悪夢中です 19 (雪姫)
諸事情により、本日より四話、4日で更新します。(予定)
それでもこの夜の夢はまだ明けませんが。
現在2014年一月二日夜が明ける前。
ユキは夢の中で、かつて自分の絵で描いた場所に辿り付きます。
ユキ視点です。
えっと、えっと、憶えて下さっているでしょうか?
中学を卒業した私は母に連れられて、うろなの北の森に建つチョコレート色の小屋に住み着きました。でも母が『待っていて』と言い残して居なくなって……それでもプランも波もない平穏な生活を送り続けて、虫と戦いながらも絵を描きながら、お母さんを待って。そして一人で迎えた寒い冬、森の家で描いた一枚の絵……
その時に描いたのは公募に出して「寒いならば手を出して温めたくなるような色」って評価をいただいた作品なのですが。その絵に描いた女性が目の前に居るんですよっ…………って、誰に説明しているのでしょうかねぇ。
あの日、とても寒くて、藁の布団に包まって……うとうとしながら、暖を取りたい気持ちのままに描いた時……私はココに来たというのでしょうか? わたわたと考えている私を見ながら、完全に自分の想像の中であった『はず』のその人が楚々と笑っていました。
その背にした暖かそうな暖炉も、その上の素朴なマントルピースに飾られた小さな小瓶、画面の端に見きれるように描いた青と白で出来たキルトがかかったベッド。盲目の彼女の仕事である糸繰の道具まで、全てが『想像』で描いたと思ったその場所に収まっています。
「あの絵は……想像で描いた室内画ではなく、貴女とこの部屋を記録しようとしたのでしょうか、ね……私、ベッドに寝かせていただいてましたか?」
私が描いた絵と、寸部違わぬ部屋。違うのは、目線の高さと微妙な方向。私がベッドに寝て眺めていたと考えると構図のつじつまが合うのです。優しい彼女の微笑みは肯定を示しています。
『……凍死しかけたり、風邪をこじらしておらしゃられたり……ココに何度か来りゃれたのですよ、貴女は。貴女の知覚としては『夢』となるのでしょうが、覚えておらしゃりましたか?』
じわり、と、近くの暖炉の火の熱が染みるように、淡い記憶が蘇ります。
心配そうに、そっと私を心配してくれる彼女の気配……
いくつか交わした言葉、きっと忘れるだろうってその時も言われた……
かな?
うん。今、聞いたから……前もそう聞いたかもと、思いこんだだけ。はい、都合よく覚えているなんてなくて。何にも覚えてません。寝ている時見る、そう、夢ってそう言うあやふやなものだと思うので。
「よくわからないって言うのが本当の所ですね」
素直にそう言うと、彼女はそうですかと頷いて、
『ココは普通、生きている者の踏み込む領域でなしに。稀有な巫女であったとしても夢としてでもココに来た現実に持ち帰りゃれるのは、あのような万全でない状態ではなお難しい事』
「あ、私、そのですね。絵を描くのですが……冬の日に絵を、残してました。この部屋を描き、貴女の姿も」
『とりあえず何かを取り留めて置こうと筆を動かしゃられた、と』
「炎がとても暖かくて……」
確かに私はぼんやりとしながらも必死に筆を動かしたのです。とにかく暖かさを求めて。寒さが去って、目覚めた時。一人ぼっちの部屋で、あの絵は完成し……あの夜って本気で凍死? しかけていたのですかね。
うーん確かに『あの日凍死しなくてよかった』とか『冬に死にかけたからコートとかこたつ欲しい』なんて考えていましたが……
「でも風邪の時は何も……あ、あの部屋には筆も無かったから……」
そして風邪をこじらせた時と言えば、あの水浴びを発端にして熱を出した……タカおじさまや賀川さん、先生二人に助けられたあの日の事でしょう。でもその時は絵なんて描ける体力も道具もなかったし……
『夏の頃はこの横を通り抜けて戻らしゃられましたよ?』
