回想中です(タカ)
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一人称、タカの視点です。
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朝の鍛錬の後、賀川のをカトリーヌが捕まえてゴチャゴチャやり始めた。初めは賀川のが求めて始めた事らしいが。どうやら篠生さんがヤツに刺した赤い刀を取り出すようだ。オレは汗を拭きながらその様子をチラ見する。
「賀川君~キミ、何でそうなるのぉ~、頭で想像して、手元で創造してごらんって……」
「なんでと言われてもわからないんですが……ソウゾウはしてるんですけど」
「そいつには無駄だと思うがなぁ、カトリーヌ。全く信じていないのだからな」
「だってぎょぎょ君、ソコにあるのにぃ……? 僕が抜いてもいいけど、自在に取り出せるようになりたいんなら、それじゃダメだよねぇ……ふぅ……見せてもらいましたけどぉ、気を練って拳に纏わせて『ラッシー』を放ってたよね? それと同じようにして刀を形にするんだけど、何で出来ないのぉ?」
「気を? ……って、実は……よくわかってないんですけど、集中ってことですよね? で……何があるんですか……ね? どこに?」
いつも以上に間延びした声を上げるカトリーヌの側で、ぎょぎょが子馬のトコが作ったという模造刀を整備している。あのちっこい体でどうやったら捌けるんだというほど綺麗に鞘に収めていく。そうしながらフルフルと首を振る。
「俺も多少『見える』方だと思うが、触れる事は出来ないぞ。カトリーヌ」
「それは自分のモノでもないし、触れようと思わないからでぇ」
「ああ、思わないな。現実だけで手一杯だ。玲、そんなありもしない刀剣より、現実的に鍛えた方がイイ。夜もお前に時間があれば『受けて』やるが?」
「お願いします。このまま三月まで、運送の仕事は余り出なくていい予定にしてますから」
「ありもしないって、ぎょぎょ君は見えてるくせにぃ……もう、賀川君~、集中してねぇっ。既に自分の体の一部なんだから触れようと思えば絶対出来るし、見れるってぇ」
「は、はい」
そんなモノだろうか?
触ろうとしたって胃の中や頭の中、また心に触れる事は出来はしねぇ。それに人間、今の自分の顔って言うのはどんなに足掻いても見られない、鏡は真実を逆に映すし、映像も写真も現実には『今』じゃねぇ。けどカトリーヌのような奴にはそういうのが普通に出来ちまうんだろうな。
「とりあえずやってて、……投げ槍君、ちょっと」
「あん? 何だってぇんだよ」
こっちに火の粉が飛んできちまった。オレが首をすくめると、ぎょぎょは鼻息一つ吐いただけで、片付け作業に戻りやがる。
「で?」
「ああもう、投げ槍君、彼にどんな武術指導してきたんだよぉ?」
「そうは言っても、オレだって長い事見てるわけじゃぁねぇんだよ」
「いいよ、こういうのと武道は積み重ねるという意味で、重なる所があるから参考に出来る事もあるはずなんだぁ」
「ん~簡単に言やぁ、あいつのベースは無秩序さから見て喧嘩殺法、それか猛獣の『狩り』だ。喰うか食われるか、本能に基づく、な。それに上書きで『更に躊躇なく踏み込む事』を教えた者、『殺さず、相手を止める事』を教えた者……癖や技の流れから見て複数人がヤツの指導に関わって混在してんな。オレぁはそれを危なげなく使えるように、更にその拳にかかってる『重さ』を教えてるだけ。だいたいアレは幻だろうから取り出せなんて言われたところでよお、オレだってよくわからねぇよ」
「そっか、投げ槍君もそういうのダメだけど、力技や、感覚でどうにかしてるタイプだったっけぇ……」
ガックリとそう落胆されても、現実的でないのは御前さんなんだがな。
「ほれ、鍵だ。終わったら閉めてくれや」
「ありがとう、投げ槍君。……その…………」
立ち去り際のオレをカトリーヌが引き留めやがる。染めたのが落ちたのか、オレンジに近い色の髪が暗めの地下通路でも明るい光を見せた。
「僕を信用してくれて……ありがたいと思ってるんだぁ」
「何を言ってやがる、友達だろうがよ。…………おめぇが息子と嫁になんでそんな事したか……すぐにでも知りたいが、言いたくねぇなら気長に待つってコトよ。もう……随分待ってるんだ、なぁ、オレが死ぬ前までに話してくれる気になればうれしいがなぁ?」
「投げ槍君……」
奴の首から下がった十字架が贖罪を求めるかのように光っていた。オレは言う事だけを言って、奴らを放って一階へ戻る。
無彩色の道路に広がる血、顔の原型もない首なしの死体は、確かに愛した妻のそれ。どんなに叫んでも戻らなかった息子の声が今も耳から離れない。
『オヤジ、おやじ、父さん、ざ、残念ながら、俺の子じゃないけど…………アキと……俺はうろなの町で、いつまでも彼女達を待ってるって約束したけど……どうも無理そうなん……だ……』
『ね、寝言いうな! 早く良くなって仕事やっつけてくれないと町の奴らが困るだろう? 明日も仕事が早いぞ、サボる気か? 電気の配線はお得意だろう? なあ……おい、どうしたよ、刀流? トオル、トオル、目ぇ開けろよっ、しっかりしろよっ、救急車はまだかっ』
交通事故、この世界で毎日起こっている何百、何千の中の一つ。
それも息子の異常な加速と前方不注意……ありえねぇんだ、あいつが母親乗せてそんな無茶するなんてな。
家族を失ったのはオレだけでないとわかっていて、それでも尚、悲しくて悔しくて、前を見て歩くのが辛かった。今はあの時より少しマシな顔をしてオレは生きているか?
