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うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話  作者: 桜月りま
12月28日

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463/531

想起中です(タカと房子)

llllllll

彼女の亡くなる当日の光景。

タカ目線です。

llllllll





 あの日。

 妻の房子は電話で誰かと話していた。少し顔色が悪い気がして。けれど優しい言葉をかけてやるでもなく、電話が切れたタイミングで、背後からただぶっきらぼうに聞く。

『どうしたんだぁ? ん』

『ねぇ…………タカさん、この家にお客様を連れてきていいかしら? 暫くココで面倒見たいの』

 うちじゃぁ、いろんな事情の者を雇うなんて当たり前。房子もそんなとこのカミさんだから、知り合いに頼まれてオレに話を通してくる事がたまにあった。今回もその件だろうと思ったオレは気軽に頷く。

 話しかければ笑顔になり、射した影は杞憂であったかと安堵しつつ、

『構わねぇが、今回はどんなヤツだぁ?』

『ん~かわいい子だと思うの。帰って来てから説明するわ。今日は葉子さんに家の事は任せて外出するから。ねぇ刀流、夕方にうろな駅へ迎えに来てくれるかしら』

『おやじ、先に仕事に行くぜ。で、何時に行けばいい?』

『そうねぇ……』

 弁当片手に先に仕事に向かう息子。暢気に息子へ語りかける房子の声。葉子さんの旦那であるおんまが亡くなって、そこそこの時間が過ぎた頃。

 彼女の体も心も少し落ち着き、房子を手伝ってくれていた。オレも親友を亡くした痛手からほんの少しだけ回復し、働く事がおんまの、そして皆の為になるのだと考えるようになった。オレが死地に追いやって亡くなったという考えが抜け切れる事はないが、それでオレが挫けるのなら最後まで他を生かそうと柱になったおんまへの侮辱になる。だから生きようと思い、仕事を淡々と重ねて行った。

 房子は葉子さんを頼りにしていたな。おんまが亡くなってから時間が経っていたから、『この家を離れると言い出したら笑って送り出さないといけないのだろうけど、本当は嫌なの』と常々愚痴をこぼすほどだった。

 オレも葉子さんには既に頭が上がらなかった。年下なのによ、子供を連れてかれて、一人は流産して。旦那は冥土から帰らない……それでも立ち上がる気丈さに夫婦共々世話になっていた。

『葉子さん、房が今日は出かけるんだとよ。ちょっと顔色が気になったんだが、……頼んだな』

 小さな声でそうやって房子の事を頼んでいく。

『はい、はい。タカさんは家の事は任せて出てくださいな。その為に私が居るんですから。さ、お弁当! ……ほら、結婚して何年目の夫婦ですか、照れてないで、ちゃんと声をかけてから出て下さいよ?』

 挨拶せずにフイと出て行きがちなオレに葉子さんが釘を刺す。面倒しいなぁなどと照れ隠しにゴチながら、房の居る部屋を覗く。

『おう……じゃ、オレも行ってくっかんな、房。気ぃつけろよ』

『ええ、行ってらっしゃい。タカさん』




 鮮やかに笑う彼女を家で最後に見た場所。



 房が亡くなって何年だっけな?

 オレが柱々に伝うような仕草で『そこ』にヨタヨタとたどり着くと、それに気付いたユキが目を丸くした。

「大丈夫ですか? タカおじ様」

「ぁ……何か、あの。すみません」

 そこにはユキと賀川のが居た。二人の驚いた表情、そして賀川のが謝るから、オレの今の姿がとても滑稽なのに気付き、恥ずかしくなる。とりあえずオレはその部屋を見回した。

「ここは……房の部屋か…………」

「ご、ごめんなさい。タカさん。貴方達、何してるの! ココには鍵がかかっていたはずよ」

 慌てて駆け込んでくる葉子さんに呆然としたように、賀川のが返事する。

「部屋が空いてて、グランドが見えたんで…………一音だけのつもりで。でも……すごく綺麗でいい音で弾きこんでしまって……」

「わ、私は離れから母屋へきてたら、音がしたので……この家に、それもこんな大きなピアノがあったなんて知りませんでした」

「ぁ……昨日、調律師の方が忘れ物を取りたいって入った後に、鍵をかけ忘れたのね、私ったら……二人共、早く出て、ココは……」

 そう、ココは最後に房子を見た部屋。オレは昔ココを『封印』したんだ。

 房子も刀流も死んで、葬式さえよく思い出せないほど、何もわからないまま送り出して。それからは毎日を刻むのが辛くて、それでも自営の会社じゃサボる事も難しく、何とか同業者の後剣に支えられて、こなしてた。働く事が皆の為になる……おんまの時に得た回答を引き合いに、配管してるだけで涙で濡れて、気がおかしくなりそうになりながら、仕事の時間だけはまともに振る舞った。

 だが、夜になるとトラックを飛ばしてみたり、浴びるほど酒を飲んでみたり、クダを巻いて、それにも飽きればこの部屋に入り浸ってたんだ。

 そしてどのくらいかした頃、オレは顔を上げた。

 毎日毎日カラにしていた酒瓶を何も言わずに片づける葉子さんの背を見たからだった。彼女だって、いや、彼女から旦那おんまを奪い、子供こうまを手元に置く事さえさせてやれなかったオレが腐っていちゃなんないと。

