怠惰中です
返ってきましたよ。
ぺたぺた、ぺた。
絵具を画面に乗せますが、どうも描けません。
昨日は蝶に見送られつつ、森を出ました。
この頃、昼間は戻っても、殆ど誰も会わない時間で。すぐに作品作りに森へ戻っていたのです。
その為「ユキ姐さんが久しぶりに帰宅だ!」と、まずお兄様達に帰宅を歓迎されました。
「オレを心配させるなよ、お前は本当の娘だって思ってるんだからな。母さんに会いたい気持ちはわかるが、いつ来るか分かんねえし。あの家の中を見れば、刀流の家が工務店だったの思い出して来てくれるだろうよ」
そういいながらタカおじ様も笑顔で迎えてくれました。
何だか気分も落ち着いていて、暫くはこの家で過ごそうかな? 虫達も「何か」知らせてくれたし。
そうしようと思っていました。
で、お風呂から上がって、だいぶ遅くなった時。
賀川さんが仕事からフラフラ戻ってきたのです。
た、大変驚きました。いつもより目が凄く大きくなっていたんではないかな? っと自覚できるぐらいに。
「お、かえりなさい? 自宅に戻ったんじゃなかったんですか?」
「……葉子さんがご飯を食べに来ないかと誘ってくれて、よく来てるんだ。君が知らないだけで」
「この頃、忙しくて」
「そう。もう俺と遊びに行く暇はなさそうだね」
う、何かトゲがないですか? その言い方は。
「でも君と出かける人なんて、そうそう居ないだろうから、出かける時は声を掛けるんだね」
「そ! それは……」
確かに、居ないのです。
買い物に付き合ってくれそうな司先生も体調を崩しているし、親しくなった無白花ちゃんに斬無斗君は西の山を基本的には出られません。葉子さんやタカおじ様達もそれぞれ忙しいのです。
「ひ、一人で行くから大丈夫です」
「ユキさん一人で? 今は良いけど、夏休み終わってから、普通の日中、街中をフラフラ歩いていたら補導されるだろうね。タカさんだってそれじゃあ、困ると思うよ?」
森やこの家がある裾野方面は人気が少なくなる方向で、どんな時間にフラフラしていても補導はないでしょうが、この容姿で街中を一人でうろ付けば目立ちます。夏季休暇以降にそうしていれば高校生の年である私は確かに補導されかねません。
言葉に詰まった私に、賀川さんは、
「早めに言って。八月は一人でも良いだろうし、後半は俺も研修だから無理だけど。九月以降は休みを合わせるから」
ここで前までの賀川さんなら、にっこり笑ってくれたでしょう。気にしないで、と言って、優しい眼差しをしてくれていたと思います。
でも今の彼はそうする事がまるで義務であるかのように、淡々と事務仕事をこなす態です。
「イヤイヤなら賀川さんが、付き合ってくれなくて良いです」
「ここで面倒見てもらっているから、ユキさんに付き合うのは、タカさんへの恩返し。君が俺を必要かは聞いてないんだ。Do you understand?」
さ、最後の英語が凄く腹が立ちました。
今の言い方は私が本当に意図を理解しているか試す言い方です。英語に詳しくなくても、その音に込められた加減で、ワザとのその語句をチョイスしたのまでも感じ取れてしまいました。understandではなく、knowを使う所でしょう。
もう、どうしてそんな言い方をされないといけないのか、涙が込み上げそうになります。でも私に選択権はないようで、誰かの付き添いが必要になった時には彼が一番の候補となるでしょう。工務店の人でもないのに呼ばれている所を見ると、タカおじ様の信頼もあついようだし。
「……お願いします。その時は」
歯切れ悪く、私がそう言った時、賀川さんの表情が柔和に変わります。
今のは嘘だよ、冗談だから、って言ってくれるのではないかと期待しましたが、それは私に向けられたものではありませんでした。
「あらあ、賀川君、おかえりなさい。ちょっと痩せて来てるじゃないの?」
「大丈夫です。倉庫で仕分けをやっているので、暑いんです。それでも工務店の仕事ほどじゃないと思います」
「倉庫って蒸し風呂じゃないの? まぁ今日は泊まって行きなさいな。お風呂は?」
「助かります。ありがとうございます」
などと言いながら、勝手知ったる感じで、賀川さんは葉子さんと喋りはじめます。
そして彼は何食わぬ顔で、私の横をすり抜けると、風呂に入り、ゆるりと食事をいただいています。
やはり遅れて帰ったお兄様やもうお風呂を済ませたお兄様達と楽しそうです。ゲームの話やら、現場の暑さやら、そんな話題で盛り上がっていますよ。本当、普通に溶け込んでいます。
「ほら、立ってるなら、お茶注いであげて」
葉子さんに言われて、そうすると、一応お礼と共に受け取ってくれます。
ただ余所余所しいのです。手前勝手な返事をしたのだから、当たり前と思います。でもそろそろイラッとしますよ、私も。
