夜食中です【うろ夏の陣】
あの女がいるな。
(お借りした前鬼お兄様目線。雪鬼と雪姫目線では追い付かなかったのでスミマセン。問題あれば消去します。お知らせください)
「雪鬼よ」
「何でしょう、小角様」
報告に来た時、鬼を降ろされた女が小角様に寄り添うのが見えた。
「前鬼にも気に入られたか」
「え? 前鬼お兄様がどうかしましたか?」
小角様が嬉しそうに笑っていた。その笑みは見る者を不快にさせ、不安と恐怖を植え付けるのだが、女はもう九割方を支配されており、全くそれを清々しい青空を見るかのように笑い返す。
「雪鬼が居れば、自ずと酒呑童子も手に入ろう」
「しゅてんどうじ?」
「わからずとも良い」
「はい、小角様」
女に降ろした鬼、茨木童子は人間として生まれながら、血の味を覚え、鬼に堕ちたと言われる。茨木童子は鬼を束ねる首領、酒呑童子の片腕であり、女だった。こうして触れると自分の欲望に忠実でありながら、その忠誠心から酒呑童子と言う鬼の為に身を堕としたのかと思われる。
酒呑童子は悪鬼と呼ばれ、畏れられた。反面、奔放でありながら何処か曲がらず、一人に仕える事を好まぬ鬼達をまとめ上げた。人間の計略により、死に至り、その集団は解散したが、今も昔も『鬼』で作った最大勢力であったと言われる。
俺はその姿をちらと見たが、確かに面構えの良い鬼だった。茨木童子と同様に人間に在りながら、鬼となったと聞く。政に関わり、不幸にも政治犯として鬼にされたとも伝わる酒呑童子。
奴に匹敵する鬼の支配者は小角様を置いて他に居ない。
小角様は憑代を見つけては、かねてより酒呑童子をおろし、調伏しようと試みてきた。だが、一筋縄ではいかなかった。そこでかねてより目を付けていた酒呑童子の側女である茨木童子を、先に手に入れる事を急務としていた。
だが、茨木童子の感性は『器』とした人間をすぐに崩壊させてしまう。何度も壊れる人間を目にしたが、あれはあれで良い見世物だった。
「良い憑代を見付けたモノよ」
小角様が女の左首筋に手を伸ばし、か細い喉ごと締め上げる。老人にはあり得ない腕力、そしてその手が淡く光って、焼け付くような痛みを与えられているらしい。女が苦悶の表情を浮かべる。
「あ、熱いぃ、痛ぃです、小角様ぁ」
しわがれた口から呪文が漏れ、増していく痛みに逃げようとしながらも、
「耐えよ」
小角様の命令に、女は気持ちを押さえてその場で膝を折りながらもそれに従う。
しかしこの女の容姿、白き髪に赤い目は、異形と呼ばれる鬼である俺らの目から見ても異様だ。その額にはスラリと生えた赤い角。
息が荒くなり、歪む顔。細き体に巫女服より覗く柔らかな胸、乱れた袴姿は男の心を擽る。小角様はそれを面白そうに見下げていた。小動物を加虐する楽しさは味わった者にしかわかるまい。美しくも涙をこぼし、滲むその目はそれでも真っ直ぐに呪言で植えつけられた幻の支配者を信じている。
「美しい鬼となれ。我に仕えよ」
はい、と言おうとして、喉がつかえたのか酸素不足の魚と同じに口をパクパクとさせ、声が出ないと分かると、苦しみながらも笑う。苦しさに溢れ返る涙、その瞳が閉じられるのを見て、俺は一歩を踏み出し、そのまま崩れ落ちる女を、俺は素早く抱きかかえる。
「前鬼……まあよい」
俺に気付いていたのだろう、小角様は俺が現れた事に言及せず、普通に喋り出す。
「一本の成果はなかったのだな」
「はい」
「うむ。報告の前に一つ頼みたいが」
「何でしょうか」
「雪鬼の胸にある飾りを壊せるか?」
「このような華奢なモノ……」
