命賭中です【うろ夏の陣】
この命が惜しいのは。
それはアナタの為。
だからアナタの為ならば。
私は命を賭しましょう。
もし、ねぇ、無白花ちゃん。
私を手にかけたら、泣いてしまう?
貴女を沢山傷付けて、無理な頼み事をする私。
綺麗な金色の瞳を、赤く汚す私を決して許さないで。
ごめんなさい。
無垢なる白き花を、気高く咲き誇る花を私の血で汚すなんて。
友達なのに、親友なのに。
逆に友達だから、親友だからと、無白花ちゃんは言うのでしょう。
その言葉に甘えてしまっていい?
甘えてしまう私を、斬無斗君は約束が違うと言って拗ねてくれる?
裏切らないと言った、だから裏切ってないよ。
でもね、その手を掴めなかった、私を決して許さないで。
「違う……違う違う違う私は雪姫じゃなぁぁぁぁぁっい!!!」
「何度でも言う、何度でも呼ぶ! 雪姫! 私の友達、雪姫!」
「僕の友達でもあるんだからね、無白花ぁ。でも、早く目を覚ましてよねぇ。雪姫」
久しぶりに二人の名前、思い出せました。
むじか
ぜむと
そう、わたしの友達。
私に大切な思いを手向けてくれる二人。
私は茨鬼さんを抑えて、久しぶりに彼女を呼びます。
「無、白花……ちゃん」
「雪姫、戻ったのか……?」
無白花ちゃんの目に優しい光が宿るのを見ました。
私はハッとしました。
私がまだココにいると分かれば、無白花ちゃんはどうしても私を刺し殺す事を躊躇うでしょう。それでは私から茨鬼さんを切り離す事はできません。
彼女に私を……殺す気にさせなければ。
それは直感です、息を吸う様に。感じた直感。自分で自分を差した時、普通のやり方じゃ、この体を『殺せない』と思いました。
無白花ちゃんの握る剣は、赤いネジと同じ何かを私に感じさせます。
今、そうしなければ私は完全に茨鬼さんに馴染んでしまう。
今日を、この時を、逃せば、もう永遠に私は戻れないでしょう。戻ることと同時に死を迎えようと、その手を血で染める化物になるのは嫌なのです。
「だから雪姫じゃないよ」
「どういうことだ?」
せっかく名を思い出したのに。
嘘を付いてゴメンね、私は雪鬼じゃないんだよ。雪姫、ユキだよ。そう叫びだしたい気持ちを押さえます。
だって、もう、わたしが『私』であれる時間はそんなに長くないから。茨鬼さんと混じって私が、雪鬼と言う名の存在へ完全に馴染んでしまう前に。
大切なその剣で、私を貫いて。
お願い。
それで死んでしまっても、雪姫として死にたいの。
人間として、在りたいの。
アナタ達を傷つけるくらいなら。
私は命を賭しましょう。
だから親友として、いつまでもいつまでも。
心だけは居させてね。
そんな事を伝えれば、無白花ちゃんはその剣で私を貫く事は出来なくなるでしょう。
だから私はどう言う事だと尋ねる問いに答えず、笑います。
「もう、頭が硬いなぁ。雪鬼はまだ消えてないよ、手を抜いちゃ駄目!」
斬無斗君は私がココに居る事がわかっていて、冷静に『雪姫じゃない』と言う、私の言葉を肯定してくれます。
雪鬼が消える様に。
今は本気で、私の体に剣を叩き込む事、叩き込ませる事、それしか勝機がないと彼にはわかったのでしょう。
「雪姫!! 目を覚ましてくれ! ……お願い……だからッ!」
彼女の目が再び険しくなります。
騙してごめん。なさい。そう思った時です。
「……え」
「月が……?」
雲の間から差し込む半月の光。
無白花ちゃん、斬無斗君、そして私、三人の首に輝くネックレス。それが呼応するかのように強く発光し始めます。
パァンッ
私の紅いネックレスが空中で粉々に割れ、今度は赤い雪のように降り注ぎます。
また壊してしまったソレが放つ光に強い痛みを感じます。
「雪姫……?」
自由が効かなくなる体、ガタガタと震えるのは、私ではなく茨鬼さん。
それでも体の震えも、目の焦点が合わなくなるのも、私も一緒。
ああ、さっきの白い雪と赤い雪が混じってとてもきれい。
紅白の雪、何だかちょっとおめでたいよね。
そんな事を思いながら、心の中で私はお願いします。
『ごめんね、茨鬼さん、出て行って。私は死んでも帰るの』
「うるさい……!」
「無白花ちゃん、私を殺して」
私と茨鬼さん、二つの声が混濁して落ちます。
今、今しかない!
