悪夢中です4
三つの核玉と、三本の刀。
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もともとは赤く、『火の玉』を納めるはずだった一本目の刀、名は『創始』。
それは長く宵乃宮の下にあり、刃は巫女の血を吸って黒く変化していた。
現在嵌められているのは『闇の玉』。
そして神を裏切る行為を悔いる水の玉を納める二本目の刀、名は『争乱』。
それはタカの先祖によって伝えられていたが、『水の玉』はそこにない。
最後に三本目の刀、名は『終焉』。宵乃宮の手に落ちている『創始』に本来嵌められるべき『火の玉』を納めた刀。
その『終焉』はタカの親友だった土御門 和馬……通称おんまが鍛えた。それは『かぐつち』の『玉』を納める、一本目の刀の『模造』品だった。すでに嵌める『玉』は火の核玉と決まっていた刀。刀流の作った金属はおんまの手を経て刀の形になり、今、賀川の手に握られていた。
「何だって、この刀に嵌める予定のない『玉』があんだよ」
納めるはずの玉は決まっているなら、三本目の刀は作っても、三つ目の『玉』など要らないのではないか、タカの解せない表情にアキが口を開く。
その前にこれらは『口伝』であって、どこまでが真実かは不明な点はあるとしながらも、言葉に詰まる事はなくさらりと説明した。
『十拳剣 (とつかのつるぎ)、かつて神が握っていたという神剣。中でも天之尾羽張という、神剣に嵌っていたのが火の『かぐつちの玉』、水の『くらみづはの玉』、そして闇の『くらおかみの玉』……その調和をもって光を成していたと。それが『核』とも呼んでいる玉……元々が三つありきだったのです。ただ火の神かぐつちが当初が差し出したのは、火の核玉だけ。二本目の刀、『争乱』は火の神かぐつちの意に反した物。でも鍛冶師はどうしても打たざるを得なかった……神の怒りを覚悟しながらも、少しでも緩和させようと、鍛冶師は刀を対にしようとして、水の玉を祀る刀を用意したので……かぐつちは水の玉を二本目に譲り、そして残った闇の玉も刀鍛冶に託しました」
「じゃぁ、そん時に三本目とやらもサッサと打っちまえばよかっただろうが?」
「刀鍛冶は約束を破った事を恥じて、二本目の刀を打った時点でその腕を切り落としていたと……それから『打てる者』も『素材』もなく、三つ目の玉は土御門の蔵の奥にあって、和馬様が持っていらっしゃったと。現在『終焉』は一本目の模擬刀として作ったモノですが、二本目『争乱』が打たれた時点で、三本を綯う事の必然を神が望んだと。それももともとは一本の剣。三本を一つにするため、和馬様はうろなでその時を待っていたのだと言っていました……』
「じゃ、何でおんまが持っていたモンがあの男の刀に……」
『三本目の刀にはかぐつちの玉を嵌めると決めた時、場所のないその『玉』を和馬様はおかぁさまに託したのです。おかぁさまが亡くなった時に宵乃宮の手に落ちたのではないかと』
私が幼い時は、確かに『創始』には『火』の玉が嵌っており、『闇』の玉は和馬が持っていておかぁさまに渡したと聞いただけで見た事は無かったとアキは付け加える。そして自分が切られた日には『闇』の玉が嵌っていた、と。
『私の祝福の為と偽って『火』と『水』の玉は宵乃宮から借り受け、そのまま私が海外に持ち出していました。あの時、おかぁさまが玉を全部持たせなかったのはリスクを分散するためかもしれませんが、宵乃宮が持つくらいなら私が持てばよかった……ただ、あの『闇の玉』からその力は感じないのが不思議なのですが。過去視ができればもう少し確かな事が言えたかも……』
