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うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話  作者: 桜月りま
8月12日から18日まで

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8月15日梅雨ちゃん飼育日誌6・涙と雨



人知れず、神が禊の雨を降らせる。



 十五日……朝に晴れ、昼頃にゲリラ豪雨あり











 目が覚めると、もう日は上がっていた。いつもの練習時間はとうに終わっている。タカさんの部屋で梅雨ちゃんと寝てしまっていたようだ。

「どんな酒豪だよ……」

 タカさんは、普通に起きて、鍛錬を済ませ、仕事へ出て行ったらしい。

 梅雨ちゃんはだいぶ家に慣れたらしく、俺の部屋でご飯を済ませたり、トイレに行ったりして、この部屋に戻って、外を眺めた後、毛繕いしていた。外を眺めるのはきっと先生が帰って来ていないのか見ているんだろう。はた、はた、っと尻尾を振っている後姿が可愛いのだ。

「かわいいな、お前」

 まだ布団にひっくり返ったままそう言う。

 俺と梅雨ちゃんが布団を占拠していたから、タカさんはどこで寝たのか気になったが、後から葉子さんに聞くと居間のソファーで寝ていたらしい。怒られるかと顔色を変えていたら、

「息子さんとね、飲む時……と、言っても、そんなになかったのだけど、その時も息子さんを酔い潰しておいて、勝ったと喜んでいたけど。今朝もそんな事言っててね。笑ったわ。でももう年齢も行ってるから、無理しないように止めてね」

 あの酒量だと肝機能が確かに心配にはなる。だが俺に止められるかはわからないので、とりあえず笑っておいた。



 今日は休みだったので、俺は部屋に戻る。

 昨夜ゲームに誘われていた事を思い出して、行けなかった詫びのメッセを送って、普通のメールやら何やらやりながら、ネットに潜りこむ。

 後ろに付いてきた梅雨ちゃんは、また窓の外を眺めている。

「うろなで何かあるのか? 何か警護関係の依頼が飛び交って、いろんな所の部隊配置が動いてる?」

 俺は「エンジェルズ シールド」で、こういうのに要請されては出動する側に居た。気になって調べたが、もうパスが取り上げられていて、閲覧制限に合う。ある程度からは機密に入ってしまい、ブロックされて閲覧できなかった。

 気になって、篠生のおかげで交友を再開した戦友に、ちょっと問い合わせてみた。

 それにしても、どれも一点から発されたもので、かなり大がかりにうろなへ『守り』を要請していた。

「こんなに……何もなければいいけど、な」

 森に居るユキさんのGPSは動いていない。だが携帯なんてぽんとおいて移動しそうな彼女だから。とても心配だった。だけれど、タカさん達は篠生から連絡がない限りは動かず静観すると決めているから、動けない。

「篠生を信用しないわけではないけれど、あいつの基準は普通と違うからな」

 一抹の不安を覚え、森に足を延ばしてみようかと思う。



 葉子さんに差し入れでも作ってもらってお昼にと届けるか……何か理由を考えないといけない。梅雨ちゃんをダシにしてみるか、それともどうしようか。



 それにしても、ユキさんの顔を見る度、吸い込まれていく気がして。彼女を抱きしめたくなるのをどうにかしないと不味い。



 細く柔らかな体に必要以上の大きさがある胸がまずいけない。

 白くて穢れを知らない肌は何度か触れる機会があったが、商品として最高級に磨かれていた少女の肌に匹敵、いや手触りはあれを越えていた。それでいて特別な事などしていないのだから、ちょっと手入れしたら大変な輝きと滑らかさが出るだろう。

 その足を水で洗い冷やした時など、そのまま舐めても良いと思うほど綺麗な桜色の爪が俺をそそっていた。

 何より奇跡を思わせる白髪と血を固めて透き通らせた、人を射抜くような瞳が、俺の心を狂わせる。

 それもこの頃、彼女は何か考えているようで、物憂げだったりしっとりと水分を含んで輝いていたりするから、余計にいけない。

 俺を好きになって、その瞳で誰も何も見ないで、俺だけをただ愛してくれと懇願したくなる。

「こんなで、俺やって行けるか?」



 なあ?



