過去です(おんま)
三人称。
伏せられた会話。
ある事故の死者について
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巨大な鬼のような男の体が、人間では到底支える事の出来ない重量のコンクリートの屋根を抱えて仁王立ちしていた。
これはもうずいぶん昔。当時五歳だった少年が二十歳になるくらい前の話。
ここはある建物の建設中、屋根が崩落した直後の現場だった。その屋根を支えるのに土御門 和馬、タカからおんまと呼ばれた親友が立ち尽くす。彼は屋根になるはずだった鉄骨入りのコンクリートを支えて気張っていた。
そこココで叫び声や怒声が上がる中、埃にまみれて歯を食いしばりながらも口の端を上げて笑い立つその柱のような男の姿は地獄絵図のごとく恐ろしい。だが、彼が柱になっているからこそ、這い出られた事実に気付いた者は、人間にはあり得ない奇跡の剛腕に驚く。そして一目散に安全圏に逃げようとする者もいれば、礼を口走る者もいた。
「あ、ありがとよ、あんちゃん」
「に、げて……ここから。早く……逃げるんだ、ココは危ない……からぁっ」
「逃げろ、逃げろっ。もう何人かいたが、持たねぇよ。あんたも……」
「でも……あ、あと……もう少し…………急いでっ」
彼の体の横を四つ這いになりながらすり抜け、作業服の男達が這々の体で逃げていく。上から上から落ちてくる瓦礫により、荷重はどんどん増し、おんまの足は地面にめり込んでいく。それでも諦めず、足場を確保し直し、一人でも多くを逃がそうと隙間を作る。
「後二人、だ。一人が足を挟めて手間取っているが、もう少し耐えてくれ班長!」
「了解、出来るだけ離れて。肩を怪我してるの大丈夫? ねぇこれ、投げ槍に知らせてっ」
「あいよ、班長」
怪我を負いながら這い出て来た工務店の部下からの声掛けに答えながら、その背を見送り、残りが出てくるまでと何とか踏ん張る。口に入った砂を景気付けのように吐き出した時、奥から声が聞こえる。
「班長おっ~もう少し、右の方を! 少し上げられないか? 後ちょっとでコイツの足が抜けられそうなんだっ」
「……が、頑張ってみるっ」
もうすでに限界は超えていた。
おんまの居る場所から、足が挟まった一人と助けようとしているもう一人の姿が、目視できないほど大きな影を落とす屋根だった塊。それを支えていたはずの側の柱が時折折れて乗りかかり、更に重さを増していく。それでも後二人、一人などは逃げられる所をおして、救助に当たっているのだ。絶対に降ろすわけにはいかなかった。濛々と上がる砂煙の中、奥歯を噛んで必死に持ち上げる。
「最後まで……って葉子に約束ぅくぅっ……もう少しっ上がれっ、こんな所で、こんなトコで……」
諦める事無く、筋肉を盛り上がらせながら右側を上げたその時、声がかかる。
「和馬さん、何故、貴方がここに……」
「な……何でミゾレが? それもその恰好……もしかしてこの建物を壊したのは」
「壊したんじゃないですよ。今日、この日に壊れるよう仕込んだだけ」
和馬の前に立っていたのは土御門の仕事から手を引くまで、相棒として一緒に過ごしていた男だった。それも特徴ある紺色の服を着ていた。
「なんで、何で……」
ミゾレが得意とするのはデータの改竄や計算によって緻密に作られた計画を遂行する事。建物を決めた日に倒壊させるなど、簡単にできるのを和馬は知っていた。でも無暗にそんな事をする者ではないと言うのも同
時にわかっている。
「今、私は一課に居るんですよ……いろんな所に入り込んで、人を殺すなんて朝飯前」
「一課……」
「今日は前田 鷹槍という男を始末するように言われてね。まだ逃げて来ていないんで、その下にいるハズ……」
「なんで……投げ槍を」
「理由なんかは知りませんよ。大方、出資者の邪魔になるんでしょう? 確か宵乃宮……ああ、土御門とはかつて対抗勢力だった……ですかね」
「それを知っていて……」
「だから。和馬さん。私はもう二課の者じゃないんです。所属した所で命令遵守、公務員なら普通でしょう?」
一課はおんまの所属であった二課よりも、もっと深い暗部を任されている。それも当時の課長が一部の権力者に傾倒し、一般市民の一人や二人、屠る事など当然の様に行うと囁かれていた。
「普通? おかしいよ、ミゾレ……公暗とはいえ、理由も知らず人を殺すなんて」
「……理由なんて知れば、面倒なだけ」
おんまは葉子を娶り、高馬を迎えた事で、二課の仕事からは排除され、土御門本家の敷居を跨ぐ事は許されなかった。
来年に通う小学校のランドセルを背負う息子をおんまは思い出す。
高馬がその年になる間、土御門を出て、二課を離れ、会う事のなかった相棒のミゾレ。彼に何があったかはわからないが、移動命令が下りたのは聞いていた。そして今は一課でそう言う仕事をこなしているのは理解した。
おんまが知る限り、彼は命令によく従い、確かに融通は利かないが、真っ直ぐな男だった。いや真っ直ぐだからこそ、その忠誠心が誰かに握られたならこうなるのだろう。
「そのコンクリートを降ろしてください。和馬さん」
「……嫌だよ。ココは俺が守る。それが今の仕事だからね」
ミゾレは知らずに任務を遂行していたが、この日ココに来る予定だったタカは別の場所にいた。だからこそ代わりに自分がココに居る。いかにタカが強靭であろうと、普通の人間にコンクリートの屋根を抱えられるはずはない。今日ここに自分が来たのは運命だと、そしてココを守るのは班長を任された自分の仕事だとおんまは笑う。
「コレ降ろしたら、人が死んじゃうんだよ? ミゾレ」
「その為に俺が来たんだから。当たり前です。貴方が対象者の会社にいる事は知っていましたが、他の現場だと聞いていたので、居る事を計算に入れていなかった……私の計算ミスです。すみません」
かちり、と。バタフライナイフを開く音がした。
「和馬さんを傷つけたいわけじゃないんです……」
「わかってる。仕事なんだよ……ね……ぐぅ」
おんまは子馬と同じく陰陽気道という術が使えた。しかし両手は重いコンクリートの屋根で塞がっており、術式を組む際に必要な印を切る事が出来ない。それも普通の状態なら口で術を組むことも出来たが、彼は土御門を出る時、自主的にその殆どに封印をかけている状態。もしその力があったなら、『土』を扱う事に長けた土御門の者。屋根も瞬時に砕いて、こんなに苦労する事さえなかった。
「いかに貴方でも痛いでしょう。ツマラナイ働き蟻の為にそこまでする必要がありますか?」
「ツマラナイ? そんな事はないし、俺も働き蟻の一人でしかないよ。もちろんミゾレも……働き蟻だから……だから仕方ない、と、言うなら、やりたいようにしたらいい、よ。俺は諦めない、からぁ」
全くの無抵抗でミゾレの刃をその身に受ける。土御門の体は丈夫であり、修復は早いが、華奢なバタフライを振るうと、骨までを断つ。
激しい痛み、流れる血。
手首を切れば動脈から惜しげもなく血が噴き出て瓦礫を汚した。それでもおんまは、にこりと笑ってその姿勢を崩さなかった。
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事故のシーンがもう少し続きます…………
『以下1名:悪役キャラ提供企画より』
『鴉古谷』の名前のみ パッセロ様より
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