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うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話  作者: 桜月りま
8月12日から18日まで

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8月14日梅雨ちゃん飼育日誌4・受容と拒絶


家の中に居れば、雨は俺を叩かない。

だが間違いなく、外は雨が確かに降っている。



 十四日……曇り時々雨






 そっと目覚めると、隣にまた梅雨ちゃんが寝そべっていた。夜行性なので、本当は騒ぎたいのだろうが、知らない家で、怖いから部屋から出られず暇だし、夜がとても寂しいのだろう。昨日よりも更に俺にペッタリ張り付いて寝ており、なかなか抜け出せなかった。

 やっと離れて、気付かれていないだろうと部屋から出て行こうとした途端に、



 うなぁん



 と鳴かれ、彼女が起きており、それが部屋を出て行くなというコールだと気付く。ズボンに軽く爪をひっかけている。だいぶ慣れてくれたようだが。どうしようかと思いながら、

「時間がないんだけど。ついて来るか?」

 冗談でそう切り出したら、途端にキャリーバックに飛び込んだ。だが、何かに驚いたという感じではない。中から首を出したり、入ったりをしきりに繰り返す。お気に入りの布を入れてくれと言う要求ではなく、俺の顔をじっと見上げている。『今言ったよね』っと。

「なんだよ、まさかその箱に入って本当について来るのか? 家の中だぞ? 抱っこじゃ……ダメなのか、そうか」

 調子よく、うなぁ、うなぁと鳴かれ、負けた俺はキャリーバックに彼女を入れて地下へ行った。










「で、おめぇはそれで遅れた上に、猫を連れて来たって言うのかよ」

「そう、いう、こと、で、すっ」

 タカさん、又割やら腹筋やらを結構ハードな回数、柔軟としてやらせていながら、更に腱立てをして息が切れている人間に、質問をしないで欲しい。

 畳に敷いたタオルに汗がぽたぽたと落ちて、またシミを作り、また落ちる。



「じゃ、そう言う事ならこの子も参加してもらおうか。これ乗せてやれや、賀川の」

 な?

「何て、事、するん、ですか!」

「止めるなよ?」

 なあ……

 俺の背中の上に、大切な預かり猫の箱が積載された。重くはない、だがバランスが悪い。

「よもや落とさないよなぁ、運送屋。後、追加五十回、頑張れよ。おう、カウントしてやれ」

 他の兄さんにそれを任すと、自分は他の組手を見た後、修理の仕事があるとかで、すぐに部屋を出て行った。その前に一睨みされたが……

「頑張るか? 賀川君」

「ははは、梅雨ちゃんが怖がってるでしょう? 俺、怒られても良いんで降ろして下さい」

「降ろしたら俺も連帯責任取らされるんだけど。こういう時のタカのおやじ、こえぇよ。な、猫さ、丸まって、落ち着いているぞ、さっさと済ませられないか?」

「は?」

 上下に動くのだから怖がらないハズ無いと思ったのだが、抱っこされて揺らされている気分にでもなったのか、どうやらのんびりしているらしい。状況がわかっていないのだろう。

