悪夢中です14 (香取)
少し時間を戻して。
白き巫女ユキの住む屋敷となったタカの家は、正月飾りのかけられた玄関口をはじめ、刀流が作った赤いネジが密やかにいくつも穿たれている。彼とおんまが死ぬ前に色々と予期して意図的に打ち込んだそれは、ほぼ誰にも知られる事無くただ静かに彼女を守っていた。
それと同時に現在、ユキは常時数人の『協力者』や『能力者』に影ながら見守られている。個人的にユキと知り合い、事情を知って好意で見守っている者もいたが、主体的には子馬の『土御門』関係か、香取の所属する『教会』関係がその主なメンバーとなっていた。
子馬が防御と監視を兼ねた式鬼をユキの部屋の周りに置いているが、父親おんまの古き盟友の息子『鴉古谷』との戦いによる負傷と後始末の為、現在うろなに居ない。その為『土御門』ではなく、香取側の『教会』を主体とした警護態勢が取られていた。
そんな場所にユキの刀守、そして恋人でもある賀川の夢の中にアキがそっと現れ、普段は入り込めない宵乃宮が彼女を伝ってそこに紛れ込む……その少し前。
静かな静かな新年の夜風に紺色の神父服を靡かせた香取は、肩に白き竜、風蛇を連れ、家から少し離れた場所を巡視していた。雪が舞い落ち、道路の白線やらが凍って滑りそうになるくらいの寒さだったが、彼の足取りはしっかりしていた。
「ん、ああ……鴉古谷神父……じゃぁなかったねぇ、ともかく彼の息子が宵乃宮から離れてくれてよかったよ。そう、子馬君に任せておくつもりだよ、とりあえずね」
肩の奇妙な生き物がそれに頷き、答えていたが、傍目には独り言でしかない。
そうしながら香取は聞こえない左耳に触れ、何年も前の『あの日』を思い出していた。
舞い込んだ指令書の署名が親友の抜田によるものだった事。
そこに書かれたタカの息子、刀流にかけられた懸賞金。
導かれるように、集ってはいけないモノ達がそこに揃って……そこで起きた悲劇。
吹き飛んだタカの嫁の頭部、息を引き取る僅かな合間の刀流が自分を追い払うように手を振る……
「彼らは僕が殺したんだよ、投げ槍君……」
思い起こしたようにぽつりと呟けば、そう告げた時のタカの顔を思い出し、香取は拳をぎゅっと握り締めた。どの面下げてここに居るかと思う事はあるが、タカの性格から拒否されないのをわかっていて、養女ユキの警護を請け負っている。
ただ自分が殺ったと名乗った日、賀川が必死にタカを止めなかったら、請け負う前に殺されていたかもしれないと言う事も思考の範囲にあったが。細く白い息を吐きながら、
「投げ槍君にはもちろん、全てを誰にも語るつもりはないけどねぇ……ユキ君はきっとそれらを知ってしまうだろうねぇ。どうやったらいい……かなぁ」
香取は聞こえない方の耳を触りながら、呟き続ける。
「ああ、いや、人生を何度やり直す機会を貰っても状況が変わらないなら、彼らを殺すよぉ、僕は……ね。守るモノが決まっているから……迷いはないんだよ」
ふわぁ~っと柔らかく白い息と共に吐いた言葉に、白い生き物が顔を摺り寄せた。
「そう、何度、悩んだ所で……変わらないからねぇ……風蛇……ぅん。神と白るぅが僕の事を知っていてくれればいいんだよ」
再び白い息を吐いて香取は笑顔を向けたが、表情が変わって凍る。仄明るいオレンジに輝いた瞳がタカの家へと投げられ、見開かれる。
「え? あ、あれはアキ君の気配? ……ああ、欠片がどこかに残っていたんでしょうねぇ……行こうか……風蛇!」
きゅうぅ……答えるような風蛇(白るぅ)の声を聴いたか聞かぬか、紺色の服を靡かせ道路を滑るように素早く走り出す。ユキの母親の気配を感じて。
それは人間が普通に走ったくらいでは出せない速さだった。黒い影にオレンジ色に光る目玉はどこか蛇を思わせる動きで滑る様に動く。それが人の目に留まったなら問題だが、ここはうろなの端の方で、町中ではないし、夜中で街灯も少なかったので、誰にも不審がられる事はなかった。彼が動くのは早かったが、タカの家からは少し離れた場所まで移動していたため、到着に時間を使う。
