悪夢中です6
間違って7を先に投稿してしまった……申し訳ないです
『その刀……『終焉』を作る為に……かぐつちの『玉』と同じ金属を作った事で、一人の少年が死んでしまう……それを知っていて尚、私は刀流先輩に金属を作らせ、土御門の和馬さまに『終焉』を打たせたのを後悔していない……貴方は死んだと聞いたのに……貴方がまだ生きてたなら必ず『やる』わ。今度こそ失敗はしない』
意識を失った賀川を見下ろしながら、そうユキの母親が言うのを聞く。冷たく言い放つアキの前で、畳に崩れ落ちるその体をタカが抱きかかえた。
「何をしやがるっつ、アキヒメさん! 一体こいつに何の恨みが……」
貫いた刀はその背から突き出しており、命が助かる状態には見えない。ただ、血は殆ど出ていない。刃を引いていないせいかもしれないが、血液が青い刃に滲むとそれは夢にように掻き消える。まるで吸われているようだと思いながら、仰向けに寝せる事は出来ず、横にしたまま床へ降ろし、タカがアキを詰問する。
『恨みがあったらよかったのかもしれないわ。彼には何の罪もないの。ユキちゃんの刀守になるという運命を負って、刀森に生を受けただけ。私達がどうあがいても巫女であるように。それに『今は』まだ大丈夫。これは彼の夢の中で、私の巫女としての力で、彼と『争乱』を結んだだけだから。彼が『創始』を授かる所は見たかしら?』
確かにそれは北の森で篠生が刀、『創始』を首に投げ刺された時に酷似していた。あの時、篠生は賀川の事を『不死身になったわけではない』と念を押していたし、二度目だからと笑える状況とはタカにはとても思えなかった。
「アキヒメさん、おめぇ……『今は』って、何を言ってんだよっ」
タカは言い放つが、アキはその表情を変えない。
姿は数十年前の彼女と同じであったが、そこにいるのはまるで感情がない人形のようだった。
しかし先ほど一瞬だけ見せた柔らかな表情が嘘とは思えない。何かを彼女は抱えているのだ、そう思ったタカにアキは頭を下げた。
『……長き間、前守りの……前田の皆さまにおいて、この刀『争乱』を守って下さり、ありがとうございました。我が火水と全ての巫女にかわり、お礼申し上げます。……本当はもっと早くとココに来て、穏便に済ませたかった。けれど運命を変えるどころか、刀流先輩も房子おばさまも私の不注意で……』
「な、何を言って、んだ? アキヒメさん……だいたいオレの倅とアイツが……どうしたって?」
場違いなほど落ち着き払った様子でアキは礼を言ったが、後半で『あの日』の事にちらりと触れると声が震え、か細くなった。
『あの日、私はユキちゃんと共にココに来るつもりでした……けれど果たせなかったの。宵乃宮の手の者からユキちゃんを守ろうとして……私の歌がそこに居た皆を無作為に傷つけた……』
タカにとって人生最悪のあの日。
彼女の言葉がソコに触れているのだと知り、タカの知らない埋もれている真実は彼女の中にあるのだと察し、その続きを欲した。アキは言い淀んだが、タカの真っ直ぐな視線に意を決したように、言葉を紡ぐ。
『そう、私の歌は武器になる……あの日の私の『歌』がそこに居たおばさまと刀流先輩を……殺してしまったの』
「うそだろ……あ、ア、キヒメさんよ」
言葉をうまく発する事が出来ないタカ。二人を殺したと名乗り出たのはこれで二人目だ。
タカの親友であり、神父の香取。そして息子の恋人であった、ユキの母、巫女のアキ。
二人の繋がりを聞き出そうとしたが、床に倒れた賀川の指がピクリと動くのを見て、アキは有無を言わさない口調で命令する。
『彼から離れて!』
追求しかけたタカも何かを感じ、飛び跳ねるように賀川から離れる。それと同時に、彼の胸を貫いていた青い刃が消えた。それに吸い取られるかのように、じわじわと染みていた畳の血も消え失せる。タカが手を離したその体は、横向きからゴロリと仰向けになった。血の気がなく、呼吸も浅かったが、どうしてだか生きている。理屈や理由より生きていればどうにかなるだろう、タカはそう思いながらアキを見る。
