜びである。
大喜びすぎてはしゃいでは寝るの繰り返しなのだが。
まあ、いろいろとバレておるような気もしなくはないのであるが、そこはまあ商人は情報に関して口が固いし利益になる間は一蓮托生というトコロであろう。
ちなみに我は特に何もしていない。魔王はどっしり構えておくのである。
「で、これから行くところの情報はなにも掴んでませんよね?」
「うむ。亜人の多い地域であることぐらいしか知らぬぞ。あと名物はひと通り聞いた」
「ずいぶん都合のいい耳ですね?」
例によってアンにツッコミを入れられるのだが、まあ我、ひたすら飲み食いしておっただけだしな。
もとより我は北の出身であるし、このへんにはあまり手を付けておらぬのだ。
だいたい南の連中は我と対抗するためだけに聖王国に与したようなところなので、砂糖菓子や果物が美味かったことぐらいしか知らぬ。
「まあ、そんなことだろうと思ってました」
「そのへんは信頼しておるのだぞ」
「褒めてもなにも出ませんよ?」
釘を刺された。
影使いの闇属性であれば変装も出来るし、影から情報を集め放題なので、そこは心配しておらぬのだ。
むしろマメさと丁寧さでは我など及びもつかぬ。
我としては、めんどくさいし出たとこまかせでいいやというのは内緒である。
「それで南部3王国に関してですが、これから向かうマシュケは人間がメインの国ですね。他は妖精族の国と獣人族の国になります」
「なるほど。同盟を結ばないと面倒になりやすいのであるな」
種族が違うと生活感も価値観も違う。
大人と子供が同じ感覚で生活しないようなものだが、世代差と違って上下関係があるわけではないので時々「ボクの気持ちはお前らなんかにわからない」と言い出す者が出たりして面倒になりやすい。
なお、獣人やエルフの耳はなでなでしたくなるので貴重である。
「はい。大割譲以降は結構ばたばたしてたみたいですが、3王国としてまとまってからは比較的穏やかになったようで。それでも生活感覚の違いから流通がだいぶばらばらだったらしく、それが近年の同盟でまとまったそうです」
「あー。そのへんはレミッテンからも多少聞いたであるな」
なんでも文化風習がだいぶ違うらしいと聞いた。
特に獣人に関しては、だいぶ特徴的であるとうわさに聞く。
エルフも、北の方におる黒エルフ連中や白霊族とは別であるらしく、割と開放的で活動的であるのだとか。気候が暖かいとやはり活発で穏やかになるようであるな。北の連中はとにかく地味で無愛想で閉鎖的なことも多かったからのう。
きっと人間、あまり寒いと心も寒くなるのであるぞ。我みたいに。
「ふむ。それぞれが勝手にやっていたものをわざわざ取りまとめたとなると、予想通りだいたいどうにかなりそうであるな」
「なにやら計画がおありで?」
ずい、とアンが乗り出してくる。
「ないぞ」
「ないんですか?」
「ない」
ホントに?という感じの態度をされるが、ないものはしかたない。
穴のつつき方を想像して楽しむのはともかく、詳しく知らぬモノの見当なぞつけても仕方あるまい。単に疑心暗鬼になった上に不安や無駄な先入観を増すだけである。
それに、新しいネタ探しというのは案外面白いのだ。
「旅行はあーしたいこーしたいとワクワクするのがよいのだ。実際に向こうに行ってから楽しむものであるし、予定なぞアバウトで良いのである」
「国家間の懸念が旅行気分ですか」
あたたかーく微笑まれる。
だが、観光地なぞ行きたいところとやりたいことだけ考えておけばだいたいどうにかなるのである。ただその時その時で楽しめばよい。それに此度はあちこち回るのが目的でもない。
「別に帰ってやることがあるでもない旅であるのに、急いても仕方あるまい。それにどうせ今回はあまり考えても仕方ないのだ」
「そんなものですか」
「うむ、むしろしばらくは考えても始まらぬのだ」
時間で困るわけでもなし、むしろ予定が詰まっておらぬのは武器でもある。
あと、ゆっくり飯が食えぬと寂しいし、街も楽しみたいのであるぞ。
「悪いこと考えてる顔してますね?」
「悪いことなど考えておらぬぞ?」
考えておるのはよからぬことだけで十分であるのだ。
「まあ、程々でおねがいしますよ?」
すごくやれやれという顔をされた。
おかしい、なぜバレたのであろう。
「することはすでに決まっておるのでな。あとは楽しむだけであるのだ」
「それはまた微妙な」
むむ、なぜ微妙などと言われるのだろうか。
「どうせ問題を起こす気なのでしょう?」
「起こす気はないのだぞ」
「起きるのはわかってるんでしょう?」
「むう」
最近、我に対する扱いがだいぶぞんざいになってきたのではないだろうか。
別に問題を起こしたいわけではないのだが、できればそれなりの話題になる必要はある。
話題になるようなことをするとなぜかだいたい問題になるだけのことで、騒ぎにしたいわけではないのだ。ホントだぞ。
「そこはいわゆる一身上の都合というやつであるな」
「個人の都合でエラいことになる方は大変だと思いますよ?」
「たまたまなるかもしれないだけで、そういうことにならないようにしているのであるぞ?」
ふふーんとふんぞり返りつつ。
だが、アンも食い下がる。
「ホントにですか」
「ホントにだぞ」
あからさまに疑われておる。
すごく信用されてない気がするのであるぞ。
「だいたい、我が一度でもひどいことにしようと思ってやったことがあるとでも思っておるのか」
「たぶん一度も後先考えてないと思うんですがどうでしょう」
「ない」
「ですよねー」
うむ、どういうわけかたまたま偶然そうなっただけである。ついうっかりとか。
運命のいたずらというのはかくも恐ろしいものである。
「そもそも悪気があってやっておるならもっと素敵にブラックにやるのだ。漆黒で混沌とした邪悪な絶望を明るく振りまくのであるぞ」
「あまりブラックに感じないんですが」
あ、微笑ましそうに鼻で笑いおった。ぐむむ。
「それはもう、超絶至極で絶対究極の悪に決まっておろう。誰もが嘆き悲しむようなつらい苦しみを与えるのだぞ」
「たとえば?」
「他人の好物をちょろまかす」
「今もやってますよね?」
うむ。
「食後のデザートを奪う」
「それもやってます」
たしかに。
「休日の朝早くに叩き起こす」
「それはオルレア様がされたら嫌なことでは?」
その通りであるな。
「ぐむう。どれもコレも邪悪で身の毛もよだつような、みんなが嫌がることだと思うのであるぞ」
「もしかしてすでに超絶至極で絶対究極なんじゃないです?」
「つまり、我は生まれながらの魔王ということか」
「くすくす、そういうところほんと前向きですよね」
思い切り笑われた。
我としてはすごく納得行かないのであるが、まあアンが笑っておるのならそれも良いのかもしれぬ。
それに過去は大事であるが、作れるのは現在だけだし未来に向かってしか歩けないのである。
どうせ歩くなら後ろ向きだと歩きにくいので、前を向くだけなのであるぞ。




