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うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話  作者: 桜月りま
2014年1月1日夕方~二日朝

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悪夢中です5(賀川)

夢の夢。賀川の一人称です

 深い痛み、青い刀を滑る自分の血……

 ユキさんの……雪姫の為なら死んでもイイとは思うけれど。

 自分が死んで、彼女が人柱として大きな力を得てしまうと聞いた時から、死ねないと思った。

 彼女を人柱にする手伝いなんかしたくなかった。



 俺は彼女と色のある暖かい未来を見ると決めたのに……

 でも、それはマヤカシだったのか?

 そして俺の想いも本物ではなかったというのか。


 なにより。


 俺は……

 このまま死ぬのか?



 俺は苦しさの中で……自分の奏でるピアノに合わせて、『彼女』が歌うのを思い出した。

 それは小さな教会に美しく響いた。



 ああ、この音の記憶は……とてもとても遠い昔の事だ、と、俺は思う。



 タカさんの自宅と社宅を兼ねるうろな裾野の家、その家事と管理を請け負っている葉子さんと俺の母。

 二人は『宵乃宮』の分家筋であり、巫女を養育する機関であった『刀森』の家に生まれた姉妹だ。しかし祖母の意図のもと、姉妹は『刀森』から出された。

 その時に二人は同じ施設には預けられなかった為、葉子さんは姉の存在すら知らなかった……母は出自について深く語った事はないし、きっとそうするには俺は幼すぎた。姉も同様だった。

 五歳の俺が攫われた後、母は狂い、姉もその姿に平常を装いながら病んでいったから。

 それ故、俺と姉が葉子さんを『叔母』と知ったのも、つい先日の事。



 祖母は雪姫の母である秋姫を育て、宵乃宮を謀り、二つの『玉』を手に入れ、『秋姫みこ』にそれを持たせて逃がした。

 そんな事は今まで知らなかったけれど。

 祖母が隠す様にして刀森から出した俺の母はキリスト教の信者だった。葉子さんは児童養護施設『洞南園』に預けられたが、母が入ったのは教会の孤児院であった事に由来するのだろう。

 幼い俺がたくさんの花を母へ贈った時、母は『今度からは教会へ寄付にしよう』と諭した。墓は嫁した時貞いえの物ではなく、教会に置いたのは姉の手によるものだったが、そうして欲しいだろうと子供が汲むくらい、狂う前の母は深い信心を持っていた。

 そんな彼女ははに連れられて、幼い俺は時折、教会へ足を運んでいたのは当然だったのかもしれない。ただ俺はアンダーで見た暗くて辛い生活の中で、全くの無神論者になってしまった。俺が攫われて、心を乱した母を信心は救ってくれなかった。

 神なんていない、そんな結論を抱えて久しいけれど。



 幼い俺が教会に行くと、請われてピアノやオルガンを弾いた。

 ミサであったのか、チャリティであったのか……その辺りは覚えてはいない。俺にとっては母親が喜ぶ顔が嬉しかっただけだ。姉は父に色々と期待されていたから、習い事などが多く、ついて来る事はなかった。母と二人のお出かけは特別で、ただただ心が弾んだ記憶がある。そのまま大きくなれば俺も敬虔な信者になっていたかもしれない、今では遠く忘れた感覚だが。

 とりあえずそんな母との心弾む『お出かけ』は父親の仕事について行った海外でも国内でも度々あった。その為、特記するべき事ではなく、幼く平穏だった俺の日常にあった一コマだった。



 ある日、俺は幾分か年上の少女の独唱の伴奏に付いた。

 少女、と言っても顔はベールの下、声と身長で判断しただけで、本当に幾つかはわからなかった。だが思い出せばその声が、そう……彼女こそがユキさんの母親、アキさんだった。

 自分がアンダーへと堕ちる前で、雪姫の母親との年齢を計算すると、彼女はたぶん十を少し越したくらいではなかったかと思う。きっと刀流さんと知り合い、ネジを作り上げた頃か、そのわずかに前か……そんな頃。

 彼女のその歌はとても素晴らしい、幼い俺でもそう感じた。得意としたピアノ以外にも、教養としていろんな楽器やオペラ、そして歌劇なども既に聞き知っていたが、これほど歌を『綺麗』と思った事はなかった。

 それはとても透明で心に響き、彼女が口を開けば空気が淡い色に染まるのを俺は耳で聴きとった。そんな美しい歌にピアノを添える事が出来、とても満足だった。

 小さな教会は『音楽』と言う形で神に触れたと思わせる、至上の時を刻んだ。しかし母が『聖少女様』と呼んでいた『彼女』は、歌が終わった後、

『ごめんなさい……』

 ベールの下、確かにそう言った。

 演奏と歌……何のミスがあったわけでもない、いや、素晴らしく皆を満足させたのを感じていただけに、俺は混乱した。

『ごめんなさい………だってっ……それはただの言い訳になるから。ごめんなさい……おおねぇさま。この子は……』

 繰り返される一方的な謝罪……そして微かに覗いた黒い瞳から零れた涙。

 歌った声とは裏腹の、暗く重い雰囲気に何か俺は返したか、記憶にない。周りはそのまま泣き崩れる『聖少女様』を囲み、一方の俺は母に手を引かれて、次の言葉を交わす間もなくお互いその場を別れた。

『どうしたの、あきらちゃんまでそんな顔して』

『ママ、あの人、泣いていたよ? 何でだろう? 大丈夫かな? それにママの事、おおねぇさまって……?』

『……私の母が『聖少女様かのじょ』を育てていたから、私の事を義姉と思ってくださっているようで、そう呼んでおられるのよ。……次の機会にまたお話をしてみるわ。そんな顔しないの。あきらちゃんは優しいわね』

 口ごもりながら、そう言って抱いてくれた母の腕から伝わる熱は優しくて、とてもとても温かかった記憶がある。



 母が『次の機会』を持てたかは知らない。だが、それからどのくらいかして……俺は攫われて、見捨てられ、暗い闇のアンダーで漂う事になる……



 これまでにこの過去を思い出せなかったのは、自分が幼く、記憶が定かではなかった事に加え、年月が彼女アキの姿を大人にしていた事。何よりアンダーに堕ちてからの歩みは過酷で、日常の甘い生活は毒に等しかった為。

 一番近くにいた親友の『まことくん』の存在すら忘れていた……たった一日、擦れ違っただけの『彼女』との記憶を思い出すのは俺にとって、とても難しかった。

 だが『ごめんなさい』という言葉が、かつての自分の奏でたピアノの音を呼び覚まし、それと共に過去が鮮明に蘇っていた。

 呼び覚まされた何気ない過去の記憶は、その後に訪れた絶望へと繋がる。

 暗い、冷たい場所。

 親に見捨てられたと告げられ、無体で冷酷な痛みと苦しみの地獄が襲ってくる。何者かの手が伸ばされ、引きずるようにされるのを、どうにかしようと俺は必死にもがいた。


lllllllll


お読みいただきありがとうござました。

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