悪夢中です7(タカとアキヒメ)
その刀がオレん家にあった理由。
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腕の中で気を失って倒れる男の血の失せた顔に、自分の息子を重ね、顔のない妻の躯を思い出して。
どうしてオレではない命が失われるところにまた立ち会わなければいけないのか? その因果の深さはどこから来やがんだと、オレは愛おしい養娘の母の幻を見やった。
初めて青い刀身を見たのは幾つだったろうか。
親父が簡単に降りられる階段がオレには大きく感じていたから、さほど大きくはなっていない頃だ。藁で固められた土階段は滑りやすかったが、支えてくれた親父の手が、大きくあったけぇって思ったのは覚えてるな。
『鷹槍、これは人様の目に晒してはならない。コレを渡すべき者は会えばすぐわかると言い伝えられているが、詳しい事は何代か前にすっかり途絶えてしまった……』
そう呟く親父の背に、オレは呟いた。
『まさか本物があるったぁ……さっき話した夢の中で見た刀、そのものだぁ』
『前田直系の長子は皆、長き時、コレを守ると長兄が言っていたが。故に、今世で見る前から『知っている』ものだ、と』
『確かにオレぁ夢で……これを見た……』
父親は長男ではなく、確か四男だった。三人の兄や姉と親父はかなり年が離れており、兄姉はなんやらで早くに亡くなり、残った親父が流れで相続してしまったらしい。そしてそんな親父から生まれたオレだったが、現在の直系長子には間違いなく、確かにコレを見る前からこの刀を知っていた。
夢の中で繰り返し、コレを人目に触れぬよう、守ってきた。でもそれが何故なのか、これが何なのか、わからないし覚えてはいない。まだ幼かったが何度も何度も繰り返す夢がとても気になって、親に話した所で刀を見せられたという寸法だ。
『ずっとずっと昔、然る方から預かったこの刀の名は『争乱』。前田に受け継がれた秘宝。跡継ぎ以外に見せる事はならん……まぁ、三兄や姉の時も、そしてオレが預かってからも、誰も来た試しはないから、きっとコレは忘れ去られた遺物だろう。それでも順番としてお前が継ぐ物だ』
コレの守り手である事はこの時、確定したのだろう。
しかし現実に見たと同時に夢も見なくなって、オレは暫く存在すらも忘れてた。親父が亡くなって、刀流が生まれて、物心ついた頃に連れ添いの膝の上で『青い刀』の話をしだすまでは。
おんまやカトリーヌ達に話す事はなかったな。あいつらが見せる不思議な術や生き物の方がよほど変わっていて、古臭ぇ刀が家にあるなんて話なんざぁしても恥ずかしい気がしたかんな。
考えてみれば、オレの息子にしちゃあ出来の良すぎる刀流が『金属』に興味を持ったのは、その時に青い刀を一度、見せた時からかもしんねぇ。
その後、似たような、けれど青ではなく赤に輝くネジを持ってきたのはちらっと覚えている……ような、いないような。刀流に作れるものならば特に問題はねぇと思っていた程度だ。しゃれっ気出して自分の工事する場所には決まってその赤いネジ使ってたのを何度か注意したくれぇか。
だが赤いネジの権利を巡って、賀川のは攫われ、人生を蹂躙された。
もう何十年も見ていなかった『刀を守る』夢を見ていた時、物音がした気がしてオレぁ目を覚ましたんだ。いや、今も夢の、それも賀川ののってぇいうのは置いといてだが。
まぁ、その物音がもう何年も近づいた事はない、青い刀がある場所から聞こえた為、オレはそこに向かってった。相変わらず湿気の多い泥階段を降りながら、いましがた夢の中で見た『誰かが奪いに来た時』のようで、心拍が上がるのを感じる。だが来てみりゃ何事もなく青い刀は静かにそこにあって、小さな灯りの下で輝くだけだ。
「刀流が亡くなってな、御前ぇを継ぐヤツはいねぇし、どうしようかと思っていたんだがな。ユキの婿になる奴なら……どうだろうな?」
そう一人呟いていた時、オレは呼ばれている気がして扉を開いた。道場側からやって来やがったのは賀川のと、ユキの母親の亡霊だった。
