悪夢中です2(賀川)
赤い刀。
平和を望み、それに答える為に火の神が所望した一人の刀鍛冶が打ち出す、最後の『一刀』。
だがその手が契約を破り、再び『一刀』を生み出した為、平和が長く続く事はなかった。
神剣と呼ばれた赤い刀は世を乱した為、それを憂いた者の手により巫女に捧げられた。
巫女はそれを慰め、平和が戻った。
しかしそれも長き時間は保たれず。
赤い刀と巫女が結びついて『人柱』となった時に生ずる『力』を人は欲するようになる。
その中、赤き刀と巫女を守ってきた『刀守』を掌握した『宵乃宮』は、巫女を人柱として昇華し、それを供物に闇を生きた。
その巫女の血を吸い続けた刀は何時しか黒くなった。
そんな中、神かぐつちの宿りし『核』と『巫女』が動き、刀鍛冶の末裔はその罪を拭える時を待つ。
時が来たと再び『一刀』を打ったのは、再び白き巫女が生まれる少し前の事。
「これは……」
篠生が自らの体に『刀』を突き刺したのを、賀川は覚えている。秋の銀杏が散る様が美しかったあの日の事だ。
あの瞬間、死んだのだと思ったが、無傷で生きていて面喰った……その後、どうやっても取り出せなかった刀が賀川のその手にあった。
神父の香取から手ほどきを受けても良くわからなかったが、自分の髪や腕を掴んでいるような、自分の体の一つと認識する形でそこに存在している。金属なのに熱を感じ、同じ血液が回っているかのような印象を持った。柄の端に嵌った石は、ユキの瞳を思い起こさせる澄んだ赤。これに火の神かぐつちが宿るという。しかし今、彼の神は賀川の親友であった篠生 誠の体にいて、ココにはいない……ようだ。
かぐつちが近くにいるならば、賀川はその左手に温度を感じるはずだが、今あるのは刀に共鳴するかのように上がった全身の体温だけ。
「うーん……」
そこまで観察した所で賀川は首を傾げた。
折角取り出せたは良いものの、これ以上はどうしていいかわからない。これまで神父の香取に指導されて何度も形にしようと思ったのに、一度も出来た事はなかった。
それが急に出来ても、今それを伝えるには深夜すぎて、起こしてまで話す事かとためらわれる。いや、神父は今、この家の周りの警護をしているだろうから、探せば話に付き合ってくれるかもしれない。
「ーん……」
賀川はベッドに腰かけたまま、更にかくりと深く首を傾げた。
彼は刀の使い手でも何でもなかった。銃の取り扱いはかつて慣れていたし、警棒やナイフなどは天使の盾で『制圧』の際に使う為の訓練を積んではいたが、日本刀は守備外。少しだけ義兄に習って模擬刀を振り回しはじめたばかりだ。基本は素人に刀で攻撃など短時間に教えても無駄だからと、防御と刀を握る筋肉の強化を図っている。
ただ本人は気付いていないが、筋は悪くないと魚沼は見ている。それでも修行を重ねて行けばと言う話であり、一朝一夕で使い手になれるわけもない。
美術品として綺麗だな、とは思うが、物騒この上ない事は結構な割合で知らず知らずに非常識である賀川にもわかる。日本では銃刀法違反だ、本国でもそこそこ規制があった。
「敵が目の前に居るならまだしも、普段こんな物を部屋に放置しておくわけにもいかないし……」
だからと言って持って歩けば警察沙汰だ。元のように見えなくしたいが、自分の体に刺すなど自殺行為。現に指を這わせれば血が滲んだ。
「まぁ朝になれば、神父も探しやすいし、どうにかしてくれるだろ……」
深夜である事うんぬんよりも、どうにもユキにベタベタしすぎの香取を賀川は好きになれなかった。出来れば会いたくないし、ユキには会わせたくないほどだ。
が、子馬がいない以上、理解できない不思議な現象に対して頼れる所は他にない。篠生に言えばまた刺してきそうで恐ろしく、だからと言ってこの程度で情報屋の小悪魔……に聞くなどありえない……また名前が思い出せなくなったヤツの事を考えただけで背筋を走った寒気をやり過ごして溜息をつく。
ヤツを『薔薇色の妖精』とユキは呼んだが……絶対に違うだろっっと賀川は思う。あの時、彼に貰った『動画』も、この刀も……完全に持て余している賀川はこめかみを押さえて頭を軽く振った。
そう言えば……と、賀川は自分が寝付く前、赤薔薇の彼に貰った動画を見ていたのを思い出した。自室で開いたノートパソコンの画面に何の前触れもなく流れ出したのは、恋人には見せられないアダルトなモノだった。誰もいない部屋だと言うのに、賀川が慌ててパンっと勢いよく畳んでしまう程の、無修正の内容。
「何だよ、これ……雪姫と見なくてよかった……」
戸惑った賀川が冷静になってから気付いたのは、映っていた女が知った者だという事だった。
そこに映っていた女の名は『撫子』。
アリスが目を奪われた際、敵であるのに手を貸してくれた女。この時に手を貸してくれていた白髪青瞳のレディフィルドと彼女は短い時間だが関わった。しかし花が枯れる時を知るように撫子は自ら命を閉ざした。
彼は『動画』をくれながら、
『『撫子』って娘を後ろで操ってた『まなぎ』って男と、その部下の『田中』。それに撫子が居た場所が空席になった(あいた)事でそこに座った『薫』って娘について、かな?』
と、言った。
かつての体験もあり、賀川は撫子が穢される姿を正視できず飛ばした。その後に続いたのは、同じ男が別の女と睦んでいる姿……多分この別の女の名が『薫』というのだろう。それも飛ばすと出てきたのは、ピンク色に染めた髪が特徴的なひょろりとしたキリンのような男、田中が真顔で何かを切り付けている様子だった。