焦ります、もう、もう、時間がないです。
「無白花、行って」
斬無斗君は顔を、ほんの僅かに顔を歪めました。愛する無白花ちゃんにこんな役をさせたくはない、それは私も斬無斗君もきっと同じ。なのにそれをさせてしまう事が辛くて。
「斬無斗、桜妃……最後だ」
無白花ちゃんは斬無斗君と、その手にした剣の名を呼びながら、私に肉迫します。
__かえろう、ゆき、いっしょにかえろ?
無白花ちゃんの心の声が聞こえて、彼女は優しく笑っています。
彼女の目に映る私は巫女装束に異形の証である赤い角を生やした『雪鬼』。
赤い雪光が茨鬼さんを押さえつけてくれているようです。
その中で無白花ちゃんを胸の中へ、迎え入れます。
「帰ろう、雪姫。こんなの終わりにしよう」
むじか
ぜむと
そう、わたしの友達。
私に大切な思いを手向けてくれる二人。
二人を傷つけないように。
私は死んでもいい。
私は思い出したように大腿の辺りを触ります。
ただ望んだ柔らかな塊が無くてそれが残念だったけれど。
帰ろう、そう言う無白花ちゃんの声に心の中で頷きます。
ふわりと、抱きしめられるのを感じながら、心臓に深く何かが刺さりゆく、冷たいのに熱を帯びた、死の感覚に私は震えます。
痛い、熱い、怖い。
でもこの恐怖は、人間から化け物に転落するそれより、まだマシ。
お母さん、親より先に死ぬ子供は不幸だと言うけれど、ごめんね。
笑わなきゃ、そう思うけれど、私は上手く笑えてる? 無白花ちゃん。
「帰ってきてよ……雪姫!!!」
月の光が消え、赤い雪と白い雪、キラキラと結晶が舞う中、私達は地面に叩きつけられます。
死 ヲ
支配 サレル ナラ 死ヲ 選ブ カ
ソウ ソンナ 女ダカラ
呪ィヲ カケタ ン ダヨ
惜 シ ィ
ガ
モウ ヨイ 巫女 ヨ
死スナ
生キテ 地獄ヲ 味ワエ
巫女 ヨ
俺トノ『約束』ヲ 違エタ ナ
後悔 シナ
何かが私に折り重なるように捨て台詞を残した時、私は『茨鬼さん』を感じなくなっているのに気付きました。
それと同時に手首から、そして右の首筋から激しい痛みを感じます。
それは体を奪われるくらいならと、自傷した傷。消えていた筈のソレが、他にも茨鬼さんとしては消えていた傷が、疼いたと思ったらドッと血を吹き、痛みを生じ出します。
赤い噴水だぁ、綺麗かも。
痛みも余りに痛くて感覚が麻痺して、呑気にそれを眺めていたかったのですが、紅白の雪が私に降り、出血が少し緩くなります。完全に止まる事はないようですが、とにかく瞼が急激に重くなります。
その視界の端に無白花ちゃんと斬無斗君。
「私、少し眠るね」
その声が二人に聞こえたかはわかりません。もう再び起きる事は無いかも。
でもやっぱり死にたくないな、だって二人にお礼を言ってないし。
それに……『彼』に会いたいの……
そう思いながら無意識に大腿の辺りに手をやると、さっきはそこになかった塊が手に触れて。
ちょっと嬉しくて、笑いながら目を閉じました。
人知れず。
人間には不可視の雪が舞う。
真夏の空に。
きらきらと、紅白の結晶が舞い落ちる……
友を、仲間を、町を、何かを想う心が降らせる奇跡。
そして強い一陣の風が、きっと明日のうろなを連れて来るでしょう。
うろなの町に平和が訪れます様に。
そして緩い彼女は、この戦いの決着を見ないまま気を失うのでした。
この先の決着がどうなるのかは、今の所、ユキの人生に関与しないため、当方では深く書き記すことはしません。
というか、死を覚悟しながらも眠ってしまった彼女はどこかやっぱり緩いのです。
結果を知りたい方は『うろな天狗の仮面の秘密』他、関係各所の話を読んでみて下さい。
この話更新現在まだうろ夏の陣自体、決着が付いておりませんし、小角様視点の雪姫解放劇? を補足してもらえるようですので楽しみにしております。
当方次話では戦い終え、決着を見た猫夜叉と共に私の所は一足早く、現実へ回帰させたいと思います。
帰宅までの後3本に【うろ夏の陣】タグはつけますが。
ここで戦闘? は、一区切りとなります。
参加させていただき有難うございました。
三衣 千月 様 『うろな天狗の仮面の秘密』 より、前鬼 小角様
*天燕*様『精霊憑きの新天地?』より、如月澪ちゃん
イメージでお借りしております。
銀月 妃羅様 『うろな町 思議ノ石碑』より、無白花ちゃん 斬無斗君 お借りしています。
いつもありがとうございます。