その場に居るのが嫌になって、他のお兄様にもお茶を配り終えると、私は離れに行こうとします。
「ユキ、悪気はねーんだよ。ただな、不器用なんだ、あいつはよ」
タカおじ様が擦れ違いにかけて来た言葉さえ、にこやかに返せません。
司先生に友達の話をしたり、手袋ちゃんが来てくれたり、小学生達と遊んだりして、時間をかけて、やっと膨らんだ風船が完全にしぼんでしまった徒労感に私は苛まれました。
「あの。明日から暫く作品作りで忙しくなるんです。こちらにはその間、戻らないし、連絡できないかもですが、大丈夫なので心配しないで下さいね」
「少し話がしたいんだが。巫女の……」
「巫女?」
そういえば無白花ちゃんのお母様に会う事があったのですが、私の事をそう呼んでいた気がします。
でも今、それらを聞くには少し気力が足りなかったので、
「うーん。また、今度でいいですか? 少し疲れました」
「そうか、じゃあ何時頃戻る?」
「お盆があける前には、一度戻ります」
そんなに忙しいわけではないのに、そう言って部屋に戻ります。
誰も居ない離れはいろいろ工夫がある様で、普通の密室に比べると涼しいかもしれませんが、この夏の暑い時期は流石に高い熱が籠っています。でもお風呂の前に働かせていたクーラーのおかげで快適温度になっていると言うのに、私の気持ちは全然快適じゃありません。電気も付けずに机の上に乗っていた黒い塊を掴んで壁に向けて投げてから、ベッドに転がります。
やんわりとしたベッドに引き込まれる様にそのまま眠った私でしたが、太陽が上がる朝早く目覚めます。
私は立ち上がると、寝る前に壁に叩きつけたものを拾います。
「ごめんね。君が悪いわけではないのにね。黒軍手君」
私は着替えた服のポケットにそれを押し込んで、部屋を出ます。
「あら、早いのね」
まだ太陽が上がらないのに、葉子さんはもう起きて台所に立っていました。
「おはようごさいます」
「あら、泣いて寝たの? 顔が酷いわよ」
私が顔を押さえると、
「本当に泣いてたの? 大丈夫?」
カマをかけられたようです。私はフルフルと首を振ります。タカおじ様に言った説明と同義の事を口にして、立ち去りかけた私に葉子さんは声を掛けてくれます。
「賀川君、そんなに変わっていないわよ?」
「え?」
「貴女が好きでたまらないのよ。でも子供が好きな人に悪戯するって感じではないから、意図はわからないけれど。あれで貴女の気を惹く為の計算だったら相当、悪ね」
「そ、そんな計算をする人じゃないと思います。でも正直、わかりません」
「そう。まあ若いんだし、悩みなさい。工務店には粗忽だけど良い子がいるから選び放題よ、ユキさんなら」
「そんなつもりは……」
「ふふ。わかっているわよ。でも心に動揺があると、隙を縫って何かに取り憑かれるわよ?」
「え?」
「昔の人はそう言ったの。幽霊とか化け物とかね、本当に取り憑かれるって意味じゃなくても。疲れるは憑かれるに通じるものなのよ。一つの事に気を取られていると、足元を掬われる事は多いわ。貴女も賀川君も、とても真っ直ぐだから。後十分もしたら彼、起きて来るわよ?」
かなり早い時刻に起きるのだな、そう思いながら台所を後にしようとします。今は会いたくありません。
葉子さんは「朝ご飯にしてね」とおにぎりの包みを差し出してくれました。
お喋りをしていてギリギリになってしまいながらも、始発のバスに乗って降ります。
歩いて森に近付くと朝陽の中、黒い蝶が飛んできます。大きくて綺麗な彼女は私にハッキリと忠告して来ます。
「うん、聞きました。けれどココしか行く所がなくて」
蝶は暫くウロウロした後に「気をつけて」と言って、私の側から離れます。
キノコがいつもの歌を歌っていますが、声が小さく、昨日のイチゴが目に入りましたが、口に運ぶ気にもならず素通りして家に着きます。
昨日は小学生が四人も居て、とても楽しかったからでしょうか?
それとも家に戻って賑やかな雰囲気に接したせいでしょうか?
それなのに、賀川さんとうまく言葉や気持ちが通らないせいでしょうか?
何だか寂しくて、筆を握っても色もうまくのらなくて。
ぺたぺた、ぺた。……かたん。
私はおにぎりを何とか口に詰めて、ベッドに丸まります。
どこが悪いわけでもないのですが、何をするわけでもなく、暫くゴロゴロと時間を過ごしました。
YL様 "うろな町の教育を考える会" 業務日誌より 司先生。
とにあ様 時雨 より、時雨ちゃん(手袋ちゃん)
三衣 千月 様 うろなの小さな夏休み より、皆上竜希君 真島祐希君 金井大作君 相田慎也君。
ここ数日のユキがお世話になった方のイメージで使わせていただいております。