香取は空間を操り、ユキの下に駆け付けようとも考えたが、状況を的確に判断するために、視認する事を選んだ。彼は蛇のように壁や屋根の隙間を縫って走っていく。
「何だか彼女以外に、嫌な気配もしてきたねぇ」
彼は屋敷を囲む高い塀を門を潜る事無く、併設している駐車場に停めていたクレーンのアームの先まで螺旋状にスルスルと駆け上がった。
その頂点で呟くと、舞うように飛んで壁を越えた。物音もなくひらりと庭に降り立つと、配置していた仲間の見張りが眠っているのを確認する。怪我をして倒れているのではなく、安らかに寝入ってしまっているのをみて、
「アキ君の歌だねぇ。変わらず凄い効力だよ。このままでも凍死はしないかなぁ……しかし離れていて正解? だったなぁ。投げ槍君ちにいたら間違いなく眠らされていただろうし。あれ? ユキ君の所じゃないねぇ? 彼女の夢に入り込んだのかと思ったけれどぉ?」
間延びした感想を述べながら、香取は裏口より家の中に入る。家の中は異常なほど静まり返り、香取はするともなく眉を寄せていた。頭に付いていた雪を片手で払い、
「っ……宵乃宮の気配だ……そうだね、きっとアキ君の思念を伝って侵入したんだろうねぇ。まだ完全に入り込めてはいないようだけど。彼には彼女のつけた傷があるし、いろんな仲間や偽巫女が多いから不可能を可能にしてしまうよ。本当に厄介だよぉねぇ。ところで、こっちは彼の部屋だよねぇ?」
この家で一番早起きの葉子がまだ起きている気配もなく、他の下宿人も寝入っている中、香取の足は玄関近くにある階段へと向けられた。そこはかつてタカの息子だった刀流の部屋で、そこを今は賀川が寝室にしている。階段下で二階を見上げたが、更に眉を寄せて小さく唸った後、香取はそこを登ってはいかなかった。
家に入り込んだ際に彼の肩から降り、その足元をちょろちょろと付いてきていた風蛇は、踵を返す自分の主を見上げる。
「うん? そうだよぉ? けど、僕が守りたいのは賀川君じゃないんだよぉ? アキ君に会いたいのはやまやまだけれど、僕の所に来なかったなら用事はないのだろうし、ブレる事のない信念があると思うから。彼女の意向に任せて、僕はユキ君のトコに」
香取は玄関から移動して、離れにあるユキの部屋の前に立つ。その入り口をゆらりゆらりと飛び交う折り鶴は二羽だけで、それもいつものように機敏には動かなかった。他に数匹いる折り鶴は挿し木された小さなヒイラギに留まって微かに光っており、時期を間違ったクリスマスツリーのようだった。
折り鶴の術者は年末に大けがをして死にかけた子馬だ。
昨日の元旦には意識を取り戻して、母である葉子に電話をかけてきていた。どうにかデスクワークに勤しんでいるようだったが、本調子ではないはずだ。
「たった一日で力を行使して。信用されてないねえ」
子馬が『じゃぁ、ココの守りを小父貴、お願いしてもイイのかな……』と、言ったのに、もうこちらに力を回している事に香取は苦笑する。それもぎりぎりの力を振り絞って配置しているのだろう事は、折り鶴達の様子でわかる。
確かに信用されていないのはわかっているが、子馬が幼い頃には膝に乗せて本を読んだり、遊んだりした仲だった。微かに感傷に浸るが、お互いの知らない時間は長く、香取は事情を説明し、理解されようともしないのだから、当然の態度だと結論付ける。
それでも死にかけていた様子で頼られた事に嬉しさを感じ、その反動か余計に深く彼の心に寂しさが刺さった。僅かな心の変化を気付くのは足元の風蛇だけ。香取は全てを振り払う様にすっと息を吸って、気持ちを切り替えた。
「侵入許したのも間違いない事実だしねぇ……どいてぇ~式鬼達、あやしい者じゃないよ? ユキ君に用事があるんだぁ~それで僕の力を分けるから、これ以上の外部干渉を遮断をしてほしいんだけれど。ああ、僕の事わかる? そうだよねぇ……君の方は、おんま君の側にもいたよねぇ。懐かしいね」
