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うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話  作者: 桜月りま
12月30日

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473/531

過去話です2(葉子)

とても昔、彼女が若かった頃。

愛してるからこそ離れねばならないという思いを抱えて。

そんな女の背に優しい声がかかる。

葉子目線です。

llllllllllllll

 






 あの日、おんまさんの親族に別れを迫られ、私は受け入れて。町を去ろうとする私の背中を見かけて、聖子さんが声をかけてくれたの。

『葉子さんじゃないですか?』

『あぁ……聖子さん』

『その荷物……どこかに行くのですか?』

『……そうね…………旅行にね』

 彼を思うなら、黙ってこの町から去ってくれと告げられてたから。聖子さんにも言えなくて。仲良くしてくれたのに、さようならが言えないことを心で謝りながら、適当にそう言ってみるの。

『そう、ですか? でも、何だか……顔色が悪いわ、葉子さん』

『大丈夫よ、元気しか取り柄がないんだから。なぁに? 怪訝な顔して』

『その……葉子さんの後姿に、前にウチの生徒が家出した時のような気配を感じちゃって……何だか私、心配です』

『あら、やだ。何言っているの。それにしたってもう成人してるのよ、心配なんかいらないわ。じゃぁ……』

 当たらずとも遠からず、町から逃げようとしていた私は誤魔化すようにその場を去ろうとしたけれど、

『そう言えば、彼、おんまさんはこの旅行の事……』

『ああ、……彼とは……もう、終わったのよ』

『ええっ、葉子さん、あんなに…………じゃぁ傷心旅行? とか?』

『まぁ……そんなとこよ』

 歯切れの悪い私に何か感じたのかしら。

『そうだ、今日は暇だから、散歩がてらに葉子さん、駅まで送っていくわ』

『いいわよ、そんなの』

『だって今日もお仕事で義幸さん、遅いんですから、ね?』

 聖子さんったらそう言って駅まで付いてきたわ。いろいろ言いたそうだった。でも私はワザとに話で逸らして彼女に何も言わせなかったけれど。

 駅で彼女と別れて、電車で出来るだけ遠くに行ったの。

 それなりに下町に生きる知識はあったから、身元引受人もいらない古い部屋を探して。『柴』で腕は磨いてたからすぐに調理関係の勤め先が見つかった。けれどさほどしないうちに、頭痛に眩暈、吐き気までするようになってしまった私は厨房に立てなくなったの。

 職を失い、貯金も尽きて、途方に暮れた。

 いつの間にか……気付かないうちに妊娠してたのよ。すでに『柴』の大女将が休ませたあの日から、悪阻が始まっていたのね。それも普通の人より長く、ひどくて、妊娠中毒症を起こしたの。

 ギリギリのあの日、おんまさんが来てくれなかったら、お腹の高馬も私も生きてなかったと思うわ。

 彼は反対を押切り、私を籍に入れ、高馬を迎えたけれど、一族から爪弾きになったのは否めなかった。もっとうまく立ち回れなかったのか今でも後悔してる。それでも初めて手に入れた家族と言う形がとても嬉しかったのも忘れない。





『葉子さん、出産おめでとう。先、越されちゃった』

『聖子さん!』

『けれど無茶しすぎ……葉子さん、妊娠してたって言うのに、半年もたたないのにとっても痩せて。あの時、止めていれば。ごめんなさい。葉子さんはいつもしっかりしてるから大丈夫って……』

『そんなの、聖子さんが気に病む事じゃないわ。小さいけれど無事に子供は生まれたし』

『あ、赤ちゃん、新生児室で見てきました。今度保育器から出てきたら抱っこさせてくださいね』

『うちの子、無事に出てきたら、そりゃあ聖子さんには抱っこしてほしいけれど』

『葉子さん知ってる? 赤ちゃん抱っこすると母性ホルモンが刺激されて妊娠しやすくなるんですって』

 高馬を生んだ後、やっと意識を取り戻してうちの人と生きていく事を決めた頃に、そう言ってお見舞いに来てくれたのは彼女だったわ。彼女は妊娠がなかなかできなかったから、赤ちゃんがいっぱいの産婦人科に来るのはキツイ事だったと思うの。

