表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話  作者: 桜月りま
8月8日

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

62/531

依代中です【うろ夏の陣】

ここは、どこ?


三人称です。

 









「ふふ、猫夜叉、必死だったねぇ」

「あんな人間如きに手を拱くとは。これからが楽しみだな」

 くすくすと囁く声。



 それを更に覆い尽くす様な、陰鬱な声に彼女は背筋が寒くなるのに気付きながら目が覚める。

 何処、なのか? 疑問詞を浮かべども声は出ず、誰も雪姫に答えはくれなかった。

 どこかの地下か洞窟のようなその場所は、遠くで水が落ちているような気配があった。



 彼女は起き上がろうとしたが、それに失敗する。

 体が地面に張り付いて、そうする事ができないのだった。

 縛られているわけでもなく、押さえられているわけでもないのにも関わらず。

 僅かに自由になる首だけを動かし、彼女は辺りを探ろうとした。



 その地面には絵と文字が描いてあり、ミミズのように蠢き、光を放ちながら踊り狂っていた。

 それは彼女が陰陽師である少女にもらった札にその筆跡は似ていたが、それは同じものと言うには余りにも似て非なる禍々しさを発していた。

 その根源は彼女の隣に立つ老人から漲り、地面に溢れ、彼女を縫いとめながら図形を描いていた。

 口から漏れるのは呪詛か怨み言か、地獄の亡者が絞り出した喘ぎのように気味が悪く、聞く者を即不快の渦に落し込む。



 彼女にはその老人が誰なのかわからない。

 ただ彼女をここに連れてきた男女は彼を『小角様』と呼んだ。




 ――――――――役小角(えんの おづの)――――――――



 ――――――――彼にはいろんな逸話があるが、要約するにその昔、奈良・飛鳥時代、人として生まれながら、鬼を操る呪術師として生きた者であった。

 そして死後、半神半妖となり、鬼や妖怪を従え、その勢力をじわじわと広げながら、妖怪の世界に生きていた。



 ――――――――先日、「うろな町」で陰陽師の一族である「芦屋」と人狼族を中心とした「妖怪」が衝突し、多くの妖怪が滅せられるに至った。

 人間の知らぬ所で描き換えられた妖怪の勢力地図は、ちょうど近くの町妖怪を支配していた半神半妖の『小角』の目に留まる。

 空白地帯が生まれた『うろな町』を自分の手中に収める為、彼は静かに、そして確実に計画を実行していた。


 ――――――――彼の手下はうろな町にいる有力な妖怪を引き込み、寝返らない者は各個撃破してきた。

 ――――――――そして数日内にこの町で一番手薄な西の山から攻め入る計画を立てていた。

 その時に一番に排除したい存在、それこそが西の山、無山に住まう『猫夜叉』だった。

 『小角』が使う『鬼寄せ』に対し、鬼を滅する事に長けた『猫夜叉』は一番に邪魔な存在となる。



 その中で見つけたのが、彼らと懇意にしている『巫女』、雪姫だった。

 彼が普段使う『鬼寄せ』より時間と手間、そして『依り代』が必要となる『鬼降ろし』。





 ――――――――それはただの鬼寄せよりも鬼の本性を引き出し、より優れた戦力になる。だがそう簡単に手に入る物ではない『依り代』とできる巫女が転がっていたのだ。それも猫夜叉の近しい者……彼女であれば彼らも手出しが難しいと小角は踏んだ。






 そうして選ばれ、住んでいる森の家から攫われた彼女は、知らない場所で、気持ちの悪い言葉を延々と聞かされてた。



 一体、身の回りで何が起こっているのか、彼女には理解できなかったが、何かを喪失していき、無力感の縁に意識が落ちてゆく。

 小角の口から零れる音は少しずつ、何かを彼女の心に穴を刻み、植え付けていく。



 嫌だ。

 やめて。

 怖いよ。



 それを振り払おうとした彼女は指折り、自分の周りを優しく包んでくれる者の存在を思い浮かべる。

 何の抵抗もなく森で取り押さえられてしまったが、笑った一瞬に、体が軽くなり、何がしかの束縛が解けた。その為、『笑っている』その気持こそが、この場でも何かの足しになると彼女は思ったのだ。

