潜伏中です【うろ夏の陣】
眠いー暇です。
暇だなーーおなかへったなぁ。
小角様が私を変な魔方陣の上に放置して暫くいたので、ちょっと眠いです。つらつら仕掛けた時、小角様がやっと来て下さいました。
「うぅ。暇だったし、寂しかったです」
「うぬ、よう頑張った。昨夜は斬れたか?」
「後鬼お姉様が教えて下さったのはちゃんと。でも強そうなのは全部後鬼お姉様が切っちゃいました」
耳に残る悲鳴が唇の笑みに変わります。後は食べられるようになると良いのだけど。
暗い瞳に笑いかけ、頭を下げながらそこを後にします。
「やっぱりおなか減ったよぅ」
そう呟いた時、前鬼お兄様が歩いてきました。
「雪鬼、今日も喰えなかったのか」
「うー」
初っ端の質問に凹みます。
前鬼お兄様は小角様が居ないから言葉がかなり砕けています。
「美味しそうなのに、いざ口にしようとしたら吐き気がするんです」
「でも数人、切って来たって聞いたぞ」
「後鬼お姉様が殆どやったので、私はちょっとだけ。いつかもっと役に立てるようになりますね」
「期待しておくぜ。それに血に濡れれば濡れるほど、食べられるのが早くなるさ。今日は良い物持ってきたぞ?」
おいでおいでと招かれて、洞窟の奥、前鬼お兄様が寝る時に使っている場所に入ります。
「好きだろ? こういうの」
そこには小さな箱に入った黒い塊。色とりどりの紙で包まれデコレートされた可愛いお菓子です。
「食べな」
「良いんですか?」
何の苦もなく、甘いお菓子が口に入ります。美味しそうなのは赤い赤い血やお肉だけど。口に入れられない以上、絵に描いた餅です。
ベッド代わりの布の上に座って食べていると、前鬼お兄様が私の横に座ります。
「なあ、雪鬼」
「はい?」
「もし俺達を裏切ったら……」
「何で裏切るの? 小角様を前鬼お兄様が裏切る気なの?」
私は前鬼お兄様を睨みます。そうすると彼はへらへらと笑います。
「そんなワケはないだろう? ただ俺はお前が裏切るんじゃねーかと」
「どうして?」
私は首を傾げます。
「だってお前は……まあいい。小角様の力は絶対だ、だがもし元に戻ったら……」
前鬼お兄様が突然巫女服をはだけさせて、私に圧し掛かります。箱に入ったお菓子が床を転げます。
「呪ってやるからな。ちょうど攫う時に俺の刃で傷付けた跡がこの辺にある。今は治っているけどな」
前鬼お兄様が左の首筋に鋭い歯を立てます。
「痛っ!」
すぐに傷口は塞がります。でも痛いし、何だか嫌な感じです。
「何なの? 前鬼お兄様ぁ」
彼は首筋に舌をぺちゃりぺちゃりと這わせ、そこに残った私の血を嘗め上げます。意図が全く分かりません。
とりあえず暴れてみます。
爪を伸ばし、振り回すと彼の頬を浅く傷つけました。そのまま急所を狙いますが、すぐに気付かれて払い落とされ、完全に組み伏せられます。
「今は喰おうって言うわけじゃないんだ、まあ、喰うって言えば喰うのか。普通の人間だと大抵犯す前に死んじまうからな。でも鬼を宿せるお前の体なら十分……楽しめる」
「何か、嫌ですっ」
「抵抗しても無駄だ。鬼としての力は俺が上だ。ふ、人間の肌は柔らかいな。俺の子を孕め。巫女と鬼だとどんな子が出来るか楽しみだな」
「どういう意味ですか?」
「かの酒呑童子もお前のソレも、人間の血があったと言うから、こうやって人であって人でない者との間に生まれたのが、鬼として強い血統を作るのかもな」
「しゅ、てんどうじ?」
その時、じゃりっと音がしました。
「お楽しみの所、悪いけど」
「後鬼……」
「後鬼お姉様っ」
「雪鬼は小角様のモノよ」
私は緩んだ前鬼のお兄様の腕から逃れると、後鬼お姉様の後ろに隠れます。
途端に後鬼お姉様がくすくす笑いました。
「前鬼の趣味がこんな可愛らしいなんて思わなかったわぁ。雪鬼、怖がらなくていいよぉ。前鬼お兄様は雪鬼がとっても好きなだけよ。悪気はないのよぉ」
「え?」
「だから、前鬼の冗談だってぇ。雪鬼ったら可愛いんだから」
「そ、そうなんですか。ちょっとびっくりしちゃった。ごめんなさい」
謝ると前鬼お兄様は頬の血を親指で拭って、にやりと笑いました。傷もみるみる治って、御機嫌悪くないようです。
「お腹すいたならアタイの所においで。肉が食べられるようになるまでは何か貴女の食べ物用意してあげるからぁ」
「悪かったな、雪鬼。戯れだ。今度、お前の蟲寄せで面白い技を考えてやるから許せ」
「え? 技?」
「前鬼ったら厨二病だからねぇ。さ、雪鬼、先に行ってて」
「はい、前鬼お姉様」
私は前鬼お兄様に小さく頭を下げ、立ち去ります。
そして後鬼お姉様は私に聞こえない小声で、
「今は拙いわよ。かなり調伏が済んでるけどぉ」
「だがあの女、美味いぞ」
「そうねぇぇ、そんなに欲しかったら、うろなを攻略してからご褒美に雪鬼を貰えば良いじゃないぃ? 本当はアタイが玩具にもらいたかったんだけど、譲ってあげるから。でも殺さないでよ。私にも貸してねぇ」
「そうだな。ああ、……わかった」
「それから前鬼と雪鬼の子供はアタイが可愛がってあげるからねぇ。名前は何にしようかなぁ。今から楽しみっ」
そう言って二人が笑ったのを知らずに、追ってきた前鬼お姉様はとても機嫌がよさそうです。
「一人で歩きまわたらダメよ。美味しそうなんだから」
「え?」
「ううん、可愛いって事よ」
私は後鬼お姉様に背を押されてその場を後にするのでした。
三衣 千月 様 『うろな天狗の仮面の秘密』 より、前鬼 後鬼 小角様 お借りしております。