それは後鬼がまだこの女の意識があった時に取り上げようとして、そうさせなかったのでよく覚えている。赤い十字架の結晶。握りつぶそうとすると、今まで何も感じなかった十字の赤い飾りが赤い光を僅かに発し、俺の意思に背き、掌を焼く。
これでは取り外す事が出来ない。
「これは……猫夜叉の守石ですか?」
「忌々しい。これさえ無くば」
ギリリと小角様は歯噛みする。
「何があってもこの体は無事には返さん」
「ですが、ここまで堕ちた者を逃す事など有り得ませんでしょう? 小角様」
「そう言いながら、お主、呪いをかけたな」
女の首には蛇がとぐろを巻いたかのようにぐるりと黒い文字が浮かんでいた。
白い肌にそれは吸い込まれるように消える。
「出過ぎた真似をして申し訳ありません」
「良い。ついでに強化しておいた」
俺が掛けた呪いは小角様にとって子供騙しに思えたのだろう。かけ直されたそれも、即、女の命を奪い取るには足りない。だが、俺にかけたものより深く根強く、対処を誤ればじわじわと女を喰い殺す刃となろう。即座に縊り殺すより、その恐怖は何倍もの悲鳴を編み上げ、俺達を心地よくさせるはずだ。
その前にこの女が正気を取り戻す事は、もう無かろうが。首から下がる結晶を小角様はとても気にしているように感じた。
「呪いは心に刻むもの。覚えておくがいい」
「は、御意に」
「して、一本だたらが持って行かれたとな」
小角様は眉一つ動かさず、報告を聞く。
「一本に持たせていた戦力は鬼ヶ島厳蔵なる鬼に大半がヤラレ、半妖の狐に、傘化けを使ってとどめを刺されたようです。中には双子の猫又と人狼系の女子が居たとの報告が。その為、人間避けの結界が張られた家を手に入れる事が出来ず……」
「よい」
「は?」
「猫又に人狼か。この町は面白い。家など後からでも良い」
そう言って、小角様は立ち去りかけたのだが、ふと足を止めた。
「雪鬼は起き次第、たっぷり血の舞うおもちゃを与えておくがいい」
「かしこまりました」
歩き去りながら小角様が釘を差し込む様に、
「前鬼、雪鬼に今は手出し無用ぞ。今は、な」
投げつける様に宣言する。
俺は頭を下げながら、手に抱きかかえた細く白い鬼を眺めた。
手出しするなと言われたが、その味を既に知っている俺は、小角様の命令に背くスリルと共に、夜の軽食代わりにその首筋に歯をあてがい、傷が塞がるまで血を啜り始める。こいつが来てからほぼ毎日の日課となっている。舌を傷口に捻じ込み、治ろうとして肌が寄せる振動を味わう。
痛みに呻く顔が良い。
鬼が憑いた体は相当負担がかかるのに、まともに食事さえ与えていない。無邪気に血で遊ぶ雪鬼だが、眠ってしまうとこの程度の刺激で、すぐには起きないのだ、だが流石に関係まで持つ事は小角様の手前、控えておいた方がよかろう。
今は、と言う事は、いずれ俺に鉢が回って来よう。
「今でも良いだろうに。体を犯す感覚はこの女をより穢し、猫夜叉に精神的ダメージを与えるだろうに」
俺は舌打ちしながらも、暫く血と反応を楽しむ。
「美味いな」
そう呟きつつ、おもちゃを揃えてやるべく、彼女を抱えて、その場を後にした。
食われているよー気をつけてーーーー
呪いの発動はうろ夏の陣の後だね。。。
三衣 千月 様 『うろな天狗の仮面の秘密』 より、前鬼 小角様 お借りしております。
また八月十日の降矢家攻防戦、イメージ報告として、稲荷山君、鍋島さつきちゃん、鬼ヶ島厳蔵さん、双子のくるみるくちゃん、傘次郎さん、一本だたらをお借りいたしました。
問題がある場合はお知らせください。




