30日補足2【悪役企画】
暫し、年明け前の会議中……
手塚とライ、そして余波のグループの者が席を立ったのを皮切りに、鏨がするりと部屋を抜けた。更に薫が目線で宵乃宮に了解を取り、松葉姉妹三人が座を離れた。人の少なくなった室内で宵乃宮は展開していた地図を消し、声をかける。
「教授が成功し、前田が途絶え、あの刀森が消えれば、私の『祈願』は達成されますか? 黒雪。何か新しい『未来』は見えましたか?」
「まだそのさきは……あまり見れていないの、みやさま。っと……まだかわってはいないみたい」
宵乃宮の後ろ、部屋の片隅に置かれた特製の車椅子の座面を倒され、半分寝たような態勢にされた少女、黒雪姫が言葉を返す。目には濃い色のバイザーがかけられ、その表情はわからない。彼女が眼前にある画面に手をふれるとソフトが起動し、画像が展開された。一見実写に近い、豪華な3Dグラフィック。
それは自分が見た夢を画像にする能力。黒雪姫の夢は『過去見』と『先見』であり、夏の前に入院していたユキから採取された血液やいろんな物が彼女の中で合わさり、映像にするという力となっていた。
映像内には白髪の少女がいて、その後ろには二人の少年が視える。白髪の少女は眼も赤く、一見、ユキに見えた。しかしその後ろに居る女性の方も白髪に赤い瞳。少し年を取ってはいたが、後ろに居る女性こそが黒雪姫が見た未来のユキで、幸せそうに微笑んでいた。
そこに居る少年の一人は身長が低く、分厚いレンズの眼鏡をしていた。彼の胸には『魚沼 銀之助』と名札が付いていた。もう一人はとても長身で詰襟の制服を着ている。前者は不機嫌そうにしており、後者は暗い雰囲気を漂わせていたが、少女が微笑むと二人とも頬を緩めた。
「まだ、変わらないのですね」
宵乃宮は黒雪姫の横に近寄ると、憎々しそうにその画像を見つめた。
「この日本が現存し、三代目の白巫女、更に刀守候補があの家に居る、こんな未来は……」
画面を殴りかけたが、黒雪姫の側に居た女性が口を挟む。
「ねえ、ソレ壊したら何か事態が変わるのかしら? そうやって腹が立つと衝動的に無駄な事をするって行動は幾つになっても変わらないのかしら?」
長きを生きた存在でありながらと揶揄する内容が入っていたが、彼は言い返さず手を引いた。それを見ながら、彼女は長身の方の少年を指さす。
「教授の作戦が成功して、前田と葉子が死ねば、こっちの子は『育成』されないのよね? カッパ弁護士は現刀守の師匠になって邪魔すると言うのだから、また機会を見て襲えば、こっちの『ミニカッパ』も『生産』されないでしょう。番の女を殺ってもいいんじゃない? それか産ませた後に子を攫って刀守をこちらのコマに育てるのもいいし……悪い方に考えずに、現実で『成果』が出たら、また占ってみればいいわ」
「……占いではありません、コレはれっきとした未来。変えるべき、壊すべき、そして果たされない未来」
宵乃宮の暴挙を止めた女は、柔らかな髪を結わえた後頭部のリボンを揺らし、
「未来が視えるなんて非科学的だけど。黒雪は科学の賜物なのだから、研究するのも楽しそうね。けど何より先に私は『T』を手に入れたいわ」
彼女は薬剤師、山田 紗々樹。
リーゼントが自慢のゲーマー兼フリースクール主催の鈴木 寿々樹の実姉。名字が違うのは彼らの親が離婚した都合で、そのお陰で寿々樹は名字と名の音が同じというおかしな名となっている。この姉弟はタカの仲間の一人である女医、鈴木 八雲の遠縁。
恋人を失って、自らが作った薬の研究に没頭しすぎた女。
彼女の作った強すぎる薬剤の被験者として、幼い賀川は使われていた事がある。それ故、賀川の忌まわしい過去に呼ばれていた番号、『T』と呼んだ。彼は彼女の薬を滴下されて、存命しているただ一人の『マウス』。
それは賀川が知らぬ所で、正常な感覚を持つよう八雲が影ながら操作し、まこと君の願いによるかぐつちの加護を受けているおかげ、いろんな要素が絡んで彼の存在はあった。
それでも人間として常識外れの破壊力を持つ『ラッシー』が撃てる事や、腕を折り、足を捻じ曲げても一時的ながら痛みを感じない体など、まだ紗々樹の薬の支配下にある事が幸か不幸か賀川を生かしていた。
「いずれ、あの男の体は紗々樹に持ち帰りますよ。それで白巫女を完全な人柱に……」