彼女にも憶測でしか解けない部分に己の疑問と悔いを混ぜながら説明した。それから彼女はそっと賀川の握る刃先を見て、その柄に嵌る赤い玉まで目線を上げた。
『その『火』の玉は『終焉』と共に一時消えて。実体を持って『かぐつち』が私の下に来た時は驚いたのですが』
その体は賀川の親友『まことくん』を借りた物だ。不思議な現象を余り信じない賀川には理解しがたい一件ではあったが。
アキとタカとの会話を静かに聞いていた賀川が小さく口を開く。
「その、俺はよくわからないけれど、そもそもその『玉』って意味はあるんですか?」
おずおずと質問をした男に、赤い玉で止まっていた目線をアキはちらりと上げて、ため息をついた。
『神の力と意思を宿せる霊石、神剣の核なのよ。使い方を知る者はその恩恵を得る。だから巫女はかつて自分を守ってくれる刀守を案じ、その玉を持たせたほど。それが裏目に出るとは思っていなかったのでしょうけど。とにかく大切だからこそ、おかぁさまは私の祝福を行う為と宵乃宮から二つの玉を預かり、その隙に命をかけて私と『二つの玉』を共に宵乃宮から逃がしてくれたのよ。ちなみに『静子おかぁさま』は貴方の祖母にあたります』
そういうとアキは賀川から視線を反らす。タカは気付いていないが、賀川の耳にはアキの口調は賀川とタカに向ける時は若干違う事に気付いていた。余りいい感情をもって自分には話してくれていない……と。自分の質問が悪いのかもしれないと、口にはしなかったが。
「刀守ってぇ、葉子さんの母親かよ」
巫女を人柱まで育ててきた女達の筆頭は『刀森』を冠する。それは裾野の家を切り盛りする葉子の名字でもある。その息子、高馬が言いだすまで知らなかったが、賀川の母が結婚する前の名字であり、葉子とは姉妹だった。静子が秋姫を自分の子として連れて回っていた足跡は葉子が預けられていた『洞南園』で見つけており、知らない情報ではなかった。
それでも秋姫に肯定されると、その巡り合いに数奇なモノを感じざるを得ない。
「葉子さんと賀川のの母親が、アキヒメさんの言う『おかぁさま』か。彼女が『火』と『水』の玉をアキヒメさんに……じゃぁ今、宵乃宮が持っている『闇の玉』は……その、何てったっけえな? くらみづ、くらおか? いや、違ったな?」
タカは言いかけて腕を組むと、頭を捻る。
「えっと、kura、を、噛む?」
「ん~? 何か違ぇなぁ? 倉岡、だな。まぁ何にしてもしゃらくさい名ぁつけやがんなあ」
賀川もはっきりと覚えておらず、大の男二人が首をかしげている様子に、ここに来て初めてアキがクスリと笑った。花が咲いたようなほんわかとした笑顔はユキに似て、このまま彼女の笑顔が続けばいいとタカは思う。だが彼女は死者、この短い時間は幻、だからアキはすぐに微笑みを消した。
『本来、あの『玉』は『くらおかみ』の力、『闇』を宿します……水の女神『くらみづは』と共に生まれ出た双子神で神話では女神とされてますが、かぐつちは彼の事を自分の『兄弟神』と言っていました。そして春の雪解け、生と実りを約束する雨の『妹神』くらみづはとは対角にある、厳しい冬や氷を司る死の神がくらおかみだと』
アキは床の間に飾られた青い刀を見つめた。その視線はどこか遠い所を見ているようだった。
『この青い刀、『争乱』を刀流先輩は知っていました、言い伝えは途切れていたみたいで、宵乃宮とのつながりは知らなかったですけれど』