 本能的に小角が植え付けようとしているのが『負』の感情である事に気付いた故の判断だった。





 私の……

 雪姫はゆっくりとその姿を思い出す。



 一番の親友は無白花ちゃん、そのお兄ちゃんの斬無斗君。心配しているだろうか? そして無事だろうか? うん、きっと大丈夫。

 森には蝶が居て、カマキリ君が私の絵の近くで待っていてくれるはず。

 手袋ちゃんは来てくれても、居ないから帰ったりしていないかなぁ、早くもふもふ撫でたいよ。早く帰らなきゃ。

 帰ったら、司先生の調子が良くなっていると良いな、そうしたらまた買い物に行くんだ、清水先生も一緒に。

 家には養い親のタカおじ様に、美味しいご飯を作ってくれる葉子さん、楽しく迎えてくれるお兄様達が居て……

 調子よく気持ちを膨らませていた彼女の思考を、黒い影が覆う。



 賀川さん……は、私の事が……



 突然笑わなくなった彼、自分が酷い事を言ったのに、どうして彼を責めてしまうの?

 そう思い、雪姫はまた息苦しさを感じ始める。



 好きだと言われて受け入れなかったのは自分、だって私は彼の事『特別に好きじゃない』。

 なのに、どうして苦しいの?


『……ユキさんに俺を知って欲しいわけでも、君の愛が欲しいわけでもないんだ……』


『もし君に本当に好きな人が出来たら歓迎するよ……』


『君が俺を必要かは聞いてないんだ』



 聞きたくない、聞きたくない……

 私、私は……?

 要らない?

 貴方は私が要らない?

 私は貴方が要らない?


 私は貴方に笑っていてほしいだけ、貴方の笑みを奪ったのは私なの?


