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うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話  作者: 桜月りま
7月29日

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訪問中です


お出かけ先から投稿








「賀川さん?」

「何?」


 

 こないだの剣道を見に行った時から一週間すぎて。



 今日は月曜日。

 もう仕事に復帰するらしいです。調子が良くなったら元に戻るかと思ったら、賀川さんがやはりこの所、何だか表情が少ない、微妙です。彼と長くいたわけでもないけれど、こんな人ではなかった気がします。



 もっとこう、なんだろう?



 私が調子が悪くて入院していた時、毎日お見舞いに来てくれたのです。余り喋ることもなく、でも何となく夕方の病室に居てくれました。その時に窮屈なんて感じたことはなかったのに。

 それに制服着ているけど名札がないよ?

 故意に外してるよねー?

 一度、病室で名前を聞いた覚えがあるんだけれど、思い出せないんだよね。

「賀川さん、名札……」

「ユキさん、そこの部屋だよ」



 私達が訪れたのは清水先生の部屋……ですが。清水先生は夏休みも学校でお仕事。

 二人で来たのは、清水先生訪問の為ではありません。

 ベルを押すと賀川さんが、声をかけます。

「賀川急便です、お届け物に参りました」

 すると出てきたのは、

「賀川、ありが……おや、ユキ?」

 司先生です。



「なるほど、日時指定で渉が荷物が届くと言っていたから、何かと思えば」

 家だからか、聞こえてないつもりだったか、でしょうね。自然に清水先生を下の名前で呼んでる司先生が可愛いです。

 今度から渉先生ぃって呼ぼうかなぁ。そんな事を考えながらぺこりと頭を下げます。

「何だか具合が悪いって、聞いて。お見舞いです」




『梅原先生の具合が悪くて、俺の部屋に滞在している。

 でも生徒にそれを言うわけにもいかず、見舞いもさせてやれない。

 日中少し梅原先生が暇そうだし、気になるし、時間があったら行ってくれないか』




 そんな旨のメールを少し前にもらって、賀川さんに荷物を運んでもらったのですけど。

「二人とも上がれ、玄関は暑い」

 お邪魔します、そう言って上がります。綺麗に片付いたお部屋です。

「気分はどうですか?」

「わざわざ来てくれたのか」

「だって私の入院中は毎日ずっと来てくれて……」

「ユキの場合は一度止まったんだ……状態が違うだろう?」

「でも、今日の病人は司先生です」

「そう病人扱いするな。今はだいぶいい。ユキの顔も見られたしな」

 うーん、何か、うん、でも司先生いつもと違うなぁ。本調子じゃなさそうです。でも何かが落ち着いていて不思議です。

「伝票にサインを」

「ん、ああ」

「シミズでお願いしますね、先生」

 こんな時は普通なのねーー悪戯に笑う賀川さん。



 なぅん……

 照れながらベッドに戻ってサインをする司先生の足元で、小さな鞠玉が現れて鳴きます。

「梅雨ちゃん、かわゆいー」

 撫でたいけれど、人見知りと聞いているので、手は出しません。でもポワポワ、可愛い。きょとんとこっちを眺めて居ます。

「で、これは何だ?」

「私からお二人に。お中元? かな。なので、開けて下さい」

「少し開けてくれれば、お手伝いしますよ、先生」

 賀川さんが小さなカッターを出して、渡します。それで紐と封を切ると、後は賀川さんが手際よく軍手をはめた手で外します。

「落ち着いた絵だな」



挿絵(By みてみん)