「ああ、先々代の爺ィが早くに亡くなった辺りでな。オレの親父も上にいた兄達を亡くして、なんとなく引き継いじまって、まぁ人目に触れさせちゃなんねぇとかその程度しか聞いてねぇ。刀流には小ィせぇ頃に見せてはある。こないだ水羽サンに『ウチのアレが絡んでるのか』って聞きゃあ、コイツを見た事があるからこそ、刀流は動いたんじゃないかって言いやがってた……な」
ユキの口を借りて『あんなとくちょうあるモノが、なにもかんけいなく別のものである方がふしぎじゃなぁい?』と宣う水羽を思いだしながらタカは言った。
『水羽?』
「その、だ、クラミヅハだか、な。バッタや子馬と違って、オレはやっぱ長げぇ名前は覚えらんねぇ」
『ユキちゃんはその水羽様……既に水神と共にあるのですね』
「ああ、オレら凡人には普段は見えはしねぇが、多分な。ユキは俺の娘として大切に預かってる。賀川のはユキを良く守ってくれている。後少しすりゃ、祝福ってぇのも受けさせてやれるんだ。そういや水羽サンはユキの口を借りて、確か……『争乱』『終焉』を『創始』と共に一つにして祀れってなコト言ってた。ただ人間達の奪い合いには関与しねぇって付け加えやがったがな。どうも難しくて要領を得ねぇ話だが、アキヒメさんならわかんじゃねぇか?」
それを聞いて安心したようにアキは再び表情を緩めた。
『ええ、私は過去見が出来る巫女ですから。そしてかつては少しなら未来も。だから『その為』にココに……やっと、やっとココに来れたわ』
「かつて? やっとだ?」
タカが疑問詞を上げたが、アキはそれを取り上げなかった。
『まだ話したいことはあるけれど、あまり時間がありません。まずは『刀』を。『争乱』を私に……前巫女ではありますが……返して下さい、前守りの民……前田の末裔として』
「前守りって、オレの事になんのか?」
『そう、『争乱』を宵乃宮の手に渡さぬように隠し守った民の事です。言霊をいただきたいのです』
「まぁアキヒメさんが言うなら、そりゃあ『構わねぇ』が……ことだま? ってぇどうすればいいんだ?」
『ええ。今の一言で大丈夫です』
かしゃり……青い刀の柄には濃紺の紐が巻かれており、鞘はなかった。アキは幻のような薄い影で先ほどは壁をすり抜けたが、刀に触れられるらしい。そっとそれを握り、持ち上げ、なれた仕草で手首を返し、タカの方へスルリと近寄って来る。
彼女の手に光る、賀川の赤い刃と対を成すかのような青い、水を湛えた深い湖の色をした刃。
タカの一族が守っていた『争乱』と呼ばれる刃は、暗くて光源の少ない部屋の中でも美しく淡い青の光を放つ。殆ど静かに二人の会話を聞いていた賀川には、彼女の握ったその刀が悲しげに鳴った気がした。
『おじさま。指を出して下さい。少しだけ血をいただきます……』
「あんまり深く切ってくれるなよ。この頃……齢のセイか傷の治りが遅くてな」
『ええ、これは夢ですから、この程度なら止まると思えば止まりますし、所有替えの為ですから一滴で十分です』
タカの指をその青い刀で僅かに切ると、落ちる血を刀に受ける。
『……今を持ってその刀の所有を我とす。その権利もて、新たなる鞘を神へ捧ぐ……この刀は三本ではなく、一つであるべきモノなのよ。そしてその『玉』も。我が力を継ぎし巫女の下で。コレは一つになるの』
「雪姫……の下で?」
賀川の疑問の言葉にアキは、
『でも、ね……ユキちゃんは別の夢の中に閉じ込めているから。今、ここで私が執り行うの。だから、さぁ、貴方も……』
「お、俺?」
『ええ、早く』
アキは急かすように、断る事は許さない口調で賀川にも指を出す様に促すと、タカにしたのと同じように指へ刃を滑らせる寸前で刀を止めた。
『ごめんなさい』
アキは静かに目を伏せた。