 梅雨ちゃんは飽きたのか、呆れたのか、俺の膝から降りると固形の餌と水を飲んで部屋から出て行った。

 俺は暫くぼーっとして、彼女の事を一人考えていた。



 彼女が泣いている?



 と。

 そう、何かが告げた気がした時、

 眺めていた外が、明らかに暗くなり、ガラスを雨が叩く。

「賀川君! 居るなら洗濯物手伝ってっ!」

 葉子さんの声が飛ぶ。非番の他の兄さん達も呼ばれて慌ててバケツリレー状態で洗濯物を取り込む。

 梅雨ちゃんは物陰に隠れてその様子を面白そうに眺めていた。

 洗濯物への被害は最小限だったが、その後の降りは凄かった。土砂降りを越えた凄い勢いで庭が池になる。

「この家は床が底上げしてあるし、排水が万全なのに、庭がこんなになるのは初めてだわっ」

「これが流行りのゲリラ豪雨ですかね」

 誰かが呟いた後に、電話が鳴ったのを葉子さんが取り、切って叫ぶ。

「タカさん……いや社長から伝令よ! 『非番の奴で家にいるヤツは、今から全員召集。食事をして待機』だ、そうよ。着替える間に素麺を茹でるから、早く食事済ませて」

 この豪雨で修理依頼が増える事を予測したタカさんの伝令で、非番でココに居た五人、皆が無言で動き出す。嫌な顔をする奴はいない。町の整備を預かる気持ちで仕事しているのだろう。その意識の高さは俺を感動させた。

 お盆休みの業者が多いから、こうやって動いてくれるなら、被害のあった町民は助かるだろう。



「ね。悪いけど賀川君、素麺の薬味を用意してくれる?」

「え、あ、何すれば……」

「ああ、そうね。生姜を剥くからコレで擦って、ネギを小口切り……細かく切って。後……」

 大鍋に水を入れながら葉子さんの指示に従う。夜のご飯も味飯を作っておにぎりにするなど頭を捻り出す彼女を手助けして、皆を送り出した頃には雨は止む。

「森には行けないな」

 大量の集中豪雨で、森も小川や沢、崖など荒れているだろう。ユキさんが心配だが、行きそびれてしまった。

「泣いていないと良いけれど」

 あの森に守られているような感じの子だ、それにタカさんの改修工事で、雨でどうにかなるような事はないだろう。

 だけどふと過ぎった涙の気配が、幻であればと思う。



 俺は少しだけ、窓を開け、外の様子を見ようとした時、メールの着信を聞く。

 先程、うろなを中心に出回っている警備要請について問い合わせた件かもと、俺はパソコンの前に座る。その返信は『悪意からは来ていない動きなので、心配するな』『すでに今朝には解除されている』と、いうような内容だった。

 返信感謝のメールを出そうとした時、部屋に黒い影が部屋に入ってきた。もう梅雨ちゃんが入ってくるのは当たり前になっていて、余り注意を払っていなかった。

 そう、彼女は部屋に入ってきたら、窓辺にひとしきり座って、外を眺める。先生達が来ていないか探してい……



 窓辺に座って?



 俺が椅子を倒しながら立ち上がった時、黒い毛玉は勢いよく外に飛び出していた。いつも閉まっている筈の窓が開いているとは思わなかったのだろう。

 いつだったか、病院に見舞いに行った時、ユキさんが窓から半身を乗り出して落ちて行きそうになったのを思い出す。

 あの時は病室に体が残っていた。

 だが、梅雨ちゃんの小さい体はもう外の屋根にあって、先程の雨で濡れた瓦は彼女を支える事はなく、中空に放り出した。俺は何も考えず、窓を開け放つと、そのまま外に体を投げるように梅雨ちゃんを抱き止めた。



「うん、よかった」



 と、言って、俺は空が飛べるわけがない。



 瓦数枚を道連れに、俺の体は、そのまま引力に従って落下する。彼女が俺のクッションになってしまっては元も子もないので、俺は背中を犠牲に差し出した。

 壁を挟んで向こう側には工務店のトラックが見える。その駐車場と家を仕切る壁でしこたま腰やら頭を強打する。それで体の勢いが緩まったので、足からの落下に切り替え、膝下まで溜まった水に着水する。 その飛沫を最大限被らない様に梅雨ちゃんを上にあげて守りながら、派手な水音と共に俺は膝を付く。



 うなぁっ!



