子馬5(12月30日)
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大きな肉の塊…
三人称です。
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「とけるのに、半日はかかるかもしれないな」
「大きいのは図体だけにしておけば」
そんな囁きが聞かれる。
殺してしまったなら、片づけるしかない。大きな肉塊にもうかけるべき言葉など何もない。
「片づけたらココを出て、山荘に……」
その時になって鴉古谷は不格好な巨大ソーセージか、出来の悪いグローブを思わせる企画外の指がピクリと動いたのを見た。
「こいつ……」
この生きているのか……だが恐れる事はないと鴉古谷は思う。
巨体は鎖で縛られており、部屋には能力を制御する陣が引いてある。腕には何より田中と言う男が作った魔力吸引の力を持った金色の薔薇腕輪が装着されていた。
鴉古谷自身の攻撃力は低いが、後ろにいる一課の猛者達は素手でも鉄板を砕く者もいる。術の使えない部屋であるし、鎖に捕らわれ瀕死の男に負けようはずはない。
「っ! 離れろっ」
それでも嫌な予感がした鴉古谷が叫ぶ。しかしその命令が功を奏す事はなかった。
ぎゃあああああああああっ、としか書きようのない阿鼻叫喚が響く。叫ぶ間もなく無言でバタバタと倒れていく者達……鴉古谷は反射的に飛び上がり逃げようとしたが、自然に地面に引き寄せられ、激しい痛みに狂う。目の前が真っ白になり、気付いた時には地面に倒れ伏していた。
体に残る痺れで、地面に電流が走ってそのクローン力に引っ張られ、感電したのだと認識する。濡れた地面に電流。意識を失えなかった者達の口からただただ呻きが響き渡る。
雷……これほどの凶器は存在しないかのような地獄絵図だった。
「酷いよ……あんな高い所から落とすなんて」
大量のヒトが倒れて苦しむ中、部屋の中心で倒れていた大男、子馬が逆にむっくり上半身を起こした。水濡れに血塗れで起き上がるその姿は、雷電を受けて尚、意識のある者達を戦慄させる凄味があった。その彼を中心に地面にはシダ植物が取り巻いたような模様が浮かび上がっていた。
「やっぱり危ないね、雷って。俺に落としたから、皆は直電撃ではなかったはずだけど。ごめんね。自分でどうにかしなきゃカッコ悪いからってやってみたんだけれど。それにしてもこれ、すごく匂う……」
その手を拘束していた金の腕輪にはヒビが入っており、引っ張ると完全に壊れた。それを遠目の水溜りに投げ捨てた。
その腕輪は普通の者を拘束するには十分な強度がある。子馬にもすぐに壊せないほどの堅牢さが。だがこの男を長時間拘束し、吊り下げておくには少々無理があったようだ。子馬の体重と馬鹿がつくほどの非常識な腕力によって時間をかけて生じさせたヒビにより、腕輪に力を吸い取られる事が無くなった。更に水に浸かる事で強烈な匂いの酔いから解放された。
力を取り戻した子馬は、体の丈夫さを盾に水中で呼吸を我慢して死体を装っていた。危うく本当に死ぬかと思った時、『本当に死にかけてどうするの』と突っ込んできた、この部屋に流れ込む水の精と『契約』。おかげで何とか生きながらえ、水が抜かれて皆が近づいてきた所で強力な電流を部屋いっぱいに放ったのだった。
床の模様は子馬を中心に雷の花が開いた様子が浮かび上がった物。
「息止めてたらほんとに死にかけちゃった。笑えない所だったよ」
「な、ぜ、だ。何故、この部屋で力が使えた……」
皆の呻き声と焼き焦げた酷い匂いの中、鴉古谷は何とか声を絞り出した。
確かに腕輪による力の吸引はなくとも、この部屋に刻まれた陣は鬼道の構成を阻害する。子馬はポリポリと頭を掻き、
「今ここの水の精とも契約したけど。俺の使う雷はさ、俺自身の力、……陰陽鬼道じゃないんだ」
「なん、だと」
「体の中にいるんだよ。雷の精がね、二人ほど。それに頼むと、勝手に俺の力を使って放電するんだよね。この部屋で能力者が歩いたり呼吸したりまでができなくなるわけじゃない。ほら鴉古谷さんだって、陣があっても跳べるよね? 雷の精が雷として存在して俺の力を消費して雷を落とした、それだけだよ。でも鬼道と合わせて制御して使えなかったから、死んじゃったヒト居ないと良いけど」
子供のように屈託なく、にっこりと笑う。油断していたとはいえ、機動力の一つも見せぬまま、一瞬で完全に無力化してしまった一課を眺めやる。
「大丈夫? まだやる気の人もいるみたいだけど」
雷は監視部屋にも影響を与えていた。狙撃用の銃も壁に埋め込まれていたが、それは電動であった為、完全に動きを止めている。まだこのフロアに降りて来ていない者達は子馬を抑えようと考えたが、制御を離れた雷電が作った地獄部屋にすぐに踏み込める者はいない。水で濡れた地面に逃げ場はなく、電流は飛翔した者さえ引き寄せ、叩き落とす。