『私はずっと貴方に謝りたかったの…………ユキちゃんが配送員として貴方を連れて来た時から……ずっと』
「何を、俺に謝るんですか?」
そう聞きながら、ユキを初めて森で見た頃、目にはコンタクトを、髪は漆黒に染めていたのを賀川は思い出していた。どんよりと重く、あまりいいイメージがないのに目が離せなかった少女。ふわふわとワンピースを揺らし、森を歩く少女を。
『ごめんなさい……あの日の歌に私は嘘をつかない。何をもってしても娘を』
再び顔を上げた目の前のアキは、黒髪に染めたユキによく似ていると賀川は思った。それと同時に記憶の端を何かが掠めた気がした。
『その刀……『終焉』を作る為に……かぐつちの『玉』と同じ金属を作った事で、一人の少年が死んでしまう……それを知っていて尚、私は刀流先輩に金属を作らせ、土御門の和馬さまに『終焉』を打たせたのを後悔していない……貴方は死んだと聞いたのに……貴方がまだ生きてるなら『やる』しかないの』
そういいながら、握ったアキの刀が賀川の胸を深く貫いていた。美しい青の刃は豆腐でも刺したかのように抵抗なく賀川の体に入り込んだため、刺された痛みも苦しみも遅れて彼を襲った。
「な、ん、……で?」
「何しやがる、アキヒメさん! か、賀川のっ」
彼女が攻撃してくるなど予想もしていなかった賀川の赤い刀は防御にはならなかった。
何故、ユキの母親がこんな事をしてくるかわからない。
だいたい本当にこれがアキなのか定かでもないと賀川は思う。敵が作った幻と言う可能性も否定しきれなかった。
昨年十一月頭にユキの『幻』を見せられ、暴れた挙句に酷い事になった件もある。ただしその件は賀川の中では『曖昧』になるように仕向けられており、今の状態と比較できるほどの情報にはならなかったが。
「な、んで……で、すかっぁ」
肺に溢れる血が賀川の声を濁し、ごぼごぼと嫌な音と疑問符を吐いた。
『そう…………もし貴方が生きていたなら……ユキちゃんが傷つかない様に、私が『鞘』にすると決めていたの。それに貴方が『死ぬ』のは見せたくないから……もう自分の刀守が死ぬのを見るのは私だけでいいでしょう? さぁ、もうすぐ、彼が来るわ……』
ユキと似ているのに赤ではない……真っ黒な瞳に涙を浮かべては零し、零してはまた涙を浮かべるその貌を、賀川はどこかで『見た事がある』……そう感じる。
刺される瞬間に引っ張られた記憶の端が、微かに捲れるのを感じながら、アキはタカには聞こえない、賀川のみが拾える小さな声で言葉を突き付ける。
『貴方、本当にユキちゃんの事、好きと思っている? 違うわ、それは私が作った感情』
「な……」
『ユキちゃんを好きになったのは白髪で赤眼の姿を見た瞬間ではなかった?』
「あ……」
森の中に住む少女。あの目立つ姿を知る前から気にはなっていた。が、確かに『惚れた』と感じたのは、変装もせず、森の家で風邪をこじらせて倒れていた白い姿を見た瞬間だった。それ以降は彼女を見る度に過剰なまでの妄想を抱いた。他の誰にもそんな事はなかったのに。
誰と付き合っても、心の穴が埋まらないのに、彼女だけは違ったのは恋愛とは得てしてそんなモノだと、一目惚れとはそんな状態だとこじつけていたが。
『私はあの日の歌に呪を混ぜたのよ。ユキちゃん以外は誰も愛さぬよう。もしユキちゃんを傷つけるくらいなら、貴方が死ぬように。でも、私の視る未来は変わらなかった。貴方の愛はどこまで行っても偽りでしかないのよ』
「あの日、何を……雪、姫は……」
賀川は脱力と痛みから膝を付く。その体をタカに支えられた所で彼は意識を失った。
llllll
お読みいただきありがとうございます。