「あ、あああ、みやさま。あきの、アキのみこさまがみえます」
宵乃宮の言葉を遮るように黒雪姫が細く声を上げた。
「アキの巫女? 過去ですか?」
「いえ、みらい、ちかい……」
「やはりどこかに『意志』を残していたのですね。出現はいつだと言うのです?」
二人が話している間に画面が揺れ、別の映像を映し出す。だが黒雪姫は苦し気に息を吐き始め、声が途絶える。先ほどに比べると画像が荒く、暗い。黒髪の女性が何かを話しているようだが、漫然と眺めた風景のようで、輪郭がはっきりしない。
「初めてのモノですね。安定していない……もっと鮮明に出来ますか? 紗々樹」
「壊れてもいいのかしら? この個体は、元議員の孫役でしょ?」
「構いません。有益な情報なら。役はともかく、予言系の生物は貴重ですが、今、必要な物が取れなくて、何の為の偽巫女です?」
「そう? なら、やってみるわ。そこ、Y-3のアンプル用意して」
「やめ……いや、あぁぁぁあぁーー」
黒雪姫がその言葉に身じろぎした。が、紗々樹の指で操作されると特製の車椅子は黒雪姫の手足をベルトで拘束し、逃げる事は叶わない。いや、もともと動き回るような筋肉を彼女の体は持ち合わせていない。それでも暴れる者に針を指すのは骨が折れるのだ。
紗々樹は用意させた怪しげな薬剤を、迷う事無く黒雪姫の細い腕に注射した。
途端、小さな体はビクリと跳ねあがり、奇声を上げた。その上、口や耳から血が零れ落ち始める。
それでも構わず薬剤はその体に何本も投与される。紗々樹の手伝いとして側に居た白衣の者達が口をこじ開け、痙攣で舌を噛まぬように呼吸を確保したが、映像はすぐに立ち消え、黒雪姫はぐったりと弛緩した。
「彼女以外に二人誰かいるようですね」
「そうね、誰かしら?」
血の涙を零す瞳はバイザーで隠されていたが、幼子が苦しんでいる様は普通の精神を持ち合わせた者ならば正視に耐えない。だがココに真面な心を持った者などただの一人も居合わせてはいなかった。微かに鮮明になった画像から人影を読み解く事に必死になっていた。
そして宵乃宮は映像が消えた事に舌打ちをしたが、紗々樹は嬉しそうに笑って、
「彼女の見ていたのは向こう一週間くらいよ。そうね、半日ほど待ってくれるかしら? 正確な時間帯を割り出すから。ああ、座標は……巫女の家ね。母親だもの、白巫女に会いに来たのじゃないの?」
「そう予測できますね。では時間の割り出し、お願いしますよ。それから紗々樹、まだこの黒雪は使えますか?」
「まだ心臓は動いてるから安定させる方向で様子は見ておくけど。抜田の孫って扱いもあるから、この個体には生かす価値はあるし。ただね、私は薬の扱いが得意なだけで、コレで黒雪のストックは最後だし、そろそろ複製制作や管理は誰か専任を探すべきよ。『言音』が介護はするからまぁいいけれど」
「偽巫女用の専任はなかなか居ついてくれなくて、人材が揃わず迷惑をかけます。生命維持系の機械は手塚に聞けば手に入るでしょう。とりあえず連れて行って修理してみて下さい。もし間に合えばもう一度、今の時間を覗くように」
一度見た『未来』の『地点』は最初よりもはっきり、負荷が少なく覗けるという特色を知っていた宵乃宮がそう告げた。だがこの後、黒雪姫が紗々樹達の前で目覚めるのに一週間以上を要したため、その時間がどのように動くのか誰も知らぬまま自体は進む事になる。
「後、その日に合わせて、その『言音』は使えますか? ただの介護係ではないのでね」
「誰が行くの? 言音は……」
「私が行きますよ」
宵乃宮が答える。
「アキの巫女には借りがたくさんありますから」
「あら? 生身で行くのは懲りた?」
宵乃宮は去るクリスマス、ユキを手に入れ、賀川を殺して人柱を完成してしまおうと目論んだ。その時、ユキは抵抗して、海の家の五女、汐から贈られたヒイラギの枝を振り回して抵抗した。宵乃宮はそれを取るに足りないとまともに避けなかったのだ。しかしその刀で切り裂いた枝先に、密かに宿っていた蟻が宵乃宮に取り付いて顔を噛んで傷つけた。
ヒイラギを送った汐と言う少女も『力』を持っていたからか、ユキが想いを込めて振り回したからか判然とはしないが、小さな噛み傷が数日経った今も治りきれず、膿んでしまい、眼帯が手放せない姿となっていた。