『融合してくれたわ……一本目を授かった時、彼は暴れなかった?』
タカは篠生が賀川に向けて刀を投げたアレが、アキの言う『授かった』時なのだろうと見当をつけ、
「あん時ぁただ気ィ失っただけで、暴れたりはなかったが。そんな事より……」
『彼は神剣の鞘となる者……』
タカの質問には答えず、アキは無理矢理に話を進めていく。
『彼が生き残ったと知った時から、考えていたわ。あの日は失敗したけれど、こうやって戻ってこれたのだから、やるの……今から三本の刀を『一つ』に……仕上げの時です』
「三本のって、おい、残りの一本ってぇのは……それに俺の倅とアイツが終わっちまった、その日の真実をおめぇが知ってんなら……」
教えて欲しい、と、話の続きを求め言葉を発したが、アキの透けた胸から突然、何かが突き出し、次の言葉を奪った。唐突に彼女の背後に何かの気配があって、タカは顔色を変えた。
「いつの間におめぇ、この家ん中に……」
アキの体を貫いていたのは宵乃宮の良く切れる赤黒い刀。音を立てる事もなく抜かれる黒い刃に、あふれ出す血の残像。死んでいるのに、ユキの母の影は苦し気に意識のない賀川に覆いかぶさるように倒れかけた。その後ろで笑うのは篠生に似た猫目の男、宵乃宮だった。
『ココは夢ですよ。アキの巫女以外にも夢を得意とする者が居ましてね。まぁ、アキの巫女の遺伝子を組み込んだ巫子ですけれど。彼の歌でココに来たのですよ』
『アレはわた、しの偽巫女……なの、ね』
『偽巫女の存在も知っていましたか。アノ女はお前にどれだけの事を教えたのでしょうね……』
『おかぁさまにそんな言い方しないで。酷い事して殺したのでしょう!』
『ええ、綺麗に焼き殺してあげましたよ。貴女の居所を吐かせるのに刀森や巫女を幾人も殺して見せたのに、眉一つ動かさない非情さは嫌いではなかったのですがね。娘達を引き裂いて見せてみれば流石にどうだったでしょうねぇ……当時、見つけられなかったのが全く惜しいですが、まぁ、この男の母親が持っていた『玉』はカラでしたが、その分、力を溜めるタンクに出来て好都合でした』
『……『玉』がカラ?』
『貴女が全盛だった頃ほど過去見が出来なくなったという情報は本当のようですね』
とん、と、串刺しにしたアキの幻影を押しやって、刀を抜き取ると血糊を払い、隙のない動きで上段に構える。押された勢いで宵乃宮の方を振り返るように反転するアキの体から幻の血が溢れた。
血はセーラー服をほとんど汚す事なく、キラキラと輝いてすぐに空気へと消えていく。傷は治る事無く、明らかに彼女が希薄になっていくのをタカは感じる。
『では白巫女を良き人柱へ変える為……その男には死んでいただきましょう。ああアキ、貴女の力も僅かなようですが、いただいて……』
「アキヒメさん、か、賀川のっ!」
唐突に現れた男、宵乃宮は黒い影を纏いながらその刀でもう一度彼女を傷つけようとし、そのまま地面に横たわった賀川をも突き刺そうとしていた。
意識のない賀川はそのまま突き刺される……筈だった。
しかし賀川の体は勝手に動き出し、手に握っていた赤い刃をがちゃりと振り上げ、宵乃宮より早くユキの母親の幻を背中から叩き切った。気薄な体を風圧で横に跳ねさせる様に吹き飛ばし、宵乃宮の刀をがっつりと受け返す。左手には普段見えない赤い文様が浮き上がり、黒い瞳は人形のように空虚で、感情の揺らぎがなかった。
『ほう、この男……意識が飛んでいるからこそ、ですか? それにしてもこの気配のなさは何ですか……』
そのまま立ち上がった賀川は無言のまま答えようとはしない。
『まあ、何でもイイです。白巫女の心は貴方にあるようですし、あの弁護士に鍛え上げられる前に摘まねばならない相手ですからね。お相手してあげましょう』
宵乃宮は賀川の無表情な顔を見てそう呟き、嬉しそうに微笑んだ。
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今日か明日、7を投稿し直します