そっからアキヒメさんに刀を刺された賀川のが意識を失い、『あの日』の話に触れた時に篠生さん似の宵乃宮がやってきた。理解不能の状況のまま意識を失っていた賀川のが跳ね起き、握っていた刀を振り回す。その切っ先は倒れてきていたユキの母を切り付けて、刀圧で壁まで吹き飛ばした。
どうにも刀にはほぼ素人ができる動きでもなく、迷いのなさすぎる太刀筋に賀川のが正気でない事ぐらいはオレでもわかる。突拍子もなく命の価値がわからないような危ない動きをする男ではあるが、意識があるならユキの母親を幻影であろうと切りはしねぇ。
すばしっこいぎょぎょが逃げきれずに受けてしまう程の宵乃宮の刀を軽く受け流し、立ち回る。
篠生さん似の宵乃宮は目の前の賀川のと楽しそうに刀を合わせて、こちらには関心がない様だ。オレは目を離さないようにしながらもアキヒメさんの下へ走った。
「アキヒメさん、大丈夫かよっ」
『ええ、もう、私は死んでいるのだし……』
「に、しちゃ、苦しそうなんだがよ」
『……ユキちゃんが、こうなるよりは、マシよ』
その言葉から嫌な感じがした。いろんな事象を巫女ってヤツは感じたり、知ったりしてしまう者。ならば、今ここにいるべきは誰だったのか。寒気を感じながらオレは問う。
「まさか、今の『コレ』は本当ならユキの運命っていうのかよ……」
『房子おばさまが誘って下さった時にココに来れていれば、また違ったのでしょうけれど……」
「ふ、房子が?」
『けれど私がその機会を潰してしまった……』
どうしてさっきからチラチラとオレの連れ添い妻の名が出てくるのか意味が分からねぇ。
『私はかつて、おおねぇさまの息子……あの運送屋の彼が五歳で死ぬという未来や、苦難の中を生き残ってユキちゃんと会う彼の姿や、攫われる事なく平穏の中で私の娘と仲良くなって……けれど最終的に彼と宵乃宮がユキちゃんを切り殺す……そんな、いくつかの未来を『演算』して見たの。私は娘ユキちゃんを殺す可能性のある者を許せず、でももし生き残ってくれれば未来は変わるかもと変な期待をしながら……私は結局、彼を見捨てた。彼は死んだと聞いて……』
「と、刀流のヤツは知ってやがったのか」
『……私の判断よ。刀流先輩は何も知らない。知っていたらさせるはずないわ…………刀を作る為の素材を作ってくれると未来視で見た時から、先輩が……好きだった。優しくて真っ直ぐすぎて、眩しかったの。でも私の住む世界が違う人だって。おおねぇ様の子が攫われ、訃報を聞いて……その後、先輩の顔が見れなくなって』
「だから何も言わずうろなから去ったのかよ、アキヒメさんよ』
『それだけでは、ない……けれど。不義理な私を先輩は全て許してくれたけれど、私はミルクを買いに出た彼を待つ事はなかったわ』
偶然か故意か、それはさておいても、賀川のに起こる不幸を知りつつ結果的に見捨てた事実が、アキヒメさん自身も傷つけたんだろう。気安く人一人を見捨てる決断をしたのだとはオレには到底、思えねぇ。好きだったオレの息子に一言もなくその場を去るほどに心を病みながら、彼女はたった一人でその重責を負ったのだろう。
十数年前、唐突に彼女が消えて、刀流に頼まれて探したが、その姿を見つける事は出来なかったのはオレも覚えている。その後は半年ほど刀流は彼女を探す旅に出たのか、うちに帰ってこなかった。が、何にも言わずに意気消沈したまま戻って来やがったんだ。
その後は大人しく工務店の家業についた刀流の背を見守った……それから事故で房子と共に二十歳を過ぎた程度の短い生涯を終え、オレはもっと親として何かしてやれることはなかったかと悔いるんだ。
刀流に頼まれていたのに、アキヒメさんは一人で亡くなった。
いや、まぁ、篠生サンがいたっちゃいたらしいが……ちィっと、人からは外れたような判断をしやがるようだしな。アキヒメさんはオレの知るたおやかな見た目とは違い、ユキを守るためなら何でもやったのだろう。
それの手始めが賀川のを見捨てる事だったなんて、知りたくなかったが。