 それはとても。


 カ ナ シ イ ……




 ツ カ マ エ タ ゾ。 巫女 ヨ。



 雪姫は自分の口に、かさかさと乾いた老人が唇を重ね、何かを自分の中に送り込んでいるのに気付く。

 呼吸が狂い、一度ならずも二度までも、好きな者でもない男からの接吻が授けられた事に、心が乱れる。



 冷たく見下ろす老人の目に、近しい男の冷たく変わった瞳と重なり、心がつるべ落としで闇へと下る。



 けけけけけけ……



 カエルのような声で、暗い中に立ち尽くす妖怪達の群れが雪姫をあざ笑う。

 彼らの口は赤く、にたりと笑っていて、その半月型の形が目に焼き付くようで、でも目を離すことが出来ず、雪姫は顔を歪めた。

 図形は完成を見て光を放つ。

「降りるがいい」

 小角の声と同時に、雪姫の体は貫くような痛みで反り返った。



「だめ、だめ、これはぁ、だめ……」

 何がダメかわからない、だが必死で彼女は何かが自分に完全に「侵入」してくるのに抵抗する。

「やめ、て。嫌、入って来ないでぇっ」

 必死で彼女は喘いだが、苦しさと何かが混ぜられて意識を上塗りしていく。

 赤い血色の瞳が見開かれ、右の額にその色と同じ角が生え始める。

「痛……いよぅ」

 血管が切れたのか、赤い血の涙がつっ……と彼女の頬を伝う。そして幾度かの痙攣が収まると、その体がくったりとする。

「あらぁ、最後で抵抗するから、苦しいのよ」

「これで『鬼』が宿ったのか?」

 後鬼は嬉しそうに、前鬼は訝しげに、今まで苦しんでいた少女を見やった。

 もう彼女と老人の周りに文字や図形はなく、光源は仄かに焚いた幾つかの篝火しかなくなる。



 少女は誰に何を言われるわけでもなく立ち上がる。



 彼女の服が巫女服に変わっていた。

 その袴は血の色に近い黒のような赤色で、襟合せが不吉な事に死に前となっている。

「……小角様」

 彼女がそう言うと、老人は枯れた手で、白い髪を撫でる。少女はそれを喜ぶように、老体に体を預け、嬉しそうに微笑んだ。

「本当に鬼が入ったのか、おもしれえ」

 全面的に無彩色で、血の気を感じない面々がそこにはポツポツと立っていたが、そのうちの一人が面白がって少女に近付く。



 途端に彼女はすうっと赤い瞳を細めると、背筋が凍るような冷たい視線を放つ。だが、面白がった妖怪はただの『人間』と認識し、注意を怠った。

「おなか、すいたぁ」

 間の抜けた言葉と裏腹に、近付いて肩に触れた妖怪の腰に付けた太刀をすらりと抜くと、迷いもなく胴を切り放つ。

 油断していたとはいえ、その妖怪は何が起きたのか理解できないままに地面に倒れた。ただの少女にはあり得ない太刀筋と力に辺りがどよめく。



挿絵(By みてみん)



「わっ! こいつ何しやがるっ」

「お、小角様!」

「騒ぐなっ」

 小角が錫杖を鳴らす。



 彼女は意に介せず、妖怪の死体から内臓を引き出すと、噛みつこうとして顔を背ける。

「うう、良い匂いするのに、食べられない」

 そう言いながらも生肉をそのまま口にしようとする少女の姿は、妖怪の瞳にも奇異に映った。前鬼はその様子を見、彼女の中に「入った」者の気配を探る。

「降ろしたのは茨木童子ですか?」

「うぬ」

「まだ生血が啜れるほどには噛み合っていないようですが、これは……」

 茨木童子……もともとは人として生まれながらも、血の味を覚え、鬼と化した者。少女の中に入り込んだ鬼の魂の凶暴性に、前鬼はこれからの面白い見世物を思い、笑う。

「小角様、これからどうされますか?」

「明日、西の山へ行く」

「御意に」

総攻撃を前に、その下見に行くのだと分かった前鬼はそう答え、回りの妖怪に指示を与え始めた。



「キャー面白い面白いっ」

 一方、後鬼が足をバタつかせて喜んでいた。今まで喘ぎ苦しんでいた人間が、鬼を宿し、自分の身の丈を超す妖怪を一刀で倒したのだ。切り捨てられたのは子飼いの妖怪ではなかったから、ただの面白い余興として純粋に彼女は楽しんでいた。

 小角は向き直ると、血で手の汚れた少女を愛しそうに見つめ、

「巫女……いや、これからは『雪鬼』と呼ぼう」

 雪姫の名を聞いて、仲間になれば雪鬼と付けるつもりだった後鬼は、小角がその名を少女に付けた事で、更に喜んだ。

「ほら、次第に食べれるようになるから我慢してねぇ。それも仲間はもう食べちゃダメ。食べていいのといけないのは私が教えてあげるよ、雪鬼ぃ」

 自分が選んだ名をつけられた雪鬼に、後鬼は興味を持って言葉をかける。

「そうなの? たべていいのと、いけないのがあるんだぁ」

 右の額に角を宿した少女『雪鬼』は、新たにつけられた名で呼ばれた事で嬉しそうに、返り血で遊びながら屈託なく笑った。




三衣 千月 様 『うろな天狗の仮面の秘密』 より、前鬼 後鬼 小角様 お借りしております。


イメージで


妃羅様『うろな町 思議ノ石碑』より、無白花ちゃん、斬無斗君

YL様 "うろな町の教育を考える会" 業務日誌より 司先生。清水先生。

とにあ様 時雨 より、時雨ちゃん(手袋ちゃん)


使わせていただいてます。


三衣様、細部手入れさせていただきました。

名前の件など、大丈夫でしょうか?

何か問題がありましたら、お知らせください。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