悪夢中です 16(ユキと黒雪)
ユキの体が黒雪姫の影に捕らわれて……
黒雪姫02。
アキの巫女の『遺伝子』で作られ、白巫女の『因子』など様々なモノを組み込んだ偽巫女。
彼女が見る夢の中には過去や未来が混じる。一人では自由に思った場所を覗けるわけではないが、一度見た夢なら何度も訪れる事が出来、その脳波をうまく映像化できる機械によって、他人と共有出来た。
現実の彼女は車椅子から立ち上がるのも困難だが、夢の中では違っていた。
『わたし、『にせみこ』のなかでもゆうしゅうだとおもうの。だからアキのみこさまも、こえをかけてくれたのよ』
アキは数日前、残していた力で夢にいた彼女に語り掛けた。自分が賀川の初夢に降りる事を宵乃宮に知らせ、その間にユキがこちらに来ないようにしてほしい、と。
以前、言音の力でユキの夢に入り込む事は実験されたが、目的を達した事がなかった。それを告げると、アキは『この日だけは大丈夫』と保証し、言音に頼んでそれは果たされる。
黒雪姫がそこで会ったユキは自分より大人であったし、他の偽巫女や自分とは違う白髪に赤い瞳が珍しい女性だった。
『ほんと、どうわや図かんにでてくるゆきうさぎ、みたいね。まっしろのかみ、あかいめ、見た目がふしぎなひと。色を黒にかえるとわたしと似ているのかもしれない……ゆびがきれい。たしか絵をかくひとだっけ。胸がすごくおおきいのは、おとなのひとだからかなぁ……それは、それは、わたしよりゆうしゅうで、すてきな『みこ』………………っておもってた。けど……白みこ様、ふつーだわ』
黒雪姫は抱き抱えたぬいぐるみに話しかけながら、目の前の光景に目をやる。
夢を庭として遊んだ黒雪姫は、その中で自分の影を自由に操る術を得た。そして今、影を水晶のような六角柱の棘とし、地面から無秩序に生やさせた。その切っ先は鋭く、目の前に居たユキを立ったまま持ち上げるようにしてサックリと貫いている。
『とってもきれい』
白が強い夕焼け色の着物が、本物の夕日のごとく血の赤に染まっていく様を見て、彼女はうっそりと呟く。
『あのね、『みやさま』はわたしのゆめを興味ぶかげにきいてくれるのよ。ミライの夢はとくに。きっとわたしがほんものになったら、もっとたいせつにしてくれるわ』
だから、刺した。
それは衝動的な行動に見えるが、夢の中の彼女は確かに特別だった。
車椅子からそっと立ち上がり、地面に降りる。抱っこしていたぬいぐるみを代わりに座らせて、膝掛けにしている『おじいちゃま』からもらった大切な上着をそっとかけ、満足そうに頷く。
『白みこ様のいんしをもっともらってくるわ。つかえもしないひとがもっていても仕方ないでしょ?』
ぬいぐるみにそう告げてから振り返って、自分の影で縫い付けているユキを見上げる。黒雪姫が歩く事はなく、すぅっと足元が浮き、そのまま風に吹かれるように動き出した。
『そとにも出られない、よわいからだも強くなったら、おじいちゃまのトコにもじゆーにいけるわ。むかえくるからまっていてって言ったけど、わたしから行けるならそのほうがいいわよ。おじいちゃまもきっとよろこんでくれるから』
ユキの意識はなく、力ない手首から伝う血が、細くて白い指から垂れる。それをジッと見ていた黒雪姫は、赤い水滴が落ちる瞬間に小さな唇を開いてそっと口にふくむ。
『わたしね、夢のなかでこーやって血をのむと……そのちからをすこーしだけもらえるの』
小さく可愛らしい舌で、自分の唇を舐める。その隙間から覗く白い歯を染める血。見た目はどこから見ても可愛らしい幼女であるのに、肉食獣が餌を喰らう獰猛さが見え隠れする。
『こーした子は夢から目ざめることなく、しんぞう止まってしんじゃうんだけど。白みこ様、やさしそうだったから、いいよね?』
そこに悪意はない。彼女には倫理がない、誰も彼女に人を殺す事を悪いと教えていないから。寧ろ、それを推奨した。要らなくなったと大人が与えた『偽巫女』の夢に言音の力で入り、こうして磔にして彼女の糧とするのは少なくない行為だった。
『こうしないと、いたいことするもの。ちゅーしゃはいや。おさえられて切られるのはいや。むりやり眠らされて、ゆめみないあいだに、なにされているか。こわいのよ? 白みこ様は知っている? ああ、なに、ちからが、量が、すごいっ……』
飲めば飲むほど欲しくて仕方なくなるように、血のしたたる手をつかみ、手首まで舐めてあげて、指をしゃぶって、それでも足りない様子だった。口から溢れた血をとるのに、顎を掴んで唇を重ね、唾液まで貪った。可愛い顔に血が付いて、猟奇的な情景となる。彼女は顎を押しやって、ユキの首を晒すと狙いをつけるように舌をあててなめて、口を開ける。
『もっと、もっと……ちょうだい』
そのまま喉に噛みつくと、血が噴き出した。簡単にそれも幼い人の力で噛み切れるものではなかったが、ココは夢の中、彼女の欲する力の作用か熟れた果実を噛む様に容易く血を滴らせる。
彼女はそうしながらユキの豊かな胸を手で辿る。その指先で微かに波打つ心臓を感じ取る。黒雪姫の影の棘はそこを微妙に逸らしていた。自分の手で、一番美味しい所をもぎ取るために。
だが力を込めようとした一瞬、黒雪姫はうすら寒い気配に身を震わせた。
ユキの先ほどまで固く閉じられていた瞼が細く開かれていた。その細い隙間から洩れる赤い目の光は、どこまでも透明な氷の刃だった。
『さがりなさい』
たったひとこと。
それだけ。
ユキの口から、漏れた言葉に黒雪姫は驚いた。
溢れて零れるほどに感じていた力が砂の様に零れ、ベたん、と、無様に地面に崩れ落ちる。現実の体と一緒。重力に負けて立つのも難しい、忌まわしい状態になった。
『ゆめなのに、ゆめなら、できるはずなのに』
くやしいのか、両手で地面を押して立ち上がろうとした。しかしちらっとユキを見上げただけで、黒雪姫の体はぞっとする感覚が支配し、今までどうしてユキと平気で会話をして、更にはこんな暴挙に出たのか、まるでわからなくなった。
『うっ、ごほごほっ……うえっぐ……いだィ、痛ィっ』
黒雪姫の胃がバクバクと震え、ゴホゴホと血や胃液を吐き出し、酷い頭痛が彼女を襲った。
『以下1名:悪役キャラ提供企画より』
『黒雪姫』
小藍様より
お借りいたしました。
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