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うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話  作者: 桜月りま
2014年1月1日夕方~二日朝

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悪夢中です3(賀川とアキ)

夢の中。

『ユキちゃんは元気? あれから……どのくらい時間が経っているのかしら?』

 アキは賀川の顔を見る事なく、一歩前に歩き出すと疑問を投げた。賀川は慌て気味にその背を追う。

「たぶんユキさんの前から貴女が消えてから一年半は経っています。現在いま、平成十四年の一月二日です。色々ありましたが、ユキさんは無事です。今はタカさん……その、刀流さんの父親が養父に」

 ユキの母親の前で雪姫と呼び捨てするには気恥ずかしいのか、賀川は前までの呼び方に戻しながら答える。アキは小さく、

『そう』

「お、俺もここに居候で住んでいて……」

『…………貴方……ユキちゃんの恋人にでもなった?』

「YE……です、ね。この前、その、やっと」

『……そう……こっち、よ』

 かつて使い慣れた英語の方が出そうになったのを辛うじて止めて答えを返すと、アキの返答おとに賀川は戸惑った。

 タカが養父になった、そして自分が恋人になった……アキの返事は二つとも『そう』と言う同じ言葉おとだった。しかし普通の者なら感づかない差異を、耳の良い賀川の聴覚は完全にとらえていた。

 養父の件は明らかな安堵を、そして付き合いだした話には拒否を。

 賀川には何故そのような返事なのか明確にはわからなかった。

 だが探す事もなく『欠点』は色々と考えられた。

 年が五歳以上も離れた男が、まだ未成年の娘の恋人になったというのは受け入れがたかっただろうか……とか、自分がいい育ちをしていない事とか……恋人などと生意気に頷かねばよかったのだろうかとも考える。もともと綺麗な過去を持っていない為に自己否定が多い賀川は、ドンヨリしながら歩いて行く。

 しかし彼女はその様子を気にするわけでもなく、階段を降り切った。そして地下座敷の扉を開ける事無く、立ち止まらず、すうっと通り抜ける。賀川は慌ててその姿を追う。

 いつものように茶室の入り口のように小さな扉を開いて屈んで通り、電気の付けられていない畳の部屋に入り込む。小さな扉を閉めて振り返った地下の鍛錬部屋ざしきはしんとしていて、隅にはお正月飾りとして餅などが供えられている。賀川は備え付けの小さな灯と夜目が効くおかげで難なくそれを見る事が出来た。

 賀川はタカに叩き込まれた礼儀としていつものように正座のまま道場へ一礼してから、一旦、側に置いた刀を握って立ち上がり、先に入り込んだアキの姿を探す……と言っても、天井は意外と高いが、ここは柔道の試合がギリギリ一組出来る程度のさほど広くはない空間だ。一目で部屋の片隅にある扉の前に立つアキの透けた姿を見る事が出来た。

 その扉の向こうにあるだろう部屋に、賀川は今まで踏み入った事がない。入った事はないが扉の大きさからして倉庫なのだろうと思ってはいた。が、何が入っているか怪しすぎてタカに問うたことはなかった。

 壁にはいつもと変わらず壁には棒切れや竹刀が何本か整然と立てかけてあり、地下室にあっても道場の空気は淀まず神聖で、冬の気配を含んで重くシン……としていた。

『我が声に従いて、ここにもう一人の守り人の魂、この夢に来たるを望む……』

 彼女はその空気を割るような凛とした声でそう呟くと振り返る。

 その顔は思いつめたようで、表情に落ちた暗い影をどこかで『見た事がある』と賀川は思った。黒髪と白髪の違いこそあれ、娘のユキに似ているからだろうか……そう考えていると、アキは後ろ手で扉を叩いた。コンコンという音はしなかったが、高周波の音が賀川には聞こえた。

「その、ここは誰も居ないと思いますし、入ろうにも鍵がかかってるんじゃぁ……」

 鍵がかかっていようといまいと、夢なら入れるのか? と、賀川が思案した。その時、カタリと音がして、思いがけず内側から扉が開く。重い扉は三層になっており、本来なら簡単に開かないと思われた。

「た、タカさん??? な、何で……」

「賀川の? それ言うならお前もだろがよ……ってぇ、お前ぇ音に敏感だったぁけぇな。さっき、ちいっとおかしな音がしやがったからな、来てみたんだが、お前ぇもそれが聞こえたのか? って、それにその赤い刀……で、この女は誰って……おい! 何でアキヒメさんが……」

『……お久しぶりです』

 ふわりと彼女は振り返るとタカに頭を下げる。

「い、生きていたのかよ! いや、っていうか、年取ってねぇように……」

『ええ、コレは『彼』の夢。彼にいたずらをした妖精の力が、私に出来る最後の機会をくれたのです。私が若く見えるなら、おじさまにとって『私』はそう認識されているってことです』

「ゆ、夢だあ? あ、ここは入るんじゃねぇよ、アキヒメさんっ!」

 タカにアキの姿は中学生の頃に息子を訪ねてきた、制服姿に見えていた。賀川が彼女に着衣を見なかったのは、その関心の低さ故にアキに対し印象が特になかったからだ。

 タカは驚きながらも横開きの扉を後ろ手に閉めようとする。しかしアキは静止も聞かずひらりと横を抜ける。その部屋は薄く明かりがついていて、道場と同じくらいの畳部屋が広がっていた。その部屋の奥には床の間があり、刀が飾ってあった。