 ……房子も刀流も死んだが、オレも、葉子さんも、この家の連中も『生きてる』。このままじゃダメだっ……生きているからには背負わなければいけない業があるはずだ……と。

 だから葉子さんに房子の遺品管理と共に、この部屋の鍵を託して、あの事故は『忘れる』って決めたんだ。

「ああ、そうか…………オレぁ……」

 忘れてしまおうと努力して、何とか地に足がつくようになって。

 その時に気付いたんだ、アイツの顔を忘れてしまった事に。居た事はわかっている、けれども声はおぼろげで、顔はなく、写真を見てもピンと来なくなった。

 流石にそれはおかしいだろうと八雲さんに相談した事もあったが、彼女は渋るだけで決して無理にオレに治療おもいだしはさせなかった。

 それは、正解だったのだろう。

 だってな、大の男が何を言ってんだって笑うかもしんねぇが、辛かったんだ。

 首なしの棒切れは恐ろしくてならなかった。

 けれどアイツの笑顔が何故、側に『ない』のか……そっちに傾いちまったら、オレはもうダメで、壊れて、おかしくなるのが八雲さん、わかっていやがったんだ。

 ……忘れる事はオレには必要な事だったから仕方ねぇ。

 ああ、思い出しちまったから。

 今だって視界が曇って、ユキも、賀川のも、葉子さんも、滲んできやがる。……けど、もう泣いてる暇なんかねぇんだ。刀流が託した少女が、そして賀川のが目の前に居て。

 アキヒメさんは気付いてやれなかった……でもユキは目の前に居る。今度こそオレぁ、家族を、ココを…………半年前、ユキを拾わないまま、思い出したならこうも穏やかに、腹を据える事は出来なかったろう。

「賀川の、さっき弾いてた曲を頼む。ユキ、ココに座れや」

「はい、タカおじ様」

「葉子さん、部屋を閉めてからここに座ってくれや。他のヤツが来たらうるせぇ」

「すみません、タカさん……」

「いいってコトよ。封印はもう終わりだぁ、だいたい、もう何年経ってると思ってんだ。だが、その間…………ありがとうよ。ホントになさけねぇが、葉子さんが居なかったら、オレはやってけねぇな」

「そんな事……」

 房子には言えなかった感謝、言える時に言わなきゃなんねぇと、墓石に何度縋ったって届きゃしねぇから。この際とばかりに告げておく。上手く笑ってなんか言えはしねぇがな。

 ともかく、どさりとソファーに身を投げるように座った。ユキが横に座る、息子が愛した女の子供。白髪に赤い瞳の稀有な少女。

 本当は……何年経っても辛いモノは辛い。けれど雪姫こいつを守るのに涙はいらねぇ。

 部屋はずっと葉子さんが手入れしてくれていたようで、座ったソファーにも床にも埃一つない。ピアノもオレが居ないのを見計らい、きっちり管理してくれていたようだ。彼女も近くに座ってくれる。

 賀川のはそれを見て、ピアノの上に置かれていた楽譜を鍵盤でなぞり始める。房子がよく弾いてくれた曲だ。教養なんて粗野なオレにはなかったが、綺麗な曲だと思って聞いた記憶がある。

「房子はなぁ、……本当はオレんトコに嫁に来るような女じゃなかったんだ。けどな、刀流を生んでくれて、オレの傍に居てくれた、最高の女だった」

「タカおじ様……」

「刀流はお前ぇと母親とココで暮らす筈だったんだ。幸せにな。だからユキ、お前ぇはここの娘だかんな? 嫁にはここから出してやる、いや、……ずっといてくれてもイイんだがな?」

 チラリと賀川のがこちらを見るのを感じる。ユキは笑って一つだけ頷くだけだ。

「この部屋はなぁ、ちゃあんと防音にしたんだがな。いつも扉を開けさせてた。だから房子が死ぬまではこの家には音楽にあふれていたんだ……」

 音楽だけじゃぁない、彼女の笑い声も、姿も、息子までも、唐突に消えて。残されたピアノを見るのさえ辛くて、それでも離れられなかったから。生きていくためにココに置き去りにした、情けねぇ男だ。それでも俺のこの家がユキの居場所になればいい。

 ピアノを賀川のの長い指が丁寧に撫でていく。

 とても、とても美しい一曲だった。

 その音の中にオレは彼女の声を聴いた気がした。

「このピアノ、ドイツのレーニッシュですね……」

「ん? ぁ? どこのどいつの品物かは知らねぇが、綺麗ぇなピアノだろうが……オレにゃすっかりわかんねぇが、アイツにはこれが似合うと思ったんだ」

 女に贈り物なんかした事なかった。けど、アイツに内緒で楽器屋に行って、何も知らないままに一目ぼれしたピアノ。彼女に魅かれた時と同じような何かを感じた。値は張ったが、送るなら安物で妥協なんかしたくはなかった。最高の女に送るなら無言でもそれとわかるイイモノにしたかった。

「いろいろ感謝、してたみたいです。これ……今の曲、奥さんの作曲ですよ」

 渡された楽譜の題名は『感謝』。それは確かに手書きで、その隅に『私のタカさんに。私は、ここで貴方の為に』……そう書かれていた。



『指輪代わりだ、受け取れや』

『こっ、これ……って……』

『実家のは取りにゃ戻れねぇだろうがよ? でも文句があるってぇなら、使わなくってもいいぞ』

『そんなコト…………』

『なら、笑ってろや。オレの側で……』



 房子がこのピアノを見た時のとても驚いた顔を思い出しながら、オレは目を閉じて、考えをめぐらせた。


lllllllllllll

『うろなの雪の里』(綺羅ケンイチ様)

http://book1.adouzi.eu.org/n9976bq/

後藤剣蔵(後剣)さん


お借りいたしました。

問題があればお知らせください。


少し体調不良と、出事が重なってこの所、執筆時間が取れません。

次回更新までお時間頂けると幸いです。


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