思考中です(香取)
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ユキを部屋に残して出てきた香取の目線で
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ピアノの音が家の中に響いている。大きくもなく小さくもなく、投げ槍君の家を満たしている。
そう……この家に来ると必ずと言っていいほどピアノが奏でられていた。房子君と刀流君が亡くなってから僕は殆どココには来ていなかったけれど、今回ココに長く居るようになってどこか足りないと思っていたのはこの音だったと気付く。冬だから寒いけれど、透き通る晴れ空に舞い上がる花びらようなその音は、僕が奪った、投げ槍君の大切な家族の光に似ていた。
「あら、カトさん。……なんだか顔色が悪い?」
バケツやハタキを手に葉子君が心配そうに話しかけてくる。年末大掃除が一通り終わって片付け中のようだった。今日は工務店の従業員数人も宿舎部分の掃除に当たっていて、母屋はいつもよりざわざわと騒がしい。
「大丈夫ぅ。それより重いでしょぉ~ユキ君は寝ちゃったから、暇なんだよ。見張りに、るぅは置いてきたから」
風蛇は巫女が余り好きではない……はずだが、僕が側で見守るつもりが、彼女の枕もとで丸くなり、僕を一睨みしてそのまま目をとじて居座ってしまった。それは有無を言わさず休んで来いという意味合いと、無言の抗議。僕が自分の力を彼女にたくさん吹き込んだのを咎めているのだ。
僕が彼女を大切に思うのと同じで、風蛇は僕を大切にしてくれる。その気持ちを受けてありがたく部屋は出たけれど、回復には時間が必要なだけで手持無沙汰ではあった。
葉子君は少しだけ考えてから、
「ああ、あのトカゲネコちゃんね」
「前から言ってるけれど、トカゲやネコじゃなくて、僕の蛇だよぉ」
「蛇には手足がないでしょ。あの子はあったわよねぇ? たまに二足歩行だし……こないだおでんを喜んで食べてたけど。油ものなんかも好きみたい。ソースとかかかっていて大丈夫かしら」
「いつの間に……いただいてたんだろぉ」
「え、いつもカトさんが来た日の朝一から、ほぼ毎日。いつも……あの人があげてたから……」
「ええええっおんま君が生きてた、そんな前からっ! その、ありがとう、葉子君!」
「良いのよ。早くから聞けばよかったけど、今までは本当にたまにだったから。食べさせちゃいけないモノがあったら教えておいてね」
「あの子は何でも大丈夫だよ、人間の食べ物ならなんでも。辛いのも食べるし、あ、綺麗な陶器やガラスも食べる……っていうかアレ収集しちゃうから。ホーローはイラナイみたいなのだけど」
「あら、道理で。たまに器が無くなってしまうのよ。でも今回は結構長いから、『これをココに置いておかないとご飯入れないわよ』って言ってからは、無くならなくなったから大丈夫」
羽がついてようが全く驚く事もなく、とてつもなく前から世話をかけてしまっていたらしい。葉子君は大らかと言おうか、『流石、おんま君の嫁ってだけはあると思う』っていうのが仲間内での定型句なんだけど。
ともかく笑って返して、水の入ったバケツを受け取って運びながら考える。
今回ココに来て、聞くまで考えた事もなかったけれど、あの日にアキ君を連れてきた女性は確かに彼女と似ていた。彼女の子は二人で、一人は葉子君、足取りが掴めないと言っていた一人は賀川君と冴君の母親と思われた。賀川君と子馬君は双方母親側の従弟同士という事になる。本当に少し前までお互い知らない事だった。
僕が小さい頃のアキ君を知っていると話したことはない。大きくなった彼女が日本に戻った後に閉じ込めた事も……他にも……僕は誰にも何も話せていなかった。それを語るのはただの保身で、ヘタすればバッタ君の秘密にも触れてしまうから。
けど……日々、ユキ君の感応力は強くなって、訓練も受けていない彼女に注ぎ込まれる情報は無作為。だが関わりある者の過去に関する事柄が多いと考えられた。一個の情報を得る毎に、知らず知らずに彼女は疲労する。毎日、夕方に具合が悪くなりやすいのはそのせいだ。
今日見えたのは、僕を介した母親に関する情報であったから、出来るだけたくさんを見ようとし、まだ昼にならない頃だけれど倒れてしまった。僕の力を彼女に合わせて譲ったが、僕の力と彼女の力は根本が違う。だからあんまり効果はないけれど。
僕は思うんだ。