「ホント、何回も来てますね……私」
『そうですねぇ……まあ、夏の頃、あの日は紅と白の雪が美しく舞い、それに遮られてお連れ様もここには気付かれなしゃられなかったようでしたね』
「お連れ様……?」
それが誰なのか、私にはわかりませんでした。でも、きっと、その時も目の前の彼女は何かしら私を助けてくれたのではないでしょうか。
『あの日は軽く現世の方に誘導しただけ……美しい紅と白の舞を見せていただいた礼、その程度でしかあらしませんよ』
私は口に出していないのに、そう答える彼女の瞑った目は盲目なのだと思います。それでも見えるモノがあるのでしょう。とっても不思議です。
それにしてもその口から零れる言葉が口の動きとズレて、なんだか吹き替えの映画を見ているような状態です。さっき賀川さんの過去らしき何かを見ていた時、英語だろう言葉が、日本語で聞こえた時と似ています。でも彼女が口にするのは英語ではなく、日本語、だけど……標準語ではなく、方言か、古語のような変わった言い回しになるのを見ると、たぶん私と同じ『日本語』を使ってはいないのでしょう。
『そうですね。わたくしはずいぶん昔の者。そのままでは通じんせんでしょう』
「あの……」
『わたくしの事はヨモ、と』
「ヨモ様?」
『ただの川守のおばあ、に、様は要りゃぁしんせん。ここに何度も来るという事は、貴女がこの川を渡るに近しい状態にあるという証明でもあり、まあ、貴女と私の縁が絡んでいなければ、私は貴女を此岸に呼び留める事はありゃしませんでした』
「私と、ヨモ様の縁?」
様、とつけたままでしたが、もう言い返される事はなく、彼女はそのまま話を続けます。
『わたくしが貴女をここに引き止めたのは、全くの他意はないという事でありゃあせんのです。貴女に頼みをせにゃなりませんから』
彼女が深く腰掛けていた揺り椅子が想像した通りの木擦れの音をキィとたてました。そして立ち上がった彼女はわたしより身長が低い為、少し見下げる形になります。逆に下から覗き込むように私を見上げるヨモ様の、濁った見えないはずの目線が私をじっと『見』ます。
『……神がいずこからおわすか、貴女は知りはしんせんでしょう』
「神、ですか……」
盲いた目を見るともなく見返していた私に振られたのは、急な話題でした。
えっと、神がどこから来るのか? ですか……だいたい本当に居るのでしょうかね。見た事ないですよ。だからそんな事を聞かれてもわかりません。でも私の中に居る『水羽さん』を一応『神』様と言ったのはリズちゃんだったでしょうか、確か……そしてうっすらとした記憶の中で、私の中の水羽さんに幼くなった『冴ちゃん』が『水羽さん』に神かと聞いた時、『ヒトはわたしをかってにそうよぶコトもある』と答えていたような気がします。
「人間が何かを『神』と呼ぶ、その時それが神になる、とか、でしょうか? でもそれがどこから来たのか問われるとわからないです」
ヨモ様は更に近づくと私の方に手を差し伸べ、胸に垂れた白髪に触れます。嫌な感じはしないどころか、母に撫でられたような愛情のある柔らかな手付きに、嬉しささえ感じてそのまま立ち尽くします。ゆっくりと差し伸べられた手で私の頬、そして肩にと流れるように触れ、何かを確かめるようにしつつ、話を続けます。
『神は貴女の言うようなモノもあらしゃります。神仙より来らしゃられる場合もあれば、この地で新たに生まれる神も居られるのです。経緯はともかく何より多才で、人間には抗えない力をお持ちになる尊き存在。だからこそそう言う者は『神』と呼ばしゃられます。神に対し、『人』が逆らう術はあまりになく。荒ぶる神にとっては人など塵芥……だからこそ彼らと人を繋ぐのが『わたくし達』のような巫女。人であって、人よりも彼らに近しい存在。利用されやすいし、逆にそれによって生きながらえてきた側面もありゃるのです』