 でも微塵にもそう感じさせない笑顔を私にくれたわ。

『それよりどこで……ココを聞いてきたの?』

『おんまさん、よ。彼、葉子さんを探して、貴女を知っている人、手当たり次第にあたって。ウチにも来たの』

 そう言ってからくすっと笑ったの。

『葉子さんが言っていた鬼って、比喩かと思ったけど。おんまさん、本当にすっごい剣幕で鬼のようだったんですよ。名前聞かなくてもわかっちゃった程なんです。でもあの時、義幸さんが居なくてよかったわ、喧嘩になりそうだもの』

 あの人は私を探して、どこで割り出したのか聖子さんのトコにもたどり着いたの。そして『刀森 葉子をさがしている』って。

『きっと……来るんじゃないかって、行先見ていてよかったです』

 あの日、聖子さんの目から見て挙動不審だった私。だから私がどちらの方向の電車に乗っていったか、彼女は確かめていたの。そしてそれをあの人に教えたのは彼女だったの。

 彼女が帰って、後から来た彼と話したのよ。

『君、あんまり他の人とかかわってなかったから、本当になかなか見つけられなかったんだ。だから彼女に教えてもらった電車の方向が唯一の手掛かりだったんだよ。駅をたどって、じわじわと捜索範囲を伸ばして。それでも随分時間を食ったけど、その証言がなかったらもっと時間がかかっていたよ。おかげでギリギリの所で君を見つけられたんだ。そうじゃなかったら君も高馬も、……もういなかったよ』

『……聖子さんは、命の恩人ね』

『うん。それも『葉子さんと別れたって聞きました。幸せにする気のない人に行く先を知っていても教えられません』って、言って。ああ、これは誤解が起きたんだって説得して聞き出したんだ。最後に『私の親友を、彼女を、幸せにして下さい』聖子さん、頭を下げて言ってくれたんだよ。葉子、本当に君、いい友達を持ったね』




 他の好きな人が出来たという作り話を、本当に嘘だとおんまさんが確信したのは、聖子さんがそう言ってくれたから。更に大女将は勘で妊娠にも気付いていたらしく、その事を知ったおんまさんは本当に必死で私を探してくれたのよ。

 だから私も高馬も今、生きてる。

 ああ……聖子さんと仲良くさせてもらった事や、あの人とあんな話をしたのがついさっきのよう。掌に載るほど小さかった保育器入りの高馬が大きくなって、二十歳になるって言うのにね。

 あれからどのくらいかした頃、不幸な事故に巻き込まれて彼女は亡くなったの。やっとお腹に赤ちゃんが出来たって報告を聞いてそうしない頃だった。聖子さん、藤堂君の側にいたかったでしょうに、お墓は彼女の生家である桜井家に入ったわ。

 ウチのあの人もある日帰らず、高馬は手元から消え、宿っていた赤ちゃんも居なくなって。

 その後にはタカさんも息子さんと奥さんを亡くして。

 人は一期一会と言うけれど、別れは寂しく、そして生きていくのは辛い事も多いわ。

 けれど、生きていくの。生きるしか、ないの。




 そんな事を考えながら、私は墓に跪く賀川君と百合の花をぼんやりとみていたのだけれど、彼の頭に白鳩が舞い降りてきたのよ。そしてしきりと鳴くのだけど、賀川君は色々考え事をしているのか構ってなかったの。私は何かあったのかしらとくるりと周りに目線を移したわ。

「ああ、何故? どうして……」

 私は『それ』を見つけて、何も考えられないまま、フラフラと歩きだしたのよ。

lllllllllllll


『うろなの雪の里』(綺羅 ケンイチ様)

http://book1.adouzi.eu.org/n9976bq/

藤堂(桜井)聖子さん

藤堂義幸先生


『キラキラを探して〜うろな町散歩〜』(小藍様)

http://book1.adouzi.eu.org/n7439br/

ドリーシャ(ラザ)


お借りいたしました。

問題があればお知らせください。

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