ただ……偶然、かつ、事故による死だと言い聞かせてきたアレに、関わっているというカトリーヌ。虚しく響くオレの声を、友は聞いていたのだろうか……
「おい、投げ槍、なんて顔してやがる……」
「ん、何だぁ~この顔はお前のカッパ顔と同じくらい生まれつきだってぇーんだよ」
オレの背を追ってぎょぎょが話しかけてきた。どうにもつかない表情になりかけていたのに気付いて、体裁を取り繕う。それでもわかっているんだろうが、ぎょぎょはズラしていた眼鏡をかけなおし、それを深くは追及しなかった。
「もう数日で正月だな、投げ槍」
「ああ、今年も後少しだが、よろしく頼む。二月までに少しでも賀川のを鍛えたい。傷はもうイイか?」
「うぬ。大事ない。ともかく義理とはいえ縁あって玲は我が弟となったのだ。言われずとも尽力しよう。そうだ、あの建物の一階を頼めるか? 剣道場として使いたい」
「正月終えたらすぐにでもかかってやるさ。後剣のトコにいる一級建築士にもう設計は出しておいた。注文があれば早めに出しておくんだな。水道やガスなどの配管、電気系統はオレんトコが、床張や窓なんかは後剣んトコが担当するかんな」
「流石、仕事が早いな。支払いはあっちにまとめておくがイイか」
「ああ、かまいやしねぇ。こないだ三階をやりかえた時に耐震工事もやっつけといたから、とにかく床と電気さえ何とかすれば、道場として使えるだろう」
「頼む。俺も裁判所に出た後、ここまで来るより自宅に来てもらった方が扱きやすいんでな」
「賀川のには無茶でもやってもらわにゃ……ユキの儀式とやらを穏便に済ませたいがなぁ……相手さんもそうはさせてくれないだろうしな。刀剣を捌く奴を筆頭にうさんくせぇのがワラワラ居ると思うと、正直、頭が痛いが」
賀川のは、故障が多く、仕事の関連上、今までは毎日見れているわけではなかった。だが、他の者より吸収率が高い。それはかつて置かれていた環境では、一度の失態が『死』を迎える様な場所であったから、というのに起因するのだろう。二度目はない、身に付けねば生きていられない、そんな危機感が体にも心にも、幸か不幸か染みついてやがるんだ。始めたばかりの刀の捌きは長年積み重ねたぎょぎょの爪先にも及びはしない。それでも教える形は次回と言わずその場で習得していくのにぎょぎょもオレも驚いた。
ラッシーの一撃目は確実に意識がある状態で放てるようになってやがるし、筋肉もしっかり戻ってきている。一撃目の精度も威力も上がった。ただ怖いのは、奴が二撃目を放つような事態にならないかという事。放ったが最後、そこに居る者を食い尽くして尚、自らを壊し、滅すまでその拳を振るうヤツの中の獣。
こないだは三人がかりで何とか止められた。
十一月の頭頃に、こっそりオレ達に秘密で放ったのも誰かがどうやってか止めてくれたようだ。
だがどんどんと鍛錬の進む賀川のが意識を保てずに切れたら、今度は何人で抑えればいいんだ?
「そうならないように尽力するしかなかろう? 投げ槍。俺を説き伏せて、嬢ちゃんの為に、玲自身の為に、二人を導くと決めたのはお前だ」
「おおよ」
何も言っていないが、逡巡に気付いたぎょぎょはオレの肩を叩き、風呂に向かいかける。ちらっと台所を行き来する葉子さんの姿が見えて、はたとやり忘れに気付く。
「ぎょぎょ、先に風呂に入って、飯を食ってってくれや。ちょっと野暮用を思い出しちまった」
「うぬ」
ぎょぎょと別れて自室に飛び込み、隠し置いている薬を飲み込んだ。
少し前、一度玄関先で倒れた事がある。
その前に『何か』あった気がするのを思い出せないが。どうも脳血管が詰まりかけたとかで薬を飲んでいるが、経過はいいと医者は言う。聞きこんできた葉子さんに、体を大切にするよう言われたが、それ以降は彼女は何も干渉はしてこない。まぁ、酒を飲み過ぎそうになった時だけ口を出してくるがな。
だけどオレの体をいつも気遣って、飯の支度や準備に彼女は今まで以上に手を回してくれているんだ。薬をいつでも飲めるように、この白湯もいつも知らないうちに替えてくれている。
知ってても上手い事、礼も言えねぇが。だからオレはちゃんと決められた薬くらいは飲まなきゃな。
薬を飲んで、残った白湯を飲みながら暫くぼんやりしていたが、ハッとして、
「……ヤキが回ってらぁな」
立ち上がると電気から下げた紐に取り付けられた、和紙で貝殻を包んだ玩具を何気なく弾く。りん、と、した鈴の音に混じり、
『タカさん』
「何だ、房子?」
それは確かに彼女の声、つい反射で返してしまうほど自然に聞こえたんだ。
……大海に浮かぶ小瓶のように、波に飲まれて深海に潜っちまっていたのが、この頃、見え隠れしていたんだが……今、はっきりと思い出す。
声だけじゃねぇ……道路に転がった赤い棒切れじゃなく、寒々しい遺体安置所で布に包まれた顔ナシ遺体じゃなく、いつも我が勝手にしてきたオレを優しく笑って見てた、オレの連れ合いである女の顔を……思い出したんだ。
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引き戻される記憶。
現在、不定期更新になります。




