誘拐中です【うろ夏の陣】
焼き菓子いいよねー
ちいさな、小さなノックの音がします。
この頃、お客さんが多いなぁ、昨日は猫夜叉のお二人で。
今日も来てくれるかもしれない。だから焼き菓子をたくさん焼いてます。
それも出来るだけ日持ちする焼き菓子を選びました。それに漬け込んだドライフルーツを入れたパウンドケーキは寝かせた方が美味しいし。
だから暫くはいつ来ても大丈夫。
少しずつ食べて、無くなったらまた焼くんだぁー……そう思いながら、首から下げた赤い十字架型の結晶を揺らしてドアスコープを覗きかけます。
「今日は誰かなー? あれ?」
覗くより先に、カチャン、っと鍵が開錠します。
私が「えっ」って、思った時には、古びた木戸が開きました。
「だあれ?」
そこには二人の男女。
特別取り立てて言うほど変わってはない格好ですが、二人とも帽子を被っています。
その下の表情が読めず、私の視界に色が靄を作ります。その色は得体のしれない何かが燃えた匂いを視覚で感じる程でした。
知っている人ではないし、何か普通の人じゃないなぁ……漠然とそう思いました。
「普通は人間に名乗る名はないんだ、でもお前は面白いからいいか、俺は前鬼」
「アタイは後鬼。この子、私達より異形じゃん。ねえ、名乗ったのに名前も言えないのお?」
「ゆ、雪姫……宵乃宮 雪姫です」
「ゆきぃ? じゃあ、仲間になったら雪鬼って呼んであげるねぇ」
私は二人から……いや、その後ろから放たれる何かが私の体を射すくめる様で。ぞくりとして身が引きたいのですが、全く身動きが取れません。
それを知っているかのように、二人は私の左右を抱きかかえるようにします。
「ふうん。小角様の怖さは感じるんだねぇ」
「特別な結界を作ったから、虫は来ないからな」
何を言っているかわかりませんが、二人はゆっくりとでも力強く私を引っ張り、土間に跪かせるのです。
「な、何するのっ、は、離して」
「小角様、この女で間違いはないでしょうか?」
シャン
良い音がします。それは余り聞きなれない金属音。
そこには錫杖と数珠を携えた老人が立っていました。
大きくはないです、むしろ小さいその体にボロボロの法衣を身にまとっています。
私は本能的に見てはいけないと言う気がしました。目を逸らそうとするのですが、前鬼と名乗った男の方が私の顎を、もう一人の後鬼という女が、髪を掴んで、私の顔を上に向けさせました。
その老人の顔は私には蝋人形のように見え、濃い汚泥の水が更に腐った色を五感で感じて、吐き気がします。失礼だけど、こんな風にヒトを感じるなんて初めてです。
「……宵乃宮人柱の巫女」
暗い地の底から這い上がって来るような音でそう言った老人の唇が、何の前触れもなく私の唇に重なり、何かが喉に流れ込みます。首を振って避けようとしますが、全く動けません。
怖い、嫌だ、そんな気持ちが込み上げて、頬を涙が伝います。
「や、めて」
私の拒絶は無視されて。
しわがれた、生気の無い手は私の頭を、髪を撫で、涙をぬぐいます。そうされればそうされるほど、涙が勝手に溢れてしまいます。
気持ち悪いよう。
嫌だよう。
……って思うけれど、身動きが取れません。
「ねぇ、あんた。好きな人いるぅ?」
私の髪を掴んでいる女が急にそんな事を聞いて来ます。
その一瞬に何故か賀川さんの顔が浮かんで。何故ここで賀川さん? って思ったのです。
「きゃはは、居るんだ」
「い、居ませんっ」
老人の口が離れたので、そう叫ぶと、男の方が、
「面白いな。うろなを制したら、その男を殺して……いや、自分の手で殺させてやるぞ。人柱として完成させれば、面白い武器になるはずだ」
「前鬼。……当面の目的はわかっているか」
重く、短く、老人が言うと、顔を引き締めて、
「まずはオロす、のですね?」
老人がにたりと笑うと、二人の下卑た笑いが続いて響きます。
意味が解りません。
何で見も知らないこんなご老人や男女に、こんな事をされるのでしょう?
その上、何故か、息が苦しくなってきます。いつだったかも味わった事がある苦しさですが、アレはどこでだったでしょう?