「ヨモ様も巫女なのですか?」
『ええ、かつて』
わたくし達、その部分が私とヨモ様にかかっていると感じ尋ねると、ゆっくりと深い息をついてから、ヨモ様は頷いた後で私の両肩から手を外し、言葉を紡ぎました。
『神は……神仙にのみにあらしゃりません。人は神を求め、神は神で神仙より現世に降臨されます。その理由は様々であらしゃります……ただの人間が好きだから降らしゃられたという神もいれば、神仙に居所が無くなり降ってきた神や、崇高な意志で降りたつ神もあれば、己の力を誇示する為に……まぁいろいろおらしゃられます』
「えっと」
『貴女のわかりやすい言葉なら……そうですねぇ。神は様々な理由で人の地に『留学』したり『出張』さるるモノと言えばわかりいいでしょか』
私が理解できないだろう事がわかって、言葉に置き替えてくれたのですが。とっても気安い言葉になりましたよ。神様が留学とか出張って……
とりあえず理解したような気がして頷くと、ヨモ様は溜息を付きました。
『人間にもイロイロいるように、神もイロイロあらしゃられるのです。すべての神が格が高く、いい事ばかりのモノではありゃぁしんせん。横暴であったり、肩入れであったり、自己主張が激しい神も多くあらしゃられ……』
神を敬っているというより、比較的困った事象を起こす者だと言わんばかりの、軽い呆れ交じりの台詞に驚くと、彼女は軽く笑いました。
『まあ……神の降り居たる場所はその恩恵で繁栄するのは間違いなく……この大和の海に神が降り立ちしはいつの頃か……彼はこの地を釣り上げて拡げりゃれました。それを喜んだ民は、神が望んだ、人であって、人より神の世界に少し近かった『巫女』は添う事を求められ、神子を生しました』
さっき水羽さん、いざなぎといざなみという神様の話をしていました。ヨモ様は……考えようとした時、彼女はそっと私の手首を取ると、その手に握っていたものを眺めます。
『……これは?』
「黒軍手君、です。御守のようなもので……」
『その中に、何か入っておらしゃられますか?』
「ああ、これは。タカおじさ……えっと、私の……父から、いただいたのです」
黒軍手君そのものではなく、ヨモ様はその首に結わえたちょっと血が滲んだ布の、その中身を感じ取った様子でした。中に入っていたのは赤いネジです。私はその内の一本を取り出して、彼女の手にそっと渡します。ヨミ様は視えないはずの目を見開きます。
『ここで核を手に入れたのですね、私は……これで『いそうろう』に加護を与えられ……』
小さく呟いてから、
『ここにわたくしの『水鎖錠』を込めておきましょう』
ヨミ様は手の平のネジをそっと包む様にして両手を組み、自らの額の前で祈るようにしてから、私に差し出します。ひろげた両手に乗せられたネジは、淡く赤い輝きを自ら放っていました。右手は黒軍手君を握っていたので、私はそれを受け取ろうと左手を差し出しかけて、驚きました。
だって、ヨミ様の手の平には血が模様を描きつつ溜まっていたから。でもそれは一瞬で、血は瞬く間に無くなっていました。まるでネジが吸い込んだかのように。そしてネジの形はそこに無く、丸い、大きなビー玉のように変化していました。それも綺麗な『透明』。他の色が何も混ざらない、そこにある事が不思議になるほど、キンと冷えた冬の空気。
「えっと……」
いつだったか、私もこうやって血を吸わせたことがありましたよね。あんな模様が出たり、ネジの形や色が変わりはしませんでしたけれど。
『貴女の母巫女の方針故……貴女は巫女としては全くの無知であらしゃいますねぇ。……其を祀れば、神は永久にこの地の平穏を約束す……巫女はその象徴となり安寧を得る……意味はわかりゃれますか?』
「ええっと……いつだったか水羽さん……が言って気がします」
