選択中です【うろ夏の陣】
無くなって逝くモノを数えましょう。
もう。
その数も忘れてしまったけれど。
せめて、人間として。
朱に染まる。
意識が沈む。
溶けてなくなる感じを、必死に堪えながら。
何故こんなになりながらも、私は『私』であろうとするのかわかりません。
だいたい私は誰なんでしょう?
私? わたしだったかな?
答えはもう掻き消えてなくなってしまって。
たまに食品を口にさせてもらえるも、モノを食べない者が作る食事など美味しいわけもないのです。
それでも鳥の餌にもならない様なそれを何とか飲み込みました。極限まで少ない量。生きていけるギリギリ。
たぶんマトモな食事をしてないのはたった二日か三日ですが、異常にお腹が減ります。暑いのも手伝って、喉が焼け付くようです。
乾けば乾くほど、手を赤く染めるその肉塊が酷く美味しそうで。
口の中に放り込み、噛んで、お腹を満たしたい。喉の渇きを潤したい。
それを押さえるだけで必死です。
わたしでない私は、わたしが弱るほど元気です。
お腹が空いてはいるようですが、血さえ眺めていれば、そして衝動に身を委ねていれば、疲れも知らないように重い太刀をも軽々片手で振り回し、爪を自在に伸ばして切り裂いて遊んでます。
虫達を呼び出しては、可哀想に粉々に砕け散らせ、まだ尚も呼び出すのです。
わたしは虫が嫌いだけど、あんなにまで無闇に殺す事はなかった、ハズ。
はず、うん、たぶん。
わたしであったはずのコノ体。
コレが寝た一瞬、眠りが深く深くなる数分だけ、わたしは自分の力で目が開けられるのに気付きました。ただ、この一瞬も長くはないでしょう。
わたしは全力で手を自分の意志で動かし、与えられていた小太刀をすらりと抜きます。
遠く懐かしい声がします。
『誰かの傀儡になるのなら。
尊厳を持って『死』を選ぶ事も必要だと知っていて』
そう。わたしは。
このまま。
この手で他の命を罪悪も知らぬまま絶ち、朱で染め続ける化け物にはなりたくないの。
ごめんなさい。
もはや誰に謝っているのかもわかりません。
こんなわたしにも生んでくれた母や父でもいたのでしょうか?
心配してくれる知人や、友達、愛する人が居たのでしょうか?
怖い、本当は死にたくない。
でも。
自由を失って。
わたしがわたしで無くなって。
無闇に殺生をするのだけは止めなければ。
怖気づく気持ちと息を整え、手首に向かって刃を叩きつけます。
でも。
何度も何度も、傷みを堪えてやってみるけれど、痛いだけで何故か真面に切れません。
ではと首筋に冷たい刃を当て、死を畏れる気持ちを押さえて自分の体を止めようとしますが、上手く行きません。
「何で? 何でぇ……」
血だけが飛び散っても傷は塞がってしまいます。
わたしはあの赤いネジが必要だと、ふと感じました。でもそんな物はココにはありません。
あの底光りするような赤……
刀を叩きつけて傷口から吐き出される、その血が多くなるに従って、もはやわたしとなった私が呑気に起きてしまいます。
「おもしろーい」
と言って、束の間の自由はわたしから奪われ、その様子を見ている事しか出来なくなります。いや、見ていられるのももう一瞬。意識が薄れていきます。
お願い。行きたくないの……
伸ばされる手、握り返せず空を掴む。
どうにもできないの……
ねえ。
助ケテなんて、もう言わないカラ
セメテ この体と死にたいノ
誰カ
私ヲ……
諦 メ ヨ
下レ 完全ニ 我ヘ……
「雪鬼?」
「あ? 後鬼のお姉様!」
「何をやっているのぉ?」
「ほらこうやると、血が出て、すぐ塞がるよ」
「鬼の回復力は早いんだよ。ちょっとやそっとじゃ死なない。でも自分で傷つけるのは止めなさいな」
「どうして? 面白いのに」
「治るけどそれには知らない間に力使っちゃうでしょう? 小角様が呼んだ時に動けなくなっていたら困るでしょう?」
「そっかあ」
せっかく見つけたおもちゃを取り上げられたように。
残念そうに言う声の中で。
わたし、何、シテタノ カナ……
何をしようとしていたかをも、わたしは忘れ、朱の中に気持ちを散らしてしまいました。
三衣 千月 様 『うろな天狗の仮面の秘密』 より、後鬼 小角様 お借りしております。