私は土間にどさりと投げ捨てられました。
でも、息をするのがやっとで、逃げる事ももうできません。
「何これ? 頂戴っ」
女性の方が私の首にかかった十字架に触ります。私は何とかして体を捩り、その手から自分に引き寄せます。その時、彼女は手を少し切ってしまったようで、怒り始めます。
「何よっ! こんなガラクタが大切なの? しょぼいから要らないけどっ」
「小角様の薬が効いてきたみたいだが。時間がかかるんだろう、これ」
「確実に目的のモノをオロスには注射より、古来の方法がいいのよぉ。ふふふ、狂う様が楽しみだわぁ。丁度、心に隙間があるみたいだしぃ。あ、美味しそう、これ」
後鬼と言う女の方が、私の作った焼き菓子に触れようとした途端、黒い影が彼女の手をかすめます。
「石?」
三人は転がるように、家に入ってきた銀色の二人を睨みます。
「それさぁ…雪姫が僕たちの為に作ってくれたやつなんだよねぇ…君達ごときが触らないでくれるかなぁ?」
「……貴様ら……雪姫に、雪姫に何をした!!」
視界が狭くなってきていて、音も聞こえ辛いけれど、それは大切な私のお友達、無白花ちゃんと斬無斗君です。石は斬無斗君が投げたようです。
「ケチだねぇ」
「たかだか人間の為に、本当に猫夜叉が来るとは……面白いじゃないか」
「私達が誰かわかるのか?」
無白花ちゃんがきらりと光る物を手にします。
その時、急に『ボヒュッ』っと変な音がします。どこかで聞いた事のある効果音だな、そう思って何とか音源の方を見ると、そこには何故か小さくなった斬無斗君が居ます。
「ぜ、斬無斗ッ!?」
当然の事に、その場に居合わせた三人組も、無白花ちゃんも、私も呆気に取られます。
「いやいやいやその姿どうした!?」
「………テヘペロ」
「ふざけるな!」
こんなに慌てる無白花ちゃん、初めて見る気がします。
「いやぁ、今、喉乾いたからそこにある水飲んだらさ?」
「水……?」
「こうなった」
キリッっとした顔をする斬無斗君。変わって怒りを露わに、拳を振り上げた無白花ちゃん。
「いっ……たぁ~っ!無白花、駄目だよ、幼児虐待だよ!?」
「誰が幼児だ! おまっ、こんな時に何してるんだよ!」
「無白花、こわぁい」
「お前は……っ少しは警戒心を持てぇぇぇっ!!」
繰り広げられる兄妹ケンカに、前鬼と後鬼言った男女が呆気にとられていましたが、正気に戻り、
「あんたら!アタイらを無視してんじゃないよ!」
「黙れ!」
「煩い!」
言い返す猫夜叉二人に、私は笑いが込み上げてきて、体が少し軽くなった気がしました。逃げられるかも、そう思って立ち上がろうとした途端、老人の握った錫杖が重く音を立てました。
「っ!? 小角様!」
「三文芝居に誤魔化されおって」
渋く、苦く老人がそう言うと、私の体に耳から入った音は再び体を重くしようとします。その前に逃げなきゃ……無白花ちゃんと斬無斗君に向かって動こうとした体は、前鬼と名乗る男に後ろから抱えられてしまいました。勝ち誇ったかのように私の首筋にナイフを突きつけ、
「猫夜叉よ、道を開けろ。巫女がどうなっても良いのか?」
「バレたか。解けたと思ったのに」
悔しそうに言う斬無斗君。無白花ちゃんが舌打ちします。
「退け、猫夜叉!」
「ねえ、まだるっこしいから家壊して出ちゃえば?」
「後鬼、お前は大雑把だな。芦屋の幽霊札が貼られていただろう? 今日の所はドンパチじゃなくて、巫女を奪うのを、小角様はお望みだ」
「ええ? 面倒ぉーーーー」
「何度も言わせるな! 道をあけろ、猫夜叉」
「くっ」
「どうしよう、無白花ぁ」
じりじりと狭い家の中で入口を争っています。
私、人質にされているみたい。
逃げなきゃ……暴れると首筋に刃が当たって血が零れます。痛いけど、こんな人達の所に行きたくない思いで体を目一杯捩じります。でも、そこまで。逃げられません。
「暴れるな。本気で殺すぞ」
「前鬼が切れるなんて珍しぃ、こうすればいいの、よっ、ね」
女の方の拳が、私の鳩尾を二回も殴ります。意識が飛びかけ、足が震えて、まともに立たなくなります。
「ゆ、雪姫に、許さんっ」
「許さんって、あんた達が要らない事するから可愛い巫女ちゃんが正気を取り戻しちゃって、苦しんでるんだよぉ。苦しませてるのはアタイ達じゃないよ。退いて、次は殺しちゃうよ?」
意識がまた遠のき始め、何かの金属音が響きます。
私は不自然に体がふわりと浮くのを感じました。
上には空が見えます、もう家の外でした。私が傷つくのを恐れて、二人は道を譲らざるを得なかったようです。
いつの間にか私は言葉の少ない老人の手に抱かれていました。
「巫女よ、我と共に往かん」
発されると心を鷲掴みにされるような気持ちの悪い声。それが私を包み、体の自由を奪います。
「雪姫!」
無白花ちゃんの声が響いた気がします。でも女性が手にした弓から次々と放たれる矢を叩き落とす事に追われ、私に近づけません。
「お前の相手は俺だぞ」
斬無斗君が素早い動きで私の手を掴みかけましたが、間に入った男性に阻まれます。
「雪姫ぃっ!」
僅かに、本当に少しだけ赤い十字架が輝いたように感じました。
シャン
ですが輝きはすぐに消え、錫杖が鳴り、老人の数珠が、不思議に浮かび揺れて光ります。
「巫女よ。オロシの時まで寝るがよいぞ」
遠くに、はるか遠くに、蝶が飛ぶのを見た気がします。
けれど、ソレは形をとる事無く、私の意識はそこで途切れました。
妃羅様『うろな町 思議ノ石碑』より、無白花ちゃん、斬無斗君、お借りしてます。
三衣 千月 様 『うろな天狗の仮面の秘密』 より、前鬼 後鬼 小角様 お借りしております。
変更部分もありますので、不都合あれば、お知らせください。




