説教中です(紅と白)
俺は、何を望む?
ユキさんの生家である『宵乃宮』を始め、どうもいくつかの訳の分からない集団が、彼女を『巫女』と呼び、うろなから連れ去ったり、利用したりしようと狙っている事。
それも彼女が愛する者を手にかける事で、彼女を優秀な『人柱』に変えられる事。
彼女の母と生前自分の息子が好い仲であり、不思議な縁で彼女を多少強引に自分の養女に迎えた事、タカさんはそんな内容をかいつまんで話した。
ユキさんの口からも多少聞いていたのか、元々そういうオカルトに許容が広いのか、ベルちゃんはさして疑問を挟まなかった。
「ユキのやつはオレ達とはちょっと違う次元を生きてやがる。だが本人は気付いているのか気付いていないのか」
タカさんの言葉にベルさんが苦笑する。たった一晩でも思い当たる事があるのだろう。
「箱の中に入れて、鎖をつけて、24時間監視下に置けば良いと思うだろうが、そんな人生誰も望まない。それに自分の為に回りが生活を崩すのも望まない、そうだろ? ベル嬢ちゃん」
「ああ、そんな窮屈なのは嫌だな」
「俺に、あの子がどれだけの力があるのかなんてさっぱりわからねえ。だけどよ、どこの誰だか知らねえ、自分勝手な都合のために一人の娘の人生を犠牲にするなんて俺は許せねえ」
「ああ、それにはベルも同意する」
そう言ってくれたベルさんは続けて、
「人柱をいくら奉ろうと、世界は、現実は好転しない」
その言葉に俺達は深く同意する。『人柱』がどんなに強力なのかはわからないが、そんなモノで得られるのは紛い物の幸せ。その為に彼女を掻き乱さず、そっとしてやってほしい。だが彼女は望まないのに狙われる立場だ。
俺は彼女が好きだから、そんな事に煩わせず、好きな事をやっていて欲しいと思う。
蛍の光に照らされながら、キャンパスに向かう彼女の姿を思い出す。神聖な儀式の様に画面に向かうその姿は、本当に神が降臨しているのではないかと思わせる美しさだった。
「だから出来るだけオレ達はオレ達の生活を崩さない範囲で、彼女の側を守っているんだが。そこでベル嬢ちゃん、お前さん、相当腕が立つと来た……」
タカさんは本当に自分の娘、いや、それ以上に愛しているのだと思う。その思う気持ちは声に籠っているようだった。それを遮って、
「皆まで言うな」
ベルさんはその思いを受けたのだろう、にやりと親指を立てる。その姿は頼もしかった。
「言われずとも、ユキの側にいる限りは彼女を全力で守ろう。……あの風呂でのテクニック、そういう事か。誰かが悪用するなど許せん」
「「?」」
ただ……少し問題発言があった気がするが、まあいいだろう。
報酬についてはベルさんは『無償で』という。ここでの対応、そしてユキさんへの思いは金に換えられないと言ってくれた。
しかし彼女はそこで疑問を投げる。
「……『頼りになるのはベルだけ』とはどういう意味だ? 賀川も相当腕が立つだろうに」
お世辞でも嬉しい台詞だが、俺は言葉を濁してしまう。
だが誤魔化しても仕方がないので、
「俺も運送の休みを縫って、ユキさんの側にいるようにしているんだけど、今月25日の夕方五時ごろに、うろなを離れるから。ユキさんをよろしく頼むね」
「ん? どこにいくのだ?」
「海外へ、期間は二週間くらいかな?」
「賀川の、海外とは言うなと言っただろうがよ。ユキには隣の県に会社の研修に行くと言ってある」
「俺がどこにいようと、ユキさんは気にしませんって。まあ場所が場所だから……」
「何故だ?」
低い声でベルさんが尋ねる。
「こいつ、海外で過去にトラブルがあったんだ。ユキもそれを知っている。だから気を揉ませないように……」
タカさんの説明を遮り、ベルさんは言葉を紡ぐ。