 俺はふうっと長く細く息を吐くと、

「静かにカウントして下さい。落ちそうな時はお願いします」

「頑張れ、賀川君!」








 何とか耐えて、回数を終わらせた後、空手の型を幾つか取って、柔道の組手を簡単にして訓練を終える。

 鞄を持つと、梅雨ちゃんは箱の中でモソモソしていた。

「お待たせ、行こうか。梅雨ちゃん」

 もう出来るだけ揺らさぬように食堂にそのまま行って、

「葉子さん、このままそちらの部屋に連れて行きますか?」

「あら、おはよう。下に連れて行ったの?」

「散歩? かな、彼女が連れてけって言うから」

「そうやって猫の気持ちがわかるくらいなら、女の気持ちもわかるようになるかしら、ねぇ。梅雨ちゃん、おいで。今日はおばちゃんの部屋で遊びなさい」

 そう言って意味深に流し目をくれると、葉子さんは梅雨ちゃんを部屋に連れて行った。今日は空が曇っている。雨が降りそうだ。









 そして、予想通り、仕事帰りは雨が降っていた。白の軽を飛ばして前田家の門を潜る。

「お帰りなさい、賀川君」

「お、戻ったか?」

 俺はお邪魔しますと言って、軽く会釈する。何だか自分の家みたいに戻って来てるが、本当にいいのだろうかと思ってしまう。家族にさえ受け入れられなかった俺が。

「ほら、タオル。雨が凄いんだ、濡れ鼠じゃないっすかー」

「今日はゲームしに来いよ、協力イベントやってるんだから」

「さあ、賀川君。シジミの味噌汁、大根の煮つけよ。でもこれ、ごめんね、ブリ大根だったけどブリが無くなったのよ。代わりに鮭の塩焼きどうぞ」

「あ、いいな、俺ブリより鮭が良い。変えてーー賀川君。あ。ありがとー」

「ぼっとしてないで、座れや、賀川の」

 葉子さんがご飯をよそい、工務店の兄ちゃんがにぎやかな中、そう言ったタカさんの膝の上、大人しくしていた子猫が降りて来て、俺の足をクンクンやっている。今日一日でだいぶ慣れたらしい。




「猫ってニオイで何でも分かるんですって」

 御飯茶碗を置くと、葉子さんは、

「今日ね、私の部屋に梅雨ちゃん来てたでしょ? 少しは出てきたけど、なかなか仲良くなれなくて。でも、洗濯もの畳んでいたらゴロゴロすり寄って来て。何かなった思ったら、貴方の服のだったのよ。そこからだいぶ打ち解けてね」

 今まで座っていたタカさんの膝の上で、俺のシャツが猫の毛まみれになっていた。

 俺は仕方ないかと思って、ご飯を食べる。

「うまいか?」

「美味しいです。でもこう毎日恵まれた食事をしていると、何だか申しわけなくなります。今も、地面を舐めてる人達が居るのに」

「天使の盾、エンジェルズシードる、だったか?」

「それじゃ、お酒ですよ」

 声を低めながら、笑ってそう返した。むっとした様子だったので、軽く謝っておく。

 タカさん、カタカナや英語系の言葉が苦手なようだ。俺も和製英語は苦手だし、四文字熟語や日本語の細かいニュアンスは実際理解できていない事が多いだろう。発音だけは、耳が覚えていて遜色はないようだが。

「そこでお前、何やってたんだ?」

「細かくは言えない規則なんですよ、俺は正規兵じゃないし」

「追い出されたって言う割に義理堅いな。そこは軍隊、なのか?」

 タカさんは俺が食べ終わったのを見計らって、自分の部屋に俺を招いた。



「話してもらおうか」

 俺はタカさんの部屋を見回した。

 俺の使っている部屋より若干広いそこは、畳の部屋でサイドボードにはお酒の瓶が並び、そこそこの大きさの薄型テレビが置いてある。衣装ダンスが二竿。ふすまがあるがそこは収納の押し入れ。畳の色はもう黄色だが、擦り切れていないのはこの部屋がタカさん一人で住んでいるからだろう。昔はここで夫婦仲良く寝ていたかと思う。だが彼女を思わせるものは何もない。

 いや、電気から下がっている長い紐に小さな貝に和柄の布が張ったおもちゃが下がっており、それだけがタカさんの趣味ではなさそうだった。

「座れや」

「は、はい」

 意識を集中してみるが、盗聴器などは感じない。どこで身に付けたか俺もわからないが、普通の人間に聞こえない周波の音が俺には聞こえるのだ。元々の耳の良さにピアノやら育ってきた環境が磨いた俺の能力らしい能力だ。普段は頭痛や耳鳴りの原因になるだけで、まったく要らないものだ。

 こないだも剣道大会の時におかしくなって、困ったのが記憶に新しい。



「飲むか?」

「はい、いただきます」

「膝は崩してその上に座れや」

 断れる感じでないので、そう言ってもう敷かれていたタカさんの布団の上で、胡坐をかく。

 入口の側に置いて扉をあけ放っていたキャリーバックから、黒い毛玉がすっ飛んで来て、俺の膝の上を占拠した。

「慣れたな」

「はい、もう少しこの家に居てもらわないといけないので、よかったです」




「で、おめぇは家には居着けなかったのか?」

 俺の生い立ちを、篠生や調べた抜田先生からは聞いているが信じられないらしく、簡単に聞いた来た後、アンダーグランドから助けてくれた組織の話に足がかかる。

 俺は迷いながらも酒と話に乗って、ポツポツと穴抜けなが過去を口にする。全てを聞かせるのは重すぎる。



 真っ黒な猫の優しい手触りに和まされながら。



梅雨ちゃん、少し慣れてきました。

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