いつもと変わらない間延びした口調で何やら独り言を呟き、そっと手を伸ばすと、折り鶴のうち一羽がふわりと彼を確認した。それに縺れる様にもう一匹が寄り添い、特殊な者にしか見えない金に近いオレンジ色の光を纏う。次第に木の上で飾り然としていた紙切れ達も光を放ち出して、最初の二羽に導かれるように天空高く舞い上がった。
薄く中空に張られるオレンジの光は、普通の人の目には見えない障壁、結界とよばれる物となる。それが完全に張り巡らされる一瞬の間に、小さくだが確かにパシリと何かが触れる音がした。
「おやぁ???」
ひらり、と、それは紙切れが舞ったように見えた為、香取は式神達に何か起こったのではないかと警戒した。式鬼は香取の領分ではないモノ達だ。何が起こったのか判断するのに数瞬を要した。
「ああ、アレは賀川君のトコいつもいる子?」
それは白い鳩、いつぞやから賀川に懐き、暇があれば彼の頭上を占拠している白い豆鳥だ。結界が張られる一瞬を縫って入り込んだそれは、賀川の部屋がある辺りの屋根に姿を消した。鳥目である鳥類が闇夜を飛べることからしても、何らかの訓練を施されたモノだという事は想像が付く。それでも危害を加えてくる様子ではないので、放って置く事にして、香取はノックもせずにユキの部屋の扉を開ける。
鍵はかかっているが、空間を操る風蛇を味方に付けている彼には何の障害にもならない。
「ユキ君……」
強く香る絵具の匂い、そこかしこに並べられ、使ったままに並んだ絵筆やイーゼル。開かれたままの図案やクロッキー、分厚い図鑑にスクリーンセイバーがかかったパソコン。エアコンが効いた暖かい部屋の空気が抜けてしまわぬうちに扉を閉め、鍵をかけた。
その薄明りだけでは部屋は暗かったが、夜目の利く神父は、布団もかけず、うつぶせの状態でベッドに倒れた形で眠りについているユキをすぐに視界に捉えた。本来、イモムシのように布団にくるまって寝るのが彼女の常だ。だから絵を描いている途中でこの家全体にかけられたアキの『催眠』にふらついて、それでも何とか電気だけは消してベッドにはたどり着いた感じだと香取は察した。
無防備に横たわるユキの服装は可愛らしいレースで作られた、透け感が強いものだった。エアコンで調整された室温は低くないから風邪をひく事はないだろうが、未成年とはいえ女性の姿としてはかなり完成形に近くなっているのだから男の目には蠱惑的だ。香取が入った事で一緒に忍び込んだ風が彼女を刺激したのか、身じろいで側臥位になると、その体位でも隠せない大きめの胸が呼吸と共にゆっくり動いているのが確認できた。
手には小さな犬のぬいぐるみ、黒軍手君が握られている。
「昨日は起きていたし、魂だけとはいえ子馬君がいたから悪戯できなかったけどぉ」
そう言いながら近寄ると、顔にかかった天然の白髪をそっと肩の方に流し、愛おしそうにその頬を撫でる。彼は自分の胸に下がった銀の十字架を手で包み、ユキの体に当てない様にしながら顔を近づけ、額に、首筋にと唇を這わせる。柔らかく暖かい肌の熱や暗闇にも白とわかるその色、無防備な少女の寝息に引き込まれたのか。まるで恋人に対する愛情表現のようだったが、そこにユキの同意はない。
足元にいた風蛇はよじよじとベッドに上って、香取とユキの間に割り込む。胸を押される形になって彼女から離れると、非難の色を浮かべた風蛇、白王の大きな瞳に神父の姿が映った。
「え? 指より唇の方が状況がわかりやすいからだよお? 皮膚より内臓の方が敏感だからね。やっぱり夢の中に何か入っているようだねえ……風蛇、僕を運んでねぇ?」
握っていた十字架をそっと戻し、近くの壁に寄りかかる。
「聞けばいいだろって? ふふ、ちょっと触れただけだよぉ。小言は後から、ねぇ、頼んだよ?」
その言葉と共に、強くオレンジ色を帯びた香取の瞳がゆっくりと閉じられた。
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『キラキラを探して〜うろな町散歩〜』(小藍様)
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