『ユキちゃんは良く泣く子だったわ。理由がわかったのは言葉を喋るようになって『嫌な夢や怖い物を見るの』と言ってくれたから。私は『歌わない』という制約をユキちゃんにつけて、その力の殆どを封じたけど、いろんなモノを描く彼女に私以上の力を見たわ。…………中学の卒業と同時にユキちゃんの祝福の準備が整うのを待って。その時、北の森に運送屋を連れて来たの。それが彼で……攫われてすぐ死んだと聞いたのに……本当に酷い目に合って……過酷な環境で生き残れるなんて、目を疑ったわ……その後よ、かぐつちが『体』を手に入れる契約上で彼に加護を与えたなんて聞いたのは。そして彼がユキちゃんを傷つける未来をまた見出したのは、その時から』
ただ『未来が視える』っていやぁ、羨ましいかも知れねえ。何でも『出来ちまう』んじゃないかと思わなくもない。けれど好きなように何でも視れるわけでもなく、見た物が人の生死に関わる内容だった時……その選択は苦しく辛い物となる。
それでも出来うる限り自分に近しき者が死なねぇよう、上手い方向に回避できないかと策を巡らせるのは当然。しかしそう物事はうまく運びゃぁしねぇようだった。
アキヒメさんがココにあるのはそう長くないと告げる様に、必死に紡ぐ言葉をオレは拾い集める事しか出来ねぇ。
『なら、彼がユキちゃんを傷つける未来がやって来ない様に…………密かに彼へ刀を『集めて』しまいたかった。ユキちゃんには何も知らせずにその刀を握らせればいい……静かに祝福を終えて……そう。海を越えて、修道院で暮らせるように手配してあるわ。祝福の準備がもうすぐ終えるほどに進んだあの日、宵乃宮と彼がユキちゃんを切り殺す未来を再び見……奇しくも刀流先輩の命日だった。だから私はあの森を出て刀流先輩のお墓を参った後、彼を連れてこの屋敷に来るつもりだったの。強制的に『全てを彼に集め』た後、ユキちゃんに刀を渡して、祝福を受けさせ……刀と共に国外へ逃がしてと頼むつもりだったわ、貴方に。でも予想より早く宵乃宮の方が動いてしまって、彼と接触する前に……私は宵乃宮の『刀』で切られてしまった……から』
もともと淡かったアキヒメさんの影が消えていく。それを取り留める術をオレは知らねぇ。言葉は声ではなく細い音。もはや彼女が『夢の中』であっても、ココに存在できるという『奇跡』はそう長くねぇと示していた。
これが全部『夢』ならいいと思う。しかしどこかで『ただの夢』ではすまないと伝わってくる。
オレの連れ添いだった房子と息子の刀流が死んだ日、……そう、あいつは『ねぇ…………タカさん、この家にお客様を連れてきていいかしら? 暫くココで面倒見たいの』と言って外に出たまま帰らなかった。
あの日、房子が連れて来ようとしたのは……誰だった?
そして『房子君と刀流君を殺したのは……僕です』なんてぇカトリーヌは言うが……奴は何を隠している???
聞きたいことが山になるのに、何一つ整理の付かない頭でただアキヒメさんの口から零れる言葉を聞く。その内容は早すぎ、省略され過ぎているのだろう、わかったようなわからねぇトコやらありやがって、オレは戸惑う。
『……ああ、『争乱』を。刀を再び守って。お願い……ユキちゃ、んを』
「ユキは全力で守る。が、刀ぁ返してもらったって一体どうすりゃいい……だいたい賀川のに刺さって消えっちまったし」
『いいえ。『現実の刀』は変わらず、あの部屋にあるわ。……彼に突き刺したのはこの夢の中だけ。そして彼はここで宵乃宮の刀に刺されて死ぬの……どんなに彼が立ち回っても勝てないわ。彼の死は現実では心臓発作か何かになると……』
「お前ぇ……本気で賀川のを殺す気なんだな……」
『ええ、刀はそれで『一つ』になるの。現実では『争乱』に全てが集う。三本の刀を背負って彼が死ぬと、結果はそういう事になるの。後はくらみづはの『玉』が揃えばいいの』
三本の刀を一つにする、それは誰かの体に刀を刺し貫く事なのか。それを中学生の姿をしたアキヒメさんの口からなんざ聞きたくもねぇ。人賀川のを殺す覚悟を彼女にさせるのは、ユキを生かす為だとわかっていても。
それでもアキヒメさんは自分が悪者になっても果たしてぇ事だったんだ。
こないだ篠生サンが賀川のを刀を刺した時、決して不死身になったわけではないと言っていた。さっきアキヒメさんが青い刀で刺した時も、無意味に賀川のが死なねぇように配慮はされていたんだろう。意識が飛んじまって、宵乃宮相手に暴れているが、あの状態はラッシーを放った後に似ている。なら、一生続くってわけじゃねえ。