「違う、賀川だ。何故、お前はどこに居ようとユキが気にしないなどと言うのだ?」
「本当の事だよ。ユキさんに取って俺は空気以下だよ。居てもいなくても変わらない」
「…………そう、か」
海外に行くのはユキさんの生家の情報などを提供してもらった対価で、行かないと困る事になるなどを付け加えたが、ベルさんは何か別の事を考えているようだった。
「なあベル嬢ちゃん、一つ聞いていいか?」
タカさんは一呼吸置いた後、彼女に尋ねる。
「……この際ベル嬢ちゃんが何者かどうかは聞かねえ。さっきの組み手で見せた動きといい、お前さん、一体どれくらいの場数を踏んできたんだ?」
「もう数え切れないぐらい、だな。徒手空拳、それから派生した様々な武術、刀剣、銃火器などと様々なものを相手にしてきた。そして、今まで生き残ってきた」
その言葉に嘘は感じない。体感した俺には更に深く良くわかった。人であるか否か、そんな事を置いて、彼女の戦闘能力は本物だ。とにかく敵には回したくないと感じた。
俺はタカさんと目配せをし、思いを彼女に告げる。
「ユキの事、よろしく頼む」
「よろしく、お願いします」
「顔を上げてくれ、二人共」
赤い髪の見た目に幼いはずの少女が、何物にも代えられない威厳を放ちながら俺達と約束を交わす。
「このベル・イグニス、宵乃宮雪姫の剣となり、盾となる事をここに誓おう」
とにかく今日は他の兄さん達もいなかったし、ベルさんと言う強い味方もできて、地下に招いてしまったのも結果オーライだった。
ベルさんはどうやら俺とユキさんの間柄を誤解しているようだが、まあいい。
この後、基礎練をして、空手の型取りをする。対極や三戦などの意味が、この頃少しはわかってきた。型自体と言うより、流れや呼吸の中にある何がしかが俺の動きを少しは良くしているように思える。
ベルさんも幾つかの型を見せてくれて、タカさんがそれを興味深そうに学んでいた。
そんなこんなで終わりの時間を迎えたが、ベルさんは何故か俺と二人で話がしたいらしい。
「朝飯には遅れるなよ」
そう言い残してタカさんは先に一階に戻った。
俺は汗をタオルで拭いてから、畳を目に沿って綺麗に掃除し始めた。ベルちゃんはその様子を見ている。それが一通り終わると、俺は話を彼女に向ける。
「……さて、ベルさん。話って何だい?」
「まあ、とりあえず座れ」
向かい合って、胡座を組むと、赤い髪の少女は俺を睨むように見ながら、
「単刀直入に聞こう。賀川、お前は雪姫を愛しているのか?」
「ああ」
それは間違いない。彼女に隠し立てする事はない。
「……そうか。ならばベルからお前に頼みがある」
「何かな?」
ユキさんよりオレンジ色が今は強く見える赤の瞳が俺を見る。その真剣な表情に何を言い出すのかと思ったが、
「ベルは雪姫を守る剣や盾にはなれる。しかし、『心の拠り所』にはなれない。何故なら、あの子が本当に心の拠り所としているのはお前だからだ。だから、お前があの子の居場所となって彼女を守れ。あの子の事を、愛していると言うのならば」
俺は真面目にそう言われて、吹きそうになった。
「ベルさん? 君は何か勘違いしてるよ。ユキさんの心の拠り所や居場所が俺? はは、そんな事ありえないよ」
好かれたいと思った時期も、好かれようと告白した時もある。
だが彼女の返事は実際に『NO』だった。でも頑張って好意を示せば、彼女はいずれ靡いてくれるだろう。そんな人だ、ユキさんは。
けれども彼女に愛してもらって、俺が死ねば、素晴らしい『人柱』に仕立てることになると知った。俺が愛さずとも、誰かが愛し、誰かを愛すにしても、俺が引き金を引く事はしたくない。
「……何だと?」