どれもこれも賀川が正視できないのはわかっていたのか、注釈の文章が最後に貼り付けてあった。
『『薫』と『まなぎ』が交わり出したのは、日付からして撫子が亡くなった後』
『薫の仕事は宵乃宮付の執事係。普段、まなぎの補佐をしている様子は全くない』
『薫はまなぎを拒否していたが、急に反抗を止め、大人しく腕に収まっているのを見た者がいる』
『フィル君が、撫子も『操られていたようだ』と報告を上げている。総合して、この男は間違いなく『人が操れる』。しかしその条件や発動は不明』
『ピンク色の『田中』が刺しているのは、偽巫女と呼ばれる実験体』
見た後にどっと襲った疲れ。タカに使用を許されてからは寝る間も惜しんで楽しみにしているピアノを弾く元気もなく、流されるように眠り……その賀川が見たのは気色の悪い夢……
「最後の報告だけくれればいいモノを……人が悪すぎるだろ。あんなもの見せるから変な夢を見たんだ。どこからこんなもの……」
変な夢、の内容は一切覚えていないが。とりあえず勝手に結論付けながら、賀川は天井を仰ぐように見て、一人、呟く。
泥のように眠っていたのだろうか、起き抜けにはどんよりと残っていた特有の疲れもどこかへ消え、更に目も冴えてしまった。ピアノを弾きに行こうかとも思ったが、刀を放置できず、彼は地下の座敷に向かう。
まだ、真剣を持つのは早いと魚沼に怒られそうはあったが、己が身から出た物。誰もいない所なら少しくらい振り回した所で、構わないだろうと考えたのだった。
何せ抜き身の刃、床に擦らないよう慎重に歩を進め、地下への階段を下りていく。
その途中、賀川は『影』が来るのを見て咄嗟に聴覚を絞る。微かに悪寒が走る音が冷たい夜の空気を裂く。誰も起きてこないのはそれが本来人間には聞き取れない周波数にあるからだった。
「敵? レディフィルドのとは違う……」
賀川にとって怪音波とも言えるレディフィルドの笛は『死神の鎌』。だが、今響いているのは『誰かが泣いている』と感じられた。それも少し不快はあるが、聴覚で聞けない程ではない。それはどこか物悲しく、誰かを呼んでいるように賀川には感じ取れる。
「この刀を呼んでる?」
カタカタと刃が震えているのに気付き、その鳴き声と共鳴したかと思われた時、急激に音が高まり、
『皆に眠りを……安らかな朝を迎えるまでの一時を……』
「っ!」
誰かの呟きを聞いた賀川の目の前に一人の女性が佇んでいた。
愛しい雪姫に似た面差し……数年前、彼女の住んでいた森の家に一緒に居た女性、母親の秋姫だとすぐにわかった。刀の音は何事もなかったかのように消えていた。
「生きていたのですか!?」
そして今まで何もいなかった空間に人が現れるなど、非常識。まして賀川は不思議な事が現実に起こるのを認めているタイプではない。けれど、彼の口からその言葉は自然と吐き出され、音になる。その声の後に賀川の視線が泳いだのは、アキの姿はホログラムのように透けた影で局部ははっきりしないものの、衣服をまとわない姿だったからだ。体形はユキに似ており、正視するには気恥ずかしすぎた。
彼女は賀川の戸惑いに気付いたのか、軽く目を伏せ、首を振る仕草をすると、柄のない白いワンピース姿に変わる。そうしながら、賀川の言葉にさらりと返事をした。
『今の私は悪戯な妖精がかけた、微かなイタズラが見せているだけ。私はもうこの世にはいないの。ここは貴方の夢の中。それでもこうやって貴方の前に姿を現せたのだとしたら……きっと執念なのかもしれないわ』
死んだ人間の幻?
賀川には信じられない世界だったが、今見えているモノを否定しても始まらない。ただ、この現実にしか思えない今の状況が夢とはなかなか思えないし、逆に夢なら死んだ者が目の前に居た所でなんら問題もないのかと思わなくもなかった。
「どうして俺の夢に?」
賀川の頭の中はけっして整理が付いた状態ではなかったが、一番の違和感を口にする。こうやって夢の中であろうと姿を見せられるならば、一運送屋である自分の前にではなく娘のユキの所に行くのが筋ではなかろうかと。
『私はその『刃』に最後の力を残したから、貴方の夢には来れるってコト』
「……はぁ」
『難しいかしら? だから、不思議な事っていうのは無秩序に起きるのではないのよ? たぶん法則があるの。でもその法則までを扱い知るのは限られたモノだけ。例えば私は夢によって、過去を良く見たわ。そしてごく稀に未来も。でも、好きなように見れるわけじゃなかったし、それでも何故見れるのかと言えば、巫女だから、なのよ。それは魚が何故、水中で呼吸が出来るのか、鳥が何故、空を飛べるのか……その程度の事よ。ねえ、こっちへ来てくれるかしら?』
彼女は賀川の疑問に対して答えたが、納得したような、しないような説明だった。彼女の言葉が確かなら、目が覚めたと思ったのは間違いで、コレもまた夢なのか? と、賀川は混乱しながらも、現実にしか見えない地下への階段を降りて行った。
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『キラキラを探して〜うろな町散歩〜』(小藍様)
http://book1.adouzi.eu.org/n7439br/
薔薇色の小悪魔君
レディフィルド君
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