だが最後の一本は宵乃宮てきの手にあるもんだ。配慮なんてあるわけがなく、ユキを強ぇ人柱とするために命を狩りに来ている。他の二本とはわけが違う。確かに夢の中とて刺されればタダではすむめぇ。
「じゃぁ、ここに『宵乃宮を招ぇた』のはアキヒメさんなのか?」
『ええ……かつて宵乃宮は『かぐつち』と『くらみづは』の『玉』を持つ事で、火と水の神を縛っていたの。だから私を逃がす時、おかぁさまは『かぐつちの玉』と『くらみづはの玉』を私の祝福に使った後に託してくれた……数年の後、刀流先輩と接触して金属を作り、『終焉』は約束通りに打たれ、前田の一族が守っていた行方知れずの『争乱』はこの夢で彼に宿らせる事に成功したわ。後は宵乃宮の持つ『創始』と『くらおかみ』の『玉』だけ。くらおかみの玉がカラだったのは気がかりだけど……』
オレは混乱しながらも足りねぇモノがあるのに気付く。
「じゃア、水の、くらみづはの『玉』は今もアキヒメさんが持ってんのかよ……?」
『……いいえ』
オレが隠し持っていた青い刀『争乱』には『玉』なんざ嵌ってなかった。宵乃宮の握っていた二つの『玉』は『おかぁさま』とやらが奪取し、アキヒメさんに託されていたようだ。その内、かぐつちサンの玉は賀川のが握る赤い刀の柄にあるが、争乱に嵌っているべき『くらみづはの玉』ってヤツはどこにあるってぇんだ?
『くらみづはの『玉』はユキちゃんだから……』
「ゆ、ユキが?」
『……おかぁさまが祝福の際、水の核玉は私の体に眠らせました。神がより近くにあるように刀守によって昔は行われていた秘術で、力も安定するし、争乱が見つからない以上、隠し場所としてよかったから。普通はただそのまま私の体にあるはずなのに……私の願いは『ユキちゃん』を産んだの』
ガキっっと刀の噛み合う音が響く。
完全に意識が飛んだ賀川のの立ち回りは洗練された剣士の動きだった。ラッシーを放ちすぎた時に切れた様は獣のようだったが、それとは違う。統制されたそれはぎょぎょのヤツが見せる玄人の動きだ。素人の賀川ののどこにそんな力が潜んでいるのかわからねぇ。
だが宵乃宮の動きはその上をいっており、遊んでいるのだろうという事は明白だった。彼らの動きを目の端に入れながら、アキヒメさんの音を聴く。もう唇は震えるだけで、まともに動いていないのに、細く、だが確実に脳ミソへ直接響いてきやがる。宵乃宮に聞かせない、そんな配慮もあるのかも知らねぇが。
『彼に突き刺されば宵乃宮の『創始』の力はその体に集まり、崩れ落ちるはず。宵乃宮の今の拠り所は『くらおかみ』の玉。刀の融合と共に、アレが消えれば長き時を生きる宵乃宮も死ぬ。そして彼の『終焉』も彼の死と共に『夢』と消えて……『現実』に残るのは青い刀『争乱』だけ。くらみづはの『玉』の化身であるユキちゃんがソレを握れば天之尾羽張は元に戻り……私は人柱として刀に宿って、永遠にユキちゃんを守るわ。彼女を失えば水神の加護は完全に消えて、これからの気象変化に国々は沈む事になる。それを最小で収めるために、ユキちゃんは生かさなければならないの』
淡くなって消えていくアキヒメさんがオレの手に涙を落とす。宵乃宮に突き刺され、意識が飛んで暴走化した賀川のに切られて……幻の命が消えていく。
「本当ならこの場に居合わせるのは……消えるのは………………ユキだったのか?」
アキヒメさんは笑うだけで頷きなどしなかった。
「それを回避するためにこんな事をしたのかよっ! せめて……相談してくれれば、もっと何かいい方法が……」
オレの言葉にアキヒメさんは笑って唇だけ動かした。音声にはならなかったが、たぶん『刀流先輩にそっくり』と言ったと思う。
『……………………………………ユキちゃんを、刀と共に、お願い……』
「………………っ」
『あの子は、先輩を想って宿した………………………………神の子よ。全ての罪は私が……』
宵乃宮の刀が賀川のの刀と噛み合い、ぎちりと鍔迫り合いする様を眺めながら、消え入りかける彼女の台詞を聞いた。
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