「うん、よかった、てかごめん」

 俺は殆ど梅雨ちゃんが濡れていないのに安堵する。胸に抱くと濡れるので、肩に彼女を抱きながら、ずっと謝り、じゃぶじゃぶと歩いて、縁側に顔を出す。

「よーこさーん」

「……え、か、賀川君なのっ! ど、何処の浮浪者かと思ったわよ!」

 事情を説明し、梅雨ちゃんを受け止めてもらう。俺は庭に水を撒くホースで泥を流してから、脱ぎ捨てて、風呂に行った。

「あーあ」

 背中に思い切り跡が付いている。酷い頭痛がするが、じきに治まるだろう。

 猫は高い所から落としても大丈夫など言うが、あの高さからは放り出してはいけない。ゲリラ豪雨で溜まった水量は尋常ではなく、溺れたりさせずによかったな、と思いながら、冷えた体に熱い湯をかけた。



 風呂から上がって玄関にさしかかった時、俺が普段身に付けている賀川急便の制服を纏った男が来る。

 届いたのはユキさん宛てに一つ、そしてこの家宛てに二つの荷物だった。

「さっきの雨、酷かったけど。品物大丈夫?」

「大丈夫ですよ、先輩。でも隣町の倉庫がヤバいらしいです」

「応援要るか?」

「たぶん課長が行ってます。何かあれば声がかかりますよ。で、明日は後入りですか?」

「十一時倉庫入りの、明けだな。トラックは暫く頼むな」

 業務連絡をして別れたところで、葉子さんがやってきた。



 足元には毛がふわふわになった梅雨ちゃん。ブラシとドライヤーで綺麗にしたのか、お風呂に入れたのかわからない。

 葉子さんは荷物の名前を見ると、

「あら、全部彼女を助けた先生達のお名前で来てるわね?」

「三個口で、何、送ってきたんだろう?」

「これは重さと感じ的にお酒、これはタオルかしら? 気を使わせちゃったわーーでも助かるのよね。お酒はタカさんが喜ぶわ。さ、このユキさん宛てのは、彼女が戻るまで、貴方の部屋で預かっていて。お願いね」

 そう言いつけてから、振り返って、

「どうして賀川君は運送会社で働いているの?」

「人に荷物を届ける仕事が、好きなんですよ」



 トコトコと俺に歩み寄って来た梅雨ちゃんが、なぁおんと鳴いた。

 俺は彼女を引き連れて部屋に帰ったら、窓をすぐ閉めた。

「もう大丈夫だからな」

 だが彼女は窓の外を少し眺める。しかしすぐに机に置いた荷物へと引き寄せられた。

「何か匂うのかな? そうか、先生の匂いがするのか……」

 彼女はしきりと荷物を気にし、匂いを嗅いで暫く離れようしない。

 どこか飼い主を思い出した様子だった。



人知れず、神が禊の雨を降らせた。

その雨に打たれながら流した

少女の涙を、俺は知らない。


零崎虚識様『うろな町~僕らもここで暮らしてる~』より 鬼ヶ島 厳蔵さんがうろ夏の陣で敷いた警護について、少しだけ触れました。

うろ夏の陣終了後の時刻になりますし、賀川が知った時刻には解除されていますが、問題がある場合はお知らせください。


賀川が海外に居た頃、鬼ヶ島 厳蔵さんが知り合いだったら面白いのになどと考えてます。


梅雨ちゃんはもう少しお貸しください。





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