「あ、青い刀??? な……何なんですか、あれは」

 賀川が目にしたその刀身は驚くほど青かった。薄明りの中の闇を映してまるで後ろが透けているのではないかと思わせる、青い刀。賀川が今握り締めている刀が激しい炎を映した物なら、その刀は空が映る湖を凝縮したかのような色合いをしていた。

 色は反対色だが、その二本の形や作りはよく似ている。ただ一つ大きく違うのは、賀川の柄には赤い炎を思わせる『玉』が仕込まれていたが、青い刀にはそれがなくただ夜の闇を湛えた空洞になっている事だった。賀川はクリスマスの折、ちらと見た宵乃宮の赤黒い刀を思い起こす。アレに嵌った『玉』は漆黒だった。

 賀川がその辺りまで考えている間、タカは口ごもり、ガリガリと頭を掻いた。

「この刀は、な……昔から代々ウチに伝わる刀だ。人目に付かぬよう……長く守ってきたもんだ。これは『神剣』だって、な」

 タカが宵乃宮の刀である赤い刀身の写真を見せた時、驚いていたのを賀川は覚えている。この青の刀を知った上で見たなら、なおさら驚いたろう。そう思えるほど特徴的な、金属とは思えないほど鮮やかな刃色。先ほどアキが現れる少し前に握っている刀が何かと共鳴したように感じたが、その正体はこの……きィっと、小さいながらも再び二つの刀が呼び合うような音を発しているのを賀川の耳は捉えており、そう推察した。



『神を諌めるために作られた『創始の刀』、神との約束を破り諍いを巻き起こした『争乱の刀』、総てを収める『終焉の刀』。我が力を継ぎし巫女の元にて全ては一つになるでしょう』



 アキの口から洩れる声は大きくもない。だが圧倒的に心へと染みる透明な歌。賀川は良すぎる耳の奥で『この歌声を聞いた事がある』と確信した。だがどこでそれを聞いたのか思い出せない。声の質はユキと似ているが、彼女は歌わない。歌わない様に母親から止められていると聞いた……賀川の疑問を置いたまま、アキは喋り出す。

『宵乃宮が持つのが、かぐつちとの約束の下に打たれた一本目の刀『創始』。『火神』の玉を納める為の最初の一振りです』

「うちのコレはやっぱ、関係あんのかよ? アキヒメさんよ」

『ええ。その青い刀の名は『争乱』。かぐつちとの約束を反故に、作られてしまった二本目の刀。神との約束を違えてしまった罪の形。鍛冶師はこの刀の存在が火の神を怒らせるのがわかってましたから。それ故、少しでもその矛先が緩む様にと、先に作った『創始』の対になるように、『水』の核玉を納められる刀としたのです』

 そこまで言った所で振り返ると賀川の刀を指さし、

『貴方が持つのが『終焉』。『創始』の『かぐつちの玉』を雛形に刀流先輩が作った金属で、『創始』を作った者の子孫である土御門の和馬様が打ち鍛えた三本目の刀』

「二本目の……ウチの刀に『玉』なんて嵌ってねぇぞ?」

「その刀に嵌る『水神の玉』は当時、巫女が自分を守る刀守の身を案じて渡してあったのです。だから『火神の玉』が嵌った『創始』を握った宵乃宮に、『争乱』までもが奪われないよう、当時の巫女が刀を『前守の民』に託した時、『玉』はそこに無かったのです』

 空洞になっているその穴に三人の視線は注がれた。

『青の『争乱』は『核』、玉がないまま隠されましたが、それから『二つの玉』は長き事、宵乃宮の手に……それ故、水神である『くらみづは』は巫女から、つまり宵乃宮から離れませんでした……巫女に慈しみをかけて下さった事もあってでしょうが……』

「ちょっと話が……まてよ、アキヒメさん。そのなんだってか? 巫女が刀守を案じて渡したって言ったな? そんで宵乃宮の手に『創始』と『火神の玉』、そして『水神の玉』が渡ったって事は……宵乃宮がその時の刀守を殺してそれらを奪ったって事なのか?」

『いいえ』

「じゃあどうやってだ? それにアイツの刀に嵌った漆黒の『玉』はナンだ? もしかしてうちの青刀……『争乱』に嵌ってたモノだってぇのか?」

 銀杏が舞い散る頃、森へ行き、結界を超えて篠生かぐつちに会った時、宵乃宮はぎょぎょを襲ってきた。その時に宵乃宮の刀を見たタカはそう尋ねたが、

『いいえ』

 彼女は再び首を振り、タカの言葉を否定した。

『私を逃がす時、おかぁさまは私と共に、かぐつちの『玉』だけでなく、くらみづはの『玉』も持ち出したのです。今、彼の下にあるのは本来、この三本目の刀に嵌るべき『くらおかみ』の『闇の玉』です』

「三本目の『玉』? そんなモンわざわざ用意する必要なんてねぇだろう?」

 タカは理解が出来ず、眉を寄せた。


lllllllllllll



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