狙撃に覚えがある者も、銃自体に雷を落とされれば命はない。子馬の起こす雷は、基本的に自然に起こった物と同じに、電圧も電流も恐ろしい数値を刻む。雷専用の防護服も子馬の雷電を完全に無効化できる保証はどこにもなかった。
鴉古谷が転がったまま天井を見上げれば、鎖伝いにそこにも雷が走った模様が残っている。
それはこの部屋が完全に子馬の為に敷かれたフィールドになっている事を示していた。
「流石、雷神鬼と呼ばれるだけあるという事か……おま、え。いつか後悔するぞ。僕と組まなかった事を……こんな力の持ち主を政府が野放しにはしない。いつか駆逐されるか、一課にランクA以上として利用される日が来る。いや、きっとそれじゃ済まないぞ……一族の者にすら疎まれるとは考えないのか」
「後悔なら何かしら毎日してた。けれど今、俺は海さんが居ればいいんだ……彼女の側で平凡に仕事をこなすだけだよ。それに俺なんか御爺や伯父貴達に比べたらまだ全然及ばないしね。生まれた時から殆ど普通の人間ばかりの中で育ったんだ。だから色々トロくて。父親が死んで、急に土御門に入って。でも俺……だいたい当主の座なんか土御門を守ってくれる人がいるならすぐに譲ってもイイんだけど……欲しいって言うヒトは私物化傾向強くて、譲りたいってヒトは避けるし……当主なんてまともにやったらただの中間管理職なんだよ? 結構嫌がられる仕事なんだよねぇ」
厳つい顔に似合わない謙虚さと嫌味を感じない笑いに鴉古谷は呆然とする。
子馬の父親である和馬と鴉古谷の父親ミゾレはかつて相棒だった。
ミゾレは和馬の事を敬い、そして大切な人と呼んだ。だがそれがネジ曲がり、再び通じ合えた瞬間に和馬は死んで、子馬は土御門で生きる事を強いられた。
追うようにミゾレも死に、宵乃宮の元で、恨みを募らせながら鴉古谷は生きてきた。
どちらも父親が亡くなり、自分の意志ではなく強制的に決まったレールを走ってきた二人だった。鴉古谷は呟く。
「お前も何も知らないままだという事は僕と変わらない、か。もし……父さん達が生きていて、お前と違った出会いをしていたら何か変わっていたか?」
「それはどういう……」
その言葉に返事しようとした時、フロア前の階段や、上階にある監視室から悲鳴に近い声が響く。
「逃げろっ! 二課と友禅だっ」
その様子を見た鴉古谷が細く囁く。
「潮時、だな……宵乃宮は離れ、一課ももう……復讐も的違い…………僕も終わり、か」
「鴉古谷さん、このまま降参を……」
「今までの事は全て、僕の指示だ。一課の皆は何も悪くない。ただ少しだけ皆、快適に生きたかっただけ」
鴉古谷が腕の力と痛めていない足の力を駆使し、仰向けに寝た姿勢のまま驚異的な身体能力で跳び上がる。そして一番近い壁に九十度に張り付くと、脚首に力を溜め込むようにして一気に子馬へ飛び掛かってくる。構え握ったバタフライナイフが煌めく。
「死ね! 土御門っ」
この室内は雷の配下にある。その光をナイフに落とせば、瞬時に鴉古谷を焼き焦がせた。だが加減のできないこの場所で直電撃を浴びせるのは男の即死を意味していた。いや、一度目の容赦のない電撃で既に内臓や脳にはかなりの負担がかかっている。あんな動きが出来る事自体が子馬には驚きだった。
「もう止めようよっ、鴉古谷さんっ!」
子馬は叫ぶが、落下に任せたスピードと傾斜角度から得られるスピードは止められるものではなかった。手は外したものの、まだ足を縛られたままの子馬の機動力は低かった。
「っ……何をしているっ。敵を前にしたら非情になれとあれほどっ。土壁の守!」
「マズイねぇ」
土御門の中でもすこぶる体格の良い男と、豪華な着物を羽織った女が扉の向こうで言うのが聞こえた。
女の手から煌びやかな帯が伸びて鴉古谷の首を狙い、子馬の前に畳をひっくり返したような土壁が盛り上がる。
「違う、俺じゃないっ」
鴉古谷の首に帯が絡み、子馬の前に立ちはだかった壁は厚く、ナイフは子馬に届かない。
だが子馬には、そのナイフの柄を返し、刃を自分の心臓に向けて、暗い表情なしに鮮やかに笑う鴉古谷を見た。
「これで雫と父さんに会える」
と。
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『キラキラを探して〜うろな町散歩〜』(小藍様)
http://book1.adouzi.eu.org/n7439br/
海さん(イメージ)
『以下2名:悪役キャラ提供企画より』
『鴉古谷 雫』パッセロ様より
『田中』さーしぇ様より
以下二人は、雫の家族として創作
『鴉古谷 霙』(父)
『鴉古谷 泉』(兄)
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