だが『ありえない』と聞いた途端、ベルさんの整った眉が吊り上がり、怒りを声に乗せた。それにしてもどこで何を勘違いしてきたのだろう。仕方ないので笑ってから、ちゃんと説明する。
「彼女には、俺よりももっと相応しい人がいるよ。それがまだ誰かはわからないけどね。ただ、側にいる限り俺はユキさんを全力で守る。まあ、君ほど強くはないけどね。話した通り、俺は来月までうろなには戻れない。その間、ユキさんを頼むよ」
「……けるな」
「え?」
「ふざけるな!」
その時のベルさんは一陣の赤い風に似ていた。俺を一気に押し倒す。その動きは獣のようで、人間味を感じないすさまじい勢いだった。
「……そうやって自分の気持ちをごまかして! お前があの子と真剣に向き合わず、逃げてばかりいるから、雪姫は、雪姫はーー!」
そして浮かべるのはあんまりに真剣な表情だ、何を間違えたかは不明だが、俺とユキさんの仲を疑っている。とにかくユキさんを思ってくれているようだ。
たった一晩しか彼女と過ごしていないのに、余程濃い時間を彼女と過ごしてくれたのだろう。その事に感謝するしかない。
俺は所詮男性で、彼女の親友になるには足りない。いや、男性でも、友になれないわけではない。だが俺の心は彼女にもう持って行かれていて、そこに身を置き直すには、彼女は魅力的すぎた。年差はあるが、俺にとって彼女は女で、俺は男だと言う事を差し引いた考えは出来ない。
勘違いされてしまったのは厄介だが、ユキさんの為に感情をぶつけてくる彼女を好ましく思う。
良い娘だな。
俺を掴む手が震えている。
少し悩んだが、俺は言葉を紡ぐ。
「巫女の力を強化する、と言うか、俺はそういうオカルトは信じられないし、よくわからないけれど、彼女を『人柱』と言うモノに変える方法があるらしい」
「さっき聞いた、な」
「そう、彼女を有能な『人柱』に変えるには、彼女に愛を捧げ、彼女から愛を受けた者。その者を殺し、巫女を悲しみで満たすと良いそうだよ」
「それがどうした」
「彼女には恋をさせたくない。でもユキさん……あんな子だろ? いずれ誰かに恋をする。その時、俺はその誰かと彼女を守る為にココに居たいと……」
「お、お前はその誰かになる気は……」
「ないよ」
即答した後、逡巡する。
「なりたかったけどね、これを知る前だったんだ、彼女の唇を奪って愛を囁いたのは」
「何でそこで過去形なんだ」
「すまない、無責任な事は言えないんだ。だから、人柱にしない為には出来るだけ、ユキさんが恋するのは遅い方が良いってわかるだろう? 俺に有る未来は全部ユキさんに捧げる。それだけは誓う」
「お前は一体何なんだっ! 雪姫を、雪姫がそれじゃあ……」
ベルさんは思い切り俺の胸倉を掴んで、三度ほど俺を揺らす。
「愛する者を奪おうとするものがいれば、逃げるな! 戦え! 戦って守ってみせろ! 未来を力づくで奪い取れ!」
「ありがとう」
熱いな……実際、振られたんだよ、俺。それでも側に居る男に何をベルさんは望んでいるのだろう。
「そこは違うだろう! 奪い取って見せると誓……」
俺に今できるのは彼女の影になる事。だだ彼女を愛しているんだ、今も。だから努力してユキさんの事を抱いたりしないように、邪な行動を慎んだり……そこまで考えて、そう言う事かと思う。
彼女の言葉を遮るように、
「もしかして……好きな彼女の側に居れば押し倒したくもなるし、抱きしめたくなる。それでつい過剰に彼女を遠ざける事があるのを怒ってる? そういえば……君が『想い人』と結ばれるといいね」
そう言ってやると、彼女が途端に絶句した。
朝陽 真夜 様『悪魔で、天使ですから。inうろな町』より、ベルちゃん。
いつもありがとうございます。