「まだ仕上げがあるので、お風呂場借りれますか?」

 梅雨ちゃんが賀川さんと目が合った途端、フウッと怒ったような声を上げてます。

「いいが、ん? こら、お客さんだぞ。しかし梅雨が珍しいな、怖ければ逃げるのに」

「清水先生がいないから、具合の悪い司先生を守ってるのかもしれませんね。じゃ借ります。用意が終わったら呼びます」

 お風呂場に入ると、さっと賀川さんが持っていてくれたバックを差し出します。

 それから布を出し、ガムテープで壁に止めて汚さないようにして。何も言わないけど賀川さんが何気にフォローしてくれます。

 少し遠めにそれを見ながら、司先生が、

「賀川は執事か補佐役みたいだな」

「何ですか、その表現」

「言葉通りだ。何かあったか?」

 何か、なにか、あったかって言われても、何があったかわからないので、私は黙っておきます。

「何もないです。何かあったのは先生でしょ?」

「なななななな、何を……」

 司先生の質問にきっぱりと言い切った上に、切りかえしてますよ賀川さん。やっぱり何にもないんだよね。


 さ、始めよう。


 うん、浴室はしっかり乾燥しているし、良さ気。

「固まる前は水溶性なので、浴室汚しませんから。少しの間、こちらに来れますか?」

「もう元気なんだ、それを清水が大事のように……で、何を始める気だ?」

 私はいつも通り、缶をシャカシャカ振ります。

「これを完成させますね」

 汚れないように布を敷き詰めた浴室に枠を外して置いた絵。

 換気扇は消して、ふわっと、いつもよりふわっと雲を投げるように吹き付けていきます。



挿絵(By みてみん)



「い、色が変わった!」


「先生達二人のイメージって、どこか溶け合う感じがあって。それを何枚か描いたうちの一枚です。よかったら飾って下さい」

 驚いてくれたみたい。先生の気晴らしになったかな?

 マジックが成功した時みたいにちょっとうれしいです。と、言ってもマジックなんてやった事ないけれど。

「ありがとうユキ」

「いいえ。賀川さん、絵は浴室から出して、枠に入れて……乾くまで三時間はココに置いていて下さいね、先生。色が落ち着きます」

「わかった」

「小さくてもキャンバスと枠は重いので、清水先生が帰ってから扱って下さいね」

 そう言って、お風呂場を片付けるつもりでしたが、

「具合の悪い先生はベッド、毎日暑いけれど、ユキさんが無暗に体を冷やすのはダメ」

 賀川さんが片付けを引き受けてくれました。自分だってちょっと前まで具合が良くなかったのにね。

 私は先生に聞きながら、お茶を三人分用意します。

 司先生、清水先生の部屋の台所の物がある位置は完璧に覚えているみたいです。



 浴室を洗って出てきた賀川さんは、畳んだ布を私に手渡すと、

「じゃ、俺はこれで」

「待て、賀川。お前、ユキが用意したんだ、お茶くらい……」

「……女同士の話に邪魔する気はないので。不景気でも日本ですから、お中元配達で忙しいんです。ずっと休んでいましたし」

 最もそうな事を言って、彼は帽子を被って出て行ってしまいました。

「なんだ、あいつ。もっと愛想のあるやつだった気がするが。と言うか、目つきが変わった、か?」

「変ですよね、賀川さん」

「何かあったのか? お前達」

 私はフルフル、首を振ります。



 なぁー

 目を伏せた私の視界に、潜るように梅雨ちゃんが入ってきて、鳴きます。

「触っていいの?」

 いつだか手袋ちゃんがそうさせてくれたように、梅雨ちゃんも私に身を預けてくれます。

 猫はわがままだって言うけれど、気持ちが伝わる、通じ合えている仲だと、遠まわしにだけど慰めてくれるほど優しい生き物です。

「梅雨が初対面で撫でさせるのは珍し……おい、ユキ泣いているのか?」

「いいえ。そう言えばお友達が出来たんです」



 私は切り替えて、新しくできたお友達の差障らない部分だけ掻い摘んで、先生に話します。

 なかなか心を許した友達になんてできなかったのに。

 大切なものをくれて。返す気だったのに、不注意で壊してしまって。

 でも怒らず、私が生きてることが何より大切と言ってくれたのです。

 ただ……心配させたくなくて、ナイフを持った変な人が来た事のは言いませんでしたけれど。



 司先生はじっとその話を聞いて、「いい友達が出来て良かったな」と言ってくれました。

 とっても嬉しくなって、梅雨ちゃんを見ると、目を細くして笑ったように一鳴きして、司先生にすり寄って行きました。

 その後、少しだけお話をして、梅雨ちゃんと遊んでから、司先生を疲れさせる前に私は帰途につきました。




YL様 "うろな町の教育を考える会" 業務日誌より 司先生。清水先生(お名前だけ)


いつもありがとうございます。YL様の同日日とリンク中。

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