彼女が『全て』を見て戸惑う前に、機会を見て語っておかなければならない。じゃないと触れなくていい部分まで彼女は知ってしまうだろうから。だが神父であって口先だけはうまいと思ってきたのに、彼女の前に差し出す言葉が見つからないのが現状。
ふぅっと息を吐く僕を観察するように見ている葉子君に誤魔化すように、
「賀川君のピアノ、きれいだねぇ……」
「凄いでしょ? 素人が聞いても何か本物って感じがするわよね、結婚式でも聞いたけれど。何より最愛に捧げているからかしら? 賀川君には一緒に掃除をしてもらうつもりだったけど、あんまり弾きたそうだったから籠らせたけど。もうかれこれ二時間は弾いてるのに、全く飽きないみたい。それにしてもタカさんが……いろいろ元気になったみたいで嬉しいわ」
「葉子君は投げ槍君と……どうなのかなぁ」
「また……カトさんまで? ふふ、私達はずっと変わらないわ。……けれどこの所、ちょっと考えちゃう時もあるのよ。こないだ殺されそうになったって話、したでしょう? ああいう一瞬にね、今までの生き方を後悔したくないわって……あの人は後悔しなかったかしら……いや、そんな事ないわね、あの人だもの」
「だねぇ、おんま君に後悔なんて言葉は似あわないけどねぇ。本能で生きているヒトだったし~優しい男だったよ。ねぇ、もし、今、おんま君の遺体があったら、今でも欲しい?」
彼女は少しだけ考えてから、
「そうね、髪の毛一本でもあったら、小さなお墓くらい作るけれど、それは私の自己満足ね。その中に収まってるのは窮屈そうだから、要らないって言いそうだわ。ウチのヒト」
「そっかぁ、確かにニコニコそう言いそうだねぇ……」
葉子君と付き合っていたの、全然僕達知らなかったんだよぉ。知ったのは一族に咎められて身を引いた彼女を、血相を変えて探し回っていた時。彼の愛に嘘はなく、もしあの時に躊躇したなら、母体も子供もこの世にはもういなかったろう。
おんま君はいろんなしがらみで、このうろなに居た。もしかして刀森の、宵乃宮に関係する女性を娶ったのも計算ではないか……なんて思わない事もなかったけど、僕みたいに計算ばかり、そして失敗を積み重ねてきた男じゃなかった事を笑顔と共に思い出す。
彼が計算していないにしろ、僕は今の状況を計算し、最大限に使う事しかできない。
「葉子君は『刀守』の事、余り知らないんだよね……?」
そう聞くと葉子君は複雑そうにするのを隠せない。
「あまりどころか何も……母はたまに会いに来たけれど、大きくなってからは私……あの人を拒否していたから……私を捨てた冷たい人だって思っていたの。でも、違っていたみたい」
「あのねぇ刀森の女が巫女を世話するのは、とても自然に巫女を健やかにする効果があるんだ。できれば、変わらずユキ君の側でお世話して……」
「そんなの当り前だけれど……」
きょとんとしながら葉子君は言い出して、鮮やかに笑う。
「だってユキさんは前田家の家族だもの。私も……そうそう、賀川君も、高馬も、工務店の子も、そしてぎょぎょさんやバッタさん、カトさんも。ああ、トカゲネコちゃんもね?」
刀守の血筋が代々巫女を養育してきたのは、その存在が居るだけで巫女の力に安定が図れる為でもある。だいたい刀森自体も遠くは巫女の血筋から分かれている。それはその辺が関係しているのだろう。
ユキ君の体調はこの所、思わしくない。だが、葉子君に賀川君、そして子馬君が出入りするようになった、この家に住まう事で、今の体力を保てているのだろうとは思っていたけれど。
葉子君の受け入れの広さは彼女が刀守である事より重要で、ただそれは彼女が刀守の女だったからなのか……僕はどちらでも構わないけれど、もし伝えられるなら葉子君の行く末を案じながら、巫女や一族の者を生かすために奔走した『彼女』に。
アキ君が言った事が本当に起こったならば、宵乃宮に喰われ、神の御許に召されてしまったあの女性の魂に。貴女の子供は曲がる事無く生きていると伝えられればと思わずにはいられなかったんだ。
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更新遅くてすみません。
私は外に出るのが苦手なのですが、お出かけ頻繁。
それらの予定+夏休みの為の平常業務も多く、執筆時間が取れないので、しばらく更新ペースが遅いです。
ご了承ください。
今週末もお出かけでお泊りだそうです。
花火と海に……暑そうです。