もともと幼いアキがこの組織から『核』を持って逃げた折、宵乃宮は傷を受けて、それを回復させるのに刀守や残った巫女やそのクローンを喰ったが、完全回復できずに行動が制限されていた。そしてTOKISADAの家電に刀流の考案した赤いネジが使われるようになり、かすかに発する磁気のようなものが宵乃宮の回復を遅らせ、アキやユキの居場所を探らせないジャミングの役割を果たしていた。
何年もかけてやっと回復し、刀流の墓参りにと出て来たアキを歯牙に捉えかけたものの、人柱としては殆ど還元できず、奪おうとしたユキの祝福も一時的に散らされ、その際も傷を受けていた。
「夢の中は意志が強ければ……というけど、それも程度ものだし? それなりの攻撃を受ければ、肉体まで傷を負う事になるけど?」
「その為に偽巫女を連れて行きます」
「そう。わかったわ。言音を調整しとくわね。それから黒雪姫の世話も一応しておくわ」
宵乃宮の視線が鋭くなったのに気づいて、紗々樹はソレを避ける様に会話を済ますと、車椅子ごと黒雪姫を連れて部屋を出て行く。
そのすれ違いで松葉の長女、薫が戻る。彼女は今、黒雪が見た『未来』を紗々樹から簡潔に説明を受け、宵乃宮の側に片膝をついた。
「宮様、私もその日のお手伝いを?」
「いえ、薫は手塚の資金融資を早急にお願いします。言音を使う時、偽巫女を三十体ほど連れて行きます。紗々樹と共に用意は頼めますか? まなぎ」
「お体の方、大丈夫ですか? 良かったらコレを宵乃宮様に」
黙って座っていた、早束まなぎは白い布切れを薫に渡した。
「……どうぞ、ご検分下さい」
薫は自分でも危険がないかを確認した上、それを宵乃宮に渡す。彼は頷き、薫に戻す。彼女は失礼しますと言ってから、今まで宵乃宮の傷を覆っていた布を取り換え始めた。
まなぎに貰った布きれを当てて手際よく手当てをする薫は男物のスーツを着込んでいた。服は男装で、笑う事もなく感情の薄い口調だったが、見目の良い女性。
「本当に忌々しい……たった一本のネジで。たった一匹の蟻ごときで……」
薫はそう呟く宵乃宮の醜く歪む頬に怯む事もない。滲む血を布で包む様に抑えて手当していく。
ヒイラギに宿った蟻がつけた傷が深く膿んで治らず、もともとの火傷と重なり、ソレが視える者には酷い様相をになっているのを視覚化出来た。
ユキが個人的に虫が嫌いであろうが、『自然』に生きているモノ達に取って巫女は宝。蟻の行動はその全勢力でユキを守ろうとしている証拠だった。
薫が処置し終わると、何らかの効能があるのか、宵乃宮の眉間に始終浮かんでいた皺がわずかに緩まる。
「……準備がイイですね。この包帯は?」
「はい、治癒系の力を田中に組ませてあります」
制作者田中の本意ではないが、宵乃宮は彼を早束まなぎの部下と認識している。
見た者を不快にさせる派手なピンク色に染めた男が作る細工物の多くが、彼が持つ独特の花の芳香を宿している。魔力を持つ者にとっては耐え難い程の品もあるが、その布類は洗浄でも施してあるのか無臭であった。それでも彼が好む薔薇の織模様がその存在をアピールしていた。
宵乃宮は痛みが飛んだのか、やや相互を崩したかのような口調で、
「もし今日、家主と刀守の女を殺れたなら、警戒が強くなって守りは強固になっているでしょうが……言音なら、門を通過する事無くあの家の『夢』に入れるでしょう……どこで使おうかと思っていましたが、アキの巫女には挨拶をしないと」
「……了解しました。では」
「そう言えば……まなぎ。撫子を完全にロストしたそうですね」
部屋を出て行こうとしたまなぎに宵乃宮が声をかける。指にはめた赤い指輪をいじりながらも、平静を装っていた彼だったが、宵乃宮に彼女の名を出されて振り返ると目を眇めた。
いずれこの30日裏側は30日終了辺りに移動させるかもしれません
『以下11名:悪役キャラ提供企画より』
『早束 まなぎ』
『松葉 薫(長女)』
『松葉 紫雨(三女)』
『鏨』
とにあ様より
『田中』
さーしぇ様より
『木曽 撫子』
YL様より
『松葉 奈保(次女)』
パッセロ様より
『余波教授』
アッキ様より
『三鶴見 ライ』
『黒雪姫』
『言音』
小藍様より
お借りいたしました。
問題があればお知らせください。




