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そろそろ帰りましょうか。
良い頃合いになったので、皆で森を出る感じの流れになります。
ダイサク君とユウキ君は特にカブトムシを連れて帰りたそうでしたが、
「約束したよね」
「そうだよ、カブトムシだって家に帰りたいはずだよ」
「で、でもさ」
「カブトムシに家があるのかよっ」
「ねぇ。家はあるか知らないけど、ユキさんと約束したよね?」
っと、タツキ君とシンヤ君に冷静にそして諭すように言われ、私が何も言わずににっこり笑うと、二人は見付けた樹に彼を返してくれました。
「僕達、片付けするね」
四人は集めた珍しい木の実などビニールに入れ、出していた水筒にリュックを背負う準備を始めます。
「ありがとう」
四人に聞こえない様にそう言うと、樹にしがみ付いた彼はなんだかイソイソとしています。カブトムシ君はあまり喋らないから何と言っているかはわかりません。そんなに嫌だったのかな? そう思って、
「ごめんね、無茶させちゃったかなぁ」
そう言うと、早く森を出るように、と、促された気がしました。
「う、うん、ありがとう」
あんまりそんな事は言ってこないのだけれど、珍しい事もあるのだなと思い、そう返事をしておきます。
四人からは「そろそろ行かないと暗くなって道が見えにくくなるね」とか、「結局、幽霊なんていなかったじゃん!」何て台詞に「帰りに出るかも」とか言葉が付随しています。
私は笑いながらその様子を眺めていました。
本当は小屋に今晩もいるつもりでしたが、カブトムシさんに早く森から出るように言われたし、芦屋さんも幽霊を探しに来たと言っていたし、本当に何かが居て、彼らが怖い思いをしてはいけないと、
「私も行きますよー」
と、声をかけます。バス停までの道を間違ってもいけませんからね。
「クマやイノシシも出ますから。あ、でも、途中の木の橋。あれを作ってくれたのはクマさんなんですよ」
そう言いながら、ふわふわと家の中に入って、お財布などを取って小さなポシェットに入れ、新しい錠を古い鍵でしっかりと掛けます。鍵も新しく貰っているけど、これはお母さんとお揃いの鍵なのです。これの方が守りがしっかりする気がします。
それから私は小学生の最後尾を、ゆっくり進みます。
「あ、そこ木の根が出てるので気をつけてくださいね」
だいぶ疲れてるかな? そう思ったけれど、彼らは元気です。
美味しく食べてくれたようだし、遊べたようだし、私もとても楽しかったです。
森の中はだいぶ涼しいですが、入り口に近付いてくるに従って、町のアスファルトの熱気がじわじわ上がってくるのが私には感じられます。
もう、そこに遊歩道が見えてきたので、声を掛けます。
「もうすぐバス停の近くですよー」
ん?
ふぁっと視界に蝶が横切ります。
小学生の周りを飛び、彼らに暫く森遊びは止める様に言ってます。
すっごく懸命に言ってます。
必死に言ってます。
でも彼らは気付いていないようです。最後に私の肩にとまります。
「しばらく、森に近づいちゃダメですよ」
言葉通り告げると、少年たちは首を傾げ、何となく「わかった」と言ってくれます。
虫達が何だか、……変な気がします。
「これでいい?」
蝶は肩から離れ、でも着かず離れず、次は私の視界を遮る様に、何度も続けて飛び回ります。
その忙しない態度に少し私は足を止めます。
「どうしたの?」
蝶は私に来て欲しい所があるようです。もしかしたら主のいない蜘蛛の巣にかかってしまった仲間を助けてほしいのかもしれません。
弱肉強食なので、巣に蜘蛛が居れば私は手を出しません。でもいない場合に可哀想なので助けてあげたのをどこかで聞いたように、たまにそれを求められる事があるのです。
でも……それでもない気がします。ハッキリ何が言いたいかわからなくてもどかしい気持ちで前を見ます。
「どうしよう」
足を止めているうちに、だいぶ進んでしまって、一番最後に歩いていたタツキ君の背までちょっと距離が出来てしまいました。
もう町が近いので、足元は悪くないのですが、それは森を歩き慣れた私だからの話。
ヘタに大声で呼びかけてコケさせたり、驚かせるのは良くないでしょう。バス停までは目と鼻の先。もう迷ったりする事はないと思い、私は四人に静かに手を振って、皆の背中を見送ります。
「また遊ぼうね」
小さな声で呟き、そして蝶に招かれるままに、回れ右します。
彼らが向かう町とは逆に、フワフワと森の中へと戻って行きます。
この後、振り返った小学生が、私が消えた事に驚き、
「やっぱり幽霊だったんじゃねえか!?」
「いやだから味噌汁食ったろ!?」
「そういえば、誰もユキさんに触ってないよね」
「やめようよぉ!話題に出すのやめようよぉ!!」
…………っと慌てふためいて、森を去ったなど知りもせずに。
もしそれを知る時が来るなら、私は今度こそ四人に「ごめんなさい」をしっかり声に出して四回、言う事になるでしょう。
「どこまでいくの?」
遅くなるかもしれないけれど、今日は帰ると電話を葉子さんに入れながら森を歩きます。
蝶が導いてくれたのは遠く、うろなの町を見渡せる崖のような場所。山と違い、見た目の高低差は少ないのですが、崖も沢もあって、地下に鍾乳洞やガス穴もあるので、道になれないと結構危険です。
そしてここは森の中にあって一番高い崖ではないでしょうか? たぶん登るのは危険ですが、あんまり私は気にせずに導かれるままにそこを行きます。
ふわりとワンピースの裾が揺れました。
雲が暗い空にゆったりと流れて、夜になりかけるうろな町に電燈が灯ります。
「仲間が助けてほしいんじゃなかったの?」
きれいな赤い夕焼けが夜の藍色と混じり、美しい二藍に染まります。カナカナと蜩が音を奏で、風が私の白い髪を攫います。昼間に焼けた熱い空気も少しだけ熱を失い、私の頬を撫でます。
綺麗な風景に、心地よい風。
その風に混じって何か……本当に僅かですが、「嫌」な気配がします。
心を逆撫でる様な。
「嫌な感じがする、なんて気のせいだよね?」
剣道大会の頃からあるべき何かが不自然に「何も居ない」感覚がして。とても気味が悪かったのですが。それとはまた違う、何か受け入れがたい、でも本当に僅かな心地悪さを感じるのです。それは風に乗って何処からともなくうろなに運ばれてきています。
「これを知らせたかったの?」
蝶は私にも『暫く森に近づいてはダメ』と、繰り返すのでした。
うろなの建物はもう少し低いはず。
イラストはイメージです。
三衣 千月 様 うろなの小さな夏休み より、皆上竜希君 真島祐希君 金井大作君 相田慎也君お借りしました。
おいでいただきありがとうございました。怖がらせて申し訳なかったです。
少年達の行動や言葉がキャラに合わない場合、他不都合がある場合は書き変えますので、お知らせください。
次回、五日を挟み、七日の予定です。




