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うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話  作者: 桜月りま
8月5日

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鍛錬中です

賀川から。4日から5日

 







 ごめんね。ユキさん。



 何度か言いかけた言葉は飲み込んで、外出の時について回る理由を適当に付けて風呂に入る。

 泣きそうな顔していたけれど、こうでもしないと、俺の本心が君に傾きそうなんだ。

 でも潤んだ瞳で顔を引いているのに上目遣いで睨む、あの表情は反則だと思う。

 それも風呂上りで上気してしっとりとした肌。清潔な石鹸の匂い。乾ききらない白髪をポニーテールの様にあげているから、産毛が首筋に張り付くうなじが露わだった。

 そして薄いTシャツでは隠しきれない大き目の胸。



 もう、そのまま刀流さんの部屋に連れ込んでいいですかね? 



 その後の俺の妄想は絶好調自主規制だ。



 俺が風呂から上がったら、彼女は髪を降ろして、食堂に居た。物憂い気に何かを考えている姿にドキリとする。

 自分が男にそう言う目で見られるとか考えた事ないんだろう、な。しかし森で着ていたスケスケのネグリジェと言い、こないだの下着の趣味といい、色っぽいのを何故選ぶのだろうか?

 今日のTシャツはそう言う意味では真面だが、下着の線が……それはそれで……俺の目線がオカシイだけか。

 とにかく何か言いたげな彼女を無視して他のお兄さんと会話しながら食事していると、葉子さんに促されてお茶だけ配って、居心地が悪そうに出ていった。もう少し見ていたい気持ちが勝っていたので、細い背中が出て行くまで目で追っていると、

「ユキ姐さんの婚約者だから、俺らの手前いちゃいちゃしないんですか?」

「え?」

「籍はいつ入れるんですか? 二十歳くらいまで待つんですか?」

 いつぞやにタカさんが、俺の事をそう紹介したらしく、たまにそんな事を言われる。

 俺はそれについて、否定も肯定もしない様にしている。

 タカさんがそう言ったのは、ユキさんに対しての男避けの為。この家で、タカさんの娘で、もう自分の公認した男がいるのに手を出す使用人は容赦しないという意味だろう。



「もう少し、上手くやれや、賀川の」

 そう言って、入った来た作務衣姿のタカさんが隣に座った。これを脱いだら刺青が入っていても、さして驚かない、そんな不要な威圧感をどこでこの人は身に着けたのだろう。

 生きていた半分を俺はアヤシイ場所で過ごしてきたが、その中でも指折りの男達と肩を並べるソレ。俺なんかはひっくり返っても、こうは成れないだろうし、正直ならなくていいと思う。

「皆早ぇえんだから、食事が済んだ奴はそろそろ部屋に戻れや。葉子さんが片付けるのも大変だろう?」

 その言葉でほとんどの兄さん達が、返事をしながら引き上げる。

「おめぇがこの家に来るようになってから、アイツら自身の仲間意識が深まったのはありがたいが、あんまり遅くなる時は、寝る様に声かけてやってくれや」

「はい、わかりました」

 葉子さんに差し出された茶を啜りながら、タカさんが俺を睨む。



「ユキに普通に優しくしてやれないか?」

「すみません、俺、近くに居なければ押さえられます。でもこんなに近くじゃぁ……」

「気合入れろや」

「タカさんも奥さん貰ったの早かったそうじゃないですか」

「俺は覚悟はあったんだって言うんだ。オメぇとは違う」

「覚悟ならあります」

 タカさんは、ゆっくりと腕を組んで、

「どんな覚悟だよ。あん? 好きなら……」

「だから、俺はこれ以上、つかず離れず、一生、彼女を守りたいと思ってます。彼女に出来るだろう、大切な人も、一緒に」

 タカさんは舌打ちをして目を瞑り、そのまま固まる。

 俺はさっさと食事を済ませて席を立った。食器を片付けて戻る。すると片目だけ開いてタカさんは俺を見ていた。



「睡眠不足になってないか? 賀川の」

「大丈夫です」

「じゃあ、気が向いたら明日も来い」

 俺は了解を告げると、少しだけ工務店の兄さん達とゲームをした後、睡眠を取り、夜が明ける寸前に物音で目覚めた。

 起きる予定の五分ほど前だ。

 小さな、足音。

「ユキさん?」

 その足音に起き上がって廊下から玄関の見える場所に移動すると、白い髪を揺らしながら、とぼとぼと出かけていくユキさんの姿が目に入った。俺は静かに、でも全速力で下階に降りる。台所に電気がついていたので顔を出す。



 葉子さんがにこやかに、

「おはよう、賀川君。もう少しで起きて来るからと言ったけど、彼女ならもう出て行ったわよ。髪が跳ねているわ、男前が台無しよ」

 染み付いた習性で、寝る時も普通にいつでも飛び出せる服装だが、髪の毛だけは整えないと寝癖が付きやすいのだ。軽く笑ってごまかすと、

「今日から暫く戻らないし、連絡できないんですって。お盆くらいには戻ってくる話だったけれど」

「そうですか」

 盆、か。

 そうすると彼女に会えるのはお盆の少し、その後は九月に入ってになるだろう。

 俺は髪を直しながら、奥の方にある物置きの扉に向かった。その扉の奥には更に扉があって、それは家の地下に続いている。低い、茶室を思わせる扉を潜ると、そこには畳の部屋がある。



 そのまま一度正座で礼をしてから、電気をつける。

 そこは柔道の試合がギリギリ一組出来る程度の広さの部屋がある。天井は意外と高い。

 壁には棒切れや竹刀が何本か立てかけてある。これの奥のある小部屋には踏み入った事がないが、アヤシイ物が満載そうなので、そこはあえて見ない事にする。

「おはようございます」

 遅れて入ってきたタカさんと工務店の二人に頭を下げる。皆、さっき俺がしたように正座で一礼をして、立ち上がった。

 今から二時間、柔軟や空手の基礎練や型をさせられ、最後の十分間だけ組み手をする。タカさんが密かに毎日、希望者に鍛錬をしていると聞いたのはここに来てすぐだが、参加を始めたのは体調が戻ったと認められた今月の頭からだった。

 それから毎日、参加している。初日は家から来て「本気で来るとは思ってなかった」とタカさんに言われた。毎朝、通いではきついだろうと、ここに宿泊する理由にもなっていた。



 元々は息子の刀流さんを鍛える為と始めて、ここを作ったらしい。

 さすが工務店の家と言うか、防音がされており、地下なのに無駄な湿気を感じない。

 彼の死後もタカさんが続けていて、賛同した人がたまに加わる形だ。強制はしないので、メンバーは日によって変わる。

 空手系は初心者だが、喧嘩やら向こうで習った護身術やらとは違った動きが面白い。

「よし、始めようかっ。そっち二人で組めや。賀川の、こっち来い」

「はい」

「返事が違うだろうがよ」

「お、おす」

 何だかしごかれそうな予感がしながら、その声に従った。



7日に移行

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