タカおじさまに。そしてここで水羽さんと言って、誰かわかるかは不明だったので、補足をしようとしたのですが、ヨモ様には伝わったらしく、スッと手を上げてそれ以上の説明を求めず、話を続けます。
『これは『求める物を祀れば、貴女は平穏無事にある』と言う意味ですよ。しかし歌は歌うな……そして何も知らせず。何も関させずにすむなら適切な対応であらしゃられますが。もうそうも言っておられない様子……月姫の使いが多少記憶を運んだようですが、まだ使いこなしておらしゃられず……今宵もなにがしかと揉めた様子』
かつて母が私に求めたのは、歌わない事。巫女だとか、何だとか、そんな話は一切してくれなかったのです。それでも赤い髪の妖精イルさんに会ってから、今までよりハッキリといろんなものが見えるのです。
でもそれらの意味はわからない事が多くて、私の意図よりも水羽さんの意志で口から紡がれるそれは、確かに意味があっても、使いこなしてはいるとは言い難くて。
言葉の最期の『なにがしかと揉め』たっていうのは、きっとさっきの黒雪ちゃんとの事。私は彼女の存在も、今日まで知らなかったのです。綺麗だったオレンジがかった着物はボロボロで、凄く血まみれです。誰の血かわかんないですけど……あれ? 私の? 痛くないですけれども。ココで痛いと思ったらダメなヤツですね、さっき痛いって捕らわれちゃダメって学習したので。
「私って厄介なんですかね」
なんか、ですね。きっと、母はいろんなモノから私を守り育てる為に、いろんな所を渡り歩いていたのでしょうね。そして私は無理解で、何の役にも立たなさすぎるのです。
そこでやっと、黒雪ちゃんが見せてくれた画面の光景をハッと思い出しました。
「あの、私、お母さんの所に行きたいのです。賀川さんも少し……いいえ、だいぶおかしかったので」
『かがわさん? 貴女の想い人…………ですね』
彼女は何からそれを察したのかわかりませんでしたが、小さく頷いて。
『さぁ、まずは身を。男子に会うのに、このような乱れた服装はありゃあしんせんと望みなさい』
確かにこんな血塗れた格好で賀川さんに会いたくなんてないって、そう思えばハラハラと汚れた服が綺麗になっていきます。
さっき落ちていた時は飛べると思い、痛みを厭えば露と消え。汚れを嫌えば綺麗になる……少しだけここでの心の持ちようがわかった気がします。
『私は貴女に大きな借りがありゃります。正確には今からその核を持って、わたくしの吾子を助けて欲しいと望みうるのです。わたくしは今、その玉の構成に力を使ってしまい無理ですが、そこに行けば貴女のいう場所に、必ず結んでくれるはず…………その玉に届けてくりゃれ、我が吾子に』
「あこ?」
『いけば、わかりゃれます……『わたくし』はどうあっても大丈夫ですから、必ず我が愛し子達を……』
そっと伸ばされた手で、肩をぽんと押された途端、そんなに強い力でもないのに後ろに傾いで、ふわりと、足元がおぼつかなくなります。
「え?」
『頼みます……』
ヨモ様の言葉と共に、足元の地面が突如として無くなりました。つい、落ちると思ってしまった私の体は、再びそのまま落ちて行くのでした。
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キラキラを探して〜うろな町散歩〜 (小藍様)
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チェーイールーさん
『悪魔で、天使ですから。inうろな町』(朝陽 真夜 様)
http://book1.adouzi.eu.org/n6199bt/
夏に来た堕天使(ベル姉様)話題に
『以下1名:悪役キャラ提供企画より』
『黒雪姫』
小藍様より
お借りいたしました。
問題があればお知らせください。




